<< かごめ歌は予言歌として知られるが、伊勢の神に見られた鶴と亀 | main | 【実写版ビデオ】 霊はこの世の物質界を通過する 霊界否定に走っては行けない >>

自称「救世主」よりも、大本教の出口王仁三郎の様な大予言者が待ち遠しい

0

    最近、自称「救世主」と名乗る方がまたもや増えて来ていると見られます。そうした方達の中には大本教神諭(正式には大本神諭)風に似せた「神示」などが出ています。それらの神示をパラパラと読むと、大本教神諭風には書かれてはいますが、明らかに【似せ書】と断定が出来ます。似せて書かれたものと本物とでは、どこかが微妙に違うのです。匂いが違うと言えるでしょう。

     

    どうして、そうした方達の背後の霊は大本教にこだわるのかと言いますと、大本教の教えを知らずに「神は語れない」分野があるからです。世界救世教の岡田茂吉開祖や成長の家の谷口雅春開祖等は出口王仁三郎聖師の弟子であり、高橋信次師や五井昌久師等は孫弟子ともなります。日月神示の岡本天明氏も大本教では機関紙の編集長でした。日本神霊学の父ともされる浅野和三郎師も大本教に居ましたし、名だたる方達が大本教霊学を学んだからです。

    そうした関係もあったのか、過去にも大本神諭に似せた各種の神示が出ていましたが、読めばこれはおかしいぞと言うようなものばかりでした。

     

    単に霊が見えるなどの段階は低級霊界とのコンタクトに過ぎません。わらわは○○大神となるぞと出て来ても、優秀な霊能者ならばそれらが蛇霊とか狐霊とかを見破ってしまいます。自称救世主と称する方達は、そうした霊感者レベルの段階を越えておられるので、自分はそうした霊感者レベルではないという意思表示でもあろうかとは思います。

     

    不思議なことですが、霊能者が書かれた著本を読むと、時にはその本から香しい匂いが漂って来る本もあれば、悪臭が漂っている様な本もあります。本は「言葉で構成」されているのですが、【言葉を文章に起こしても】どこか著者の本質があるように、神示も本物と似せ物では違いが感じられます。匂いが違うと言うべきでしょうか。

     

    言葉の言とは【口から出る心】

    文章でもその言葉を出している者の、本心が現れて来るのです。

     

    霊能力がある一部の方達は御存じだと思いますが、空間に現れる文字が金色の光に輝いているがあります。霊文字ですが、【言葉は光の文字】としても現れるのです。言葉を軽んじている霊感者段階ではそうした物は出て来ないのかも知れません。

     

    言葉は「光」そのものでもあるのです

    言葉も「音」なれば、音は【日(火)として立つ】からです。

    これが解ってないと「闇」の意味も解けないのです。

     

    そうし似せ物であろう神示を出す神霊は、大本教神諭が何を告げようとしていたのか、その真意を測ることが出来なかったと見受けられます。

    大本教神諭は【九つ花】を予告したのですが、 明治31年旧11月5日 記に

     

    【九つ花は誠から咲かせる花であるから、三千年の経綸を致した

    誠の本であるから誠の人の世話でないと、このお世話は出来んぞよ】

    とあります。

    三千年もの月日をかけて、日本語ですが「言葉を仕組んで来た」なのです。誠は言葉で成っていると解ります。ただ、誰がそんなことをしたかです。

     

    いくら自分が救世主ですと自称して、【三六九神示】などと大本神諭風に似せた神示を出したところで、何一つ意味が解っていないなどがあります。そんな自称救世主をあの人は救世主ですと言っている自称霊能者も、貴方が視る霊能力とは本物ですかと聞きたいところです。

     

    私は【言霊】が何かを理解していない霊感者レベルでは、既存の霊に簡単に欺されると言います。どこそこの神社に参拝したら、○○大神様が目の前に出て来られて、言葉の教えに欺されるなよと学ぶことを禁じられて、自分が【真理の目覚めに蓋をされている】ことに気づかないわけです。

     

    一度、眼鏡蛇を天に帰らせないと、永遠に曇りガラスの様な眼鏡で隠された真実を見誤るのです 

     

    ヒンズー教の奥義書とされるヴェーダ典には、【人の中に眠るコブラ(眼鏡蛇)が目覚めて走りのぼる時、その人は真理に目覚める】とありますが、巳(蛇)を帰しておかないと、真理には目覚めにくいのです。真理の意味すら理解出来ないのです。

    私はその【巳(蛇)帰る】を体験したから、お釈迦様の悟りの「人に内在する良心神」の存在に近づけたのです。そうでなければ眼鏡だけならばまだしも、真理を隠すシャッターの存在すら閉じられている事実に気づくことがなかったのです。

     

    自分の前に現れた霊が、自分は○○の神と名乗ったからと言って、それは本物とは限らないのです。低い霊感者レベルの人ならば簡単に欺されるのです。邪神達は真実を知られたくないから、真理に近づくことを非常に恐れます。嫌います。為に、真理に向かわない道へとその人を導こうとするのです。なまじ霊が見える為に道を間違えてしまうが起きてしまうのです。

     

    お釈迦様は菩提樹の樹の元で、【人には良心と呼ばれる神が内在する】と悟られたのですが、それも見事に消されていました。大本教から「みろく」神が出され、「五六七」と世に出されたことによって、【九つ花】の意味も解けたわけです。そうでなければ、何時までも【九曜紋】にへばりついているところでした。

     

    悟りとは、【吾が心】を知る

     

    大本教神諭が予告した【九つ花】の上から下から右から左から「五番目の口」に、その口に心の意味は示されていたのです。

    それだけのことを仕組めた神が、○○神社の神と称して出て来る存在とは月とスッポン以上の差があることに気づけないでは、神の世界の御用などにはとても使えないのです。大本教神諭に「世に出ている神々の心の持ち方が悪かった」とありますが、

     

    モウ世に出ている神々は、あまり天帝の仕組みの妨害をせずに

    首を洗って待っておきなさいの時節と言えます 

     

    ですから、自分が救世主ですと名乗る方達が続出してきても、別に不思議でも何でもありません。そうした時期なのです。

     

    そうした自称救世主と名乗る方に関して、自薦他薦を問わずにその方が救世主である証拠として、科学でも起きるとされている関東大震災級の東京直下型地震や東海地震、南海地震、東南海地震、富士山などの火山の噴火が言われていますが、それらを自分の力で事前に阻止したと言われます。

    つまり、そうした超大型地震や富士山の火山噴火が未だ起きていないことが、その人が救世主としての証明だと言われるわけです。驚いた論理を言われます。

     

    それは、起きないことは何の証拠にもならないことを自覚されていないとなります。大本教の出口王仁三郎聖師が関東に大地震が起きると事前に予知して、大本教信徒に事前に逃げるように指示されたことが解っています。それならば、事前に大地震を「予知」されていたとなります。証拠があるわけです。

    しかし、大地震を私が事前に止めたと言われたら、どうやってそれを証明するのでしょうか?。

     

    大本教の出口王仁三郎聖師は、関東大震災のみならず広島や長崎に新型爆弾が落ちて火の海になると予言を当てただけでなく、日本敗戦。ロシアが不可侵条約を破って来る。大正時代でありながら、戦場に飛行機や潜水艦の登場も予言されて的中しました。

    この広島・長崎に新型爆弾(原子爆弾)が投下されて火の海になる。その後に黒い雨が降るも、神はそれが解っていながら何故に止めなかったのか反論が多く、どうして事前に解るのかの疑問を投げかける人が少ないのも問題と言えます。地震の予告ならば直前でも出来るでしょうが、原爆という新型爆弾はその数年前に予告されたのです。人としての感情論で物事を判断すると見誤ります。

     

    また、大本教の出口王仁三郎聖師は現代のテレビジョンの登場だけでなく、空飛ぶ郵便物。現在のPCやスマホによるメール時代。懐中時計ほどの大きさで花の東京の芝居が見られるなど、現代のスマホでテレビと思われる先駆的な予言の数々も霊界物語にされて、それが現代に起きて来ました。他の予言者とは遙かに力量が違ったのです。桁違いと言えます。

    そんなことを、自分の前に○○大神と名乗って出て来る神霊に言えたかです。

     

    その出口王仁三郎聖師は最初は「救世主」と名乗っておられましたが、後に【聖師】と改められたわけです。

     

    そもそも、「救世主」とは何ですかです

     

    キリスト教ではイエスを救世主としますが、イエスが出た当時、どこにこの世の終わりの兆候があったのかとなります。もしもそんな兆候があったならば、イスラエル地方だけでなく世界にそうした兆候があったの記録がないとおかしいのです。

     

    救世主の救は「求めると攴」

    求は「呪霊の獣」。攴は「殴(う)つ」

     

    自己の魂を汚すと魂の表面に「毛物」が発生します。その時、その魂の心はその心境の状態において漢字が教える「獣」化します。

    だが、そうした「獣」化した魂も、その魂の汚れを洗ってあげると元の天人の世界にと戻って行きます。

     

    つまり、「救世主」とは、人の魂が「獣」化しているのを洗って元の美しい魂に戻せる存在が「救世主」なのです。

     

    そうなりますと、【救世主】の意味は人々が思っていた意味とまるで違うと解って来ます。ですから、人類の終わりと言われる時に現れる。そして、新しき世に人類を導くです。

    この世に出て魂を汚した存在も、その魂の汚れを洗ってくれる【主】のことです

     

    本当に止めたのか止めなかったのか解らない大地震を、事前に止めましたと称することが「救世主」ではないわけです。

    どれだけの多くの人の魂の汚れを取ってあげたかです。

     

    と言って、この地球には現在74億人からの人達が住みます。その魂の汚れを全て取れる存在は考えにくいのです。

    私はイエス救世主論に対して、仮にイエスクラスの魂を持つ存在が10万人出ても、今の世は難しいと見ています。

    しかし、各自の魂の中にお釈迦様の悟りである【人には良心と呼ばれる神が内在する】であれば、その良心神によって各自の魂の汚れは消えて行くのです。全ての人が自己の魂の中の良心神を取り戻せば、全員が助け出されるともなります。 

    そこに、悔い改めた蛇霊は直立して天人の世界に戻る現象も見られるのです。

     

    ならば、各自の救世主は、

    自己の魂に内在する良心神(天帝の分魂)と言えます 

     

    私の修業時代の2番目の師匠は、自称【国常立尊】たる「現身(うつそみ)」であると名乗っておられました。日本では珍しい【言霊】使いで、言霊で難病も治癒する不思議な能力を持っておられました。私はその師匠によって「言霊」の威力を知ったと言えます。

    だが、そうした言霊の働きを知らない人は、何を言っても聖書にある【初めに言葉は神と共にあった】を理解されることは永遠に無いと私は言います。単に自分には霊が見える。霊と会話が出来ると、自分が接している霊の段階が霊界でどれほど低い階級に在るのかさえ解っていないとなります。

    ミカエルとかガブリエルとかマリアと自称する霊にイチコロにやられるのです。過去にそうした存在からのメッセージを言っていた方は、ほとんど例外なく消えて行かれました。いくら自分がバカでも、10年間も嘘を告げられていれば誰でも解って来ます。宇宙連合司令官とか宇宙連盟とか言っていた方達の多くが数年で消えて行きました。但し、次から次へと新しい方が出て来ます。それは、何故なのかに向かわないと先行きしません。

     

    そこで、私は【神霊の言葉の嘘の皮を叩いて、誠の骨とせよ】と言っております 

     

    私は【言霊】を使って何かが出来る者ではありません。ただ、言葉の仕組みを解説して来た者です。私には出口王仁三郎聖師のような予言が出来る力も、霊力をもって何かを解決出来る力もありません。

    今、私が世の中に出て来て欲しいのは、自称【救世主】達ではありません。はっきり言って「救世主」の名乗りだけでは何の役にも立ちません。

     

    私は今日まで直接間接にではありますが、幾人かの自称救世主と称する方に出会って来ました。そうした中には多くの信徒を持っている方もありました。そして、それなりの霊力を保持されていました。そうした自称救世主同士が自己の霊力で争って、命を落とされた方達もあります。

    そうした自称救世主と名乗る方の中には、単に自分に○○大神が現れるの霊感者レベルの背後霊であれば、それを抹殺して行くだけの霊力の保持者もおられました。人は神をも封じ込めると言われて来ましたが、そうした力を持つ霊能者も存在していたのです。ある意味、この世の霊界にあまり関わらない方が安全なのです。

    私は自分の命を取られると思われる修羅場もくぐって来ました。霊感レベルで自分の前に○○大神が現れたではダメなのです。現在の神界は力が強い者が勝つなので、龍神と呼ばれる存在と戦える力が要求されるのです。

     

    そうした自称救世主よりも、今の世に求められるのは、どこに間もなく大地震が起きるとか、どの火山が間もなく噴火するとかの予知能力がある人です。そうした予知が事前に出来れば、多くの人がその災害から避難が出来るからです。

    私の最初の師匠も、豊受姫からのものでしたが、事前に阪神淡路大震災が起きると信徒を逃がしています。また信徒達と島原を旅行していて普賢岳爆発が起きると旅を中止して帰郷。その直後に普賢岳爆発による火砕流で多くの方が命を失われました。また、信徒達と乗る予定の飛行機が落ちると搭乗を止め、陸路で信徒達と帰って来たなどがありました。その飛行機は落ちたのです。

     

    本当に自分に○○大神が降りて来ているのであれば、そうしたことは事前に伝えられて、それが的中しているものなのです。

     

    ブログの世界では、予知予言に関するブログは多数ありますが、それらのほとんどは当たった試しがありません。大本教の出口王仁三郎聖師のような本物の予言者ではなくて、愉快霊とか不浄仏霊とか低級霊に踊らされているからです。そうした霊が名乗る神名とか天使名にコロリと欺されるからです。それでも数打ちゃ当たるで、まぐれで当たることもあるのです。

     

    世界にいる予言者と称する予言者で日本に関して言ったものには、西暦2018年6月21日に東海地方でマグニチュード10.6の超巨大地震(予言者ジュセリーノ)が起きるというものもあります。西暦2018年7月22日に富士山噴火(予言者ゲリー・ボーネル)などがあります。

    どちらも間もなくの話で、科学的にはどちらも起きうる可能性が言われていますので外れますよと断言は出来ませんが、彼等の予言したものを見るとほとんど当たっていないがあります。その点を見ると、大本教の出口王仁三郎聖師の予言の的中の凄さは、飛び抜けた力がある神をバックにしていたことか読み取れるのです。

     

    救世主と自称するのであれば、その背後には大本教の出口王仁三郎聖師以上の神霊がバックにないと出来ません。今、求められるとすれば出口王仁三郎聖師のような予言者と言えます。

     

     

     

    精神世界

    にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
    にほんブログ村

    この内容がよければ、応援のクリックをお願いします。


    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    calendar
      12345
    6789101112
    13141516171819
    20212223242526
    2728293031  
    << May 2018 >>
    日本ブログ村に参加しています(よければ応援のクリックを願います)
    selected entries
    archives
    recommend
    links
    profile
    search this site.
    others
    mobile
    qrcode
    powered
    無料ブログ作成サービス JUGEM

    にほんブログ村 哲学・思想ブログ アセンションへ
    にほんブログ村