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何でも叶うの「如意宝珠」と「8の字」型神業

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    私は今回何かに急かされるようにして全国一の宮巡りに旅立ちました。

    私は大本教の平成神殿の近くに住んで居て、この土地に住んでから大本教の出口王仁三郎聖師の姿をした霊が自宅に出て来られて目を丸くして、これは何事かと調べましたところ、この土地は大正9年頃に元々地の方ではない大本教信徒の方が出口王仁三郎聖師から教団に内密でその土地を守って欲しいと頼まれて、そこに家を建てられた。その子孫の方から私の母がそうした経緯を何も知らずに買った土地でした。
    私が見せられた光景には、その土地に大金龍の像が建っているがありました。そこは大本教で造った金龍池は型であり、この付近の地が今は消えているが本当の金龍海の淵にあるということが解って来ました。地下で龍宮とつながっているのです。
    地下でつながっているとすれば、どこでもつながってるではないかとなりますが、そうではなくて霊脈と呼ばれるものでつながっているのです。私達が知るものとして水脈がありますが、地のどこにでもつながっているではないわけです。

    私の土地と隣接する土地に、出口王仁三郎聖師がみろく神業に使われる「お宝」が埋められていると直弟子達に言い残したで、そのことを知る者達によって掘り返された土地があります。が、何も出て来なかった。
    その事を知った私が豊受様の御代であった師匠に話したところ、それは「如意宝珠」でしょう。が、掘り返しても何も見つかりません。霊的なお宝です。それも深い深い地中の中にあり、人間の手では掘れません。時が来ると、そのお宝は自然と地上界に現れます。掘り返す必要は何もありませんと言います。
    大本教神典の中に「神も時節には叶わない。おいでおいでをしなくても、何事も叶う時節がやって来る」とありますが、何でも叶うから推察すると、おそらくその意味は「如意宝珠」のことではないかと考えられます。如意宝珠とは仏教用語ですが、何でも叶う神の「玉」のことです。地下から出て来る時節でしょう。

    私は全国一の宮を旅する前、人類救済の鍵は奈良の法隆寺にあると出て、何事かと思って奈良の法隆寺に飛びましたが、法隆寺の宝物殿で一体の観音像を見て愕然としました。
    それは私が修業に入った最初の頃、もやもやとした物が出て来たかと思うと凝縮して一体の仏像と化して空中に浮いていたのです。それは如意輪観音でした。当時の私は如意輪観音が現れても、何が何だかさっぱり解らなかったのです。その時に現れた仏像が法隆寺の宝物殿に鎮座していたから驚いたのです。
    そして豊受様が私に人類が助かる道は八角形の夢殿で示されました。私はそれを「米」として説きました。しかし、豊受様がその夢殿の中心に立たれていた意味までは掴めていませんでした。私は法隆寺の夢殿を見ていて、その屋根の上の相輪にあるのは「如意宝珠」の玉で、やっと意味が解って来ました。

    如意宝珠とは、一般的に地蔵菩薩、虚空菩薩、如意輪観音、吉祥天が玉を持つ像が造られていますが、実際は誰も本物は見ていないはずなのです。すべて疑似と言っても過言ではないのです。
    もしも自分はそうした仏から如意宝珠を貰ったと言うのであれば、世の中はすべて思い通りに動かせていたはずだからです。何でも意のままになるのであれば、この世の悪人など全て改心出来たはずです。つまり、地蔵菩薩、虚空菩薩、如意輪観音、吉祥天でも本物は持っておられないなのです。
    出口王仁三郎聖師は独国の如意宝珠。独国に埋められたのは殻玉で、その精は日本から発動すると残しておられます。そして、真性「みろく神業」は上野町から起きて来るとも残しておられます。すなわちみろく世に必要とする「如意宝珠」は、綾部市上野町と呼ばれる狭い範囲の地下にあるということになります。

    私は今回、薩摩の天文館に飛び、その足で鎌倉の鶴岡八幡宮に飛び、その足で阿波国一の宮に飛び、阿波から全国一の宮巡りに入ると出て来たので、意味も理解出来ないままにその行程をこなして、最南端の沖縄と最北端の北海道の一の宮を回った後、本州の一の宮巡りに出ました。
    その本州は綾部から徳島に行き、千葉県安房の国から茨城、栃木、宮城、岩手、青森、秋田、新潟、富山を回って綾部に帰り、今度は山陽道から下関を回って山陰道を回って綾部に帰りました。すると、一段落したと出ます。一段落?。
    何が一段落したのかと考えていまして、本州を「8の字」型に回ったことに気づきました。

    数年前、ある女性に何カ所かのお宮が指定されて、そのお宮を交点として「8の字」型にその近辺のお宮を回る旅を某神が言われ、その某神は今回の神業が終わって私が神界に戻った時、私も結婚するでその結婚式を仲人する神とのことで、私もその某神が言われた内容に付き合って、その女性達と一緒に「8の字」型で回って来ました。その時に「8の字」型に回る神業を知ったのです。
    今回は東北方面は長い距離なので行く前に眩みも起きたので安全を考えて同行者を入れましたが、山陽山陰は私単独で綾部を交点とした本州を「8の字」型に回っていたことになります。その時に回れていなかった石川や福井の一の宮は、その後全て回り終えました。
    素戔嗚尊の茅の輪巡りは、8の字型に回ってまた半周するのですが、その半周分の紀伊から東海、関東、中部、近江と回る円周は後日でよいと出るのです。また九州や四国が残りますが、それより先にしなればならないものが示されて、それに集中していました。

    みろく世は無限(∞)の世とも言われますが、その意味は「8」なのです。大本教の出口王仁三郎聖師は「綾部は聖都」と言い残されましたが、誰が見ても現在の綾部は聖都ではありません。豊受様は綾部は「神の都ぞ」と告げられましたが、まだ神の都でもありません。その綾部を聖都にする為に「8の字」型に結ぶ必要があったようです。
    で、私は各地の一の宮で何か特別なことをしたのかと言いますと、何もしていません。が、私が霊場などに呼ばれた時は自然と「モグラ」行をしているので、そうしたモグラ行を「8の字」型で本州にしたのかも知れません。

    私が修業に入った最初の頃、豊受様に立替の時期を尋ねたところ、その時期は何時とは言えないが、間違いなく言えるのはそなたはその「立替の嵐」の中を突き進んで行くでした。
    何年間ぶりに豊受様が顔を見せられたので何事かと思っていましたら、「いよいよ嵐の中に突入。地震、雷、火事、水害」と言って、帰ってしまわれました。これからは地震や雷や火事や水害が頻発しても、突き進んで行きなさいということです。自分の身を守るのは自分となるのです。

    だが、嵐は来ようと嵐は何時かは治まります。その嵐が終われば「みろくの世」であり、その時には「如意宝珠」によって神の何もが叶う時節になるとも言えます。


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