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大本教神諭予言最大の謎は一厘の秘密ではなく、一つの魂を東西に立別けて

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    大本教神諭と言いますと、多くの方が岡本天明氏の「日月神示」に出て来る【一厘の秘密】が最初は大本教から出されたものであることから、どなたもその「一厘の秘密」の意味の解読に躍起になられたようです。

    為か、大本教神諭にまったくと言うかほとんど知られていない予告文が存在しています。それは「明治31年旧12月26日」に大本教出口なお開祖さんに降りたお筆先の内容です。

    【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸の致してあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ。誠の人を西と東に立別けて御用がさして在るぞよ。この事解りて来たなれば、三千世界が一度に開くぞよ。綾部に九つ花が咲いたならば、万古末代枯れぬ花であるぞよ】。


    この内容、普通に考えると非常におかしな内容なのです。一人知りておるは、たった一人です。その人を西と東に立別けて御用がさして在るとなると、一人の人間を西と東に分裂させることになります。人であれば分裂するとその肉体は死にます。人として考えればあり得ない内容なのです。

    最大の問題の箇所は、【誠の人を西と東に立別けて御用がさして在るぞよ】の部分です。この西と東に立別けて御用がさしてあることが解らなければ、【三千世界が一度に開くぞよ】とはならないわけです。
    三千世界が開かないのであれば、【みろくの世】も来ないし。大本教が演じた「神芝居」も意味をなしません。いくら「一厘の秘密」の解読に躍起になっても、何の意味もないことになります。

    今日まで、この文章が話題になったことはありません。大本教では「九つ花」を大本教神旗の「九曜紋」のことだと思い込んでおられました。また、その後に出た「十曜紋」にしても同じことです。そして、この誠の人とは、その当時は当然に大本教の出口王仁三郎聖を指した意味だと思われていたからです。
    すると、問題はその「誠の人を西と東に立別けて」の東西の部分です。これは出口なお開祖は丹波の綾部で、出口王仁三郎聖師は丹波の亀岡の出身で東西と見たわけです。綾部と亀岡は京都府の丹波国に位置します。距離で60キロぐらいでしょうか。私は綾部と亀岡で東西とするのは、いくら何でも無茶な演技だと見ていました。

    だが、このことが解らないと根本的に【大本教の神芝居】の意味が解らないのです。大本教の出口王仁三郎聖師は自分は「素戔嗚尊」で変性女子たる【瑞霊】の演技をされました。そして出口なお開祖は【厳霊】で変性男子との演技がなされたわけです。何故にそんな「厳霊」と「瑞霊」の二つが出されたかなのです。
    そして、出口なお開祖と出口王仁三郎聖師の肉体は義理の親子関係ですが、魂的には【夫婦】だという演技がなされたわけです。仮に出口なお開祖が国常立尊の魂であったとして、素戔嗚尊と夫婦関係かとなりますと、これはまったく無茶な演技になります。基本的に出口なお開祖の魂は国常立尊ではないと、霊界物語に書いてあるぐらいなのですから、最初から無理筋なのです。
    では、やがて解る者が出て来れば「ボロ」が出るような「神芝居」を何故にしたのかなのです。

    神界もそうですが、霊界においては【夫婦】とは一体化されて「一つの玉」となります。例えば日本の神名で「金山彦・金山姫」があります。この場合男の意味を持つのが金山彦で、女の意味を持つのが金山姫で合わせて夫婦神です。そして金山大神となると夫婦が合体して一体の神となります。
    人間の夫婦ならばいくら一心になっても、どこまで行っても体は二つですが、神界の夫婦神の場合はそれ自身で一体となります。この場合、どちらかが【厳】霊で有り、片方が【瑞】霊となります。
    霊界での結婚は、女霊が男霊の中に入って一体となるからです。それで一体で一つの玉(魂)とは言えます。こうしたことが解っている霊能者なり宗教家であれば、大本教のこの夫婦の型にさほど疑問符を持たなかったはずなのです。
    だが、大本教の立場が解る霊能者の方は大本教は「予告編」であり、やがて「本番」が出て来ると見抜いておられました。

    私は素戔嗚尊が【瑞霊】であるのは良いとしても、「変性女子」で果たして正しいのかどうかに疑問を持ったのです。それは大本教開祖の出口なおさんは、元々【厳霊】魂ではないからです。そして出口なお開祖はウシトラ金神「国常立尊」様の魂でもありません。ただ、ウシトラ金神が懸かっただけなのです。
    日本神話の天照大神(厳霊)が女神で妻神。素戔嗚尊(瑞霊)が男神で夫神であるならば日本神話も勘定は合うのです。だが、厳霊は基本的に男神であって女神で出すと、その太陽神はニセ物となります。

    日本神話では天照大御神は女神となっていますが、世界を見た時、全て太陽神は男神で語られます。日本が特異なのではなくて、そもそも日本神話が間違っているのです。
    私が子供の頃に臨んで来た旧約聖書の神と名乗る声は、日本神話(神代編)はこの私が作為して創作させたものであり、その様な事実はどこにも存在していない。そなたは日本神話を学び、この私が如何なる仕組みをしたのか知りなさいでした。

    私の最初の師匠であった方も、豊受様の御代(お台)をされていた関係上、豊受様から日本神話の神代編は事実ではなくて全て作り物だと言ってはおられました。
    そうしたことはその師匠だけでなく、他の霊能者の方達からも、本当の天照大御神はまだ天の岩戸の中で、日本の伊勢神宮の天照大御神は本当は太陽神を拝んでいた「卑弥呼」さんではないかが有力説としてあるわけです。
    だが、伊勢神宮に鎮座されているのは男の神様でした。しかし、太陽神たる方ではありませんでした。この男神は「国常立尊」の系列の神で、そこに創造神の大仕掛けがなされていることを意味します。それを「解く」鍵が「カゴメ歌」となるのです。

    私は一時期、素戔嗚尊とは本当は女神ではないかという疑いを持っていました。厳霊である太陽神は男神でないとおかしいので、そうなると素戔嗚尊は女神にしないと話が合わないからです。
    だが、宇佐八幡宮の御使者と称される「シリウス星出身」のお使いの優れた霊能力がある方から、私に伝達として、素戔嗚尊とは天帝の呼び名の一つであるとの情報がもたらされました。それは、伊弉諾尊の御子ではないということです。こうしたことが日本の新神道系で主の神を「ス」神と呼ぶ一つの根拠にもなるのです。

    天帝の呼び名に「天之御中主」がありますが、それは真性「天照皇大御神」ともなり「ラ」神論となって来るのです。大本教から出された「ス」の神。そして私が大本教神諭予告の「九つ花」から導き出した「ラ」の神。この二神は同じ神ではあるのです。
    つまり、創造神の厳霊の部分を真性「天照皇大御神」と呼び、瑞霊の部分を「素戔嗚尊」とお呼びするのです。これだと、素戔嗚尊を【瑞霊】で「変性女子」とする演技も成り立たすことが出来るのです。

    無論、大本教からもそのことは出されています。それが、愛国では「天照大御神で太陽」として現れて、霊国では「素戔嗚尊で月」として現れるの記述です。それは別の神ではなく同じ神の現れ方として説かれてはいます。

    この大本教神諭の「西」と「東」に立別けてとは、西は「素戔嗚尊」で、東は真性「天照皇大御神」の意味だったのです。ただ、この真性「天照大御神」は大本教では出口日出麿さんが演じられた「日之出」神となります。ただし、「日之出」神と呼ばれる神は存在しません。正式な神名はまったく別で、日之出神とは通称となります。
    すると、大本教神諭の一人の人を西と東がおかしいことになります。この部分は「人」ではなくて「霊」で、ある存在を教えていたのです。

    私は豊受様の御代をしていた最初の師匠の元を4年で離れ、二番目の言霊師の師匠の元を一年で離れ、当時日本でもトップクラスと言われていた東京の霊能者の元に霊査を受けに行きました。
    すると、意外なことを言われたのです。貴方の背後には「神界を統一出来るだけの力を持った霊が居る」と言われます。神界を統一するなど途方もない力です。私は子供の頃、「旧約聖書の神」と名乗る声が臨んでいました。そして、神霊世界に足を踏み入れたところ、豊受様から貴方の本守護神様は「国常立尊」様ですと告げられました。そして7〜8名の霊能者の方からも同様に貴方の本守護神様は「国常立尊」様ですと告げられています。

    私はその神界を統一出来る存在とは「国常立尊」様のことかと思い、その霊能者の方に、どんなお姿の方ですかとお尋ねしたところ、「それは若い侍姿の方」だと言われます。若い侍姿?。するとそれは「国常立尊」様ではありません。
    「国常立尊」様ではない若い侍姿の霊が「神界を統一」する?。当時の私はまるで意味が解らない内容に、これはどういうことかと思いましたが、自分にはその姿が見えないのでそのまま捨てて置きました。

    それから、数年後。私の前に「若い侍姿の霊」が姿を見せるようになって来ました。その出で立ちは「緋色の鎧兜」を身にまとった姿です。若い侍の姿でした。
    私はその若武者が出て来たことで、私に言葉の発想飛びが始まりました。私が紐解いた大本教神諭予告「九つ花」は、その若武者霊の力なのです。
    その若い武士にかしずいている家来達の服装は平安末から鎌倉時代の服装です。その家来霊達はその若武者を「御館(親方)」様と呼んでいるので、私もその存在をその家来衆達と同様に「御館(親方)」様と呼んでいました。

    ある日、その鎧兜を身につけたその若武者と剣を持てば神界随一の「御劔大神」が馬上に乗ったまま、剣を持って戦われたのです。二〜三度切り結んだと思ったら、御劔大神が馬から下りて「参りました」とひざまずかれたのです。それは御劔大神がその若武者に対して臣下としての作法を取られたのです。
    その時、その若武者は馬上から私を見てニッコリと笑われたのですが、その顔姿の年齢は10代後半なのか20代前半の美青年というか美少年というのか、キムタク以上の美男子の顔立ちの霊でした。
    私はその剣による光景を見て驚愕としていました。仮にも剣を持てば神界随一の御劔大神が、その若武者に対して臣下であるとのお示しは、この若武者は東京の著名な霊能者が言われた神界を統一する存在であることを私に教えたのです。だが、本当に神界を統一するほどの力があるのかどうかは疑問でした。

    この若武者の霊は、その魂の半分が「素戔嗚尊」であり、その半分は「真性天照皇大御神(日之出神)」で、厳霊と瑞霊の両方を持った存在の魂だったのです。

    私はこの若武者の方を何と呼んだらいいのか解りませんでした。素戔嗚尊とお呼びするには、あまりにも美少年というか美青年で有り、真性「天照大御神」とお呼びするには、まだ太陽神として出ておられません。現在の時点で言えば大本教の出口日出麿さんが演じられた「日之出」神なのです。
    私が2番目の師匠の元に居た時、私の前に深編み笠を被った侍姿の霊が出て来たことがあります。その深編み笠の中の顔を見ると、何と「牛頭」。牛頭天王かとも思いましたが、まだ「若牛」であったので「牛若」さん。
    その牛頭の主は侍姿でした。その時には解らなかったのですが、その牛頭の侍であった方が、その美少年というか美青年のお顔の方。とどのつまり、私はこの若武者姿の霊の方を【義経】さんとお呼びすることにしました。
    この霊は私に自分は〇○であると何も名乗られませんでしたが、その家来衆の霊の中に武蔵坊弁慶のような霊も居たからです。

    巷には、自分の前世が「源の義経」だと名乗る方は数多く居られます。これは大本教の出口王仁三郎聖師が救世主は「源日出男」だと名乗って蒙古に渡られたことから、日本の源の義経伝説に義経は衣川では戦死せずに、蒙古に渡ってジンギスカンに成ったという話から、救世主は「源の義経」だとなって、自分の前世は源の義経だと名乗る方の続出となったのでしょう。
    そうした自分の前世が「源の義経」だと名乗っている方の真偽など、どうでもいいことなのです。立替で活動されるのは、肉体を持った自称「源の義経」さんではないからです。肉体を持った者がどれほど偉そうなことを言ったとて、肉体にはほとんど出来る事柄などないからです。

    実際に活動するのは霊や魂と呼ばれる存在なのです。


    ただ、大本教の出口王仁三郎聖師は予告の為に、一生懸命に「神芝居」を演技されました。だが「源の義経」を匂わせながら、義経を演じることはされませんでした。それは出口王仁三郎聖師の魂は「素戔嗚尊」神界の魂ではありましたが、真性天照大御神として出世される「日之出神」の魂の部分は保有されていなかったからです。その役を演じたくても、義理の息子である出口日出麿さんにその役目が降りていたからです。

    これで、大本教神芝居の役者に課せられていた意味がほぼ解けました。ここまで練りに練って仕組んである「神の大芝居」。舞台の幕は閉めにかかって来ていると見た方がいいでしょう。


    そんなことを今更紐解いて何になると言われる方達もあるでしょう。だが、大本教が型として演じたこの内容は聖書の【黙示録】をよく吟味されたら、そうだったのかと解る内容です。

    私はかねてから大本教の演技は日本版「聖書」であると言って来ました。

    大本教以後に出た宗教にはさほどの意味も価値も存在していません。何故ならば、大本教でトドメの金神の意味が理解出来ていないからです。
    本当に大本教以後に創造神が出たならば、私が紐解いた内容が解らない神であるはずがないからです。

    みろくの世は、最後の審判(ミタマ改め)で判定された地位で永久に行きます。


    スピリチュアルでいくら進んでも、それによるミタマの向上は期待されない方がいいでしょう。それでは最後の審判に対する自覚が伴わないからです。だとすれば、永遠に下位の世界に留まることを選んだことになります。

    神がくどいほど説いて来られたのは、それは一時の地位ではなくて永遠の地位の判定だからです。

    スピリチュアルで何を発言しようと、聖書、仏教、神道と仕組んできた神の存在が理解出来ないからです。



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