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三次元世界にしがみつく人、エデンの園(神の御国)に戻ろうとする人 その2

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    前のブログの続き

     

    一方、自分の魂は他の星からやって来たなどの感覚を持つ人は、あまり三次元世界に縛られるはありません。この世は「魂の修業場」であると理解が出来ていたりします。どちらかというと、早く「この世から去りたい」です。お釈迦様の教えである【この世は苦界】を理解するからです。魂の修業場は当然に【苦界】です。

     

    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、【人がこの世にある時間とは、魂にとっては修学旅行に出たような僅かな時間である】と告げられました。数日にしかならないと言うことです。

    大本教から、国常立尊は約三十五万年前に御引退と出されたことで、私はこの世の時間と神界時間には、約8765倍の差が生じていることに気づきました。霊界には時間は無いとされていますが、時間そのものはあるようです。あまりにも時間差がかけ離れているので無いとされているようです。

     

    私は現在72歳で肉体としては老人の部類です。だが、神界時間に換算すると3日間ほどなのです。まさに「修学旅行」のような期間に過ぎません。仮に元の神界に戻れたとして100日間ほどそこに居て、この世に来たならば「浦島太郎」の状態では済まないのです。

    この霊界時間は、次元によって違っているのではないかと推察されます。霊界でも中有界であればすぐに「輪廻転生」で人してこの世に出て来るとされますが、天国界に入れば次にこの世に出て来るのはかなり先の話になります。

     

    当然、第三天国、第二天国、第一天国界ではその期間の時間が違って来ますので、お釈迦様は自分は二度とこの世には降りて来ないと言われたとされますが、霊界の最上級界からでは途方もない先でないと無理ともなります。

    ただ、大本教の出口王仁三郎聖師や弘法大師さんや日蓮聖人さんなどの霊は、自分の教えを信じる信徒の為に、この世の霊界に留まって働いてくださってはいるなのです。為に、その霊的姿を見る方は出て来るのです。

    それは、この世の神社に鎮まって出て来られる神々と同じことなのです。多くの神社の御祭神が比較的若いことは知られていますが、神と言えども通常の神霊は「輪廻転生」の中にあるなのです。そこに日本の仏教においては、日本の神と言えども「輪廻転生」は免れないとして、日本の高い位の神には「大菩薩」の称号を贈ったともなります。

     

    仏教ではこの世の【執着】から離れなさいと説いたのですが、それが多くの人に届くこともなく、欲望心からの「執着」によって【蛇霊化】する魂が続出したと言えます。蛇の脱皮を財布に入れると金が貯まる等と、欲望からの「巳さん」信仰が盛んになったとも言えます。

     

    昔の方はそれほどでもなかったのですが、今の世に天国界に渡る人は数少なくなっています。昔の方ならば、天国に案内する道もさほど難しくはなかったのですが、今の天国の門が別に厳しくなったのではないのですが、人々が物質世界に対しての執着心から切れない状態に入って来ていると言えます。

     

    また、誤った宗教理論も出て来ました。そうした一つに【先祖供養】があります。肉体はご先祖と言うのは家系の血脈に依存します。しかし、個々の魂はその先祖霊と魂の先祖関係にはほとんどの場合無いのです。魂の世界での縁によって、その家に出るです。魂の縁と自己の魂の先祖たる霊脈とは違います。

    魂の先祖関係とは貴方は誰々の「分魂」ですで知られるように、本守護神とか正守護神と呼ばれる段階の霊にあるのです。それが自己の魂のご先祖であり、自己の魂の本守護神・正守護神に帰結の道を説かずに先祖供養を言うのは片手落ちとも言えます。

    時たまの事例として、魂の霊脈もあって同じ家で親子として誕生するはあります。また、自分自身がそのご先祖霊の生まれ変わりでその家に出るもあります。そうしますと、自分が自分であったご先祖霊を拝しているという事態も生じます。

     

    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は告げました。【人は自分の前世を知らず。過去の自分が神としてどこかに祭られていることも知らずに、その存在を神として崇めることも起きて来る。人は自分の前世が神として祭られていると解っても、その前世を自分だと言って表に出してはいけない。今生の与えられた名前を持ってして、神と成る道を行くべし】と言われたのです。

    過去の自分がどれほどこの世での功績があって、どこかの神社で神霊として祭られていようが、この世に出た肉体の身は、その身で【神上がり】をしなければならないなのです。その証拠に過去世の功績でいくら神として祭られていても、肉体の魂の今生の行いが悪ければ地獄落ちもあるのです。

     

    魂には、過去の名前で出ていますは通用しない

     

    家系のご先祖霊も天国界に入ってしまいますと、この世の家系の子孫との関係は切らなくてはいけません。この世の者と関わってはいけないのです。それは天国界の掟だからです。そうした話は聞かれたと思います。

    ただ、天国界に渡れなかった先祖霊にすれば、この世に輪廻転生で出て来られないとすれば、肉体の子孫に助けを頼らざる得ないとはなります。先祖供養の本質の意味合いはそこにあると言えます。 ご先祖霊もこの世に「輪廻転生」で人として出て来てしまえば、ご先祖様、ご先祖様と言っても、もうご先祖霊としてはどこにも存在していないのです。先祖霊としての供養の対象の霊とは、「輪廻転生」のシステムの中では、まだ天国では無い霊界に留まっている霊が対象なのです。

     

    ご先祖霊が全て天国界に上がれば

    家系の先祖供養は必要無し

     

    ある霊能力がある方が、自分の背後に憑いた神霊に対して、自分の肉体の親はどの世界に行ったかと問いただされたところ、その背後の神霊は【行くべき世界に行った。それがどのような世界かは知らない】と答えたそうですが、それが「正解」なのです。

     

    この世に生きている時に、天国行きのキップは手に入れる

     

    私の最初の師匠は豊受姫のお代でしたが、相談者から「先祖供養」を頼まれると、神は先祖供養は受け付けない。先祖供養をして欲しければ「坊主」のところに行けと、ピシャリと断っておられました。

     

    先祖霊を上げるは、神様に頼めば何とかなるの話ではない。

     

    神界と仏界は同じだと言われる霊能者の方もあれば、神界と仏界では行く先が違うとされる霊能者の方もあります。霊と言う面では同じでも、その世界は同じではない為に、大本教神諭には「モウ仏(物)の世は終わった」という内容が出て来ます。

     

    仏の世を必要とするのは【輪廻転生】がある期間

    輪廻転生の世が終われば【仏】の世は消えるのです。

     

    すると、先祖供養の問題はご先祖霊が「輪廻転生」でこの世に出られるまでなのです。だが、そこには「怨念、執念、執着」から脱却させるが必要なのです。そうでないと、どうしても家系の子孫にそれが降り懸かるなのです。

     

    地獄の沙汰は金次第と言いますが、子孫が先祖の罪を償うで、世の為に人の為に尽くされれば、その地獄の沙汰は変わります。お坊さんに高い金額の戒名料を付けてもらうことではないのです。

    そのご先祖が生前、世の為人の為に何もしなかったことに対して、子孫がそれに代わってすることなのです。

     

    そうすれば、先祖が犯した罪の過ちも

    羊の言たる善(譱)の羊から良心神が出て来る【養】でしょう

     

     

     

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