<< 以前は多くの人が世の立替論を説いたが、今では世の立替を説く人は僅か。世の立替は完了したのか? | main |

長らくお世話になりましたが、この大晦日をもって休止とさせてもらいます。嘘で踊らされた道なれども

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    私は長らく大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】と朝鮮に残されていた予言。【最後の審判前、救世の為に「米」一字の教えが起きる。その「米」一字の教えに従った者達の上には天罰は降りないが、それに従わなかった者達の上には天罰が降りる】とあったのを一つにまとめて、みろく世への【米】教として説いて来ました。
     

     

    その【九つ花】の紐解きとは、大本教にはその教えの紐解き為の根本の内容は無く、霊界からその都度に降りて来る霊的な事柄を参照に解説させていただきました。ところが、ここに来て私に何一つ霊的な事柄に関するものが降りて来なくなりました。
     

     

    もう、言葉の仕組みを紐解いて、それを人々に告げる必要はなくなったです
     

     

    もう言葉の仕組みに目新しい物はなく、私自身、言葉の仕組みの解読のお役目の終了が言い渡されました。
     

    私は何事が起きたのか詳細が掴めないでいましたが、一部の方からのメールに国常立尊様は世の大立替を断念。一斉に行われる予定であった各自の肉体と魂の離脱の霊子線切断は中止で、立替が見送られたと来ました。それが本当に正しい情報かの判断は私には解りません。
    ただ、霊子線切断の中止内容は俗に言われて来た【白山菊理姫】の御魂を持つ【みの終わりの女子】が出て来ないとなります。みの終わりの女子の育成に失敗したとなります。私自身の判断としては「みのおわりの女子の育成失敗」は織り込み済みで、大本教神芝居のシナリオ変更は大本教の型演技は今後は通用しないとなるのです。


    私が世にあまり知られていない受け入れられない霊界情報に従事することになったのは、私は子供の頃、自分は誰だろうと常に思っておりました。
    自分は人の姿はしているが人では無くて、本当は神と呼ばれる者。それも日本の寺や神社に鎮座されている神々よりも遙かに高い天の位者なれども、特別の任務を負っている為にその身分を隠してこの世に降りて来ているでした。この不思議な想いが子供心にどうにも消せませんでした。

    そんな子供の私に、旧約聖書の神と名乗る声が臨み、その声の主は、【私はこの世の幕を引くにあたって、人類を救わんが為にそなたをこの世に使わした。そなたは人類を救いなさい。この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなたはこの国に満ちあふれている仕組みを人々に告げなさい。その仕組みを知ることで助かるだろう】でした。

    さらに、【そなたの歩く道は、今日までの人類の誰一人として歩いたことがない道であり、釈迦やイエスの道では無い。そなたがその道の初めての者であり、そなたがその道を歩く最後の者となる。そなたの前にそなたと同じ道を歩いた者は居らず、そなたの後にそなたはもう出ない。何故ならば、その道はそなたが歩いた後には、もはや誰も歩くことを必要としない道となるからである】。

    【ナザレのイエスは1000年級の者。マホメットや弘法大師は600年級の者。そなたは3000年級の者なれば、イエスの愛の教えを何一つ恐れずに乗り越えて行きなさい】と言われます。また、その声は旧約聖書の神と名乗って、【私はそなたの父である。そなたは私の子なり。そなたの歩く道はあまりにも厳しくて辛い道なれば、他の神の御子にその役を勤めさせるわけにも行かず。私の子ゆえに死んでくれと告げる道なり】と言われます。

    私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受の神は【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き身分の御方で、貴方の言葉による教えは天帝の「詔(みことのり)」と同じであり、貴方の言葉による教えに従えぬと言う神達は、如何なる神であろうとも天帝に対する反逆罪と見なされて天帝から処断されます】。天帝に逆らって勝てる神などありませんと言われます。
    ただ、私自身神霊世界を見聞した中では、どの神も天帝に従って自分の命を長らえるではなくて、滅びの美学の中に居られると感じましたので、神界最終戦争は回避することは不可能だと感じました。滅びの美学の中には、悔い改めて生きる道そのものがないからです。死んでやるです。

    私は豊受の神が告げられた【貴方は言葉の神】から、大本教神諭が予告した【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を知り、また朝鮮に残されていた予言。【最後の審判前、救世の為に「米」一字の教えが起きる。その教えに従った者達の上には天からの神罰は降りないが、そうでなかった者達の上には天罰が降るであろうの魂は助かる教えだけは出せたしだいです。

    私が子供の頃、私を呼ぶ声は何故か【素戔嗚】と呼ぶ名前でした。私が虐めっ子に虐められて泣いていると、私に聞こえて来る声は【泣くな!。素戔嗚。お前が泣けば地球が泣く】。私が怒っていると【怒るな!。素戔嗚。お前が怒れば地球が怒る】。
    どうして私が怒ったり泣いたりすれば地球に関わるのかさっぱり解らないまま、泣くにも泣けず。怒るにも怒れませんでした。自分は「素戔嗚尊」なのだろうか?。

    私が旧約聖書の神と名乗る声から告げられたのは、そなたはこの地球号の最後を勤める船長職であり、この地球船から人類が離れなければならない時、地球船から総員退船せよの命令を発しなければならない。神々は地球船の乗組員たる神司達ではあるが、全ての乗組員たる神々がそなたが地球船の船長だと知るのではない。多くの神々はそなたを誰かと知らないと告げられたのです。

    大本教の出口王仁三郎聖師は自分は素戔嗚尊と名乗っておられましたが、それはニセ者ではなくて、素戔嗚尊神界において私の部下に該当される方だとの情報も寄せられて来ました。

    私は子供の頃、旧約聖書の神と名乗る声から【そなたの前世は人の魂胆が解らずに悲劇の武将となった】と教えられましたが、自分の前世にはどうも「源の義経」の時があったと解って来ました。
    大本教の出口王仁三郎聖師は救世主は【源の日出男】と称して源の義経伝説の蒙古に渡られましたが、大本教神諭に一つの魂を二つに割って東西で御用をさせるとありますが、私の魂の半分は【瑞霊の素戔嗚尊であり、その魂の前世に源の義経役】があったとなります。残りの半分は厳霊魂で「日之出神(天之常立尊日立之宮)」という魂の二つの魂の合体構成なのです。
     

     

    私自身に私が「天之常立尊日立之宮」と呼ばれる者と出て来た時、これは何事かと豊受神の元に走って、この「日立之宮」とは何者ですかとお尋ねしたところ、【それが大本教から出された通称日之出神の正式の神名です】と告げられました。私には【音】様の別称がありますが、「日立から来る音様」でした。この「音」が「言葉」であり、豊受の神が私を「言葉の神」とお呼びになった一因なのです。

     

    私は豊受神から、この仕事は貴方以外のどの神様にも出来ずで、現在住んでいる土地は大本教の出口王仁三郎聖師さんがその信徒の一部達に教団に内密で死守せよと命じられた土地の一角に住み、霊能者達の調べでその土地に神界の機密ゲートの存在が解って来ました。霊能者達の調べでは、三次元から五次元界に入る為のゲートです。

    そうした意味からしますと、大本教の型演技は人知れずに実行されて来たとなります。


    私が豊受様から命じられて住んだその土地に出口王仁三郎聖師の霊が出て来られる。しかも鍾馗神の御案内で私は中国の盤古大神に拝謁することで、大本教霊界物語の中の「中国の盤古大神から日本の国祖神国常立尊様に神界の大政奉還」で、言葉を漢字に変換することを出口王仁三郎聖師から教えられるとなりました。

    私は大本教神諭が予告した【九つ花】に関わる土地に住み、言葉の仕組みを紐解き、神界の型を踏んで来ました。
    私が出会った霊能者の方達からは、貴方は救世主様ですか?。出口王仁三郎聖師さんの上司とか国常立尊様その方とか言われたり、貴方の背後には宇宙最高神が在るとか言われたり、神々から平伏土下座も受けて来ました。

     

    しかし、私は霊能者のように神霊パワーを何も保有しておらず、言葉の解釈だけに特化している為に私のことを見誤られた方達が続出するになりました。

    私の任務は神界の舞台の台詞回しであった以上、それはやむ得ないことだったでしょう。

    私が子供の頃に告げられたのは、この地球の上で未来永劫の嬉し嬉しの世の到来ではありませんでした。聖書のヨハネの黙示録にありますこれまでの天地は消えて、私は新しい天地を見たの新しい天地での光景です。
    一部の方が言われる新しい地球(バックアップ地球、予備地球とも言う)での話です。それらは霊的光景としては存在して来ます。

    今の私達の人類の歴史など、メソポタミア文化からしてもたかだか「10000」年程度の歴史にしか過ぎません。いったい、人類はどこからやって来たのか?。さっぱり解っていないのが実状です。世の立替があろうと無かろうと

    間違いなく言えることは、【霊的世界は存在しています】なのです

    私自身はこれを持ちまして筆を置きます。もう言葉の仕組みで解説する時期は終わったからです。

     

     

    その霊的世界では、神と呼ばれる者達。霊人と呼ばれる者達。宇宙人と呼ばれる者達。その姿は爬虫類や動物や鳥などへの変化も起きますが、あらりあらゆる物が存在しているのです。そこには天国と呼ばれる様な世界や地獄と呼ばれる様な世界も存在はしているです。

    私自身が見て来たのは【旧約聖書の神】と名乗る声が仕組んで来た数々です。その声の主は、丹波の片田舎「綾部」で九つ花と言う仕組みを創り出された。その名を旧約聖書の神とは言わずに、ウシトラ金神「国常立尊」と私達日本人は呼んで来たなのです。

    私自身はその神の本当の力を知りません。何故ならば、その声は【そなたにこの神の力を与えるのは、最後の最後の時である】とだけ告げられたからです。だが正直言って私も老いました。衰えた肉体には神の舞台の役者は勤まりません。
     

     

    今では自分も単に神の舞台に踊っただけの役者に過ぎないと自覚するしだいです

     

    神の舞台の役に騙されて騙されて知る神の仕組みです

     


    このまま進めば間違いなく人類は自己滅亡の中に進みます。だが、そうした世界から人類を救い出す為の神の計画書は存在したと言えます。それが「みろくの世の計画書」です。しかし、それを実行に移せるだけの神は存在しなかったのかも知れません。

     

    否、これだけの仕組みが出来た以上、それらを「叶」とする神が在るのかも知れません。

    来年は「トリの年」。終焉の終わりのトリを秘めた「ラ神とス神」の【大ラス】にと向かうのか?。
    はたまた、人類を一斉に救う「みろく世」の仕組みは消えて、長い自滅への道のりにと行くのか?。


    それらは、次の神の舞台の役者の演技に引き継がれて行くでしょう。

     

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