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全国一の宮 素戔嗚尊神社が教える牛頭天王と混同と白十字

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    神社好きの方ならば京都八坂にあります祇園神社(八坂神社)の御祭神が素戔嗚尊であると知っておられるでしょう。

    祇園とは、本来は仏教を起こされたお釈迦様の根本道場を「祇園精舎」と言い、この祇園精舎の御守護神が牛頭のお姿であったことから、その存在を「牛頭(ごず)天王」とお呼びしました。つまり、仏教とはこの牛頭天王を最高仏としていなければならなかったのです。
    それは仏教の源流であるチベット仏教において、最高仏として牛頭で虎の皮を敷いた存在が見られるからです。大本教という宗教が起きて、その大本教神諭にウシトラ金神には【牛虎】もあるぞよとありますが、その「牛虎」の意味をどなたもお気づきになられなかったようです。
    単に祟りの鬼門の金神「国常立尊」で終わったわけです。そこに「牛頭天王」の存在を思い浮かべなかったということです。

    そのチベットにおいて、近年、八十一体の仏が周囲に配置された壺が見つかったとのテレビ報道があり、その壺の仏達が何を語るのか解らなかったようですが、それは大本教神諭が予告した「九つ花」の仕組みを見れば「八十一」の意味は解ることです。

    私は神霊世界に修業に入って4年間程は伏見稲荷山で修業のお世話になっていましたが、現世御利益ばかりの世界で「真理」にたどり着けない。そうした時、私はそれまで聞いたことがなかった「言霊」師の方を師匠に持つことが出来ました。この言霊が解っていなければ、私が出した「米」教も言葉の仕組みに気づくはあり得なかったでしょう。

    その言霊師の師匠の元で私の瞑った目に牛頭の侍姿の方が見えて来ました。私は牛頭の人を見て唖然としていました。それが牛頭天王とまでは思いませんでしたが、霊界には「牛頭」の人が要る衝撃です。
    私の異変に気づいたその師匠が、その側に居た霊媒者に私が見ている映像を転送するので、その光景をつぶさに自分に伝えなさいとその霊媒者に命令されました。その霊媒者は私が見ている光景を逐一その師匠に報告して行きます。その伝達されて行く光景の内容には何一つ間違いはありませんでした。
    ただ、私が見ている光景に驚いたその師匠は、私が見ている光景を伝えていた霊媒者に寒川神社の御祭神である素戔嗚尊様をお呼びして、私が何を見ているのか聞いている間の光景はその霊媒者も見ることが出来ませんでした。
    もしもその時にもう一人霊媒者が居れば、私が見る光景を見る霊媒者と神霊を降ろさせる霊媒者のダブルが出来たわけです。

    その寒川神社の素戔嗚尊と称される神霊いわく、「この私に見えている光景は、立派な若牛が草を食べている光景である。この者(私)はやがて立派な「若牛」になるであろう」でした。その時に私が見ていた光景は、黒色の若牛が広い野原で草を食べている光景だったのです。
    その師匠がおまえは「若牛」だそうだ。蛇や狐でなく牛でよかったなと言いますので、自分は若牛かと憮然としていたものです。ただ、それは私に「牛頭」の存在があることを認識させたのです。

    現在、京都の祇園神社が御祭神が素戔嗚尊とされていることから、牛頭天王=素戔嗚尊だと言われる方があるようですが、それは間違っています。

    今回、全国一の宮で備前の国の一の宮。素戔嗚尊神社に行きまして、そこにあった石碑に書かれた文章を見て、それは明らかだと解りました。そこに日本の祇園祭の由来が彫られているからです。

     

    その説明文の一部を見ますと、【祇園信仰とは、お釈迦様が修業された「祇園精舎」を護る「牛頭天王(こずてんのう)」と高天原を追われてのち出雲国で「やまたのおろち」を退治された「素戔嗚尊(すさのおのみこと)を共に祀る信仰です】。
    【つまり外国(とつくに)の誠に恐ろしくて力の強い仏様「牛頭天王」と我が国最強の荒ぶる神様「素戔嗚尊」を一本化し、より強力な神格にして祇園社の主祭神「祇園神」としたのです】。
    そして、【祇園信仰の発祥の地はここ福山市新市町戸手に鎮座される「疫隈国社(えのくまのくにつやしろ)」現在の素戔嗚尊神社であると考えられます。疫隈国社より播磨国明石浦−播磨国廣峯神社(姫路)−北白川東光寺(京都)に到り、祇園感神院(八坂神社)へと伝播していったことは明らかです】とあります。

    おそらく、明治元年の神仏分離令の時、京都の祇園感神院が寺から八坂神社に衣替えをする為に仏教の最高仏「牛頭天王」を外したことから、牛頭天王の存在が消えて牛頭天王=素戔嗚尊の混同が起きてしまったとみられます。共に祀ったとは同一神を意味しません。
    牛頭天王は大本教が出してウシトラ(牛虎)金神「国常立尊」で理解が出来る存在なのです。国常立尊は日本では創造神と記されながらほとんどの人が知らないように、表舞台から消された神です。つまり退かされている「艮(ウシトラ)」なわけです。そして、節分の炒り豆で追われている神とあるように、閻魔大王。正式には閻羅大王」となるわけです。
    なお荒ぶる神とはヤクザの様な暴力的という意味ではないのです。日本神道の一霊四魂説の四魂には荒魂・幸魂・和魂・奇魂があります。その中の荒魂の神を荒ぶる神と呼び、とても力が強いという意味なのです。荒魂は正しく働くと「正義の力」であり、悪く働くと単なる暴力となるのです。


    写真は素戔嗚尊神社鳥居。



    写真は素戔嗚尊神社の拝殿。



    備後風土記に有名な「蘇民将来」の話がありますが、その「蘇民将来」を祭った神社が素戔嗚尊神社境内にあります。蘇民将来の話から発祥するのが「茅の輪」ですが、この地がその「茅の輪くぐり」の発祥地とあります。全国の神社で行われる夏の大祓の茅の輪くぐりの原点は、この地にあったことになります。

     

    その蘇民将来が、素戔嗚尊神社境内に蘇民神社としてあります。私はこの「蘇民将来」とは言葉の仕組みの一環であるとみています。素戔嗚尊によって【将来民は蘇る】の意味だと。
    何故ならば、一部に素戔嗚尊とは6〜7世紀頃に朝鮮からやって来た人物などの説がありますが、出雲族の長の立場のような歴史的考証で解る時代ではなくて、私達が歴史的に知ることが出来ない時代から存在する神霊だからです。それは霊能者の間で素戔嗚尊は白龍神だと言われるように、そこに白色の龍神としての形態があるからです。

    写真は蘇民将来神社。


    そして、素戔嗚尊神社の境内に「戸手天満宮」があります。私は最初天満宮に首をかしげました。素戔嗚尊神社で菅原道真公を祀って何になる?。
    写真は戸手天満宮。


     
    が、天満宮となっていても、これは「本地堂」と呼ばれるものであり、明治元年の神仏分離令で取り壊しを逃れる為に天満宮にしたとあります。

    下記はその説明書。

     

    この本地堂は素戔嗚尊本地堂とあります。

     

    本地堂とは、素戔嗚尊が仏教で仏として祭られていた時の本堂のことですが、神仏習合時代の別当寺・早苗山天竜院天王寺の本堂にあった御本尊は聖観世音菩薩であったことが解って来ています。

    すると、素戔嗚尊にも【聖観世音菩薩】の化生があったとも言えます。

    私自身、最近どうにも意味が解らない観音様の像を見ていました。その観音様とは全てが白色であり、額のところに○十の薩摩紋があるのです。よく見られる「白衣観音様」かとも考えましたが、白衣観音さんではないとは解るのです。
    白衣観音さんでは額に○十の徴があることが不可解なのです。大本教霊界物語に○十は弥勒の神の御紋章の定めなりとありますが、さりとて、その聖観世音菩薩はみろく仏でも無い。明らかに聖観世音菩薩としてお姿だからです。
    誰を意味した観音様かと首を捻っていましたが、この地でやっとそれは「素戔嗚尊」様の聖観世音菩薩としての化生だと、ようやく理解出来ました。もしも、私の前に出た像が白龍にでも乗ったお姿であれば、もっと早く気がつけました。
    素戔嗚尊は、あまりにも荒ぶる神としてのイメージが強いので、そこに【観世音菩薩】としての化生があったなど、考えも及びつかないことです。

    私が出した「米」教は、大本教神諭予告「九つ花」でもありますが、朝鮮に残されていた予言。最後の審判前、救世のために最後の教えとして「米」一字の教えが起きる。その「米」一字の教えに従った者の上には神の罰は降りないが、そうでなかった者達の上には神の罰が降りるとされているものです。
    が、その朝鮮の予言には神の罰が降りてもその最中に「白十字」が現れて、「米」の教えに従わなかった者達も、その「白十字」によって救われるとありました。私はその残された予言の中の「米」一字の意味は説きました。だが、この「白十字」は何なのかはまるで意味が解りませんでした。

    その「白十字」とは、大本教の出口王仁三郎聖師が「救世主は素戔嗚尊」だと演技された意味は、○に「白十字」を額の徴とされる「素戔嗚尊が化生された聖観世音菩薩」様のことかと考えられます。

    人としての肉体を持った身で自分が「救世主」ですといくら言ったところで、人の身では「救世主」としての霊力は発揮出せません。その霊力は「救世主」と称するにはほど遠いのです。
    私は霊界修業の中で、イエスが出したことで知られる食物を降らすなどの物質瞬間移動や空中浮揚や奇跡的な病気治しも見て来ましたが、聖書が予言する最後の審判で死者を復活させる「将来民は蘇る」は民という多くの人のことであって、イエス一人が復活したという小さな意味合いではないのです。
    それは人の肉体に入っている「玉(魂)」とは誰であっても小さなものであり、この地球には70億人からの人が存在します。肉体の身では人一人助けるのも困難です。肉体を持った者にどれだけのことが出来ようかなのです。

    だが、それが「聖観世音菩薩」として救世に現れる霊力であれば、話はまるで違うのです。ただ、このブログにも書いた「観音様に成りたいと言った大白蛇霊」等の蛇霊が化けた観音様等もあり、観音さんが出て来たからと言って表面で見てはいけないのです。

    一部に出口王仁三郎聖師さんが「素戔嗚尊」その方だと勘違いされている節もあるようですが、それは違っていると言えます。故・金井南龍師は出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊神界の八合目であって、トップの素戔嗚尊様ではなかったと述べておられます。大本教は未だ予告の段階であって、本番時にはそれ以上の存在が出て来るです。これはその人が救世をするのではなくて、その人がその神界と通じているなのです。
    神名は同じでも、神社等の御神霊は実態が違う神ということに関しては私の最初の師匠は知っていましたが、スピと称する方達は意外と神名と神界の格の違いをご存じないようです。

    私が数年前に東京に行った時、ある霊能者から東京の根津神社から私に呼び出しが来ているので根津神社に参拝してくださいで、その方達と参拝したところ、その日はつつじ祭りの最中で大変な人の数。
    その参拝者の前に御本殿に御祭神らしき存在が出ておられましたが、それが根津神社の素戔嗚尊様なのでしょうが、それは出口王仁三郎聖師さんの霊ではありませんでした。とても若々しい御神霊で、私は一瞬「義経」さんかと思いました。私が見た義経さんの霊に似ていたからです。
    さりとて、根津神社に祭られているからその霊が頂点の素戔嗚尊様だとも言い切れないのです。素戔嗚尊と称する霊と言うのが正解なのです。

    霊界には本物でもないのに、自分が「国常立尊」とか「素戔嗚尊」と称する霊がゴロゴロ現れて来ます。私の2番目の師匠の御祭神は「国常立尊」と称しておられましが、本当は凄い力を保有された「仙人」さんでした。仙人であったが故に奇跡力があり、その奇跡力に2番目の師匠は「国常立尊」だと騙されていたと言えます。
    これは本当の「国常立尊」様が霊界でもはっきりと見えないことから、自称「国常立尊」と名乗る霊も続出してくるのです。もしも本物の「国常立尊」が表舞台に立たれていれば、恐くてそんな嘘を言う霊もいないでしょう。

    また、神社などではそこに鎮座していた神霊を追い出して、自分がその神霊に成りすましているもあるのです。

    出口王仁三郎聖師が予告されたのは「ス」神と呼ばれるところの素戔嗚尊であって、私達が知る出雲神話の素戔嗚尊のことではないのです。私が出した米教は「ラ」神論で、これは神としては「天之御中主」様のことを指して説いているのです。

    この地に来て、ようやく少しは意味が紐解けたようです。最後の審判に入った時、白十字の意味が解らないではどうしょうもないからです。

    どうして私に全国一の宮を回れと出て、薩摩天文館から鶴岡八幡宮に飛び、そこから阿波の一の宮に行き、その阿波の一の宮から全国一の宮回りに入れと出て来るのか?。その阿波は素戔嗚尊が人々の魂を禊ぎ救われる「アワ」と出て、謎が謎を生んで来ましたが、素戔嗚尊神社で意味が少しは掴めて来たと言えます。

    今回のことは、霊界から霊示には、例えその霊示主が○○大神とか名乗って出て来ても、そうした多くの霊示は嘘で有り騙しで終わることがほとんどなのです。
    またもや霊界の嘘八百の内容だと旅立つことをしなければ、これは掴みきれないものでした。自分は騙されている。無駄足だと思って動かなければ、それでは何も掴めません。騙されることを恐れずに突き進んで来たことによって、やっと自力救済の【人に内在する良心神】だけでなく、他力の素戔嗚尊による人類に救済の道が見えて来たのかも知れません。

    私は常に嘘を叩いて、誠の骨とするを言っています。誠とは、嘘を叩いて行かなければ見えないものでもあるのです。
    主たる神が三千年に渡って仕組んだとされる仕組み。例え自分は○○大神だと名乗って出て来る霊に解るような仕組みではないのです。

    朝鮮に残されていた「米」一字の教えの予言。大本教が出した「九つ花」。誰もそれが同じとは思いもしないことなのです。

    ただ、素戔嗚尊様が【救世の聖観世音様】であったとしても、助けるのは【将来民は蘇る】の「蘇民将来」の人達であって、【巨旦将来】たる人達を助けることはないのです。どちらも【将来】となっていることに気づかなかった人ばかりだったと言えます。



     
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