霊学癸魁 ̄宙の始めは無なれども、ひふみ(一二三)の論理によって成り立った

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    仏教では、私達が住む宇宙の始めは【無】であったが、その【無】から【有】が生じたとします。

     

    されど、科学や物理学では【無から有は生じない】

     

    科学では宇宙の初発は小さじ一杯程度の物質が【ビッグバン】を起こして膨張して成り立ったとします。その論理でも、その小さじ一杯程度の物質はどこから湧いたのか?。があります。どうやっても科学の大原則では【無から有は生じない】なので、どうあがいても科学では神の説明は出来ないのです。

     

    日本語における【ひふみ】の並びは祝詞とされていますが

    ひふみ(一二三)で宇宙の成り立ちの説明は出来る

     

    日本の記紀神話では、この宇宙は【混沌(物事の区別・成り行きがはっきりしないさま)】から生じたとします。西洋では【カオス(天地創造以前の状況で、混沌が転じて大混乱)】とします。どちらも似たようなものなのです。

     

    ここから私が書くことは、大本教の【霊界物語】に似た内容ではありますが、私自身が霊界から見せられた宇宙の成り立ちです。

    それが本当に正しいのか?。私は霊的世界から単に欺されている者なのかは私自身もよく解りません。ただ、私が見せられた宇宙誕生の初発時の霊的映像からの説明です。

    私は幼い子供の頃から、この宇宙の涯(果て)。その涯(果て)はどうなっているのか知りたいと思っていました。光的には約137億光年先。論理的には480億光年とする説などがありますが、宇宙が膨張している先端はどうなっているのか?、まったくイメージが掴めないがあります。宇宙の境界がよく解りません。もしもその先に空間があるならば、そこはどうなっているのかとなります。

    いくら科学が発達しても、実際に神社等に鎮座されている御神霊の存在すら今の科学では証明が出来ません。そうした科学者達は自分の目に霊界の存在が見えないことから単に脳内妄想と片付けて、死後の世界などを言うとインチキとかオカルトとか馬鹿にされるだけなのです。さりとて、そうした神社に鎮座されている神霊にそうした宇宙のことを質問しても何も解らないなのです。答える神霊も居ないでしょう。神と呼ばれる自分達がどうして神霊と呼ばれているのか?。それすら理解出来ているとは思えません。

    つまり、世に出ている神々にも宇宙のことはよく解らない。為か、神々には創造神の存在すら解らないが起きていると言えます。この地球は記紀神話に【根の国・底の国】とあるように、宇宙次元と呼ばれる世界では低次元界にあたります。為に、宇宙創造神の存在はよく解らないとなります。

     

    ・私が霊的に見せられた宇宙の初発には何も無かった(無)。

    ・そこに微細な霊的存在が湧いて来た。混沌の始まりです。 

    ・その微細な存在は膨大になり、そこに【力】による回転運動が生じた。

    ・やがてその中心部が大きく孕んで、その真ん中に【目(宇宙の膣)】が開いた。

      この状態は【台風】の水蒸気の集約で台風の中心に目が出来るのと似通っていました。

      最近語られるブラックホールとかホワイトホールのことかも知れません。

    ・その膣から、宇宙の卵たるカプセル状の物(霊界物語では円筒形)が生まれ出た。

      このカプセル状(円筒形)から宇宙の星々がバラ播かれて誕生をした。ビックバンです。

     

    ・その後、大宇宙の【意識】が万物の【想像】に入った。

      だが、それらは想像の【絵】であり、命を宿していなかった。単なる【絵】です。

    ・宇宙の大意識体は、それらの絵に神の【息】を吹いたことによって【想像】から【創造】にと入った。

     

    ここに【想像神(意識体)】=【創造神】

    その大宇宙意識体たる神の【息】を、創造神の【自らの心】と呼ぶ

     

    この世には善悪と呼ばれる事柄があります。そうした悪も全て創造神が源になっているので、悪だと攻撃するべきではないと言う意見があります。確かに悪も源は創造神だと言えばそうなります。しかし、創造神は意図して【悪】を生み出したのではないのです。

    命(いのち)とは【息(い)の霊(ち)】の言葉の意味とされますが、その息は【誰の心】かとなります。前にも書いていますが、【悪の亞】は主(創造神)を亡き者(墓に葬った)の意で、創造神の存在を忘れた人達の心のことなのです。

     

    その宇宙意識体(想像)神の【息吹】で万物が【命】を宿したことから、この【命】を【御言(みこと)】と言う。

     

    日本では【命】の漢字を「ミコト」と呼ぶのはそこにあります。

     

    聖書においては、【始めに言葉は神と共に在った】としますが、それは想像神が何々あれと言葉を発したから万物の命が出来たではないのです。私は【言霊】が何であるかと解った時、私がそれまで持っていた【神観】は全て吹っ飛んだと述べているのもそこにあります。

     

    ある方から私にメールで質問がありました。日月神示に「この神(艮金神)が人民に成り代わって天の神様に日々お詫び申し上げている。」とありますが、これは【天之御中主】様に対してですかとありました。大本教霊界物語を読んでいると、それは【天之御中主】様だと解釈してしまいます。それは【天之御中主】様に対してではなく、【言霊神】と呼ばれる存在に対してなのです。この宇宙を創った力の源が【言霊神】だからです。それらは神社に鎮まっている神々ではないのです。

    大本教からは【スの神】が出されましたが、それは言霊神の中の一部の存在なのです。為に私は出口王仁三郎聖師が出された【スの神】ではなく、【ラの神】で説明して来ているなのです。その【ラの神】の働きは、天においては【天之御中主】様の働きでもあり、伊勢神宮の天照大御神ではない【真性天照大御神】としての働きになるのです。

     

    それらの【言霊神】を全て統括するのが【みろく(三六九)大神】となるのです。これは大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(火水)】を理解すれば解ることではあったなのです。しかしながら、大本教神諭に【九つ花は誠(言成る)から咲く花なので、誠の者でないとそのお世話が出来ない。】とあるように、誠(言成る)をバカにしてスピリチュアル思考で走ると解らないなのです。

     

    想像神の【息】=神の【言葉】

    この【御言(命)】は意識の【識】の漢字で解るように、【言葉と音】なのです。 

     

    すなわち、言葉とは【音の波】で 

     

    音は【日立】であり、霊光を放っている

     

    日本語の【一】を【ヒ(霊)】と言うのは、無から「霊」が湧いた

    日本語の【二】を【フ】と言うのは「吹く・噴く」などの【力】の事象

    日本語の【三】を【ミ】と言うのは「身・実」たる【体】が出来た

     

    大本教では【一】を「ひと(一霊四魂)」

    大本教では【二】を「ふた(厳瑞八力)」

    大本教では【三】を「み(三元)」  

     

    としたのですが、これだけでは宇宙の初発の映像が解りかねないとなります。ただ、【二(ふ)】で表される吹く力とは、陰陽の【厳瑞】に【八力】が関わっているなのです。

    やがて人類は【二つ】の道に別れて行きます。そこに【七の世】は終わり。永遠の【八(∞)の世】が起きるなのです。

    創造神が恐れておられるのは、その時になって【永遠に別れるならば、どうしてもっと早くから宣伝しなかったのだ!】の文句なのです。為に、その前宣伝が明治25年から延々と続いていたのです。

     

    日本語の【一二三(ひふみ)】とは、【霊・力・体】を意味する

     

    だが、ひふみ(一二三)祝詞をいくら宣っても意味が解らずに宣っているでは、空念仏みたいなことになります。これを英語で【ワン・ツゥ・スリー】等と言っても、単にそれは数字の順列の表しであり、【神は言葉なりき】を数字で説明出来ないのです。

     

    私が【神】と言っているのは、この宇宙の【意識体】のことで

     

    神社等に鎮まっている御神霊達のことではないのです

     

    為に想像神(創造神)信仰には何の現世御利益もありません。自分がそうした創造神の段階に少しでも近づく為に努力をしているなのです。

     

    私達は【神】と言ってもよく解らないと思います。夜空を【月夜見】していますと、もう数が数えられない星々が輝いています。その数は「天文学的」数字です。その夜空の星を見ていて、宇宙は広い。それに引き換えて【人は実にちっぽけな存在】だと認識出来ます。

    なのに、自分には神社の神霊が見える。人は一人一人が創造神などとバカげたことを言う方達があります。神と言う存在を【神社】に鎮座している霊界人だと思っているからです。 その夜空に輝いている星々の大部分が【恒星】と呼ばれている【太陽】達です。仮にその太陽神を【天照大御神】と呼んだとしても、宇宙ではその数は天文学的数字であり、私達人類が所属する太陽系の太陽よりも遙かに巨大な太陽達が天文学的数字で宇宙には存在しているのです。

     

    私は自分を【いと小さき者】と言っています

     

    別に自分を謙遜して言っているのではありません。夜空に輝く星々を見た時、どうして自分は偉い者だとか、高き者だと言えるだろうかなのです。

     

     

     

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    霊学癸押/佑虜欧瞭睛討楼聾襪痢攜訖據曚函攜訐弌曚馬世犬襪伐鬚蠅笋垢

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      世界の宗教で【魂】と呼ばれる存在は説かれます。英語だと「ソウル」です。「スピリット」だと、心とか気力の意味合いになります。さらに「ハート」などもあって、魂の意味合いが解りづらいがあります。だが、【心】たる存在であることは解るのです。

      ただ、多くの人は肉体が死ねば、その【心】も消滅すると思い込んでいるなのです。確かに「心」と肉体が同一の世界の存在であれば肉体の死によって魂は消滅します。仏教の教えから【輪廻転生】という言葉が知られていますが、輪廻転生をしているのは肉体ではなくて【魂】たる存在です。しかし、キリスト教やイスラム教では輪廻転生の教えそのものが存在しない為に魂とは何かが解っていないがあります。

       

      漢字の【魂】は「鬼が云う」から、大本教で世に出した【牛虎(艮)金神】が出ます。

       

      だが、魂は鬼が云うより【玉思惟】の漢字が解りやすい

      魂に似た漢字に【塊(かたまり)】があります。魂とは心の塊でもあるのです。

       

      魂とは玉形の【思惟】です。思惟とは、仏教用語で「考えをめぐらすこと、心を集中させる」ことです。心の塊が玉形となっているのです。そして魂には【思考】能力があり、磨かれた魂は【不滅】なのです。

       

      人の心(魂)は、科学や医学では見えません

       

      私の【玉思惟】説ではなく、魂は【玉恣意】だと言われる方もあります。この場合「思惟」と「恣意」では意味合いが違って来ます。思惟は仏教用語で【考えをめぐらすこと。対象を思考し判断すること。】ですが、恣意は【気ままな心。自分勝手な考え。―的な解釈。】を指します。

      スピリチュアル標榜者の何をしてもいいのです。貴方の好きなようにしたらいいのです。そうした論調は魂を【玉恣意】と見ているなのです。為に、【思考能力】たる「奇魂」がまるで働いていないと言えます。

      ただ、【恣意】は心を次ぐ(継ぐ)で解る様に、それで【継続】したものであることは解るなのです。人に宿る魂とは肉体の死とは関係がないのです。死後(霊界)の世界で生きるなのです。

       

      人と他の動物ではどこが違うか?。

      人は考えをめぐらす能力が、動物よりも遙かに勝れています。輪廻転生において、人の魂は人間界でなく【動物界】への転出もあります。動物達にも【愛】はあります。しかし、動物界は【奇魂】の働きが弱いとなります。

       

      人の肉体から【玉思惟(魂)】が抜けても人は死にません。但し、【もぬけの殻】と呼ばれるように、心此処に在らずとなります。【思考(思惟)】が働いていない状態になります。科学者や医学者は思考は脳によるものと思い込んでいますが、脳は【知識】を蓄積しますが、【智慧】の働きは持たないのです。そこに【智慧】と【知恵】ではまったく意味を異にするのです。

       

      【慧】は悟り。道理を見抜き疑いを解く力

       

      慧の字に「心」の字があるように、脳ではなくて「心」に在る力です。慧の上辺は【星の光】でほのかに光る心となります。智慧は光を持つのです。単なる知識の知恵と智慧では本質的に違うのなのです。

       

      人は【智慧】の光に照らされないと、悟りには到らない

      人の魂は知識(知恵)で向上するのではなくて【智慧】で向上します。

       

      いくらお釈迦様やイエスが言ったことを知識として知ったところで、その意味を理解にするに到るではありません。そこには【智慧】が働かないと無意味なのです。仮に貴方の前にお釈迦様やイエスが立ったとしても、貴方の知識の質問には答えてはくれないでしょう。それが法華経典にある多くの比丘や比丘尼に対して、お釈迦様はこの場を立ち去れと言われたなのです。いくら教えを受けても知恵で理解して、智慧を持たないなのです。

      単に得た知識で質問するのではなく、自分でその意味を考えなさいなのです。自分自身が【思惟】しなければダメなのです。

       

       

      お釈迦様やイエスの時代。魂を捉える【写真機】の存在がありませんでした。為に魂を説明することは出来なかったと言えます。それはムハンマド(マホメット)の時代もそうであり、弘法大師や日蓮聖人の時代もそうだったと言えます。

      世界のどの予言者よりも傑出した予言が出来た大本教の出口王仁三郎聖師の時代には既に写真機はありましたが、出口王仁三郎聖師関連の写真を調べても魂が写っている様なものは見当たりません。それは当時の写真機やフィルム性能がそこまで行っていなかったと言えます。為か、大本教の出口王仁三郎聖師も魂の説明が出来かねないがあったようです。

       

      私は特別に膨大な資料を持ち合わせませんので、それが最初に魂を写したものかどうかは解りませんが、ある著名な宗教開祖の白黒写真に大きな魂が写ったものがあります。その宗教開祖が活動された時期からすると昭和30年以後と考えられます。その頃には写真機の性能やフイルムも向上したのかも知れません。ただ、その写真はその宗教の御神体とされていて、世には出されていません。

      カラー写真で撮られたものとしては、私のHPやブログ上で【田響隆仁氏】が発表された魂の写真を紹介させてもらっていますが、他の方が撮られた別の魂のカラー写真も上げています。オーブ玉写真と呼ばれるものは世に多く出回っており、私もオーブ玉が乱舞するビデオ映像をユーチューブにアップして来ました。今やテレビの「心霊現象」の映像ではオーブ玉は珍しいものではありません。ただ、オーブ玉は【思念】とも言われており、【思念】と【魂】ではどう違うのかがあります。

       

      思念も玉形の思惟も、そこにあるのは【思い】なのです

       

      その人の思いがたくさん詰まった容器が【魂】なのです

       

      この論理は、仮に人に魂が見えたとしても簡単には解りません。人はいろんな【意識】を持ちます。その意識によって行動しますが、その内容によって善の働きや悪の働きが起こります。こうした意識には【色の光】があり、その人の魂が磨かれて表面がクリスタル状であるならば、その魂の中に無数の各種の光の粒が存在していることが霊視上では解ります。【瑠璃玉】とも呼ばれます。

      但し、そうした瑠璃玉の様な魂の持ち主とは非常に高次元界の存在であり、それこそ滅多にこの世には降りて来ません。何千年に一人とか、何百年に一人とかです。

      そうした光の魂は世に出ている神々よりも高い次元界の存在で、そうした魂がお釈迦様やイエスだったりしたのです。それは世に出ている神々には人類に対しての教えが説けず。現世御利益で人を集めて神の存在を知らしめたなのです。人類に対する教えは高次元界より降りて来る高次元界の魂に頼ったがあるのです。

       

      それが宗教は宇宙を示す教えで、人の胸(宗)に宿る教え 

      宇宙創造神の存在を語らないと、それは宗教とは言えない。

       

       

      さて、魂(玉思惟)は碁笥と碁石の関係を見れば解りやすいが今回の題材なので、それで説明します。実際の魂(玉思惟)の写真は私のHPやブログで上げて来ましたが、碁笥とは似ても似つかないのです。どこまでも論理の説明上です。

       

       

      人の魂は親魂(本守護神・正守護神)から分派で誕生します

       

      その図は過去のブログで図の説明をして来ましたので、ここでは出しません。親魂から分派された子たる魂は親魂から分派された【一霊四魂】と呼ばれる自分の【心】を保有しています。

       

      魂は誕生時点で親魂の性質(心)を保有する

       

      各自の魂は親魂と成る魂の【奇魂】や【和魂】や【幸魂】や【荒魂】の分派魂であることから、それに応じた性質を持って生まれます。しかも、その親魂そのものがその元となる魂の奇魂や和魂や幸魂や荒魂からも分派されていますので、荒魂の魂から誕生した荒魂はより荒魂の気質が強いとなります。ここに人はこの世にオギャーと生まれた時から、それぞれ違った性質を持つとなります。

       

      親魂から出た魂の最初は一霊四魂は持っていても、その【精神】は【薄弱】であり、魂としての完成度が弱いとなります。そこに出て来るのは肉体を持っていても、その【精神】が肉体の個性に出て来ないとなります。人の【人相】とは肉体の遺伝子によっても違いますが、その魂の遍歴による性質も顔(人相)に出て来ます。そこに出て来るのが【人相学】であり、秀でた易者はその人相を見るなり、この人はとなるのです。

      このことを知るには自分の体内に他の霊魂を入れて介在する【霊媒者】を知らないと解ってこないとなります。だが、本当に優秀な霊媒者はこの世には僅かしか居られないのです。神の世界を介在する霊媒者とは単に霊に憑依されて口走る霊感者達ではありません。優秀な霊媒者は霊能者間で取り合いになるほどなのです。

       

      俗に【鳶が鷹を生む鷹鳶】の諺がありますが、平凡な肉体の遺伝子の家系に【高次元の魂を持った子】が生まれて来るなのです。特に知られているのが【龍男】と呼ばれる魂で、伊達政宗がそうした存在として有名ですが、この世で一代で何かを成し遂げた様な存在には【龍男】が多いのです。龍男の場合はその眼を見れば解ると言われています。

       

       

      ◎魂の分派により世に出された魂は、この世で自己の【意志(ある行動をとることを決め、かつそれを引き起こし、持続させる心的機能)】によって世の活動を開始します。最初は誰しも【世の汚れ】を味わわないので、その【意志】によって為した行為は碁石の【白】色の小さな玉の様なものなのです。それが魂の内部の構成要素となります。

       

       

       

      ◎だが、魂の修業場たるこの世は悪が許されており、どうしても社会の悪(意志を汚す)が生じて来ます。その汚れた【意志】が魂に入って来ます。その汚れた行為は碁石の【黒】色の小さ玉の様なものなのです。

       

       

       

      ◎人の魂はこの世の多くの体験で、その意志には善的行いによる汚れを持たない白石(意志)と、自己本位や自己勝手。犯罪たる悪事を行うことによって意志を汚した黒石(意志)が混じって来ます。

       

       

       

      ◎肉体にはやがて死の時が訪れます。世に【最後の審判】という言葉はありますが、人はこの世で死ぬ都度、その魂は審判はされているのです。その審判を受けておかないと、次に【人の世】に出ることはありません。その審判を行っているのが【地獄閻魔庁】であり、【冥府】です。この【冥府】のことを【黄泉(よみ)の国】と云いますが、多くの人は【黄泉帰り(甦り)】なのです。キリスト教神学などでは冥府の長官を【サタン】などとしていますので、輪廻転生など永遠に理解出来ない宗教と言えます。

       

      そこに、何故に悪神達は世に蔓延っているのかとなりますと、人として生まれ変わる道を選ばずに霊として生きているからとなります。そこにあるのが羅城の【来世門】。羅城の主を【閻魔大王(羅王)】と呼んでいるわけですが、羅生門には鬼が居る。それを節分の炒り豆で【鬼は外】と炒り豆をぶつけるです。これは元々は悪神達が国常立尊様を追いやる為にした行為とされています。

      で、宇宙の元津神(創造神)を【ウシトラ金神(宇志採羅根真)】としていた九鬼神道家の綾部藩では、【鬼は内・福は外】としたのです。為に同じ綾部から発祥した大本教では【鬼は内・福も内】にしたのです。綾部藩の総氏神社であった若宮神社においては、綾部藩の経緯もあり、さすがに【鬼は内・福は外】は難しいので【節分祭】を執り行わないなのです。

      大本教から出された【節分の炒り豆で鬼を追う】行為は、国常立尊様を追う行為とされたのはそこにあります。

       

      西洋で【善悪の天秤】が語られますが、貴方がこの世で積んだ善の行為と悪の行為との差し引きが行われます。そこにはスピリチュアル標榜者の【何をしても神の愛で赦されます。】は、輪廻転生がある間はあり得ないのです。

      差し引きされた善悪の【勘定】により、霊界に帰る貴方の魂には善の光の玉(意志)か、悪に汚れた光の玉(意志)のどちらかが残って来ます。その残された石(意志)が【カルマ(業)】であり、良いカルマの残しは次の世に【悳(徳)分】として働き、悪いカルマは因縁(業)として次の世での精算として残るなのです。

      仏教には【三時(過去・現在・未来)】に渡る罪の償いの教えがありますが、キリスト教やイスラム教にはそうした教えすらないとなります。

       

      善(白)と悪(悪)との差し引きをする。

       

      善であれ、悪であれ、残っそた意志(石)の分が次の世に【カルマ(因縁)】として渡る。

       

      また、この善悪の【差】が霊界での【次元界】を決める

       

      天国天人界に入った魂にとっては、またもやこの世に降りるのは【諸刃の剣】となります。魂の刑務所。魂の流刑地(根の国・底の国)とされるこの世に降りて、更なる悪に対する反対の学びから天国天人界での向上が出来るか。この世の悪に自分自身が染まって地獄界に墜ちる危険性が出て来るからです。ですから天国天人達はこの世に降りることを嫌います。何も学ぼうとしない人類の為に、自分が危ない橋が渡れるかです。ですから天国天人界からこの世に降りるのはそれなりの【覚悟】が要ります。

       

      ◎人の魂は【輪廻転生】という長い旅路の結果、善の行いを続けた魂はその結果として【天国天人】界にと進んで行くなのです。誰かを拝んだからではありません。その白い意志(石)が多いほど、第一天国界、第二天国界、第三天国界にと別れて行くなのです。

      汚れた意志(石)が多いほど地獄界に、そしてその善悪の差があまりない場合は中有界で【輪廻転生】を煩雑に起こしたなのです。

      だが、永遠のみろく世に向かうに当たって、中有界や地獄界は最後の審判の時まで私達が住む現実界と混ざり合うとなります。為に、その時までこの世では多くの悪しき事象が多発して来ます。

       

      世の立替の前はこの世は【大嵐】となる

       

      私は神霊界修行を【豊受姫】に頼りましたが、その豊受姫は【貴方は立替の大嵐の中を突破される。】と告げられましたが、遂にその時が来たと言えます。この大嵐はかなり長期間に渡ります。自分の魂の汚れが少なければ少ないほど、小難で過ぎるなのです。だがその大嵐によって、【魂】の禊ぎが行われて、黒石も白石に変わって行きます。

       

      その「禊ぎ】の祓いとは、神社の神主が振る大串等ではなく、魂そのものの汚れを削る【身殺ぎ】と呼ばれるものです。

       

       

       

      ◎私はこれまで、人の魂には【点数】が出ると語って来ました。その点数とは白石と黒石の差で【良心神】の点数と言います。

       

      最後の審判とは、【輪廻転生】が終わる時の最後の判定

       

      それはキリスト教のイエス一人を神の御子と信じれば助かるというような話ではないのです。自己の魂の【内在神】に対する話で、自分はどこどこの神様を信仰して来ましたと抗弁しても、外在神信仰の有無ではない。貴方自身の【神性】を問うているのだと言われてしまうのです。

       

      いくら熱心に外在神信仰を積んでも、審判は貴方自身の【魂の中味】の話であって、その【点数】を動かせないのです。ただ、一柱だけそれが出来る神があるのです。

       

      それが魂の管轄【閻魔大王・国常立尊】様

       

      ほとんどの人が気づかなかったのは仏教の【閻魔大王】とは、地球創造神で始めに地球に下った主神たる「国常立尊】のことであるなのです。ただ、神社等で当方では【天之御中主(国常立尊)】様を祭っていますと言われてもなのです。

       

      神は汝と共にあり。内在神である気づきが抜けている

       

      私は子供の時、旧約聖書の神と称する声から【この神だけを唯一の神とせよ。そうした者達はこの私が救う。】と告げられたのですが、大本教神諭を読むとその神が日本では【ウシトラ(艮)金神・国常立尊】となっていると解るのです。確かに、【鬼で云う】で魂の総親神でないと無理な話です。で、大本教からは【節分の炒り豆にも花が咲く】と大宣伝がなされたなのです。

       

       

       

       

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      霊学癸院N慍転生。人は何故に自分の前世を認識出来ないのか?。

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        これまで私が書いて来たブログは多岐に渡り、霊界と呼ばれる世界が存在していることを主眼として来ました。それと、私達人類はその存在を口に出して言うことはあっても現実には見たこともないであろう絶対的な【宇宙創造神】の存在証明論として、日本語と言う種別になりますが【言葉の仕組】を解説して来ました。

         

        その一つとして【言霊】と呼ばれるものがあります。残念ながら、この日本で【言霊】と呼ばれる存在を知る霊能者は若干名であり。スピリチュアルに到っては全滅に近いと言えます。それは聖書に【始めに言葉は神と共に在った】とありますが、その理解とは創造神が何々あれと言われたら万物が生まれたという程度の理解力で、イエスとてその域から抜け切れていなかったがあります。また西洋で言う大天使と称する霊達も何も解っていないがあります。

         

        そのイエスの教えを打ち破って来たのが大本教の【出口王仁三郎聖師】の教えと言えます。しかしながら、大本教から出された教えをどれほどの人が理解出来ていたかとなると、出口王仁三郎聖師の直弟子で世界救世教の開祖となった岡田茂吉師。成長の家の開祖となった谷口雅春師も理解出来ていなかったと解ります。

        日本の新神道系として存在する各種宗教開祖さん達は大本教が出した、【ス(主)の神】論から一歩も抜け切れていない。また世に出ておられる神社等に鎮座する御神霊達も魂としては比較的に若い存在の方達で、【魂】とは何ぞや!。に対して、それすら説明が出来ないとなります。

         

        私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫から【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で神々に対して教えをされる方。貴方の言葉による教えは天帝の【詔】と同じで、貴方の言葉の教えが聞けないと言う神達は如何なる神であっても天帝に対する反逆罪で天帝により裁かれます。】と告げられて驚いたしだいですが、西暦2020年を区切りとして天帝の命により裁きの天軍が準備に入ったと思われます。

        これから先、世の立替の嵐が予想されます。各自にとって大切なことは永遠のみろくの世に向かうに当たって、【自己の魂】を腐らせたり毀したりしないことです。世の立替と呼ばれることは、永遠の世に向かう為の【各自の魂の大禊ぎ】となるからです。

         

        自己の魂の大禊ぎは、過去世からの各自のカルマの払い

         

        自己の魂のカルマの払いは、自己が払うより道は無し

         

        為に、これまでの様な外在神に頼ることは出来ません。もう世に出ている神々とて立替の嵐に巻き込まれるので、かまっておらなくなるからです。そこで、聖書や仏教では出されなかった魂論に基づく【霊学】をまとめたものを、これからのブログに書きたいと思います。

         

        *****************************************************************

         

        日本人の大多数は日本神道と仏教の二つの教えの中に存在します。その仏教において、一部の仏教宗派は人は死ねば土に還るだけで死後の世界など無いと公言して、その宗派の信徒は死後の世界や霊界の存在を言う人達をオカルト攻撃されています。

        だが、他の仏教宗派では死後の世界。そして【輪廻転生】という教えそのものはあります。だが、具体的な話になると霊界の様子が解らないとなります。通常の僧侶では自分が霊的な事象にぶつかった時、霊能力者に頼らないといけないが起きます。御経を唱えるだけでは解決が出来ないなのです。

        こうした分野は【霊能者】と呼ばれる人達に頼らないといけない分野なのです。単に霊が見えるとか霊と会話するというだけのスピリチュアル的な能力では処理出来ないのです。いくら自分に霊的な素質があっても、よき指導者に巡り会って行に行を積まないと【法力】が発揮出来ないなのです。自己流で走ると非常に危険なのです。自分の前に見えている霊が衣冠束帯や十二単衣で見えていても、曲津神であったりしているからです 。

        日本神道界には【輪廻転生】論はありませんが、十種の祓いとされる祝詞には、人は死後も生きるという程度の祝詞はあります。

         

        キリスト教やイスラム教にも希に【輪廻転生】を言われる牧師や聖職者達は存在しますが、そうした方達はほとんど疎外されておられます。キリスト教等では悪魔祓いが出来る牧師など、上級牧師への道が閉ざされています。実際に霊的世界のことを知らない人が、教団の幹部になっているからなのです。

         

        人は何故に死後の世界(霊界)を認識出来ないのか?

         

        私が子供の頃、私に旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。その声は、私に【私はアブラハムの神であり。そなたの神である。】と告げられたのです。その声は、私に【人はこの世に生まれて死んで。またこの世に生まれ出て死ぬ。その繰り返しである。】と告げられたのです。それは人の魂は【輪廻転生】をしているということです。

        その旧約聖書の神と称する声は、【人はこの世に生まれ出る時は、前の世とは顔も肉体も違う。前の世と同じ姿で生まれ出るのではない。自分の親となる者も兄弟も違えば、自分が知り合う人達も前の世の仲間と必ずしも同じとはならない。生まれ出る土地も環境も社会も違って来る。されど、前の世の自分と今の世の自分は同じ心である。その心(魂)は同じである。】と告げられたのです。

         

        生まれ変わることは別の人生だと告げられたのです

         

        だが、前の世も今の世もその心(魂)は同じなのです

         

        そして、人は今の世に生まれ出て過去世の自分を思い出せないことに関して、【人は今の世に生まれ出て来るのは過去世の失敗を更生する為であり、自分の魂の欠点を無くす為である。なまじ自分の前世を記憶していると、過去の過ちをまたもや繰り返すことになってしまう。同じ過ちの轍を踏む。その為に、過去の記憶を消してこの世に出て来る。自分の過去世を思い出さないのは、この神の「恩寵」である。】と告げられたのです。

        さらに、【もしも過去世の自分が人を殺して来た者と思い出したならば、その罪を恥じて更生の為に出て来たこの世で安楽な人生を送れるであろうか?】。また、【人は何度でも生まれ変われると知ったならば、その更生の為の人生で辛さに負けて自殺を図る者も出るであろう。人の魂は腐らせたり捻れさせなければ、何度でも生まれ出ることが出来る。】と教えられたのです。

         

        人の魂は欠点を更生する為に、「後世」の世に甦(更生)る

         

        間違った前世の記憶を消されて出て来るのは、創造神の恩寵

         

        人はこの世で犯罪を犯してもまたもやこの世に出される。それはスピリチュアルの【神の愛で何をしても赦されます。】と説く意味とは論理的にも違うのです。

         

        人は幾度もやり直せると知ったならば、自殺する者も出る

         

        人生は一度きりだと、努力して頑張るのが正しい

         

        そうした為に、人は自分の過去世が解らない状態に置かれていると告げられたのです。 また、【輪廻転生の過程の中においては、人は過去の自分が神として崇められて神社等に奉られていることも知らずに、過去の自分を神霊として崇敬することも起きる。過去の自分がいくら神霊と称される存在になっても、人は自分の過去を持ちだしてはならない。過去世の自分がいくら神霊として祭られていようが、今の自分の名前で神と成らなければならない。】とも言われたのです。

        一番いけないのは、自分の前世はお釈迦様であった。イエスであった。そうした名乗りをする方達なのです。その人が前世で本当にお釈迦様やイエスであったならば、それは自己の魂に【欠点】があって再度この世に出たということであり、自分の過去の教義が間違っていましたと世に言わなければならないことなのです。

         

        この過去世の自分で神上がりしたのが【正守護神】

         

        旧約聖書の神と称する声は私の前世に関して、【そなたの前世は悲劇の武将であった。武将でありながらあまりにもお人好しで、人を疑うことをせずに人の魂胆が見抜けず、そうした者達の魂胆に利用されて悲劇の武将として最期を遂げた。そなたの今世の学びは、人の魂胆を見抜く為の修行である。そうしなければ、今生のそなたも人の魂胆に欺される。】と告げられたなのです。

        旧約聖書の神と称する声は、私が前世で何と呼ばれていた武将かは教えてくれませんでしたが、霊界修行の過程で自分の前世が何と呼ばれた武将かは解って来ました。確かに悲劇の武将でした。私は体躯に恵まれていなかったので軍人になることは出来ませんでしたが、体躯に恵まれていれば軍人(自衛隊)の世界に憧れて飛び込んでいたかも知れません。それは自分の前世が武将であった時の心からです。 肉体の私は体躯に恵まれていなかったことで「侍」たる道には進みませんでしたが、私の「正守護神」は霊界では【武将】の姿として出て来ます。

         

        私の前世たる【正守護神】を霊能力で見ることが出来た方は、それは武将の姿だと告げられます。

        人の魂の本質は、【過去・現在・未来】とに続く

         

        そこに、人は性格を中々変えられないが起きる

         

        私自身、神代と呼ばれる時代には天使職で剣を携えて多くの神界の戦争に身を投じていたのです。その敵とは大本教神諭に【ユダヤの悪鬼】と書かれていた勢力です。私はこの世で武将であった時の記憶より、天使職として戦っていた時の記憶の方が強いと言えます。また、その時の神界の敵方の武将霊が悔い改めて私を訪れて来たもあります。

        私は大本教霊界物語を読んでいて、自分の過去の記憶の一部が甦ったがあります。私は国常立尊様に忠誠を誓う天使団の一員だったなのです。私はその当時の国常立尊様の御引退劇の経緯に関わっています。その時代とは、今の神社等に鎮まっている御神霊達など世にも出ていない時代と言えます。人類の歴史では解らない時代と言えます。そうした長い旅路の魂の遍歴をしているなのです。

         

        霊能者【江原啓之】さんが出て来られて、テレビ番組で人の前世を見るで大ブームを起こされました。それ以後、【前世を見る商売】をする霊能者やスピリチュアルの方が増えて来ました。

        私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【人が自分の前世を知ることは封じてある。】と聞かされていていましたので意外と思いましたが、私自身何人かの人の前世を神霊から見せられるが起きました。霊能者だから前世が見えるではなく、特異な能力を持った方が出て来たと言わざるおえません。

        しかし、その見立てが完全に当たっているのかとなりますと、違う問題が発生して来ます。 大本教から【人は霊(ひ)止(と)】と出されましたが、人の肉体には無数の霊が止まっています。優秀な霊能者ならば万体もの霊。そこそこの霊能者で数千体の霊。霊能者で数百体の霊。霊媒体質者で数十体から数百体ぐらいの霊が付随しています。

        私はサニワ修行の中で、その人の本当の魂(心)を出す前にその人に憑依している霊が表に出て来る。その憑依している霊を一つ一つ除去していかないと、その人の魂を知り得ない体験をして来ました。その人に憑依している霊がその人の魂の振りをするもあるからです。その人に憑依している霊は見えても、それがその人の本当の前世たる魂を出せるかとなったならば、そんなに簡単なことではないのです。

        こうしたことは単に霊媒体質者でなくて、本当に優秀な【霊媒者】を知るならば、私が書いている意味は解ります。優秀な霊媒者に霊を入れると、その人相が入った霊の顔立ちになります。そしてその霊媒者はその霊の肉体となって、ありのままに語って来ます。だがそれは、その霊媒者の前世たる霊ではないのです。こうした憑依により出て来る霊をその人の前世と思うと間違えるのです。

         

        人は【霊(ひ)止(と)】だと理解しないと、前世を見誤る

         

        自分の前世に拘らずに、今の自分の生き方で神上がりをする

         

         

         

         

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        神界最終戦争にあたり、天帝から任命された【正夷大将軍】?。

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          大予言として知られた大本教の出口王仁三郎聖師は数々の予言をされて、それらの予言は的中して来ました。何故、未だ来ていない未来のことが予言出来るのか?。そこに【神】と呼ばれる存在の認識が要ります。ただ、神と言っても単に個人の予言をして人気を博する霊と人類に関わる予言をする神とでは、神霊としての次元もスケールも違うとなります。上の神ほど個人的な幸せなどには関わらないからです。大本教から出た神は神界のトップクラスとみられます。

          しかし、出口王仁三郎聖師は昭和23年にこの世を去られたことにより、それ以後に起きる予言はほとんどなされていません。為に、この世に何が起きるのかよく解らないがあります。

          その出口王仁三郎聖師が【型】として演じられた役柄に【源日出雄】がありました。しかし、この【源日出雄】たる神霊を霊界でいくら探しても見つからないと言えるでしょう。出口王仁三郎聖師の霊は出口王仁三郎霊として神界に存在されていますが、【源日出雄】としては見当たらないと言えるでしょう。これは「隠された神」と言えます。

           

          何故に【源日出雄】という演技が必要であったのか?

           

          大本教霊界物語の中に出口王仁三郎聖師が演じる【源日出雄】の演説があります。(大正一四年・八月・一五日記)

           

          太古に於ける現世界の住民は何れも、清浄無垢にして、智慧証覚にすぐれ、愛の善と信の真をよく体得し、直接天人と交はり、霊界も現界も合せ鏡の如く、実に明かな荘厳な世界であつたのであります。それより追々と世は降つて白銀時代となり、八岐大蛇や醜狐が跋扈し始め、智慧証覚は漸くにしてにぶり出し、降つて赤銅時代黒鉄時代と益々現実化し、妖邪の空気は天地に充満し、三界に紛争絶間なく、今や泥海時代と堕落して了つたのです。仏者は之を末法の世といひ、基督教は地獄といひ、神道家は常暗の世と称へてゐます。地上一切の民は仁慈無限の大神の恩恵を忘却し、自己愛的行動を敢てなし、互に覇を争ひ、権利を獲得せむとし、排他と猜疑と、呪咀と悪口のみを之れ事とし、仏者の所謂地獄餓鬼畜生修羅の惨状を現出することとなりました。】

           

          中略

           

          今日の人間は凡てが卑劣で柔弱で、小心で貪欲で、我利我利亡者で、排他的で、真の勇気がありませぬ。かかる汚穢陀羅昏迷の極度に達した人心に活気を与へ、神の聖霊の宿つた活きた機関として、天晴れ活動せしめむとするには、先づ第一に勇壮活溌なる模範を示し、各人間の心の岩戸を開いてやる必要がありますので、・・・・・・】

           

          中略

           

          【源日出雄の心中には既に既に神命を奉戴し、空前絶後の大神業を今や企てむとし、満月の如く絞つた弓の矢は近く放たれむとしてゐたのである。】

           

          完結。

           

          今は仏教で【末法】と呼ばれる時期であることは誰しも知るでしょう。

           

          大本教の出口王仁三郎聖師は自分は【素戔嗚尊】の魂で【ス神】であると称しておられました。これ以後、あちらでもこちらでも【スの神】が言われるようになりました。しかし、大本教霊界物語の第十三巻【信天翁(あほうどり)】において、この大本教に現れた変性女子(出口王仁三郎聖師)はニセ者だ!。の発表になります。この十三巻での発表は【ス神】そのものが【主神】ではないのです。それどころか、それ以外に出口なお開祖から言われた自分が【みろく大神】ですら、自分はニセ者であったと告げられたのです。そこに【素戔嗚尊】のみならず、自分が【みろく大神】と名乗る自称者も後を絶たないなのです。

          出口王仁三郎聖師の魂は後日、優秀な霊能者達のサニワ(審神)や霊査において、素戔嗚尊神界の八合目(八次元界とする説もあり)の分魂であったと言われています。この段階はナザレのイエスとほぼ同格とされます。その意味では出口王仁三郎聖師の【自分はナザレのイエスに何一つ劣っていない。】と言われたことは正しいとなります。

           

          それはナザレのイエスの段階では本当の【救世主】と呼ばれる存在ではないのです。巷で自分が救世主ですと名乗る方は数多ありますが、どの方も出口王仁三郎聖師の魂の域を超えてはおられないようです。またイエスの域も超えてはおられない。そうなると、その方の自分が救世主です等の名乗りは単に【自称者】に過ぎないとなります。

          優秀な霊能者は大本教は【予告・予言】教団としています。大本教で出した【神芝居】は筋を変えても必ずこの世に現れるなのです。

           

          されど、

          神の舞台に上がる役者は誰も本当の筋書きを知らない

           

          私の元にあるメールが来ました。自分は救世主です。是非、貴方には自分の参謀となっていただきたいです。私のブログを読んでの話でしょうが、私が書いている内容を何一つ理解出来ていない方と解りました。私が書いている内容が何一つ理解出来ないでは、智慧証覚(奇魂)がまったく働いていないとなります。それでは仮に救世主と呼ばれる存在が出るとしても、それに該当するはありえません。

          私の元には自分が救世主ですと言って来られる方達や、またはそうした方を救世主と信じる信徒の方達から、自分が信じている方が救世主様です。是非、貴方はその方の元にはせ参じてください。そうしたメールが幾つも来ました。皆さん、その名乗りは自分は【素戔嗚尊】の魂ですと言われます。

          出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊神界の八合目(八次元)と言われている説が有力ですが、それより下の次元界の名乗りの魂で救世主ですと名乗る方があります。すると、エッー?、となります。この人は何も理解していないです。さりとて、それ以上の次元を名乗っても出口王仁三郎聖師の域にまるで達しておられない。

          そうした方を救世主と担ぐ背後霊団の霊達は、大本教神典の内容を何も学んでいないで、大本教が出した【素戔嗚尊】とか【みろく大神】を語っているがあります。大本教神諭や霊界物語の内容を知らない。解らない。で、それは無いだろうなのです。

           

          何故にその人の背後霊達に、そうした智慧が存在しないのか?

           

          それは霊界物語の中の「源日出雄」の演説にあります

          八岐大蛇や醜狐が跋扈し始め、智慧証覚はにぶり出し

           

          私はヒンズー教の奥義書とされるヴェーダ典に記載される【人の中に眠るコブラ(眼鏡)蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める。】を体験した者です。そこから【真理】に向かったなのです。蛇霊が自分から帰っていないと奇魂の働きは難しいのです。

           

          人の中に住む蛇霊を帰さないと、智慧証覚は起きません

          神は愛だ!。こうしたことを連発する方達の背後はほとんど蛇霊や醜狐達が見受けられます。

           

          自分には宇宙大元神が降りて来ると言うスピリチュアル系女性のサニワ(審神)をした時、そのスピリチュアルの方が言う宇宙大元霊神とは「黒龍神」であったがあります。別に八岐大蛇でなくても聖書に記載される霊界で年老いた大蛇霊の龍神の類いです。実際に調べて行くと、この世の霊界は龍神と呼ばれる大蛇霊や醜狐(白狐霊でも半数はそうした野狐の配下であったりしている)達が多数なのです。そうした霊に憑依されて単に自分には霊が見えるでは、こと済まされないのです。そうした霊達から、貴方が救世主ですと告げられた時、自分の器量を考えてみるべきです。自分はそれに相応しい「器量」の魂の持ち主なのか?。です。

           

          大本教の出口王仁三郎聖師には有栖川宮熾仁親王(ありすがわのみやたるひとしんのう)御落胤説がありました。有栖川宮熾仁親王は皇女和宮と婚約されていたのですが、公武合体で皇女和宮さんは第十四代将軍徳川家茂に降下されたことで悲恋の物語で知られる方です。また、若くして即位された明治天皇に後継ぎの御子(大正天皇)が誕生されない間、皇位継承第一位にあった方です。

          明治維新の時に明治維新政府の総裁となり、官軍として【東征大総督(臨時の軍最高司令官)】となり、戦争の指揮権に徳川家や諸藩の処分権が与えられました。その参謀に【西郷隆盛】が就任したなのです。後に西南戦争では西郷隆盛を逆賊として討つ征討総督となり西郷隆盛を討った指揮官で、皇族でありながら西郷隆盛に続いて2番目に陸軍大将となった軍人でもあるのです。

          この出口王仁三郎聖師の有栖川宮熾仁親王御落胤説は真実であろうと真実でなくてもどちらでもかまわないのです。そこに【神の仕組】の型があるからです。有栖川宮熾仁親王には当時の記録が残っており、有栖川宮熾仁親王の行動のアリバイが崩れない限り、出口王仁三郎聖師の御落胤説は証拠論としては薄いと言えます。

           

          何故、出口聖師は有栖川宮熾仁親王の型演技をしたのか?

          天のスメラの皇統の魂でありながら、武人(軍人)たる存在。

           

          その存在はこの世の人たる肉体ではありませんが、出口王仁三聖の【源日出雄】と【有栖川宮熾仁親王】の型演技で解る御神霊に対して、天帝から【大総督(天軍の総指揮官)】職に任じられたなのです。これはやがて霊界に【神界最終大戦争】が起きて来ると言えます。

          そして霊界物語の中の源日出雄の言葉としてあります【各人間の心の岩戸を開いてやる必要がありますので、・・・・】の天の岩戸開けの任務も付与されたなのです。この御神霊は天帝からその「命令」が下るまで、何一つ動けなかった節がありました。

          大本教神典に【天の岩戸を開く役】がありますが。今回、ようやく【天の岩戸を開く役】の御神霊がどなたかもはっきりと出ました。しかし、それ以上に重要な大本教神典にある【天の岩戸を閉める役】がどなたなのかは、私にも未だ見えて来ません。これはいずれ解って来るでしょう。

           

          私は大本教神諭の解説者を自認しておりますが、未だそこは【謎】が残っています。しかし、2020年をもってこの世でも霊界でも様々なことが起きて来たなのです。中国では「新型肺炎」の発生。アフリカ北東部諸国を襲うバッタの大群の蝗害でソマリアでは国家非常事態宣言まで発せられました。オーストラリア大陸の大火事など、世界各地で異常が起きているのです。

          私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【この世に様々なことが起き出したら、その時が始まったと知りなさい。】でした。

           

           

           

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          自己の魂の根元を探るのと肉体のルーツを探るのとは真逆の仕組

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            最近、NHKのテレビ放送では大変な費用をかけて有名な芸能人さんの先祖ルーツを辿る番組が放映されています。自分の肉体のルーツを知るというのは由緒正しき家筋に生まれた者でなければ、自分の肉体の先祖を探るのは容易ではありません。

             

            日本の仏教ではほとんどの宗派で【先祖霊供養】を説きます。それは御先祖霊は霊界に居られるとするからです。ただ、日本仏教の一宗派に関しましては、死後の世界など無い。人は死ねば土に還るだけだと「公言」しておられます。この宗派は大宗教でありながら日本仏教会に所属されていませんので、死後の世界でどこに行かれようが勝手にしなさいです。人は土に還るだけならば先祖霊供養は要らないことになり、その宗派の信徒の家系の御先祖霊達は供養されていない霊ともなります。魂は【輪廻転生】で新しい人生を歩むのではなく、土に還ると言い張るならば土に還りなさいとなります。

             

            先祖供養が必要か不必要かは、その人の生前の神仏信心如何

             

            私の大叔父は生前は非常に信仰深い方で、地元の氏神様に石の鳥居を寄付していました。別に大金持ちではなく、生活は質素でした。質素な生活で貯めたお金で地元の氏神様に石の鳥居を寄付したです。その大叔父が死後にどの様な世界に行ったのか?。その地元の神社を管轄している神霊に問い合わせたところ、自分などには解らない高い霊界に行かれましてので解りませんと言う返事でした。そこで大叔父を呼んでもらったところ、三途の川を【龍船】で渡ったと言います。

            私は豊受姫が朱色を基本とした色彩豊かな塗装された【龍船】に乗っておられる姿を見ておりますので、そうした【龍船】が差し回されたとみています。通常の三途川の渡し舟ではなかったと言えます。それは地元の氏神様に対してでも、神霊世界に対して多大な貢献をしたからと言えます。 ただ、神社仏閣に多大な寄進をしたから天国界ではないのです。何度か述べましたが【地獄の沙汰も金次第】にある、自分の財を氏神様に寄進。社会福祉団体や慈善団体に寄進。そうした行為が自己の【カルマ】の解消につながり、その大叔父はその人生において多くの人を助ける【世根】の働きもしていたからです。非常に弱者に対する面倒見がよかったのです。そして正義の人でした。

             

            お題目信仰ではなく、多くの人に喜ばれることの神信心

             

            私の家系は祖父が養子で、どこから養子で来たのか教えて貰いましたが、その家系との付き合いがまったくありませんので肉体の先祖の出所はよく解りません。ただ祖父の養子先たる今の家系は私が霊能者に調べて貰って五代前の先祖霊さんは日蓮聖人の御分霊であり、祖父の養子先の家系そのものが国常立尊様の霊系を守る為の家系であると解ったしだいです。

            私は子供の頃、私はこの家系に預けられる形で生まれて来たと感じていましたが、まさかそんな家系とは思ってもいませんでした。この家系から出ることそのものが【神仕組】と言えます。私の家の神棚と仏壇を見た霊能者が、ここは神棚よりも仏壇の方が遙かに強いと言われるのもその為です。豊受姫ですら、その仏壇に向かって挨拶をされたほどだからです。

            私が神霊界に修業に入った頃、その当時に私の前に出て来られるのは日蓮聖人で、どうして日蓮聖人が私の前に出て来られるのか意味がまったく掴めない状態でした。私は曹洞宗の家系なのに仏壇に白蓮の花が咲く映像や金文字で【南無妙法蓮華経】と点滅するなど、意味が解らない私を大弱りさせたなのです。

             

            霊能者は、先祖霊供養は【五代前まで】と言う方が多い

             

            何故かと言うと、ほとんどは輪廻転生で生まれ変わる 

             

            私の前に出て来られた日蓮聖人の本体霊は【生まれ変わらず】に、その御分霊を私の家系に出された。その御分霊は私の家系の五代前守護霊として私の副守護神格で私を守ってくれていました。祖父の養子先の御先祖霊は役目を終えると日蓮聖人の魂に合体されるとなります。そこに本霊と分霊の違いはあります。

            霊的な世界が告げる先祖供養としては、基本的に自分が名乗る【姓名】の五代前での御先祖霊供養が言われるのですが、それ以前の霊で神界の御用に就いていない様な場合はほとんど生まれ変わることで存在しないとされているからですが、生まれ変わるのが早い方は即座に生まれ変わりますので、その先祖霊の数も減るとなります。更に先祖霊も神上がり(天国天人)された様な存在はその家系から離れてしまわれますので、直系筋だけで言うと全ての直系御先祖霊が中有界や地獄界に在るではないのでそれらの霊も供養する必要はないわけです。

            私の肉体の父親は死の前に、天馬に引かれた馬車のお迎えがあり。天国界に旅立つたことは解っていましたが、肉体の母も死ぬ間際に本守護神が誰かと解り、その本守護神の元にと帰りました。一応、父や母霊に対しては何の心配もありません。

             

            しかしながら、自分の肉体のルーツと成る先祖霊は苗字を呼称する直系だけではありません。母方などの筋は解らないが起きて来ますが、自分の肉体のルーツから言うと【62人】の肉体の【遺伝子】が自分の肉体には流れているのです。その霊を供養する家筋が絶えたとしても、その霊にとっては各自は【子孫】なのです。すると、苦しい時はその子孫に懸かって来てもおかしくないのです。

            霊能者と呼ばれる方達でもスピリュアルと違い【本守護神】【正守護神】【副守護神】を言われる方達は、副守護神は自分の家系の四代前か五代前の御先祖霊と言われる方達があります。四代前で十六体。五代前で三十二体。合計で四十八体の御先祖霊のどなたかの場合が多いなのです。

            だが副守護神は必ずしも自分の家系の御先祖霊だけではなく、自分の魂の前世霊が地獄界に墜ちていて、それが自分に関わって来る場合もあるなのです。この場合はその魂自身が生まれ変わるのではなくて、自己の分霊を出しているので霊界における魂の説明はかなり難しく、かなり賢明な理解力を持った方で無いといくら聞かされても理解が出来ないとなります。

             

             

             

            自分の肉体の御先祖霊が中有界や地獄界に存在していれば、そのカルマは子孫たる肉体にも影響する。

             

            自分は分家だから先祖霊供養の必要が無いは大間違い

             

            私は神霊世界の修行を稲荷大神たる豊受姫の元で積んで来ましたが、その豊受姫は【先祖霊供養は神の管轄には非ず。坊主に頼め。】と言っておられましたが、日本の神道系においては先祖霊の面倒までは見ていないなのです。

            旧来の日本神道では人の死者は汚れた者とされ、その遺族は一年間は【喪】に服すです。遺族は別途にお祓いを受けた後でないと神社には拝していけないとなっています。ただ、そうしたことを知る人は今では皆無ですが、きちんと作法を守っておられる方もあります。

            現在の熊野本宮の宮司は元綾部藩主であった【九鬼氏】がされておりますが、その先代宮司が亡くなられた時には神式ではなくて、綾部の九鬼藩の菩提寺で葬儀がなされます。それは旧来の日本神道の神社の宮司でも、ほとんどが【仏式】で葬儀をされます。旧来の日本神道は人間の死者は【汚れた者】としているからです。

            しかし、新神道が起きてからはそうした新神道各派は【神式】で葬式を執り行うようになりました。人は死ねば【神上がり】をするです。実際問題として死者は【汚れた者】だから神上がりが出来ないではないのです。霊界と呼ばれる存在から見た時、神式だとか仏式だとかキリスト教式など何の関係もないからです。

            キリスト教のイエスを主の一人御子だと信じていない異教徒は地獄に墜ちるなど、どこにも存在しないからです。キリスト教徒で亡者となっている様な霊でも、仏教の【般若心経】の御経できちんと霊界に送れるなのです。

             

            先祖霊供養とは、自分がお世話になった家系に恩礼

             

            もし、自分がこの世に人として出て来ることを受け入れてくれる家筋がなければ、自分はこの世に人として出るのではなくて、犬や猫や牛や豚等に生まれ変わっていなければならなかったのかも知れないのです。多くの人は仏教で【転生】が説かれていても、その実体を知ることはないのです。

            自分を生んだ両親は自分を虐待したなどがありますが、そこにはその魂が【カルマ】を背負っていたもあります。特に神代の時代と呼ばれる時に罪を犯した魂は、仏教で説かれる【因果応報】により、この世の地獄に置かれることもあるのです。ただそうしたことは一つ一つの魂を霊的精査をしないと解らないのです。私は宗教家ではなくて霊界見聞者であったが故に、そうした事例の数々を見て来たのです。あまりのその酷さにヘドを吐いたこともあります。

            ただ、そうした「因果応報」を言われた僧侶の方が世間から袋叩きに出会われたように、この世と霊界の関係が世間的にはほとんど知られていないなのです。

             

            人は罪を犯した時、後世でどれほど過酷な状態に置かれるか

             

            今日では日本の新神道系も【先祖霊供養】を説きますが、新神道系の全ての教団ではありませんが【神人合一】を説きます。人は全て魂を持ちますが、その魂とは【本守護神】【正守護神】の段階から分派されたものだからです。

            確かに、宇宙の始めには【唯一神】だけがあり、全て生命がある物は全てその創造神たる【唯一神】から別れて来たということは確かなのです。最初は【唯一神】だけであったとしても、あらゆる物が生み出される過程において、多くの魂が分派されて来た。人が増えるにつれて、また魂も分派増殖して来たと言えます。

            その分派の過程には【段階】があり、そこに【本守護神】【正守護神】という【高次元界の魂】。すなわちこの世に肉体を持っている人達の【魂の先祖】が説かれたのです。

             

            この【本守護神】【正守護神】を理解するには、スピリチュアル界の大御所たる霊能者江原啓之さんや美輪明宏さんが言っておられる【コップ一杯の水とスポイトの一滴】論だけでは理解出来ないのです。

            唯一なる神から魂が分派されて行った過程は図式すると大変な作業になりますので、大本教の霊界物語の中に記載されている図式をコピーで利用させて貰います。

             

            図の出典元(大本教霊界物語から)

             

             

            この図は魂は日本神道系で説く【一霊四魂】に基づいて「四分割」されて魂が増えて来たことを意味します。4、16、64、256、1024、4096、16384、65536・・・・ですが、全ての魂がそうした規則正しく分割されたではないのです。中には消滅して分派しなかった魂も、その分派活動があまりなかった魂も存在するでしょう。ただ、現在の人類に応じた魂の数に成るには、何世代もの魂の分派があったなのです。

            その魂の中で創造神と呼ばれる魂を持った存在に近い魂が新日本神道系では【本守護神】と呼ばれ、神霊界において【神と呼ばれる】次元に自己の魂の先祖とも言える【正守護神】が存在して来るなのです。それが自己の魂における【先祖魂】と言えます。

             

            内在神とは、自己の魂を生んだ先祖魂

             

            人の魂は、自己の魂の先祖魂にと向かう

             

            単に【輪廻転生】だけだと、自分が高次元の魂から分派された魂で魂のルーツたる親元に帰る為に【魂の修行】をしていることが解らないのです。

            自分が信仰する御神霊が、自分の高次元の魂であるということは出て来ます。その魂が分派により出た魂で、【自己の神性に目覚めた】時などです。私は子供の頃、人は自分の前世を知らず。前世の自分が神として祭られていることを知らずに、その自分の前世を神として崇拝することが起きると告げられたのです。

             

            魂は魂の分派活動により、次元と呼ばれる世界に存在する

             

            巷には自分の前世は釈尊であったとか、イエスであったとか名乗る人は数知れずあります。中には自分の前世はお釈迦様でありイエスでありモーゼであったと欲張ったことを言われる方もありますが、全てその証拠が出せていないなのです。

             

            しかし多くの信仰形態は誰かを拝めばその拝んだ存在が助けてくれるの【他力信仰】であり、お釈迦様の原点の教えは自分の魂の本源たる魂に戻る【自らが仏陀】を目指すだったのですが、それを自分だけが助かればいいの【小乗の教え】と勘違いした【大乗の教え】によって、仏教の教えも変節して違う教えが加味されて、それがお釈迦様の教えだとされて来たと言えます。

            ですからそこにお釈迦様の教えは【みろく】でないと解らないと仕組まれたことであって、【マイトレーヤ】の名では紐解けないようになっていたと言えます。

             

            以前に出した図ですが

             

            自分の魂と正守護神の魂と本守護神の魂は大きさが違う

             

             

             

            私の魂の正守護神は、肉体の私の魂から言うと立法的には6万倍以上の大きさを持ちます。神社に鎮まっている多くの御神霊よりも大きいと言えるでしょう。それより上の次元にはその何万倍の大きさの魂の存在があり、更にその上の次元にはさらに何万倍もの大きさの魂が存在して来ます。

            人は一人一人が創造神だと絶叫される方がありますが、私達の肉体にある様な小さな魂では、宇宙創造など出来ないなのです。創造神と呼ばれる神の段階だと桁違いの大きさの魂となるのです。ただ私達の魂の中にある【核】には創造神が存在するなのです。

             

            肉体の私はそれらの魂からすると、いと小さき魂

            いと小さき者の意味は魂からの観点なのです。

             

            霊能者の方達からは、貴方の本守護神は【国常立尊】様だと告げられて来ましたが、肉体の私の魂は本守護神から見ると砂浜の一粒の砂的な様なものなのです。その段階から【上の存在】に向かって走っているなのです。

            私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、【そなたを一番下の段階からスタートとさせる。】と告げられました。それは自分が末端の魂と出された者であっても、この世の修業次第でいくらでも上の神の世界に上がれるなのです。自分は末端の魂だと、何も【卑下】する必要はないわけです。

            それを端的に教えてくれたのが、大本教の魂の分派図と言えます。

             

            自分が如何なる本守護神の系列から出た魂だと解らずとも

            この世で努力した魂は自己の本守護神にと向かう

             

            神様、神様と言っていれば高い世界に戻れるではないのです。

             

            大本教からこうした内容が発表される以前の宗教では、【魂(鬼が云う)論】がまったく解っていませんでした。そこに大本教から【牛虎(牛頭虎パンツ)金神】が出されたことにより、こうした神仕組は【日本語】で紐解けるとなっていたのです。

             

            大本教神諭に、世の立替で【あんな者がこんな者になった。】等がありますが、多くの人は自己の「本守護神」がどなたなのか知ることはありません。しかし、自分の魂がこの世の努力や修業で高次元段階に入ったならば、そうした本守護神の様な者になるということなのです。その段階の地位に相応しい者となるなのです。

             

             

             

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            地球の次元上昇が始まったのか?。三次元と四次元の層が破れて解放される地獄界の霊達

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              霊感をお持ちの方から、よく空気が変わった。空気が変わったという話を聞きますが、私はそうした意味では霊的には鈍感であり、あまり空気が変わったと感じることはありませんでした。空気が変わったと言う方の意見は、この地球が【次元上昇(アセンション)】に入ったのではないかという意見です。

              西暦2020年1月18日の未明。そんな私が空気が変わったと感じて闇夜を見ていて、三次元世界と四次元世界を隔てている霊界層の一部が開いたと言うより毀れだした。これは何だと思った時、この地球に【次元上昇】が起き出したと私も実感したです。これまでその地球の次元上昇の意味に対して、私も理解力不足があったと解りました。

               

              次元上昇とは、その次元と上の次元との霊界層が無くなる

               

              私の前回のブログに地獄の閻魔庁の鬼達が陛下、陛下と言いながら現れて来たのは【地獄の釜の蓋開け】とは書きましたが、その意味の理解力も完全ではありませんでした。通常の地獄の釜の蓋開けの意味は地獄界に墜ちていた霊達を【正月や盆だけ】は家族の元に帰してあげることとされますが、この地球の人類は三次元世界の住人で地獄に墜ちている霊達は四次元世界で、今日までは隔てられた霊界層の世界に存在しました。犯罪者霊を四次元霊界の刑務所に隔離していたようなことです。

              しかし、地球の次元上昇(霊界の次元を隔てる層が破れる)により人類も四次元世界に入ることで、もう人類と地獄に墜ちていた霊とを隔ておく刑務所の意味を失ったなのです。それで任務を終えた地獄界の取締の鬼達は陛下、陛下と別れの挨拶に来ていたなのです。これからは、私達三次元人類と四次元の地獄界に墜ちていた霊とは同じ世界に同居することになります。これまで地獄界の刑務所に閉じ込められていた霊達は晴れて【自由】の身となったなのです。

              ただ、そうしたことはスピリチュアルで説く【何をしても神の愛で赦されるのです。】とは意味的に同じではないでしょう。地獄界に墜ちていた霊も五次元霊界に上がれる「チャンス」の時が来たなのです。

               

              この地球の次元上昇に隠された意味は

              地獄界は四次元霊界で、三次元界人類も同一世界となる

               

              そこに、大本教神諭で述べられた【地獄の釜の蓋開け】の意味があったなのです。

               

              スピリチュアルではこの地球が【五次元世界に上昇(アセンション)】すると盛んに説かれています。スピリチュアルで主に説かれている内容は、【この地球は自然に五次元世界に上昇(アセンション)しますので、何の心配も要りません。】という内容です。

              だが、五次元界に入る前には四次元世界と合流します。その四次元世界には霊界の刑務所たる地獄界があることの認識が飛んでいたと言えます。私も地獄の刑務所の存在が飛んでいました。こんな重要な意味を【失念】していました。

              私は言葉の仕組の解読から、この地球は五次元世界に上昇すると説いて来ました。ただ、私がスピリチュアル標榜者の方と違うのは、みろくの世とは単なる五次元世界ではなく、新地球に乗り移る為の【プラットホーム】となる五次元世界に上昇だと説いていますので、同じ五次元世界への上昇論でも内容的にはスピリチュアルの方とは説を異にしています。どちらが正しい意見かは、全てが終わってみないと解らないと言えます。ただ私の意見は少数派も少数です。

               

              私は途方も無いことをブログに書いては来ましたが、具体的なイメージが掴めていないがありました。私自身は稲荷神霊界で修業のお世話になった関係もあり、白狐霊と呼ばれる存在がこの三次元世界に霊体だけでなくその肉体をもこの世に現す。すなわち【半霊半物質】体という存在は見て来ておりますが、この三次元世界に住む今の人間が次元上昇で自然に【半霊半物質】体に成るという説に関しては、首を傾げざるにはおられないがありました。

              白狐霊などは元々所属界が三次元世界ではないからです。それに対して私達人間の肉体は元々が三次元世界用だからです。

               

              そこには、そもそも【次元】とは何だ!。論が生じます。私は次元は【霊界の階層壁】とみています。現在の霊学では一般的に霊界は【天国三階層。中有界。地獄三階層】の七階層とします。そこに大本教の出口王仁三郎聖師は、その天国三階層の上に更なる天国界があると説かれたしだいです。八階層説です。その最上級天国界こそが【創造神の御在所界】となります。

              私は中有界にも天国に近い階層。地獄に近い階層。中間階層があり、その間に霊層は無いとも言えますがあるとも言えるで中有界も緩い三階層で、合計十階層説を私見として述べて来ました。

              それは私がこれまで見させられた魂に出て来る点数(良心神)からです。すなわち、閻魔大王が見せて来る点数です。神は愛ですと説いているスピリチュアル教祖が、その信者達を亡者道に案内している様などを見聞して来ますと、口先でいくら【愛だ!。愛だ!。】と言っていても、自分を信じてくれた人達を一緒に地獄に落とすだけとなってしまいます。

              しかし、もうその地獄界は閉じられるので、もう地獄に墜ちる等と論じる必要そのものは無くなったとも言えます。

               

              私達は次元の問題で不思議なことに気づきます。私達の様な肉体を持った者は【三次元】世界の住人です。だが、この世を去ると善人も悪人も【四次元霊界】には進みます。すなわち【死(四)ぬこと自体が次元上昇】なのです。後、一次元界上げれば天国界となるのです。

               

              三(身)次元の人間は死(四)で四次元に魂は上がる

               

              私達はこの世を去ることによって、一次元は上昇する

               

              それは、誰も死ぬことで四次元世界迄は無条件で行けるのです。問題はそこからなのです。優秀な霊能者であれば、邪神も六次元界迄は行けると言われます。確かに、六次元霊界には【悪龍】達がゴロゴロしていますが、七次元世界に入ると見当たらないと言われています。

              ある霊能力者の方のブログに、【力が無い善神は、力が強い悪神に従属するより生きる道がなかった。】と書いておられますが、五次元世界の神霊に成っても、六次元世界の悪神に従わないと生きていけないという事実は存在したのです。そうした邪神の配下になった龍神や白狐霊は数知れずなのです。

               

              単にこの地球が五次元世界に上昇しても、六次元世界に悪龍(黒龍)神などがゴロゴロしていれば、人類が五次元世界に上昇しても悪に支配される以上意味が無いとなるのです。やはり力の悪龍達に従わざるえないとなります。

              では、七次元世界の正神が世に出てくれば、六次元世界の悪龍(黒龍)達を退治出来るとかと言ったならば、そもそも【正神】達は武力に関わりませんので、まず武力では勝てないとなります。お釈迦様やイエスや弘法大師や大本教の出口王仁三郎聖師は八次元界の魂の方であったとする説が有力ですが、一部の方から救世主と言われていた【五井野正】博士や【本山博】博士などは七次元界の魂だと自称もされていましたが、七次元界や八次元界では【限界】があるのです。

              方や集団の武力で攻撃して来る者達に対して、無手勝つ流では戦えないのです。その悪神邪神の数の力に押し切られます。私などは霊界修業過程では黒龍神群団の攻撃に逃げ回っていたほどだからです。よほどの天軍をもってしないと真正面からは戦えないなのです。

               

              地獄の釜の蓋開けとは、犯罪霊達を世の中に放つ

               

              だが、三次元界から四次元界に上昇過程では必然

               

              地獄界に墜ちていた霊達に憑依されても、自分の魂の中に【良心神】という【心棒】があれば、そうした憑依霊の影響で自分が犯罪者になることはまず考えられません。またその人に「良心神」が出ていれば、五次元界以上にある自分の【正守護神】が出ていますので、四次元世界の悪霊とか憑依霊達に毒されることはないはずなのです。だが、自分を守護しているのが副守護神格の段階だと霊憑依の犯罪に巻き込まれることを守り切れないとなります。

               

              その時、自分が信仰する【外在神】たる神に保護を求めるはありますが、その信仰による外在神が自分の命を賭してまでその人を助けてくれるかと言ったならば、私は疑問を呈します。

              何故、私がそうしたことを言うかと言いますと、俗に【ラップ音】と呼ばれるものがあります。そのラップ音の一種に、何かが何かとぶつかる激しい音があります。それは霊玉と霊玉が正面衝突した時の爆発音です。その時、霊能力がある方ならば花火の様な一瞬の霊的閃光を見ます。負けた玉は閃光を放って爆発して霊玉としては死すなのです。つまり玉砕覚悟で自分の命を賭けるなのです。そんな危険を冒してまで、外在神がその信仰者を守ってくださるかです。

              常に自分に御利益をください。御利益ください。そうした方達を外在の信仰神が本気で守ってくれるかです。

               

              霊玉と霊玉がぶつかり砕け散るが【玉砕】

               

              しかし、自分の内在神であれば自分の魂は身内であり、自分の魂の分魂を守る為には正守護神は外敵と戦うなのです。

               

              地獄の釜の蓋開けは、善と悪とに立て別ける働き 

               

              大本教神諭に、「一度はこの世を悪神達の手に渡す」式の内容があったと記憶しておりますが、地獄に墜ちていた霊達を解放する【地獄の釜の蓋開け】とは、私も気づかないものでした。大本教神諭はその篇の内容だけでなく、他の場所に述べてあることが連動していたりします。それは西洋の教えで言えば【パンドラの箱を開ける】となります。

               

              良心神を得た者には簡単に悪霊も手出しは出来ないが

               

              愛ばかりを唱えていると、その身に悪霊が助けてと来る 

              閻魔大王から言わせれば、愛ばかり言う貴方の【愛の力】でその悪霊を助けなさい 。

               

              人類の大峠とは、何も大地震や火山の噴火。大火事や水害だけでなく、地獄から解放された悪霊の憑依も起きるなのです。

               

              私と直接の面識者ではありませんが、複数の霊能者の方から私に対して、【決して、地獄の釜の蓋を開けないでください。】との要請がありました。私はそんな【地獄の釜の蓋】を開けられる様な存在ではありません。そもそもそんな力などありません。ただ、私の背後には閻魔大王と呼ばれる方が居られるだけの話です。だが、それで地獄の釜の蓋開けの意味が理解出来たと言えます。

              閻魔大王様は故意に地獄の釜の蓋を開けられたのではなく、地球が次元上昇に入る時には必然として起きる出来事であって、その四次元霊界の刑務所だけを特別に管理してくださいという要請であったようです。しかし、そうしたことは私ではなくて【閻魔大王】様に直接言うべき話だったと言えます。

               

              江戸時代、江戸の牢屋敷の近辺で火災が起きると、牢屋敷の囚人の解放が行われました。そうするとその囚人達は自分の家族や親戚の縁者や知人の元に身を寄せたなのです。それと同じ様なことなのです。

              江戸時代の牢屋敷開放はその火事の期間だけでしたが、もう【地獄の釜の蓋開け】により、霊界の刑務所である牢屋敷を開放したなのです。つまり、自己の家系にそうした霊が居ると自分の家系にと戻って来ます。

              自分の家系の先祖霊を供養することで先祖霊の浄化が終わっている家には、そうした地獄霊がそもそも居ないので関係はないでしょうが、普段から先祖供養をしていない家には何等かの出来事が起きる可能性があるなのです。だが、その先祖霊の範囲にかなり間違いが生じていますので、その先祖霊の範囲に関しては次回のブログに書きたいと思います。

               

              日月神示に【三四五(みよいづ)】があります。一度、三次元界、四次元界、五次元界の階層壁を取り除いて一つの世界とする。それが終わると、次は五次元界、六次元界、七次元界で構成される【五六七(みろく)】世となるです。

               

              ようやく【五六七(みろく)】世の到来の兆しが見えて来た

               

               

               

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              地獄の釜の蓋開けか?。地獄の鬼達が【ビーシア(陛下)】と言いながら散らばった

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                令和2年1月8日の未明。私は尿意を感じて目を覚ませると、そこである霊的映像を見ていました。大きな横看板があり。その看板には【祝40年間】の文字が書かれています。私が神霊世界に修業に入ったのが西暦1980年であり、2020年で40年を経過した意味にしては少し大袈裟です。何だこの立て看板は?。です。

                私が大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解いたのは、大本教霊界物語の中に書かれた【主の神は三十五万年前に御引退】の言葉と、【神界の時計】を見させられたことからです。大本教はその主の神が時節が回って御引退から主神の座に復帰されると説いたのです。

                で、それを元に計算するとモーゼの40年間荒野をさ迷うではなく、主も【神界時間で40年間彷徨う。】が出ます。

                 

                彷徨うは、【皇たる方の歩み】

                 

                しかし、その神界時間の1年間とはこの地球で暮らす人間時間からすると途方も無い時間となります。大本教ではその時期を【三千世界一度に開く梅の花】と【節分の炒り豆にも花が咲く】と宣伝したのですが、それだけでは何時、主の神が復帰されるのかの時期がまったく読めないとなります。

                ただ、一部の超能力者達は既に主の神は復帰されていて、【最後の審判】の準備を進めておられると言われますが、それでも近い時期と言えるだけで厳密な時期は解らないとなります。

                 

                私はまたもや尿意を感じて目を覚ますと、そこに多数の鬼達が集まっている光景が見えて来ました。彼らは地獄界の【閻魔庁付き】の鬼達とみられる。私は霊能者と呼べるほどの霊能力者ではありませんし、常に霊的存在が見えるタイプではありませんが、私自身は本物やニセ者取り混ぜて神社に鎮座する御神霊や仏閣に鎮座する諸仏やその眷属達は見て来ました。そこで私が見たのは、この世は正神達に支配されているのではなくて、多くの邪(蛇)神達に支配されているでした。

                だが、地獄の鬼と呼ばれる存在だけはこれまで見て来ませんでした。私がこれまで見て来た【閻魔庁】の役人達とは、人の姿で別に鬼の姿では見て来なかったのです。私も初めて地獄の鬼と呼ばれる存在を視たと言えます。

                その地獄の鬼達が、私の方向に向かって【ビ−シア(ビーシャ)。ビ−シア(ビーシャ)。】と声を揃えています。この【ビ−シア(ビーシャ)。】とは、中国皇帝のドラマを見た者だと意味は解ります。それは中国で【皇帝】に対して【陛下】と呼ぶ中国語の発音です。鬼達が呼ぶ陛下(ビーシア)とは、推察すれば【閻魔大王】と考えられます。私の背後です。

                 

                とある夜、私の光景に多くの稲荷神、特に女神達が平伏土下座している光景が見えたことがあります。それはとんでもない数の女神達です。これは何事かと豊受姫のお代であった最初の師匠の元に聞きに行くと、それらの稲荷神達は貴方に向かって平伏土下座をされているのではなくて、貴方の【背後】の方に平伏土下座をされているのです。貴方の背後の方ですから、貴方はそれを同様に正面から見ただけです。貴方は貴方の背後の方が誰なのか、未だに理解されていない。そうしたお叱りを受けたことがあります。

                私は子供の頃は【旧約聖書の神】と称する声が臨み、7〜8名の霊能者の方から貴方の本守護神は国常立尊様ですとの指摘は受けましたが、私自身が見たのは【閻魔大王】としての姿だけと言えます。

                 

                日本語の仕組では、その閻魔は球体たる魂の「円真」であり。閻魔大王の別名は【羅王】であり。この【羅王】が住む城は「羅城」と呼ばれ、その門は「羅城門」あるいは【来世門】と呼ばれていました。その来世門(羅城門)の門番を【邏卒(明治時代は警察官たる巡査)】と言いました。その姿は牛頭に似て虎パンツで【鬼】と呼ばれていました。ここから私の【ラ神論】は「良と羅」の2面で説明して来ました。 地獄の鬼とは現代で言えば【霊界の警察官】であり、【刑事】達と言えます。

                 

                【羅】の言葉には【死者の維新】があるので【来世門】

                地獄で自分の罪を償えば、またもやこの世に生まれ出る【来世】の授け

                 

                人の魂は何故に【輪廻転生】をしているのか?。そこに【ラ(良・羅)】の働きがあるからです。これは大本教が出した素戔嗚尊の【ス】神論では紐解けないのです。

                 

                私は牛頭風虎パンツの鬼達が日本語で無く、中国の漢語でビーシア(陛下)と称えている?。そこから、閻魔庁を再調べしたところ。

                 

                閻魔庁とは閻魔【廰】 

                廳は、十四の心(徳・悳)を耳で聞く王

                 

                魂の【直心】とは各自の魂の心棒で良心神

                 

                その地獄を管理して来世を与える門番の鬼達が【ビーシア(陛下)。ビーシア(陛下)。】と言いながら散っていく様子を見ながら、私は大本教神諭予告【地獄の釜の蓋開け】という言葉を考えていました。

                一般的に【地獄の釜の蓋開け】と呼ばれていることは、地獄に墜ちた亡者も【正月と盆(あるいは藪入り)】の時は地獄から解放されて子孫が居る娑婆で暮らせる。その間は地獄の鬼も仕事を休める。転じて「お休み」をしなさいの意味で使われるなのです。

                しかし、大本教神諭はそうしたことを【地獄の釜の蓋開け】と言っているのではないことぐらいは、霊界を見聞してくれば解ります。

                 

                【獄】は言によって獣の姿に化す【身変える】

                 

                蛇霊や狐霊や狸霊等も元も人霊であったが多数

                 

                大本教神諭に世に出ている神達の姿が【四つ足】であることを暴くぞとありますが、そうしたことが解っていないと「地獄」の意味も理解出来ないのです。

                一つに、地獄に落とされて縛られている魂にしても、現世に人として肉体を貰って出て来ています。私は神代と呼ばれる時代には高貴な神霊でありながら罪を犯してその魂は地獄に縛られていても、人としてこの世に出されている存在を幾つも見て来ました。それは【因果応報】であり、その厳しさは人智で解るものではないのです。

                だが、その【カルマ】を取り除くには仏教でも【三時】の教えで説かれるように、過去・現在・未来に続く【輪廻転生】を生み出したと言えます。

                 

                如何なる魂もその罪の浄化の為には肉体が必要

                 

                その魂の肉体は【この世の地獄】に置かれる

                 

                自分が犯して積んだ罪はスピリチュアルの常套文句。【神の愛で何をしても赦される】はあり得ないのです。人は自分の過去の罪を祓う為、 魂は更生の為に

                 

                後世に【甦(更生)】ります

                 

                その過去の罪を償う(祓う)この世において、自分の魂は地獄界に墜ちているにも関わらず、自分は【罪人】だと認識を何一つせずに、自分には霊が見えるとか自分は霊界で高い者だったと言っていれば、その罪は更に増すなのです。

                スピリチュアルでいくら霊が見えると言っても、そこで高級な神名や天使と称している者達の言葉をよく【吟味】したならば、ほとんどその正体は暴けます。いくら言葉で自分を着飾ろうとしても、言葉の仕組をされた神では無い以上。言葉が持つ意味を理解していないのです。

                私は【言霊】が何かと解った時、自分の神観は百八十度ひっくり返ってしまいました。だが、この日本は【言霊の幸はふ国】とされていますが、その【言霊】を理解している霊能力者は僅かしか存在しないなのです。

                 

                この地獄の鬼達の存在を有名にしたのは、【平家物語】における平清盛公が苦しみ悶え死去する前、その妻であった八条の時子が見た夢の鬼です。ただ物語なので虚構の部分はあるでしょうが、実際に死の床において苦しみ悶える方はあります。そうした時の様子を見た人達は、あまりの様相で地獄に墜ちたと感じるほどなのです。

                その人がこの世で犯した行状は、閻魔の鏡(浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)に写し出されるとされますが、人がこの世で犯した罪は全て【良心神】に記載されると言えます。人はこの世で犯した罪は隠せないなのです。

                この世に生まれ出た人は全て過去に罪を積んでおり、それは【カルマ】として生じています。それらは【目には目を、歯には歯を。】で、【因果応報】なのです。そして【自業自得】です。そして【正負の原則】です。誰が得たのでも無い。自分が得たなのです。

                 

                私も大本教で出口なお開祖が【ひらかな】で、出口王仁三郎聖師が【漢字】を担当しておられなかったならば、言葉の仕組みに気がつかないところでした。

                 

                大本教が出した【みろく】神とは仏教の「みろく菩薩」で、

                お釈迦様の本当の悟りを人々に告げて、人々を永遠の未来の世に渡す仏(菩薩)とされてきました。

                 

                この世の人が全てお釈迦様の悟りたる【人に内在する良心神】を得たならば

                全ての人は釈迦となるので

                 

                この世は「オシャカ(毀損)」でいいのです

                 

                 

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                みろく【五六七】の世とは正守護神段階で、【八九十】は本守護神段階

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                  私は子供の頃、旧約聖書の神と称する霊の声を聞いておりましたが、それが本当にそうした存在なのか?。当時は子供でもあり、それを知る立場ではありませんでした。

                  昭和【五十五】年に私の身に起きた摩訶不思議な出来事から、その時期が来たと覚悟を決めて神霊界修業に入ったしだいです。西暦で語ると1980年からですから、40年近く霊的世界に関わっていた勘定です。今年は西暦2020年なので【41】年目に突入です。その【41】年目で「米」教の終了となりました。

                   

                  最初の師匠となる隣市の稲荷神社の神主で豊受姫のお代さんの元に聞きに行ったところ、豊受姫から【貴方の本守護神】は【国常立尊】様ですと告げられて、その時に私は初めて【本守護神】と呼ばれる存在を知ったのです。それまでは【本守護神】と呼ばれる言葉すら知らなかったのです。無論、詳しい意味すら理解出来ませんでした。

                  その後、多くの霊能者に霊査を受けたりして、7〜8名の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】様ですと告げられたしだいです。私が知り合った全ての霊能者からではありません。その中の一部の方です。

                  その後、自分なりに学びに学んで【本守護神】【正守護神】【副守護神】と呼ばれる事柄を知ったわけです。そうした言葉を出される霊能者の方は、単に霊が見えると言うだけのスピリチュアルとはまるで違うなのです。

                  私は霊的世界に足を踏み入れて、霊が見えるという方は意外に多いことを知りました。されど、その中で本当に霊能者と言える方は数が少ないと知りました。単に霊が見えるではなく、霊界そのものがピラミツド(神の高山)構成で、上部神界に関われる人が極端に少ないなのです。

                   

                  単に霊が見えるだけでは、ニセ神に欺される

                   

                  自分の目に衣冠束帯の男性霊や十二単衣の姫神姿の霊。白い翼を持った天使の様な霊が見えたならば、人は誰でも自分は神が見える特別の者だ錯覚してしまいます。そこには自分が霊に欺されると言う知識そのものがありません。また【光】にしても、単に光を見て高級霊だと思い込んだりします。全ての魂は【光】であり、霊界の段階で【光】が違うと解っていないと、その光だけでそれを高い神だと思ってしまいます。邪神だから光輝いていないのではなく、邪神もまた光の存在なのです。だが、光の玉も汚れるなのです。

                   

                  私は神霊世界を修業していて、意外なことを知りました。本守護神は誰かと解っていても、正守護神が解らない方が多いなのです。本守護神とは魂の世界で自分の魂を生んでくれた親神段階にあります。【天津神】の段階と言えます。一方、正守護神とは自分の魂で【神上がり】をした自分の【前世】と言えます。自分の本体です。輪廻転生の過程の中で【神位】を得たです。

                  しかし、人はこの世に生まれ出て来て、正しい行いで【神上がり】をしたとしても、必ずしもその名前は【後世】には伝わらないがあります。ほとんどの人が歴史に名を残さない【無名】のままで終わっていたりしますので、正守護神の名前まで把握するのは難しいとなります。

                   

                  私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声から、【そなたの前世は悲劇の武将】であったと告げられました。私の前世の武将霊は敵将の首として曝されていたことから、恨みから地獄界に居ましたが肉体の私が恨みを忘れるように説いて恨みを捨てたことにより、私の正守護神と呼ばれる段階まで一気に上がって来ました。恨みを捨てることは重要なことなのです。何時までも世を恨む。人を恨んでいたら自分が上がれないのです。

                  副守護神は自分の家系の御先祖霊がされているケースがほとんどとされますが、中には自分の前世で地獄に墜ちている存在がしている場合もあります。神代の時代には神として存在したほどの魂でも、神界で罰を受けてこの世の地獄界に落とされるです。大本教の出口なお開祖の魂がそうした魂であったことは世に知られていますが、私が出会った霊能力を持った女性達の多くもそうした神代時代の神罰を受けてこの世の地獄に落とされていました。だが、その意識の中に自分はかっては高い神霊であった。そうしたことだけが残っているなのです。

                  そうした過去の罪を払拭する為に、この世で悲惨な体験をするです。それらが【カルマ】です。それが優秀な霊能者達が説く、この世は【魂の刑務所】です。

                   

                  肉体の私とは違って、私の前世の霊は今では非常に高い次元界まで上がっています。それこそあれよあれよです。肉体の私はこの世を去れば、自分の正守護神に帰結します。だが、それは死後の世界にてです。そうしたことを日本の新神道では【神人合一】と説いて来たのです。スピリチュアルの論理とはまるで違うのです。

                  自分が救世主だと思っている方を守護している霊団が、私の前世霊を六次元霊界で探そうとしたが見つからないと言って来られましたが、もっと上の段階まで進んでいます。それは自分を出した魂の本体たる【本守護神】に向かっているからです。

                   

                  スピリチュアルでは何かと【ハイヤーセルフ】と言う言葉を出しますが、これらの存在は【ガイド】とか【マスター】とも呼ばれていて、【本守護神】【正守護神】【副守護神】と呼ばれる意味合いとはかなり違います。ほとんどの場合、ガイド(案内)は副守護霊格がしているからです。

                  いくら姫姿や衣冠束帯の姿で高級神霊に化けた霊が出てきて、高級神の神と名乗っても何も知らないとなるのです。こうした霊といくら会話しても、何も知らないから霊界のことを詳しく言いません。ほとんど意味が無いことを言います。

                  私自身、2番目の師匠の御祭神が「国常立尊」と称しておられましたが、それが本当の国常立尊様では無いニセ者となかなか見破れなかったがあります。それは私自身が霊力とか神力の部分だけを見ていたからです。驚くような奇跡を見せつけられると、そうだと信じてしまいます。 

                  ですから【サニワ(審神)】をせよと言われていても、スピリチュアルではそんなことはお構いなしなのです。サニワなど何もしないし、サニワの言葉すら知らないとなるのです。

                   

                  大予言者であった出口王仁三郎聖師は【天国に案内すると言いながら、地獄に案内する取次ばかり。】と言っておられますが、ある自称救世主と称しておられる方達の信仰者の霊(幽)体の額には白の三角頭巾が見られ、死後の世界で【亡者の世界】に案内されるのが見えたりします。

                  大本教神諭には、一人一人に一体の【守護神】が就けてあると記されますが、この守護神はスピリチュアルで言う「ハイヤーセルフ」では説明が出来ません。この【守護神】の霊界での段階が重要となるのです。

                  自分は神界では元は高い魂だったと言われる方がありますが、確かに神代の時代にそうだったのかも知れません。しかし、貴方の守護神は現時点では地獄界に居るではありませんかと言われてしまう方が多数居られます。いくら自分は神代の時代は高貴な魂だったとか偉い者だったと言っても、現実には地獄界に落とされて地獄から抜けられていないなのです。

                   

                  自己の守護神が天国界に向かわないと、自分も向かわない

                   

                  大本教から【五六七(みろく)】と出されてから、【五六七(みろく)】という言葉は世に知られるようにはなりましたが、それが【次元】を語っていることがほとんど理解されていません。

                   

                  だが【次元】となりますと、なにをもって【次元】と言っているかとなります。巷には自分は「三千億次元」の創造神とか、千万次元の者とか、百万次元の者とか名乗る人達がいます。バナナの叩き売りの様なことをしているわけです。しかし、その言葉を信じて付いて行く人達も多数あるわけです。

                  日本が生んだ大予言者出口王仁三郎聖師は、正神界【百八十段】。邪神界【百八十段】と説いておられますが、ではそれは【次元】かとなりますと少し違うなのです。一般的に優れた霊能者の方は神界ピラミツドを【神の高山】と見立てて、高山の段階を表す【合目】で次元と見る方も多いなのです。そうしますと、人によって自分は何次元だと言う主張も、整理できるとなります。

                  大本教以後に出た日本の新神道系では、【神人合一】が言われて来ました。この神人合一とは自分が自分の【正守護神】の段階に帰結することです。神界に居る自分の魂で【神上がり】している段階に上がるなのですが、この段階が【五六七】と呼ばれる霊界の段階なのです。

                   

                  以前に【神の高山(神界ピラミッド)】の図は出しましたが、それは【五六七】の世に渡る為にでした。

                  私は豊受姫や幾多の霊能者の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げられましたが、この【本守護神】たる存在は【八九十】の合目(次元)の段階で、その次元段階まで進むのは容易ではなかったのです。為に私もあまり説明をして来ませんでした。

                  大本教霊界物語では神の宣伝使達が自分の力で霊界の階(界)を進めて、自分の本守護神に出会うなどが記述されていますが、各自の魂の【最終旅路】はその本守護神に出会うにあるのです。だが、この世で遊んでいたのでは、それはとても無理となります。

                   

                  各自の魂の輪廻転生の旅路の終着は本守護神段階

                  その為には【神一筋】が要求されます。大本教霊界物語では、仏教の教えで知られる【三途川】と説かれるコースではなくて【少途川】と出されたコースです。この【少途川】に関しては説明された書がありません。その途を行く者が少ないからです。これだけは【神一筋】に行く人だけが行く道なので、私が少途川の存在を教えてどうにかなるではないのです。

                   

                  では改めて【神の高山(神界ピラミッド)】の改良版を出します。それは各自の魂の親神たる存在に出会える要素がようやく出て来たからです。

                   

                  輪廻転生が終わる=自己の本守護神の元に戻る

                   

                   

                  スピリチュアルの【神は愛だから、何をしても赦される。】等と言っていると、最後の審判の時には奈落の底に落とされるなのです。それも永遠にです。だが、一気に本守護神の段階を目指すのではなくて、まず【五六七(みろく)】の世が宣伝されたなのです。それが【米】型の教えです。

                  私は私の魂の御親神である本守護神【国常立尊】の元に帰りたいとは望んで来ましたが、必ずしも帰れるとは限りません。それは自分の魂に汚れがあると不可能となるからです。私は必ずしも【聖人君子】とは言えません。完璧な人間ではありません。欠点だらけと言えます。しかし、国常立尊様に対する【忠誠心】ならば他の方より秀でるでしょう。

                  その魂の汚れを一気に落とす【罰(×)】が出たならば、【米】であった者達は【十】が残るのです。 頂上神の存在に近づくなのです。

                   

                  私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【この私だけを唯一の神とせよ。】と命じられました。【その者達はこの私が救う。】です。その旧約聖書の神と称する声は、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国。】と言われましたが、それは【言葉の仕組】だったのです。日本語で無いと解読が出来ないなのです。

                   

                  私はこの【国に常に立つ御言】を持ちまして説明しました

                   

                  その旧約聖書の神と称していた霊は、豊受姫を初めとして幾多の霊能者の方から貴方の本守護神は【国常立尊】様だと指摘されたなのです。つまり旧約聖書の神と同一神です。艮金神・国常立尊。天之御中主の神名は天地に分かれて同体神。閻魔大王(冥府の長官)。これらは同じ神と言えます。

                  ただ、キリスト教神学では冥府の長官(閻魔大王)を【サタン(悪魔)】ともしていますので、大本教からみろく大神を【六六六】として出した時、大本教は【サタン(悪魔)】信仰かとの声がありました。

                  最後の審判はイエス個人崇拝主義者のキリスト教徒のみならず、誰を【救世主】と拝んでも無意味なのです。最後の審判で判定されるのはお釈迦様の悟りであった個々の人に内在する「良心神」の点数であり、それによって新しい永遠の世の霊界での階層が決定されるなのです。

                   

                  良心神の点数が高ければ、本守護神段階まで進む

                   

                  優秀な霊能者達はお釈迦様もイエスも弘法大師も出口王仁三郎聖師も【八次元(神界八合目)】界と見なしています。そうした方々の個人崇拝であれば、どれほど頑張っても「七次元」界が関の山となるのです。その方を師とするからです。為に、創造神の近くには辿り着けないなのです。だが、各自の本守護神はそれ以上の段階となるのです。創造神も最高位にあるので、その近くに行けるなのです。

                   

                   

                   

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                  西暦2020年 開けましておめでとうございます

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                    西暦2020年は、霊的にはある事柄が【開いた】と言えます

                    で、明けましてではなく【開けまして】で年頭のご挨拶をさせていただきます。

                     

                    開の字は、これまでは門が閉じていましたが、その門を開けると言うことです。他に広がる(末広)や花が咲く。通じる。分かれる。離れる。新たに始まる等の意味があります。この「門の中の字は元の意は両手で開く」ですが、誰が見ても鳥居の形です。

                     

                    日本語は【神の言葉】として知られます。日本語は日本に存在した言葉ではなくて、宇宙に存在した神の言葉なのです。そこがヘブライ語や英語とは発祥が違うのです。為に日本では【言霊】が語られますが、世界では【言霊】は説かれません。

                     

                    天帝は、神の言葉で【とりのはねをもて】と告げられた

                     

                    但し今の時代ではなく、現在の人類は知らない超太古の昔です。そのとりのはねを【鳥の羽根】と思った者達も居た。そうしたことが後の世の時代に残って行ったと言えます。それは霊界では言葉ではなくて【絵伝】として出て来るので、言葉の意味を【取り間違える】が起きます。それを起こしたのがスビリチュアルで天使と呼ばれている諸霊達と言えます。

                    彼らは比較的新しい時代の霊で超太古のことは何も知らないのです。これは【十里の八根】の意味で、【米】型の仕組のことです。 そしてこの【十里位】は、鳥居の形の示しでもあるなのです。日本の漢字には鳥居型の漢字が無くて、地図記号にはあるのですがPC上だとうまくいきません。またスマートフォン等では絵文字となりますので、あまりよろしくありません。

                     

                    何故に私が【鳥居】の字を語っているのかと言いますと、大本教からはみろく世の魂として【水晶魂】が出されました。それは主に【球体の水晶魂】を語っているのですが、他に立方体の水晶石で表面に鳥居の形が彫られたものが霊界にあるのです。これは【五六七(みろく)の世】用ではなくて、更なる上部の神界用ではないかと考えられる節があるのです。すなわち【八九十】と呼ばれる神界です。

                     

                     

                    どうしてそうしたことが私に言えるのかと言いますと、大本教神諭に【神が表に現れて、善と悪とに立て別ける】と言う大宣伝がありました。この予告、未だ世に出て来ていません。それには門から【鳥居の型】を出す必要があるからです。

                     

                    この日本列島は国常立尊様の龍体たる大地で、世界の大陸の雛形と呼ばれています。北米大陸は北海道。最大のユーラシア大陸は本州。アフリカ大陸は九州。オーストラリア大陸は四国が型だとします。だが、南米大陸がありません。この南米大陸は台湾がそうだとされていますが、現在は日本領ではありません。

                    私は数年前に全国の【一の宮】を佐渡国を除いて、日本の古来の国家制度の国は全て回らせていただきました。今の日本は一都一道二府四十三県で【四十七】の仕組にの上にはなりますが、日本国だけでは【四十八】の仕組には成っていません。残る一つは【台湾】だとは解っておりましたが、なかなか行けませんでした。

                     

                    いざ【台湾】に行くと、【龍々】。龍ばかりを見ておりました。と言っても別に黒龍神達ではありません。

                    科学者から言わせれば【龍】は架空動物ですが、霊能力がある方ならば【龍の幻視】をされているでしょう。そうした龍は神社や仏閣の柱に彫られていたり天井に描かれています。この龍は、西洋人が言う龍とはまったく別の姿だと解るでしょう。

                    この龍は地球上に現れた【恐竜】の類いとは違うのです。一つは宇宙創成に関わった龍と、聖書に記載される【龍とは霊界で年老いた蛇霊】とあるように、ほとんどの龍は霊界で年老いた蛇霊の類いで【黒蛇】からものが多いのです。優れた行者ならば、龍とは霊界で三千年の月日を修業した蛇霊と言うように、実体は知っているのです。

                    ただ、今の人類は超太古の時代に発生した【国常立尊様の御引退劇】にそうした蛇霊が深く関わった歴史を知らないとなるのです。

                     

                    某著名な神社や多くの宗教団体から出されるお札には、そうした【黒蛇】霊が入っています。何を喜んで拝んでいるのか?。なのです。こうしたことは蛇霊の意味を知ろうとしないスピリチュアルは別として、行者の世界では知られています。ただ、【黒蛇】のどこが悪いのかとなるだけです。

                    自分では自分が「救世主」だと思っていたある方は、その背後に膨大な黒龍神が従っており、それらの配下に「黒蛇」が多数居ることも知っておられましたが、黒蛇の意味がまったく理解出来ておられないがありました。それは今の神界がそうした黒龍や黒蛇によって支配されている現状をどう見るかなのです。

                     

                    写真は日月潭を見る文武廳にての龍。

                     

                     

                    私は台湾に行って思考していたのは、大本教では出口なお開祖の子息であった出口清吉さんが、日清戦争で出征して台湾から日本に戻る途中に病死して海に葬ったとされます。出口開祖に降りた神示では、この出口清吉さんは海中に葬られたが本当は生きていて、【日之出の神】として生きているとしました。後に、その出口清吉さんの生まれ変わりが大本教三代教主補であった出口日出麿(元の名は高見元男)師で、【日之出神】と呼ぶことになります。

                    大本教三代教主補であった出口日出麿師は霊界の戦いの中で精神を患っておられましたが、正常時の霊能力は出口王仁三郎聖師をして、自分より上だと言わしめたほどの存在だったと言われています。この【日之出神】のことはあまり知られていませんが、大本教で龍宮の乙姫(大本教三代教主であった直日さん)の【夫神】とされる神のことを指します。

                     

                    これを【龍宮の乙姫と日之出の神】の揃い踏みとする 

                     

                    大本教の三代教主の【龍宮の乙姫】と三代教主補の【日之出の神】の夫婦の型は、神の舞台の型演技としてなされたのです。

                     

                    私は台湾に行って、二つの事柄を知りました。

                     

                    台湾の湾は【灣で言葉の糸(意図)】

                     

                    台湾で如何なる言葉の【意図】を知るのか?

                     

                    私達日本人は台湾の人達は中国人だと思っていますが、台湾の人達は自分達は別に中国人だとは思っていないがあります。

                    日本が台湾を統治下に置く前、台湾人とは【平埔族と高山(高砂)族】と呼ばれていました。他にその昔に中国本土から移民として来ていた中国人達です。高砂族に関しては、別名【首狩り族】の異名がありました。太平洋戦争では高砂族による【高砂義勇隊】が結成されて、白骨街道と言われたインパール作戦においては日本軍の先頭となり、その勇猛果敢振りは戦史に残るほどなのです。

                    明治4年に宮古島島民遭難事件がありました。台湾に漂流で流されて、先住民に殺されたことで日本国が【清国】に抗議したところ、台湾は清王朝の国家統治が及ばない地域の民との返事があり、日本政府は台湾に出兵してこれを攻撃して降伏させたがあります。当時の台湾は清王朝の属国であっても、清王朝の力が及んでいなかった地域なのです。

                    それは日本における琉球王国も清王朝の属国であった時があります。清王朝の権限は及んでいなかったが、貢ぎ物(税)を徴収したです。明治維新以降、清王朝は台湾にも漢文化を推し進めたなのです。

                     

                    明治28年から日本は台湾全土を占有して、それまで部族毎に使う「言葉」が違っていたのを日本語という「言葉」で台湾人としての統一のみならず日本人化をして行ったなのです。

                    その後、日本は戦いに負けて領土を手放し、中国の【蒋介石】と国民党が中国本土から台湾に逃げて来ました。この時の中国人とは国民党の兵隊で解る様に男性です。そうした兵隊達は台湾に居た女性達と結婚をして子孫を為した関係上、その子孫たる台湾の人達は自分達は中国本土の中国人とは違うと意識を持っておられるなのです。母方からの血は台湾人としての血です。

                    台湾の人達は台湾の発展の礎を築いてくれた日本人に大変な感謝心を持っておられるなのです。それが親日なのです。そこに台湾では、今でも台湾も日本国の一員に成りたいと言う考えを持つ方も居られるとなります。

                     

                    大本教に勢いがある当時。霊学の分野としては台湾の人達にも日本人と同様に【大和魂】が付与されているとする説もありました。日本列島が世界の雛形であるならば、当然台湾もその中に入ります。日本統治下ではない現在はよく解りませんが、日本語を使う民は【ヤマト人】の魂とするわけです。

                    私は【米】型から【みろく(三六九)】は紐解きましたが、大本教が演じた神芝居には、【龍宮の乙姫】と【日之出の神】の夫婦としての揃い踏みがあります。無論、これは大本教で型は演じても演じきれなかった項目とは言えます。

                     

                    大本教は優秀な霊能者からは【予告教団】と言われていますが、大本教で出した型演技は演じる役者を変えて出て来ます。

                     

                     

                     

                     

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                    何故に【米】一字型教は終わらなければならなのか?。新地球で【みろくの世が開門】

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                      私は朝鮮に残されていた最後の審判前に【救世】の為に【米一字】の教えが起きる。その米一字の教えが終わった後、その米一字の教えに従った者達の上には天の神罰は降りないが、そうでなかった者達の上には天からの神罰が開始される。が、その天の神罰の最中に現れる【白十字】によって、天罰を受けている人達も罰が取れると救われるとあった内容に、これはどういう意味だろうと考えてはいました。だが、これまで意味がまるで解りませんでした。

                       

                      当時は【米】字から【×(罰)】を取ると残るは【十】字程度の解釈

                       

                      私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から魂の【輪廻転生】に関しては教えられていました。人は死んでは生まれ変わるです。そして魂を腐らせたりねじ曲げてはいけない等です。が、そうした事柄以外はさほど重要な教えは受けていません。ほとんどが【格言】とか【諺】の類いです。全てこの世から学べです。

                      私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声から受けたことは、そなたは社会の底辺で【人の心の在り方】を学びなさいです。人の心の在り方に関して社会の底辺の人達から学ぶであって、【宗教書】を学びなさいではないのです。旧約聖書の神と称する声は、【世界の宗教書に私の教えなど載ってはいない】とまで告げられたのです。自分の書である旧約聖書ですら、学ぶ必要が無いとまで告げられたほどなのです。為に、そなたを社会の底辺の環境下に置くです。それで私も人としての下座行を積んで来たなのです。

                       

                      私は社会の底辺で何を学んだのか? 

                       

                      それは人々に内在している【良心】でした

                      社会の上層部に居る人にはあまり【良心】見られないが、社会の底辺の人達には【良心】を持つ人が多く見られる。

                       

                      私が米の教えとして説いている内容は、結果的にはお釈迦様の悟りであった【人には良心と呼ばれる神が内在する】であり、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊】で【ラ】の言霊を紐解いたのですが、私の良心神の基本は、社会の底辺で【人の心の在り方】から学んだ結果です。その為には社会の底辺を歩く必要がありました。良心神など学問では誰も教えてくれません。良心という言葉は世に存在しても、学問的なことはほとんどなかったのです。スピリチュアル等は良心の【呵責】は重いから捨てましょうで、真正面から取り組む姿勢すら持たないなのです。

                      大本教の出口王仁三郎聖師は、世の立替に関して【牛の糞が天下を取るようなことだ】と述べておられますが、自分は神霊界で何々神だったではなく、【牛の糞】です。だが、広辞苑の様な大辞書にも「牛の糞」の意味が載っていません。それで意味を知る方は少ないでしょう。

                       

                      牛の糞とは、人を意味した意味なのです。

                      ,弔泙蕕覆ぜ圈碧淇諭

                      表面は剛直だが、内側は柔らかい人

                       

                      一番解りやすいのは、【どこの馬の骨やら牛の糞】の諺です。この世で何の身分も無い者に対して、外から発する言葉です。言うならば【社会の底辺の者】を指した言葉です。

                      私が神霊世界に修業に入った頃、ある不動明王と一体化している方が、私に対して【どこの馬の骨とも解らない者が奉納した酒など不味くて飲めるか!】と毒づいた時、私がお世話になっていた豊受姫が、この方(私)がどなたか解っているのかと立腹されて、その不動明王を金縛りにする事件がありました。

                      私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から【そなたは自分が本当は誰かを知らないし。神達にも解らないようにしてある。】と告げられていましたので、別に私に対して不動明王が何を言おうとも気になどしていませんでしたが、豊受姫が立腹されたなのです。如何なる身分の筋か解らないような者が馬の骨で、牛の糞は取るに足りない見向きもされない者です。

                       

                      社会の底辺に身を置くほど、魂のことは見えて来る

                       

                      私は子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでいたこともあり、昭和五十五年に私の身の上に起きた摩訶不思議な出来事から覚悟を決めて神霊界修業に入ったしだいです。

                      私が伏見稲荷山に初めて上がった時、豊受姫はそのお代であった最初の師匠を通じて、【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方で、貴方の言葉による教えは天帝の【詔(みことのり)】と同じであり、貴方の言葉の教えに従えない神達は天帝に対する反逆罪として、如何なる神であろうとも天帝から処罰される。】と告げられたのです。

                      その【言葉の教え】が大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】で、【米】一字の型の教えだったわけです。豊受姫は私の言葉による教えに従わなかった者達の上には如何なる神で有ろうと天帝に対する反逆者として、天帝が処罰されると告げられたなのです。だが、その処罰の中味は何を指しているのかが解りませんでした。

                       

                      【米】一字で知る【三六九(みろく)】とは、天帝の【詔】

                       

                      豊受姫の神示に従えば、朝鮮に残されていた【米】一字の教えに従わなかった神達は天帝に対する反逆罪者として処罰されるという意味ともなります。しかし、その天帝はどこに居るかとなります。それは記紀神話で語られる【天之御中主】と呼ばれる神のことでもありません。

                      私を見た霊能者の7〜8名の方は、貴方の本守護神は国常立尊様だと指摘されましたが、一部の霊能者の方は貴方の背後には国常立尊様も天之御中主様も見えるとも指摘もされて来ました。別の一部の方は貴方の背後には【宇宙最高神龍神】すら存在して来るとも言われます。

                      私自身が神霊世界を歩いていますと、天帝?。それは何じゃ?。という御神霊達があまりにも多いことからして、天帝の存在は神々にも解らないという現実があります。それは私も別に天帝を知るほどの者ではありません。私には子供の頃は旧約聖書の神と称する声は臨んでいましたが、別にその姿すら見たでもありません。私が霊的に見たのは【閻魔大王】と呼ばれている存在だけです。

                       

                      私はこの西暦2019年末。厳密に言えば2020年の節分迄なのでしょうが、人の目にも世に出ておられる神々にも見えない霊線で人類は線別(選別)されたと見ています。その選別そのものは2019年からでなく、数年前から既に起きていると説いておられる霊能力者ブロガーの方もありました。その線引きが終わったというだけの話にしか過ぎません。

                      この2020年から霊的には線別(選別)されることに何か特別の意味があるのだろうか?。そこに私の疑問も生じたのですが、この2020年から霊的世界であることが起きるなのです。

                      人類の上に天罰が降りるとしても、その救済の【白十字】が現れるのはまだまだ先となります。それは私自身、豊受姫から【貴方は立替の嵐の中を突破する】と告げられましたので、私も天からの神罰が降りている最中は何等かの災害の罰は受けると覚悟しています。

                      問題は、最後の審判の日迄にこの世を去られた方の魂はどうなるかがありました。これまでの霊界にその日まで留め置くかです。ここは私も思考が抜けておりました。これまでの霊界にその日まで留めて置くのではなくて、そうした魂はこの世を去ると直に【みろく世】に渡るなのです。

                       

                      みろく世に入る開門が西暦2020年から始まる

                       

                      2019年末迄に霊的な線引きを終えておく必要は、2020年から【みろく世(新・神の御国)】に渡る資格を得た魂が入る為だったと言えます。

                       

                      私は子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声からは、【そなたが教えを間違えれば、それはそなたの責任に非ず。この私の仕組が悪かったのである。】と告げられましたが、旧約聖書の神と称する声が告げられた仕組の解説を間違えないように努力はしています。しかし、私の様な者にどこまで解るかのだろうとは常に思っています。

                      私は子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【私は人類を新しい地球に移す。】と聞かされて来ました。その新地球とはこれまでの地球と同じ型で瓜二つなのですが、存在する次元が違う為に天文学や科学では見えませんし解りません。

                      その新地球の存在を知る霊能者達は【七次元界】にあった予備地球だと言われます。この地球が危なくなった時、その地球に住む人類を助ける為です。為に天帝が隠されていたと言います。その時には五次元界迄その高次元界の地球を降下させるです。だがそれは霊的な存在で【宇宙船】と言われる方達もあります。 三次元物質界に依存しないということです。

                      その新地球の存在に関してはヨハネの黙示録には既に予告されていますが、この日本でも人類は新地球に移行すると語っておられる方は少なからずおられます。ただ、それを世に発信している方は非常に少ないなのです。あまりにも途方もないことであり。皆さん、宣伝しても宣伝してもやって来ないみろくの世に、さすがに諦めの気持ちが入ったと言えます。しかし、霊的に新地球の存在を見たと言う方達はそれなりに居られるのです。

                       

                      そうした新地球の存在を知る方の中で、十数年前の話になりますが、国常立尊様は新地球の建設に当たって、新地球(みろく世)に行くことが早くから決定している魂を分割して、魂の片方を新地球の建設に当たらせて、魂の片方を肉体に留めて神界の御用をさせておられるとの話がありました。

                      もしも下準備がないまま、行きなり新地球(みろくの世)に人類が行かされると、何の受け入れ準備も無いといことになるからです。ただ、分割された魂であっても、新地球で受け入れ活動している魂とこの地球に留まっている魂との間では、交流が遮断されているがあったのです。みろく世に渡っている自分の魂の半分から、その様子が聞けないなのです。

                      だが、西暦2020から新地球のみろくの世が開門となりますと、既に分割されてみろく世に行っていた自分の魂から、その世界の様子が自分にも入って来るともなります。その新地球に早くから行っている魂の持ち主は、最低でも五次元界以上に行ってはおられるのです。

                       

                      ただ、みろくの世は次元界だけでは言えないのです。それは今の霊界は六次元界まで邪神達が闊歩していることは知られています。黒龍神界の大物達が六次元界には多いからです。六次元界に居るからと言って、それらの邪神は新地球には移行させないがあります。

                       

                      そこを巡って正神邪神の神界最終戦争が勃発します

                       

                      その神界最終戦争の関係上、天帝自らがこの地球に降臨するが起きます。そうしないと善悪が決着しないからです。個々の魂を浄化させる【魂浄化の為の大祓いたる天罰】と【神界最終戦争】が複雑に絡み合って来るので、【みろくの世】とはスピリチュアルの様に【何の心配をしなくてもいいのです。この地球が自然に五次元界に自動上昇するだけです。】と単純なことを言ってはおられないのです。

                      そうしたことが解っている反国常立尊派の神々は、この地球上に【地底王国】の建設に走っている。そこまで見通しておくが必要があると言えます。

                       

                      私の【米】一字の教えは、新地球(みろくの世)で開門が始まる迄であったようです。米の教え(天帝の詔)を無視した方達は、【魂浄化の大祓いたる身殺ぎ(禊ぎ)の天罰】を受けた後、悔い改めをすると神の御国(みろくの世)に渡ることになります。

                      その世界は【分かちの国】となりますので、どうしても自己本位。自分勝手。礼儀知らずだと天国住民の中には入れないことになります。スピリチュアルの様に【神は愛だから何をしても赦される】で自分勝手なことをしていれば、他の天国住民とは合わないとなります。そうしたことは理論的に【思考】すれば誰でも気づけるはずなのですが、なまじ霊が見えたり会話が出来ると、そこに高い神名や天使を名乗るニセ霊の正体が見破れないとなるのです。

                      米教そのものは使命を果たしましたが、豊受姫からは【貴方は立替の嵐の中を突破する】と告げられていることもあり、米の教えを信じた方達の為に私も最後の審判(みろく世の次元界決定)の時まで発信して行きます。何故ならば五次元よりも六次元。六次元よりも七次元。さらにそれを超えて、皆さんの魂が本守護神の段階(八次元界以上の神界とされています)に辿り着く為には不定期になるかも知れませんが、永遠に嬉し嬉しの世に渡る迄お付き合いのほどを宜しくお願いします。

                       

                      私は何の為にこんなことをしているのか?。別に地位や名誉を欲しいからではありません。

                      私の魂の本親の【本守護神】の元に帰りたいからです

                       

                      私がしていることは皆さんの為にではありません。自分は他の方より高い魂だと威張りたいではありません。ただ、自分の魂の親元に帰りたいという子供心からです。父の胸に帰りたい。この世の地位や名誉など何も要らないのです。地位や名誉等に縛られていたら魂に重い荷物を背負うだけです。私と一緒に皆さんの魂の本親の為にも神の御国に帰りましょうと言っているだけです。

                       

                       

                       

                       

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