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悪が世の表に出て来る背景に、外在神から内在神に切り替わる時節の変化を見る

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    最近、権力によって封じ込められていた悪事が世の表に次々と出て来るようになって来ました。これでもか、これでもかです。これまでは臭い物には蓋をせよで、権力による悪事が世の表に出て来るなどはほとんどなかったはずなのです。

    検事や刑事物のドラマなどでは、一線の検事や刑事が権力の不正を暴こうとすると上層部の圧力で捜査が止められてしまうなどが出て来ますが、権力の上層部が腐っている為にどうにも出来ないが現状ではあったのです。もみ消されて来たのです。

    仮にそうした悪事が世の表に出てきても、それらは氷山の一角でしかなかったのです。その大部分は隠れていました。俗に言う、【悪い奴ほど、よく眠る】です。悪い奴ほどよく眠るは、政治の世界や官庁における悪事が世の表に出る前に下の者が自殺して、上の権力者は常に安泰であるの意味です。黒澤映画の題材で知られた言葉です。

     

    この世の権力の表舞台に立つ人には、その本人の努力は当然にありますが、努力だけでは権力の上層部には立てません。その人の背後にいる霊的存在の霊力も加味されていたのです。すなわち力が強い守護神を持つ人達です。

    この世では真正直と言うか正しい行いの人はまず社会の上には立てませんでした。正直者はバカを見るです。霊的に言えば、その背後の守護神の霊的力が弱いのです。この世から正義が消えた背景として、正義派の神達は霊力が弱かった。自分が生きて行く為には霊力がある悪神に従わざる得なかったがあります。つまり「長い物」には巻かれろです。 

    自分の背後の守護神・守護霊の霊力が強い方は、この世では【幸運】に恵まれます。しかし、そこには力の強い物が力の弱い物から【搾取】する力も働いて来たのです。俗に言う【弱肉強食】の獣の論理です。

     

    この世で上にあがるには、それなりの神霊の守護力があり

    人も守護神(霊)も権力の仕組みに飲み込まれる

     

    俗に言う【正義は常に勝つ】のお題目は、お題目倒れをしていたのです。

     

    但し、それは【物語の終わりの時には必ず正義が勝つ】なのです。例えば、映画やテレビで「水戸黄門」がありましたが、その一話の終わりの時は水戸黄門の印籠で正しき者が勝つでした。それがお決まりの定番です。常に正義が勝つためには物語の終わりの時を待たねばならないがあるのです。しかしながら、印籠程度に悪が平伏するなどはあり得ません。逆に返り討ちです。

     

    私は今から十数年前、非常に優秀な霊能力を持たれた女性から忠告を受けました。その方の私に対する忠告とは、「自分はこれまで正義を貫いてきた霊能者の方達が邪神に刃向かって殺されて来た事例を幾つも見ました。貴方も邪神達と折り合わないと殺されてしまいます」と言われます。それに対する私の返事は、「私は悪の世で生きながらえようとは考えない」です。

     

    私は子供の頃、小学校の担任教師から言われました。「貴方はあまりにも社会正義の力が強く、それではこの社会では生きていけない。もっと周囲に折れないといけない」でした。それが人としてこの世で生きて行く為の「知恵」だと言いました。

    大本教から【世の大立替論】が出た背景には、宇宙創造神である天帝たる神が最後の決断をくだされた。その前に出来るだけ多くの人も悪も救う為の教えが出たなのです。

     

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。しかし、本当にそれだけの神が私の背後に居るのであれば、世の底辺で埋もれているのも変な話なのです。そこにあるのは「終わりの日を待つ」でした。

    私を見た霊能者の中で7〜8名の霊能者の方から、貴方の本守護神は「国常立尊」様であるとの指摘を受けましたが、旧約聖書の神と称する声は、【そなたには何の力も与えない。そなたにこの私の力を与える時は最後の最後の時である】と告げられました。

    私がこの世を去る直前に神の力を与えるでは、【空手形】を発行されたようなものです。何の担保も保証もありません。この世を去る直前になって、何の力も無く、私も神霊の「嘘」の言葉に欺されていたのかとこの世を去るような話です。

     

    だとしても、ここまで仕組まれた言葉の仕組み。今の世に出ておられる神達には出来ない作業であり、多くの人達に早く目を覚まして欲しいが私の願いと言えます。

    スピリチュアル系の方達に「良心」神を話しても、良心神など教えて貰わなくても結構と返されてしまいます。良心の大切さを知ろうとせず、愛の一点張りを言うだけなのです。それでは誰がこんな仕組みをされたのか?。そこに辿り着く叡智が出て来ません。

     

    私が子供の時に臨んだ旧約聖書の神と名乗る声は、【そなたはナザレのイエスの愛の教えを何一つ恐れずに乗り越えて行け】でした。その時には【愛の教えを何一つ恐れずに乗り越えて行け】の意味が解りませんでしたが、今は愛の教えの恐ろしさをヒシヒシと感じます。愛の教えで自分の魂の中の【良心神】を見失うです。

     

    世に出ている神々には天帝の分魂たる【良心神】は存在しません。良心神は人の身にある者に内在するからです。人に内在する良心神では、世に出ておられる神々からの応援は期待出来ません。その意味では、私も何の神の助けも無いような状態の者には近いのです。世の多くの人達と同じ様な状況下ではあるのです。

     

    旧約聖書の神と称する声は、【そなたを社会の底辺に置く。そなたは社会の底辺でウジ虫の如く這ってでも生きよ。その社会の底辺で「人の心の在り方」に関して学べ】と命令されたのです。その人の心の在り方から、人に内在する「良心」の大切さを学んだと言えます。

    もし、私も恵まれた環境に育っていれば、私は【人に内在する良心神】に至ったかと言えば、至らなかったと言えます。苦しい辛い環境の中でこそ、本当の人の【真心】に触れたと言えます。その真心とは良心でした。真の人は社会の底辺に多いからです。

    イエスは「金持ちが天国に至るのは針の穴の中をラクダを通すようなものだ。幸いなるかな貧乏人」と言いましたが、私は意味の説明が言葉足らずだと言います。貧乏人だから天国に行くのではなくて、社会の底辺に真の人が多いから、そうした真の人達には天国の門が開くなのです。貧乏人が条件とはなっていないなのです。

     

    私は修業時代、霊能者から殺してやるの攻撃を幾度か受けました。また、黒龍神の軍団の攻撃も受けて来ました。そうした時だけは天から助けて貰いましたが、別に何神様に仕官するするではありません。普段の生活が幸運だったではありません。

    私の任務は、旧約聖書の神と称する声が私に告げた。【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなたはその仕組みを見て人々に告げなさい】と言われたことが、大本教神諭予告の【九つ花】による日本語の言葉の仕組みだったので、それをを愚直に伝えているだけです。

     

    私が子供の頃に臨んだ旧約聖書の神と称する声は、【私はこの世の幕を引いて終わらせる。その時期が何時かは言えないが、そなたはその最後の日を見届ける。その日が何時かは、この世をよく見ておれば自ずから解る】と告げられたのです。

    その時期とは、これまでの外在神頼りから自己の内在神に切り替わる頃です。これまで活動をされていた外在神の力が弱まり、それらの外在神ではなく、自己の内在神(良心神)の力が試される時節と言えます。

     

    自分の良心神が、自分を助けるです

     

    先日、日大のアメフト問題がありました。加害者であった20歳の青年は自己の良心に基づいて、とても20歳とは思えない立派な会見をしてくれました。彼は加害者であり、一方では強制された被害者です。誰もが彼が嘘を言っていないと解りました。彼は自分の良心神を取り戻したのです。【悔い改める】と人の良心神は戻るのです。

    彼の魂の点数は、スピリチュアルに惚けている人達よりも遙かに高いものとなりました。スピリチュアルに惚けて、何神様と出会ったと言っていて、自己の魂の点数をどんどん下げて行く。そんな時間の余裕はさほど無いはずなのです。

     

     

    私は二度ばかり、ブログで下記の図を出しました。 

     

     

     

    みろく世に渡るのは「自己の内在神たる良心」を持つ人達です。旧来線は今日までの神である外在神に頼って、自己の内在神を疎かにして来た人達の線路です。

     

    それは自己の意識が外在神を頼りにするのではなく

    自己の内在神の存在に芽生える

     

    つまり、自己に内在する良心神に向かった人達と旧来の外在神頼りの人達では、未来の行く先が違って来るのです。

    これが【二線(2000)】に別れる意味で、その分岐点たるポイントのことを「1999」と言っただけのことにしか過ぎません。別に西暦「1999」年の意味が過ぎ去ったではないのです。

     

    最終の1999は、恐怖の宇宙大王(天之峰火夫皇大御神)が天下った時のことです

     

    大本教では、1000と999の違いで1000の勝ちと表現しました。千分の一の違いとは何だったかです。割分厘で【一厘】の違いです。恐怖の宇宙大王(天之峰火夫皇大御神)が地上に降り立つ時、それが人類にとって最後の別れの時と言えます。

     

    大本教で出した【一厘の違い】は、未来に向かって行く線が違って来るなのです

     

    この【天之峰火夫皇大御神】は日本の記紀神話には登場して来ません。大本教で初めて世に明らかにされた神名です。この神の働きは【天の龍神軍団】の統括です。それがどうして言えるのかと言えますと、【峰】の字にその意味が隠されているからです。これから向かう未来は「7(質)」の世を終えて永遠(∞)の「8(蜂)」の世だからです。 蜂は8の字型に飛ぶからハチです。

     

    人類はこれまで初めで終わりの創造神など見たことなどないのです。

     

    人類が未だ見ぬ創造神に【逢】うが【別れの初めなり】

    999(くくく)の路線に行くと、火の災いが降りかかる

     

    私が説いて来た「人に内在する良心神」の教えを読まれた方達の中には、自分が多くの人達と新幹線に乗る夢を見られた方達もあります。そうした人達の魂はみろく世に渡る自己の魂を見られたとも言えます。 新しい世に行く人の夢には、飛行機もあれば新幹線の夢もありますし、みろく丸と言う名の船も夢に出て来るでしょう。

     

     

    最近、変な事件が報道されて来ました。例えば、携帯電話を買いに来た27歳の女性が身分証明書を持って来ていなかったので購入を断られると、店員の尻を蹴ったとか。うどん店でスープを飲んで足りなくなったのでスープを足してくれと言ったら、店主に断られたので暴行したとか、すぐに切れてしまう人が増えて来ています。

    そうした方達は、自己の魂の中に良心と呼ばれる神が存在していないのです。普通ならば、そうした人を守護しているところの霊が押さえるべきことも、自分の魂の中で内在たる「良心神」に切り替わりつつあるので、自己の魂に良心神が備わっていない人はすぐにそうした切れ方をするとなります。

     

    明らかに【選別(線別)】の状態に入って来ているのです 

    貴方は、永遠の嬉し嬉しの未来の世に行きますか

    それとも、旧来線のままで泥世界に行くのですか

     

    大本教神諭は、ユダヤの悪鬼がこの世を泥海にする仕組みと言いました。それは旧来線のままに行けば、やがて人類は泥海の世に向かうことが創造神段階の神には解っているからなのです。

    このユダヤの悪鬼とは、今の人類の世の時代の話ではありません。今の人類以前からの話なのです。

     

    スピリチュアルの世界では、よく「サナトクマーラ」が言われます。サナト・クマーラとは、近代の西洋神智学では1850万年前に金星から地球に降り立った創造神とされます。この「クマーラ」が日本では「鞍馬」となって、日本の鞍馬山に今から650万年前に金星から降り立った「魔王尊・尊天」とも呼ばれています。

    実際問題として、この地球に降り立った「クマーラ」が1850万年前のことだったのか650万年前のことだったのかは私には解りません。しかし、大本教で出した【国常立尊】がその存在であるということは読めるわけです。為に一部の霊能者の方達は、国常立尊は鞍馬山の大天狗だと言われる方達もあるわけです。

    私がこれまでに自分の霊眼で見て来た霊で、一番神々しかったのは【鞍馬山の大天狗】たる存在でした。だが鞍馬山の大天狗=国常立尊ではないのです。

     

    大本教はウシトラ金神・国常立尊は今から約【三十五万年】前に地球神界の表舞台から退かれたとしました。つまり、ユダヤの悪鬼とは今の世の時代の話をしているのではないのです。しかしながら、その鞍馬山の秘伝は【牛若丸】にもたらされるなのです。それは神界の「型」として演じられたわけです。

    大本教の出口王仁三郎聖師が、【救世主は源日出雄】と名乗って【蒙古】に渡られたのは、そこに「型」があったからと言えます。源義経(牛若丸)が蒙古に渡って【ジンギスカン(成吉思汗)】になったという伝承の型の演技です。 ただ、巷には自分の前世は源義経であったと言う方は少なからず居られます。

    大本教の出口王仁三郎聖師がその名乗りを【源日出雄】とされたのは、そうした自分の前世が【源義経】だと名乗る人達のことではありませんよなのです。【源日出雄】の意味を理解せずに自分の前世は源義経と名乗る霊能者は曲津神なのです。

     

    私自身は、そのユダヤの悪鬼達と超太古の時代に戦って来た記憶を保持しています。但し、私は倒された方です。それは縄文とか弥生時代と言う現代の歴史の時代のことではありません。

     

    私が解いた大本教神諭予告【九つ花】の仕組みは「ラ」の言霊を真ん中に置く仕組みです。それも「九真ラ」なのです。 また「九ラ真」です。

    私達が見ている太陽をも含む地球神界で起きた出来事とは、今の私達人類が知る歴史上の話ではないのです。太古も太古の超太古の時代のことなのです。豊受姫は、その超太古の神達を今の世の神達ではないと告げられました。当然、私達はそんな超太古の神々を知ることもなく、その時の神界の出来事をも知らないのです。

     

     

    自分はすぐに切れる。不満ばかり。常にいらついている。妬み。すぐに拗ねる。そうした症状があるならば、即座に自分の性格を改めるでないといけないのです。もう、外在神頼りでは先には進めなくなるからです。

     

    最後の審判たる別れの時、

    【神は愛だから何をしても赦してくださる】は一切通じないと心得るべき

    魂の【円真(閻魔)】の裁きは、愛で赦すでなく各自の「良心神」を判定

    何時まで経っても解らない人達に用意されているのは旧来の線で泥海世界

     

     

     

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