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ようやく、人類の真理の目覚め【人の中に眠れるコブラ蛇】の退治開始か?

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    よく、人は一人一人が創造神だ!。と、とてつもないことを平気で言われる方があります。そして、自分は如何にも神が解っているようなことを言われたりします。
    人が創造神だとなりますと、【完全無欠】の存在となります。では、私達人間は「完全無欠」の存在なのでしょうか???。

    そんなバカげた論理はあり得ません。私達は「欠点」を持つのが故に人間なのです。そして、創造神と呼ばれる神が座す世界に向かって魂の修業を続けているのです。それは別にこの地球のみならず、宇宙の他の星まで展開して修業を積んでいるわけです。その為には魂の欠点を更生させるが必要で、この世に甦(更生)って来ていたわけです。

    創造神と呼ばれる存在よりも遙かに下がった諸々の神々の段階に、八百万(やおよろず)の神々が居られますが、そうした神様達は「完全無欠」でしょうか?。やはり違います。自分の得意とする分野ではそれなりの神力も持たれますが、万能ではありません。特化された分野の神ともなります。
    この世で一つの道を究めれば、それで匠達は神とも呼ばれますが、全てにおいて欠点が無いではありません。一つの道を究めても万能ではありません。それと同様に諸神達も万能ではなくて欠点をお持ちです。だから、私達もそうした意味の神に成ることが可能なのです。

    私達一人一人が創造神だと言われて、現実には太陽も月も創ることが出来ないわけです。こんな簡単な常識すら解らないということは、いったいどういうことなのかと首を傾げておりました。


    例えば、神霊の取り次ぎをされている霊能者の方の元に相談に行って、その御祭神が告げられる答えは100%正解でしょうか?。非常に優れたトップクラスの霊能者の方でも正解率からすると、70%〜80%だと言われ来ています。
    もしも、神の御代をされている霊能者の御祭神が万能であれば、その言われたことが外れる等考えられないことなのです。だが、現実にそんな神の取次者とか御代さんなど存在しておられないわけです。
    私の最初の師匠はその著本に、「神様が言われることは100%正しい」と書いておられますが、弟子であった私が100%ではなかったと証言します。やはり正解率は70%〜80%のトップクラスということです。
    その師匠の信徒さん達も、御神霊の言葉が100%でないことは知っておられましたが、誰もそれをもって神から離れるはありませんでした。神様でも外されることがあるで、皆ケロッとしておられました。誰も豊受様が万能神とは思ってもいなかったからです。創造神だとも考えていないからです。

    私の最初の師匠は豊受様の御代をされていましたが、その前は四国小豆島の某霊場のご本尊のお不動様の御代をされていました。その関係もあって、その師匠の実力は並の不動尊行者では比較にならないものでした。
    その師匠の元に修業に入った頃、火炎を上げて出て来られる不動明王様を見て、その師匠に報告したところ、「貴方はいったい何を見ているのだ。不動明王ごときを見てどうするのだ」と一喝されてしまいました。
    世間的に言えば、お不動さんが出て来られたら、自分は一人前の行者だと思ってしまいます。普通の師匠ならば、貴方にお不動様で出て来られましたか。貴方は立派だと誉めて貰えるものです。それを「ごとき」と叱られたのですから、その時は意味が解らずにただ呆然としていました。

    私がその師匠の元に相談に行く前、ある霊能者に相談に行ったところ、貴方にはお不動様がついておられるで、10年に一度催される近畿36不動尊の御本尊の御開帳に行きましたところ、7〜8体のお不動様から私に何か得たいの知れないものがビシビシと飛んで来ます。
    その時、私はむかっと来て、「何だ!。この野郎。やる気か!」で、不動明王達から挑戦状を叩き付けられた気がしていました。その話を最初の師匠に話したところ、その師匠は笑って、貴方にとってお不動様の7〜8体など、どうということもなかったはずです。お不動様達は貴方がどれだけの力を持っているのかを知りたくて試されたのですと言っていましたので、不動明王と呼ばれる段階で止まっているようでは行けないと私を叱りつけたのでしょう。

    私の家で大ラップ現象が起きた時、さすがに困り果てて、その師匠の元は離れていたので、他の取次者を通じてお稲荷様、不動明王様、出雲様などの元に走りましたが、どの神様もそれを止めることが出来ませんでした。どの神様にも出来ないとなれば止む得ずで、3年半かかって自力で鎮めることが出来ました。それは神界の機密ゲートに関わることだったのです。
    後にその師匠が、貴方は神様達が止めることが出来なかった大ラップ現象を鎮めてしまわれた。やはり、豊受様が貴方以外の者には出来ない神界の機密の大仕事だと言われていた意味が解りました等と言っていましたが、豊受様は私は殺す気だったのかと憮然と聞いていました。

    その師匠は、豊受様が私に言われる事柄にしても、肝心なことは全て外れてしまいますので、不思議に思って豊受様にその理由を聞かれたところ、あの者はこの豊受をして見ることが出来ない世界から来る神の力に支配されており、この豊受も人間として可哀想だと思っても、どうしてやることも出来ない。日本国中の如何なる神も、あの者が如何なる道を歩むのか解らないと告げられたのです。

    それは、豊受様をしても、見通すことが出来ない上部神界が存在しているということであり、その世界から個々の人に直接に来る事柄もあり、世に出ておられるどの神様でも正解率100%はあり得ないということになるのです。
    いくら神霊の御代をしている方でも、その御神霊よりも遙かに高い神霊の守護を受けている方を霊視するということは、不可能な領域に入って来ます。そうした存在の方を霊能者が霊視しても当たらないものなのです。

    私は自分の背後に存在する御神霊が誰かを知りたくて、多くの霊能者の方の霊査を受けました。その結果、7〜8人の霊能者の方から、貴方の本守護神は「国常立尊」様、あるいは「天之御中主」様と告げられましたが、その他の霊能者からはそうした指摘は一切ありませんでした。無論、それを最初に言われたのは豊受様でしたが、私は一柱の神様が言われたからと言って鵜呑みではなくて検証に入ります。
    変な霊能者に相談に行くと、御先祖霊様が浮かばれずに苦しんでおられます。蛇を殺した祟りがあります。お祓いが必要ですと言われてしまいました。現実にはそうした方が多いのです。

    だいたい、本守護神・正守護神・副守護神の区別も知らない霊能者の元に相談に行った私がバカだったと言うことにもなります。だが、そうしたことも長く霊界に関わって来たことで解ることであり、初歩的には解らないことなのです。

    自分には西洋で天使長と言われる「ミカエル」がお告げをして来る式のスピリチュアルの方が非常に多いのですが、それは本当なのかがあります。無論、本人に「ミカエル」などと自称する霊が懸かって来たは事実でしょうが、その存在の本当の正体を見抜けているかどうかなのです。そうした多くは蛇霊です。また、狐霊や狸霊や猫霊など数々あるのです。
    大本教の出口王仁三郎聖師は近世日本が生んだ最高の預言者であったことは間違いないでしょうが、「ミカエル」等と呼ばれる天使長など存在していない、ミカエルとは「省(かえり)みる」と言う言葉の意味だと述べておられます。それは「ミカエル」と名乗って出て来る霊は全てニセ物だと言われたわけです。

    一方、スピリチュアルの世界では、自分に天使長「ミカエル」が降りて来る式のことを言われる方が「ごまん」と居られます。
    では、日本最高の預言者であった出口王仁三郎聖師の「ミカエル」などという天使長など存在しないという説が間違っており、「ごまん」と居られる霊能者とか霊感者と呼ばれる人達が、自分に「ミカエル」がお告げして来るが正しい説なのかとなります。
    多数決で言えば、その「ごまん」と居られる霊能者や霊感者で自分には「ミカエル」がお告げをして来るが多数派であり、如何に日本最高の預言者としての呼び名が高い出口王仁三郎聖師でも間違っておられたことになります。

    しかし、霊界とは縦世界であり、下位の霊界に関わる者は上の霊界のことはまったく見えない解らないがあります。その面から言えば、いくら「ごまん」と居られる霊能者や霊感者が「ミカエル」だ「ミカエル」だと言ったところで、それが正しいとは限らないのです。
    霊界レベルで言えば、そうした霊能者や霊感者は大本教の出口王仁三郎聖師とは段違いに下位のレベルにあるからです。

    私が修業に入って間もない頃、私の体の中から一匹のコブラが駆け上っていく不思議な光景を遭遇しました。だが、この内容は師匠に聞いても解らないだろうと思い、それに関しては何も聞きませんでした。
    ところが、その内容を不思議な方法で案内される式で一冊の本から知ることが出来ました。その本に書かれていた内容は、「人の中に眠れるコブラ(蛇)が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める」でした。
    それはヒンズー教の奥義書とされるヴェーダ典に記載されているものでした。しかし、現実にその現象に遭遇した方達があまりなかったのか、その事柄に関しての解説がどこにも記載されていないのです。それから、私は「真理の目覚め」とは何かと、走って来たしだいです。

    これ自体は、私のHPやブログで「ミカエル」とは【巳(蛇)帰る】の意味だと説いて来ました。

    聖書に、人類の祖先とされるアダムとイヴは「蛇」の囁きにより、エデンの園(神の御国)から一緒に追放されたとあります。すると、私達人類が神の御国に帰還する為には、私達人類と一緒に存在する「蛇(巳)を帰らす」が必要となるわけです。その為に必要なことは「省みる(かえりみる)」です。
    が、聖書を読んでもその蛇が何と呼ぶ蛇なのかが書かれていません。蛇と言っても各種あるのですから、それが具体的でないと解らないわけです。
    私はその省みるを「人に内在する良心神」で説いて来ました。人に良心が存在しなければ「悔い改める」が出来ないからです。悔い改めるとは「省みる」ことでもあるからです。

    日本の神智学において、「愛」ばかり言っている者は「蛇霊」に犯されているという説まであります。それでは、エデンの園(神の御国)には戻れないのです。大切ことは、自己の中に存在する「蛇」を帰らせないと行けないわけです。人に内在する良心神も、その蛇を帰らせる為の教えです。

    私が2番目の師匠の元に居た頃、私は仕事を終えると毎夜その師匠の元に通って師匠の「霊査」の手伝いをしていました。それには「霊媒者」が必要で、霊媒が出来る方が来られない時はその作業は出来ませんでしたが、2番目の師匠は一銭にもならないことを日々していたわけです。そのおかげで、世間の霊能者に何が懸かっているのか?。そうした勉強をさせて貰ったわけです。
    そうした中で、蛇霊に言向けをしていますと、蛇霊は「改心するのは嫌だ。改心するぐらいならば、最後の時は戦って戦って死んでやる」です。いくら、改心すれば蛇の身を脱却して新しいみろくの世に進めます。戦って死ぬ道よりも、改心して新しいみろく世に行く方がいいのと違いますかと説いたところで、聞く耳無し。常に問答無用です。それが蛇性の特質です。
    無論、全ての蛇霊が改心しないのではなく、蛇霊神が改心した時には現実界の蛇が「棒」の様になるのを見て来ました。

    西洋でミカエルと呼ばれる天使長は、最後の審判の時、蛇のを尾を踏む者という説がありました。つまり、蛇を帰らせる「巳(蛇)帰る」は天使長の職務を指していたと思われます。これは日本語が神の言葉であることを理解していないと、西洋でミカエルと言う言葉は「巳(蛇)帰る」になることすら理解は出来ない話ではあります。すなわち、自分が「ミカエル」ですと名乗る固有名詞の存在は、元々居ないということになります。
    すると、大本教の出口王仁三郎聖師が説かれた「ミカエル」などの天使長は存在していない。「省(かえり)みる」という言葉の意味だと説かれたことは、正しい説であったかと思われます。

    大本教の出口王仁三郎聖師が残された予言、「みのか尾張の国の中」に関して、これは「みのおわり」が本当で、その「みのおわり」は「巳(み)の終わり」だという説があります。これは一部で有力説として言われて来ました。
    私はそのことに関して「巳(蛇)の終わり」であるならば、それは「みろく世」に入る意味であることは解りますが、「身の終わり」かも知れないわけです。どちらを選択すればいいのか、正直判断に迷っておりました。


    今回、私にある光景が出て来ました。それは、私が体験した「コブラ(蛇)」が国常立尊様の天使長に退治されて行く光景です。
    神道系では西洋暦に従うのではなくて、【旧暦】が主体になります。新暦の平成27年2月19日が、旧暦の「元旦」になります。ここから、本来の「未」年となります。中国ではこの日を「春節」と言って盛大なお祭りがなされます。その旧正月が来て、私はそのコブラ蛇の退治の光景を見ていました。

    私がコブラ蛇の走り上がりに遭遇した時、コブラ(蛇)が何を意味しているのか、理解出来ませんでした。世界の宗教を見ると、

    コブラ(蛇)=【神秘】の存在です

    私はこの「神秘」を【神の秘密】と理解出来ていなかったのです。コブラ蛇の別名は「眼鏡蛇」と言います。この眼鏡の意味は、「物事を正しく見る目」を狂わせている意味なのです。だから「眼鏡」です。そのコブラ蛇が目覚めて走り上がるということは、物事を正しく見る目が戻って来て「真理」に向かうという意味になるのです。
    そして、コブラ蛇の特徴は「神経を毒で麻痺させる」です。神経は字の如く、神に通じる径(みち)の経です。人の中に霊的「コブラ蛇」が存在する為に、人は主神の「真理」にたどり着くことが難しくなっていたわけです。私はそのコブラ蛇が走り上がっていた為に、「真理」とに向かっていたわけです。


    私がいくら「真理」を説いても、これだけ神の言葉である日本語で仕組みがなされていても、一向に聞く耳を持たないで、おかしなおかしなスピの霊感持ちで、低次元の光を放っている方をお釈迦様の再来だとコロリと欺されたりしておられるわけです。
    その原因は全ての人に【人の中に眠るコブラ(蛇)】が存在することにより、いくら説いてもいくら説いても無駄骨になっていたわけです。

    それは、人々が「真理」に目覚めることを妨害していた「神秘」の存在が退治されて行く。それはこれまで「巳(蛇)帰る」でしか出来なかったことが、神の力により霊界で実施に入ったということです。
    大本教の出口王仁三郎聖師さんが予言されていた「みのおわり」が始まったと考えるべきことなのです。

    だが、これらは霊界での出来事で、この世の蛇が退治されるという話とは違いますが、それによって「真理」の目覚めに入る人が増えて来ると考えられます。
    ただ、全ての人にそれが起きているのか?。人類はみろくの世に行く人とそうでない人とに霊的に別れたとも思えますので、みろく世に行く人達の上にだけ「コブラ蛇の退治」が起きているのかは定かではありません。


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