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出口王仁三郎聖師予言の【陸の龍宮城】に見られる霊的光景(写真)

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    大本教の出口王仁三郎聖師は、綾部の大本教神苑内にある「金龍海」は型であり、本当の金龍海は別の場所だと述べておられます。そこを「陸の龍宮城」と言っておられます。

    その金龍海とは明治の初め頃までは排水路が無い池で「底なし沼」とされていたのですが、綾部藩最後の藩主であった宇宙の元津神を【ウシトラ(宇志採羅)神】とする九鬼神道家の九鬼氏が、その沼から由良川(和知川)までの排水路を付けたことにより、その沼そのものは干し上がって消滅したことが文献には記録されています。現在はその沼跡地の上には家々が建ち並んでいます。
    ただ、一部の霊能力者によれば、その底なし沼跡地から若狭湾の国常立尊が御引退の島とされる「冠島」までは、霊的な水脈の道が存在していると言います。その水脈に沿って龍神達が動くです。海の中に水脈が存在するなどはこの世の感覚ではピンと来ません。

    その意見に関しては、私はかねてよりモグラに「土竜」の漢字が当てられていますが、何故にモグラが土の「竜(龍)」なのかと首を捻っていました。すると、霊的に龍神達が大地の中に「龍道」を掘って往来している光景が出て来たのです。「大地の中にも龍道」が存在する。それを知った時は、一種のカルチャーショックが起きました。それで海の中の水脈も、そういう意味かと気づかされました。モグラは大地にトンネルを掘っているので「土竜」の漢字なのです。

    創造神はこの日本に「言葉の仕組み」をされていますが、それもその一環と言えます。

    その大本教で「陸の龍宮城」とされた底なし沼の跡地の淵の一角に、霊能者によれば「龍宮城の呼吸口」とする場所があります。その地は大本教の出口王仁三郎聖師が大正九年以前に一部の信徒に教団には内密でその土地を死守せよと命じられた場所でもあったのです。
    また、出口王仁三郎聖師は一部の直弟子に、その地に【みろく世で使われるお宝が眠っている】と残されたことも解っています。直弟子の一部がその土地を掘り返したからです。

    一般的に【龍宮城=お宝】は言われていることですが、その詳細は解っていないのです。
     

     

     

    大本教のみならず、ウシトラ金神の名で出された各種の予告には

    みろくの世は、無尽蔵にある【龍宮】のお宝を出す
     

    とあります。そのお宝でみろく世には【貧困】などは生じないです。貧困が生じない世は「犯罪」が減って来ます。人が犯す悪の一つに「貧困」の問題が常に生じているからです。

     

    しかし、未だ来てもいない【みろく世に出るお宝】を論じても意味はありませんが、その呼吸口とされる場所では、どのようなものが霊的に見られるかです。通常の人の目では下記の光景は見えません。 写真にも撮れません。


    百聞は一見にしかずと言います。これらの写真は霊媒体質者が撮影したものです。



    これらは玉(霊)が飛んでいるのです。こうした状態の霊を「流神(りゅうじん)」とも言います。その光跡がまるで、龍が飛んでいるようなので「龍(流)神」なのです。 また、その姿を霊視しますと、俗に言う【龍】の姿に見えるのです。 霊能者であれば、この地で龍を見るはあるでしょう。





    これらの玉(霊)の光跡には、いろんな色が見られることが解ります。

    数年前、3人の女性霊能者が東京から綾部に向かっていて、綾部に入る国道173号線の市境の質山峠にて上空に大金龍を3人とも霊視して、大本教を訪れたが神苑内の金龍海のどこにもその金龍の姿が見られなかったので首を捻っておられましたが、この地においてその金龍を見られたがありました。


    私は豊受姫から、【その地は秘められた神の神域で有り、本来は人間は住んではならない聖域。この神業は世に出ておられる神々では出来ず。そなたでないと出来ぬ神業。よって、その土地に戻るべし】と告げられて、何も解らぬままに住んだしだいです。
    私もこの地で【大金龍】がとぐろを巻いているのを霊視して、この地はいったいどうなっているのだと思ったことがあります。出口王仁三郎聖師が残された本当の金龍海で、納得が出来たがあります。

    ​私が霊界修行に入って5年目の頃、激しい大雨の日でした。すると一体の黒龍神が私の前に現れて、自分は聖書のノアの箱舟にある四十日間の大雨を降らした黒龍神だ。この大雨が四十日間続いたらどうなると私に聞くので、私は「洪水になるだろう」と素っ気なく答えたところ、答えはそれだけかと怒って帰ると言います。
    その時、私の腹の中から霊的な手が出て来ると、その黒龍神を私の腹の中に閉じ込めてしまったのです。その翌日、当時の私は職場勤めでしたが特殊な仕事なので机に座っているのではなく、出かける任務が無い時は職場内のどこかに定時まで居ればいいだけでした。


    すると、私のお腹が妊婦のように膨れあがります。その黒龍神の汚れからです。即座にトイレに入って下痢です。だが、下痢を終えると、またもや妊婦腹です。太陽に向かって天津祝詞を上げると、またもやトイレで大量の下痢です。その繰り返しを幾度もしていましたが体が弱って、当時の2番目の師匠に職場から電話したところ、その師匠は言います。
    「おまえは、黒海黒龍神を自分の体内に入れた。その黒龍神の長さは40Kmもある黒海の大黒龍神であり黒龍神界の大物。それを浄霊できれば、そのお礼におまえの力となる。我慢して浄霊しろ」と言われましたが、当時の私は未だ未熟であったが為に耐えきれずにその黒海黒龍神を体内から外して貰って事なきを得ました。

    その師匠から黒海の黒龍神だと告げられて、もしかするとノアの箱舟伝説の雨は黒海から運ばれた水かとも考えたしだいです。ノアの箱舟伝説のトルコの「アララト山」からすれば、黒海は裾野の海とも言えます。

    私にはその黒龍神は1メートルほどの黒蛇程度の大きさにしか見えていませんでしたが、優秀な霊能者であった2番目の師匠がその長さは40Kmもあると言ったのも、あながち誇張とは言えません。その頃の私はテレビに出て来る霊能者に見られる数十体の霊に憑依されてのびているではなく、数万もの霊に憑依されたらのびているなどがあったからです。
    2番目の師匠が当時の私につけたあだ名は、【霊界の歩くバキュームカー】でした。汚れた霊を自分の肉体に入れて浄化浄霊する能力は秀でいたのです。
     

     

    その地は、幾多の霊能者によれば汚れた霊が集まる場所だとも言われていました。私はその土地で信じられない大ラップ現象を体験して来ました。テレビで放映される超常現象など可愛いものなのです。本当に死ぬかと思う期間でした。生きているのが不思議なぐらいです。私は3年間に渡って、その土地に居る霊の浄化をして来てラップ現象は「音無しく」なりました。
     

    それは私が霊能者のように霊が見えないから出来たのであって、なまじ霊が見えたらとても住めるような場所ではなかったのです。人は誰でも「霊性」はあります。だが、この世ではあまり霊が見えると、差し障りがあるのです。霊はいくら見えても、本人の人間性がなっていないでは邪神に踊らされてしまうだけなのです。


    人によっては大山の様な高さほどある神霊を見たとしても、人によってはその神霊が小人程度の大きさにしか見えないがあります。山の様な大きな神様を見たからと言って、何の自慢にもならないのです。

    人の肉体は私のような小柄な肉体もあれば大柄の方もあります。成人ならば体重的には数倍程度の差です。しかし、人は【霊(ひ)止(と)】と言われるように、肉体の大小では無くて霊止たる容量の違いで肉体に入れられる霊は数体ではなく、数十体、数百体、数千体、数万体、時には数百万体〜という桁違いも生じるのです。
    スピリチュアルではなく、優秀な霊能者であれば霊止としてその肉体に入る霊は数千とか数万の単位の霊となるのです。
     

    霊能者が肉体に憑依する霊の一体を出して話を聞いたとしても、それは憑依している内の霊の一体だけから話を聞いたであって、その人の本質を見たではないのです。

    私自身は幻視でも霊視でもいいのですが、出口王仁三郎聖師が告げられた金龍海とされる底なし沼から数万の龍神達が空に向かって上がって行く様を見たことがあります。箱根の芦ノ湖ではかなりの龍神が見られるとされています。箱根の芦ノ湖は出口王仁三郎聖師が本当の金龍海とした土地の大きさとは比較にならないほ大きな湖です。が、芦ノ湖は底なし沼ではないのでその数は限られているのです。
    もしも、国常立尊が御引退後に住まわれたとされる若狭の舞鶴沖の「冠島」まで、底なし沼とされた「陸の龍宮城」まで龍神の水脈が在るとするならば、その底なし沼からは数え切れないほどの龍神が出るともなるのです。

    されど、出口王仁三郎聖師が本当の金龍海と告げられた場所は、綾部で大本教が発祥する以前から存在した地で有り、その金龍海が戦前には大本教を一大勢力にする為に動いたとしても、出口王仁三郎聖師と言う希にみる大予言者を有しながら、大本教は当時の国家皇室神道に叩き潰されたのは事実であり、その神力が当時より特段に増したとは言えません。

    今の状況であれば、大本教の失敗を鑑み見れば【立替】が成功するとは言えないのです。

    豊受姫のお代をしていた最初の師匠は、この地は時が来れば【天帝が降臨する場所】と言っておりました。その【天帝】とは国常立尊様のことではないのです。その師匠は豊受姫のお代として国常立尊とされる神霊は見ていたからです。その「国常立尊」様を豊受姫は【天帝】とは呼称はされていないのです。
    大本教では【五六七(みろく大神)】の命にて、大国常立尊様と豊雲野尊様の厳霊と瑞霊の両神が中心となって宇宙を創成されたとあるように、未だその【天帝】は世には出ていないなのです。

    世に【龍神】と呼ばれる存在は、聖書に【霊界の年老いた大蛇霊】とありますが、私の最初の師匠も龍神とは「霊界で三千年間修行した蛇霊」と言っていました。大本教の出口王仁三郎聖師は世に龍神と呼ばれる存在の大半は蛇霊だが、そうでない「龍神」が存在すると述べておられます。この霊界で年老いた蛇霊では無い「龍神」が【龍宮城】となるのです。
    しかし、龍神とは霊界の力(火水のエネルギー)を持った存在を意味しますので、蛇霊出身であろうとそうでなかろうと、その外形だけでは判断が出来ないのです。例え蛇霊出身の龍神であろうと、その存在が持つエネルギーとはとてつもない「光」を出して来ます。そこに起きるのが「光の存在に欺される」なのです。

    太陽の様に光輝く存在を霊的に見ても、それは蛇界の龍神であったりもするのです。

     

     

    だが、その龍神の教えによって、蛇霊系とそうでない龍神の判別は出来ます。

    蛇霊系出身の龍神は【愛】の教えしか説けず
    創造神は「言葉」とされる意味の理解も出来ない

     

     

     

    世の大立替は地球に天帝の降臨が起きない限りあり得ない


    仮に出口王仁三郎聖師が本当の金龍海とされた地に天帝が降臨出来るとするならば、その【依代】となるものがなければなりません。その【依代】が何なのか?。出口王仁三郎聖師の予言にそれがあるのか?。現時点では私にも解りませんが、創造神に何が出来るかと高をくくっていると危ないとは言えます。
    それは「言葉の仕組み」を為すには、たいへんな時の経過を使っているからです。いくら霊力があっても、そこらの霊には言葉の仕組みは出来ないからです。


    天帝の降臨など、本当に起きるのかの問題はありますが
    今の霊界の様は、その登場の前段となる【祓い】の力が生じて来ています


    今のこの世の流れは何かおかしいぞと感じる方は、優れた霊覚が備わっているのかも知れません。
    ​これまでは【三途の川】で三途の道がありましたが、これからは二途に別れて行くのです。



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