<< ダビデの若枝とは松(みろく)の世の目出度目出度の若松様よ! | main | 馬の年の立春から五六七の210日頃 米の刈り入れか! >>

鶴と亀とで統一されるみろく世は【千万年王国】に訂正します

0
    私は過去記事に少し間違ったことを書いていました。ここでお詫びと共に訂正します。

    それは私が子供の頃に臨んだ声は、【私はアブラハムの神であり、そなたの神であり、旧約聖書の神であり永遠の神である】と答えられました。
    そうした教えの中で、【私の教えは日本昔話やわらべ歌に秘めた。その中で一番重要なわらべ歌は、カゴメカゴメである。そなたはその意味を紐解きなさい】と告げられたわけです。

    私が修業に入って間もない頃、自宅の神棚で拝していると、自宅に居ながら伊勢神宮が見えて来ます。その宇治橋の上に私の霊が土下座して坐っていました。すると、伊勢神宮の神官さんの霊がやって来て、私の霊に挨拶をして帰って行きます。それを一週間ほど見ていました。それから一週間ほどは何も見ず。次にやはり私の霊が宇治橋で土下座をしています。
    すると今度は前回とは違う神主さんの霊がやって来て、今度は私の霊に修祓をしてくれます。それが一週間ほど続きました。その後の一週間は何も見ず。次ぎに私に見えたのは伊勢神宮の内宮の前の大樹の側で私の霊と神官さん霊が並んでいます。すると内宮の門から多くの神官さん達の霊が出て来ると、次ぎ次ぎにといろんな道具を持った煌やかな神霊行列が出て来ます。私は自宅で祝詞を続けた状態で、約30分間ほどその光景を見ていました。
    私も当時はサラリーマンで仕事に行かなければなりません。すると、行列の途中でしたが伊勢神宮の大樹の側で見ていた私の霊が横に居る神官さんの霊にお礼を言っていて、その場を離れました。すると私には何も見えなくなりました。その神霊行列は約一万体ぐらいあったのでしょうか。

    それからしばらく後、平安時代の牛車が3台ほど見えて来て、先頭の牛車の御簾を少し上げて、誰かがその中から私を見ておられます。老年の平安貴族の女官の方のような感じを受けました。
    その話を豊受様の御代をしていた師匠に話しますと、その先頭の牛車の方は〇〇〇さんでしょう。2番目の牛車に伊勢の天照太御神が乗られているのです。まず〇〇〇さんが貴方がどんな人かを直接に見に来られたのです。そして、貴方は間もなく伊勢神宮の天照太御神様を直接に見ます。その前触れですよと言われます。

    豊受様の御代をしていた私の師匠や、私が知る豊受様のミタマを貰っておられた方は豊受様とご一緒に伊勢神宮に伺い、伊勢の天照太御神様にお出会いされたと聞きます。私の場合はそうした御神霊の御代ではありません。自分の魂が神の世界に入り込んでいるのです。そうした立場であるので、霊界の宇治橋で土下座もし、〇〇〇さんが下見に来られたとの説明もよく解ります。
    だが、その師匠もさすがにそんな大神霊行列は見せてもらったことはないと言われます。私に大神霊行列を見せられたのは、この私に仕えよとの示威であったのかも知れません。私はそれより前に中国の鍾馗神のご案内で、中国で天子とも創造神とも言われている磐古大神に拝謁しましたが、その時はきら星の様に並んだ数千体の将軍達の霊の間を歩かされているからです。それもやはりその神の力の見せつけです。
    数千もの将軍霊の下に従う部下達を考えたら、膨大な霊軍を動かせるのです。自分は魔界を一瞬に消す光の剣を持っているからと言って剣を抜いて飛び込んだら、消すどころか自分が返り討ちにあってしまうのです。
    しかし、磐古大神に拝謁したことが、大本教霊界物語に記される「磐古大神から国常立尊様に神界の大政奉還」の紐解きに繋がったのです。

    それからしばらくして、一体の神が私の目に見えました。その服装が奇妙だったのは豪華な着物姿なのですが、胸には金鶴の刺繍。裾は正六角形の亀甲紋(亀)の金刺繍が入っていました。それは「鶴と亀」です。男の方なのか女の方なのかと見ていましたが、どう考えても男の方。一般的には伊勢の天照太御神様は女の方と言われていますが、豊受様の御代をしていた私の師匠は伊勢神宮の天照太御神様は男の方ですと言っていまして、これが伊勢の天照太御神さまかと解ったしだいです。
    私はこの天照太御神様にお仕えしょうかと思ったのですが、金の鶴と金の亀の刺繍で「かごめ」歌の中味を思い出しました。それは「鶴と亀」が滑ったです。私が仕えるのは伊勢の天照太御神様では無い。私は「国常立尊」様に仕えなければならない身。鶴と亀とが滑るとは、伊勢の天照太御神の世は「国常立尊」が出られることで終わる。
    それならば、「国常立尊」様が神界の表舞台に復帰されるまでは、私も神界の素浪人に徹する覚悟を決めたのです。私の後ろの正面は幾多の霊能者の方達から「国常立尊」様ですよと指摘されて来たからです。ただ、私自身に名乗られた声は「旧約聖書の神」と言われたのです。

    先程、大和三輪山の狭井神社に関係する神霊の取次の方から、その御祭神から伊勢の天照太御神様は「大物主」様で、女神として出て来る霊は「卑弥呼」さんであるとお伝えをいただき、そうだったのかと納得も出来たのです。と言って、私には未だ大物主さんと大国主命様の違いがはっきり解っているわけではありません。
    私が住む土地は豊受様の御代であった師匠によれば、【元出雲屋敷地】。ある霊能者によれば超古代の神界(今の歴史以前の世)の中心があった場所。その関係なのか自宅で大国主命様や大黒様を見かけ、伏見稲荷山では「権太夫」大神としもて出会って来ましたが、大物主さんに関しては出会ったことがなかったからです。
    しかし、それは豊受様の御代をしていた私の師匠でも、伊勢神宮の天照太御神様には拝謁もし、四国の金比羅宮(御祭神は大物主)の大物主さんにも出会っておられます。だが、同一神であるとは解らなかったわけです。それは私の師匠以外の霊能者の方でも同様でしょう。
    豊受様自身が伊勢の天照太御神様が本当は誰かを口をつぐんで言われようとはされなかったほどで、その姿を変えておられたのでしょう。それが大物主様の大神神社の摂社であっても、そこからそのことが明らかにされたのは、私に立替日が決定したとのご連絡頂きましたので、豊受様が伊勢外宮から綾部に帰還されたという話が「鶴と亀が滑った」となって来るわけです。

    私が出雲大社教の教会長の元に相談に行った時、その教会長さんが出雲大社から私に伝達が来ていますと言われます。その内容は、私がもしも出雲大社教に転じるならば、全出雲の神力を私に授けるという内容で、教会長さん自身があり得ない神示と驚かれていましたが、私はどこまでも国常立尊様(私の後ろの正面)の下僕として仕える身である以上、出雲大社教に転じるはしませんのでその話は消えたようです。

    蛇足ながら、ある時、私に向かってイザナミ様と豊受様が頭を下げられます。何で?と思って、最初の師匠の元に行って尋ねましたら、「貴方は未だ何も解っておられない。イザナミ様も豊受様も貴方に頭を下げられたのではないのです。貴方の後ろの方に頭を下げられたのです。それを貴方が見ただけなのです。貴方は自分の後ろがどなたか解っていないのですかと」、きつく叱られたことがあります。そう言われましても、自分の後ろの正面は解らないものなのです。
    私が紐解いたのは大本教神諭予告、福知舞鶴「十里四方外囲い」の「八根(羽根)ある十里(トリ)」なのです。豊受様(カゴメ)は私の守護神様でもあるのです。


    かごめ歌の中味、解っていただけたでしょうか?


    私はみろく世に生きる地上天人の寿命は「万年」になるとは解っていましたが、それは「亀」だけの話です。また、どなたも解る様に亀には「龍宮の乙姫」様の意味があります。
    では、鶴は何の意味なのでしょうか?。鶴は千年の型であることは誰もが理解出来る話ですが、鶴は「釣る」の意味を秘めてあったのです。
    霊能者路の方達はよく「祭るの意味は「真釣る」だとおっしゃいます。【真柱神】を出すという意味です。そこに【真名井】の意味が存在したのです。一般的には綺麗な水が湧いているところが「真名井」の意味だと思われたようですが、これは真ん中の「井」に如何なる「名(言霊)」を置くかの秘め言葉だったのです。

    女子型が亀の万年で、男子型が鶴の千年

    カゴメ歌の「鶴と亀」が滑ったには、他に「統べった」の見方もあります。しかし、単に「鶴と亀が統べった」では意味が解けませんでした。千と万をどうやって「統一」するのかの知恵が回りませんでした。
    最近、わらべ歌や唱歌の「CD」を買って来て、「かごめ歌」を聞いていましたら、その歌詞は「鶴と亀がすべった」ではなくて「鶴と亀は出会った」となっていました。しかし、鶴と亀が出会っただとしても、どうなるのか意味が掴みきれませんでした。

    遅まきながらやっと、私にもその意味が解りました。

    それは、千×万の【千万年王国】の意味でした

    イエスが演じたのは男子型で「千(鶴)」の意味合いであり、これが「千年王国」と呼ばれる起因となったのです。
    それに対して女子型は龍宮の乙姫で「万(亀)」の意味であり、真性天照太御神である男子型と女子型が結ばれる時、【千万年王国】となるのです。

    それに関しては今から三十数年前に伏見稲荷山の長者の御祭神、【御劔(みつるぎ)】大神が私に「謎」めいたことを告げられたのです。

    神の結婚式は【全神々の参列の元で行われる】でして、全神々が参列する神界の結婚式とは何のことかと首を捻っていました。真性天照太御神(鶴)様と龍宮の乙姫(亀)たる豊受様の結婚式です。それが豊受様が私の最初の師匠に言われる自分の夫は天照太御神なのです。

    どう考えてもキリスト教が言う神の千年王国ではあまりにも桁が小さく、神が言われる「永遠」の意味には結びつかなかったわけです。鶴の千年だったのです。

    大本教神典に主の神は「三十五年前に御引退」とありますが、この意味を紐解きますと、イエス一人を主の御子と認めれば神の千年王国に救われて、そうでない者は千年間は地獄から出られないなど、あまりにも数字の桁が少なすぎるのです。もうイエスから二千年も過ぎているのに、そうした千年王国論に固執しているのはどうかと言うことです。
    この日本における日本語による言葉の仕組みですら「三千年」の月日をかけて仕組みに仕組まれているからです。

    だが、その【神の結婚式】が行われるとしたならば、その前に、神界の結婚式に参列をしない天帝の「命」に従わない神々は、すべてこれを掃討しなければならないのです。天帝の命に従った神達だけが、その神界の神の結婚式に参列出来るのです。

    みろく世(千万年王国)に行く神、
    みろく世に行かぬ神との永遠の別れとなるとなるのです

    私が子供の頃に臨まれた声は、新しい世は「永遠の世」と告げられました。
    その永遠はどこまでかとなります。一部のスピの人に見られる某大な数字さえ言えば良いという物ではないのです。仮に新しい世で一万年の寿命を貰ったとしても、その一万年をどう生きようかと思案しなければなりません。気が遠くなる年月です。一千万年の世ともなれば、もう永遠という言葉の範疇です。その先を考える必要はないのです。また語ったところで意味はないのです。


    精神世界

    にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
    にほんブログ村

    この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。

    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    calendar
     123456
    78910111213
    14151617181920
    21222324252627
    282930    
    << June 2020 >>
    日本ブログ村に参加しています(よければ応援のクリックを願います)
    selected entries
    archives
    recommend
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM

    にほんブログ村 哲学・思想ブログ アセンションへ
    にほんブログ村