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日本語の各四十一位は、イロハの【ミ】。ヒフミの【ス】。アイウエオの【ラ】。ミスラ神とは弥勒神?

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    大本教からは日本語の【イロハ】が出されました。イロハは祝詞です。岡本天明氏の日月神示では【ヒフミ】が出されました。ヒフミも祝詞です。そして、私は【アイウエオ】を言っています。アイウエオ(アオウエイ)も祝詞です。

     
    私が豊受姫の命令で住んだ土地は、大本教の出口王仁三郎聖師が大正時代の信徒数名に、教団には内密で死守せよと命じられた土地の一部であり。隣接地は出口王仁三郎聖師が一部の直弟子に、みろく世で使われる【お宝】が埋まっていると告げられた土地で、その弟子達がその信徒の遺族を探して掘り返したが何も見つからなかった土地があります。
    また、私が住む土地の下側一帯は大本教の出口王仁三郎聖師が本当の金龍海で【陸の龍宮城】と残された、かっては底なし沼とされた伝説の場所があります。現在は沼ではなくて多くの住宅が建っています。この地で【金龍神】を見た霊能者の方達は少なからず存在しております。
     
    しかし、一方では霊界の汚れの吹き溜まりたる【穢土も穢土】で、それなりの霊能者の方であれば恐ろしくて近づかない。逃げてしまう土地でした。自分がそこに行けば清められると豪語する霊能者でも手に負えない場所でした。この家で起きた大ラップ現象はどの御神霊も手に負えない凄まじいもので、やむなく私が丸3年間に渡り祝詞や御経を続けてようやく沈静化させました。
    その大ラップ現象が終わった後、私に【言葉の仕組み】が見えて来たのです。と言ってもそれは私の「正守護神」たる霊によるものです。大本教神諭は、【綾部に九つ花が咲いたならば、万古末代枯れぬ花であるぞよ】とありますが、この地から発信しなければならなかったのです。
    しかしながら、この地が霊界の汚れの吹き溜まりであることは完全に解消されたのではありません。ある霊能者神主が私に告げた、人々が悪しき想念を出し続けている以上。いくら各地で人々が出す悪しき想念の汚れを清めておられる宗教家や霊能者の方達が居られても、その数が少ない以上、この地に人々の汚れた想念は常に流れて来るです。

    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【そなたには終わりの日までは、何の神力も授けない】と告げられました。で、私がその終わりの日を尋ねると、【その日が何時かは言えない。言えることは、そなたは最後の日を見届ける】でした。
    一方、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなはその仕組みを見て人々に告げなさい。そなたが説く仕組みの教えに従った者達はこの私が永遠の世に救う】と告げられたしだいです。その日本に満ちあふれているものとは、日本語のことでした。確かに、日本語は日本が唯一の国と言えます。

    その言葉の仕組みとは、大本教神諭が予告した【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】でした。そこから【みろく神と五十六億七千万】を導くことになったと言えます。
    何故にそれが可能となったのか?。それは【現在地】に私が住んだことにより出来たと言えます。しかし、この土地は霊能者達によれば霊的に非常に汚れた土地で、汚れた霊の吹き溜まりとまで言われた土地でした。霊能者だと、とても住めない土地です。私に豊受姫からの私がその土地に行くように命令を告げた最初の師匠は、【あんな恐ろしい土地はない。自分ならば行かなければ殺すと言われても絶対に行かない】とまで言った土地でした。私は少しは霊能力がありましたが、霊能者ではなかったので住めたと言えます。

    その家で起きた大ラップ現象は3年間に渡る長きもので、霊能者に鎮めを頼ったのですが鎮められず。出て来た言葉は日本の神でこの現象を鎮めることが出来る神はないでした。自分でもよく生きられたと思います。何時、そうした現象で殺されていても不思議ではなかったのです。その代償として、大ラップ現象が終わった後に私が得た物が、日本語の言葉の仕組みと言えます。何故に私にその役が来たのか?。それは私に強い霊的浄化能力があったからだと思われます。


    私が子供の頃に臨んだ旧約聖書の神と称する声が本物ならば、本当の創造神だったならば、この先に何が起きようとも、その日本語による言葉の仕組みに従った人達の魂は、新しい世界の住人とはなるでしょう。
    それは、私がその神と結んだ神との【契約】だからです。

     
    大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】における【みのか尾張の国から】出る神の高山たる【四十一】は、アイウエオの【ラ】にはなりますが、何故にその前に【イロハ】と【ヒフミ】を出す必要があったのかです。

     
    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、私に【拝火教】と云う言葉を言って来ました。拝火教を知りなさいです。

    拝火教?。当時の私は未だ小学生であり、小学校の図書館で調べましたが、拝火教こと【ゾロアスター】教に関してはよく解りませんでした。一般的にはその最高神が【アフラ・マズダー】と呼ばれている程度です。
    火を聖なるものとして崇めるは理解出来ます。安芸の宮島に参拝して弥山に登って行きますと、途中に真言密教の弘法大師が建立された【消えずの火、霊火堂】があります。今から1200年前、弘法大師が修法して点した火が一度も消えることなく、今も灯されているです。これなども「拝火教」と言えます。
    私自身は見たではありませんが、私が知る人に、天上界に「消えずの火があり、その火を七人の長老達が交代で守っている。この火が消えれば、全ては消える」と言って来られました。【聖なる火です】。
     
    私が子供の当時と違って今は便利なインターネットが普及していますが、拝火教で検索してもあまりよく解りません。これは【ミスラ神】で調べると解って来るのです。「ミスラ」とは【契約】の意味です。
    ミスラ教を調べると、「ミスラ」神がギリシャやローマに入り、「ミトラス」となり、その言葉の派生が「マイトレーヤ(みろく菩薩)」に変化したのです。また、この「ミトラス」のお祭りが「12月25日」で、これがキリスト教における降誕祭となるのですが、12月25日はイエスとは別に関係はなかったのです。
     
    このミスラ神は、古くは拝火教(ゾロアスター教)の最高神【アフラ・マズダー】と表裏一体の神で、天則の神であったとされます。また司法の神で死後の裁判を司る神です。まるで大本教が出した日本の【天之御中主】と【国常立尊】は元は同一神だった神を分けたと同じようなものです。大本教で「国常立尊」は司法の【閻魔大王】だとしたのも同じです。
    また、キリスト教で説く終末論は、「拝火教」から来たことが解ります。拝火教では、善神群と悪神との闘争の後、【最後の審判】で善の勢力が勝利して、その後に新しい理想世界に「転生」するです。
     
    私は神界最終戦争が起きて、悔い改めた善なる人類は新しい天地(みろく世)に「転生」すると言って来ました。同じことでした。
     
    元々、お釈迦様の弟子に【弥勒菩薩】などは存在していないのです

    仏教の【みろく菩薩】とは、お釈迦様の死後に起きた大乗仏教がイラン等に広がって行く過程で拝火教のミスラ神(ミトラ神)を飲み込んで起きたことで、既にあらゆる研究から解って来ています。拝火教との関係です。大乗仏教はお釈迦様の死後に起きた教えであり、中味的には必ずしも正しくはないのです。
    キリスト教における【ルシファー】も言葉の翻訳過程で起きた間違いだと今では解っていますが、ルシファー堕天使などと今でも信じてやまない学ぶことをしないスピリチュアルが蔓延するわけです。
     
    私が受けた使命は、この日本の【日本語】によって、言葉の神が仕組まれた教えの事柄を紐解き告げることでした。
    その根本となるのは、大本教神諭が予告した【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】ですが、このお世話は【誠】の者でないと出来ないと予告されて来ました。その【九つ花】を紐解くと、中心は【みのか尾張の国から出る】国道「四十一」号線の「四十一」となります。
    大本教から出されたのは「いろは」。大本教で機関紙の編集長をしたこともある日月神示の岡本天明氏が出したのが「ひふみ」。そして、私は「あいうえお」から、ア門からラ迄のアラーの神を意味する「41」で言霊の「ら」を言っています。
     
    【いろは】の第四十一位は【ミ】

    【ひふみ】の第四十一位は【ス】

    【あいうえお】の第四十一位は【ラ】
     
    この「ミ」「ス」「ラ」を並べると【ミスラ】となります。この「ミスラ」神は日本のスピリチュアルではまず語られませんが、インターネットで検索すると出て来ます。

    インドでは「契約の神」。イランでは「太陽神」。ゾロアスター教では司法の神で光明神。また、人の死後の裁判を司る閻魔大王的な存在とされます。

    拝火教では最高神アフラ・マズダーが絶対神ですが、ミスラ神はアフラ・マズダーと同等の神とされます。それは聖書における「初めに言葉は神と共にあった」とも考えられ、この存在が「弥勒菩薩(マイトレヤー)」の源ともなるのです。

    大本教神諭が予告した【九つ花】を紐解くと、言葉の仕組みで弥勒菩薩(マイトレヤー)を出し、光明神、司法神、契約の神【ミスラ】を引き出します。また、司法の神であり人の死後を裁く「閻魔大王」たる存在です。そして私達の魂(ウシトラの鬼が云う)の「核」には、この世の閻魔大王たる良心神(天帝の分魂)があります。
     
    ただ、ミスラ神はギリシャやローマに入って「ミトラス」教と名前を変えたので、日本語の「いろは」「ひふみ」「あいうえお」がなかったならば、明確に【ミスラ神】と【みろく菩薩】の関係は出せなかったとも言えます。
     
    私が子供の頃、私に臨んだ旧約聖書の神と称する声は、私に【拝火教(ゾロアスター教)】と伝えて来られたのですが、まさか拝火教から【ミスラ神(弥勒菩薩)】に行くとは、正直私もあまりにもスケールが大きな日本語による【言葉の仕組み】に驚きを隠せませんでした。


    では、拝火教の創造神たる【火】の神(アフラ・マズダー)は、大本教ではどのように告げたかです。

    【天之峰火夫皇大神】で、最後は「火」の審判

     
    この「天之峰火夫皇大神」の存在は、日本の【記紀神話】には出て来ませんので解りにくい存在でした。大本教から【天之峰火夫皇大神】と出されても、どう補完すればいいのかが解りませんでした。私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声から告げられた【拝火教(ゾロアスター)】に戻って、子供の頃に告げられた【この国(日本)はこの神の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。そなたはその仕組みを解いて人々に告げなさい】と言われた中で、やっと「天之峰火夫皇大神」の意味が解けて来ました。

    私にとって長らくの「謎」に、真言密教の【大日如来】がありました。日本ではこれを神仏習合で「天照大御神」とされた来た面が強いのですが、伊勢神宮に鎮座されている「天照大御神」ではあり得ないが私の感想でした。それは伊勢神宮の神と思われる霊に拝謁しているからです。そして万体にも及ぶ絢爛豪華な大神霊行列を見せていただきましたが、それだけでは「大日如来」の説明が出来ないのです。
    無論、真言密教においての「大日如来」は【宇宙を神格】したものであり、霊人である存在を言っているではありませんので伊勢神宮の御祭神はそれには該当しません。

    では、大日如来を知るにはどうしたらいいのかとなります。真言密教においては、大日如来の【化身】として【不動明王】が説かれています。一時期、不動明王とはインドの【シヴァ神】とされていましたが、現在の学説ではそれは否定されています。
    この不動明王とは全国に「不動尊行者」が存在し、私が神霊界修行に入る前に訪ねた一人の霊能者から、貴方の守護神は不動明王だと聞かされて、初めて近畿で催された10年に一度の近畿36不動尊の初めての御開帳に行きましたところ、その中の7〜8体ぐらいの主に青不動尊から何か得たいの知れない物をビシビシと飛ばされて、私もこの野郎。心の言葉でやる気かとなったらそれは止まりました。

    その話を豊受姫のお代であった最初の師匠に話したところ、その師匠は豊受姫のお代になる前は小豆島の某不動明王のお代をしていたこともあり、笑いながらお不動様達は貴方の実力を試そうとされたのです。貴方にとって、そんな物は別にどうということはなかったでしょうと言います。確かに、それほどてもなかったのです。ただ、私に不動明王が守護として存在するが私が祀る対象ではないと言います。
    そして、その師匠の元で修業に入ると、まず最初に出て来られたのは火炎を上げた不動明王でした。その話を師匠にしたところ、「あなたはいったい何をされているのです。不動明王ごときを出してどうするのです。」と叱責を受けてしまいました。
    四国小豆島の某不動明王をお代をしていたこともある師匠の口から、【不動明王】ごときと出た言葉に驚いたしだいです。その師匠の言葉では、不動明王よりも豊受姫の方が上位の神であるでした。
     
    稲荷行者の中には不動尊行者の方達も多くおられて、稲荷神と不動明王を一緒に祀っておられる方達があります。そうした中で私が見て来たことに、不動尊行者では豊受姫の神力には勝てないでした。無論、稲荷行者と言っても「豊受姫」がバックの方はさほどおられません。普通の稲荷神ならば不動明王と同格の力のようです。もし、不動明王が【大日如来の化身】であるとするならば、豊受姫より神力が劣っていると思われる存在を【宇宙を神格化した神】の化身とするにはあまりにも役不足となります。
     
    一部の説にはなりますが、大日如来は【アフラ・マズダー】であり、不動明王はその化身ではなくて【使者】たる位置づけではないかという説があります。私はこの説が正しいように感じられます。「化身」と「使者」は別物です。
     
    大本教の出口王仁三郎聖師は【万教同根】と出されました。
     
    万教同根とは、【世界のあらゆる宗教の教えは元は同じ根】
     
    その概念から世界の宗教を見て行きますと、元は同じ神から出たことも、その取次(宗教家)者の魂の霊格に応じて違う解釈となり、お山の大将に成りたい者達が「教義」を「競技」化させた。また、【悪魔】達に魅入られていった。それらの宗教を調べて行くと、元の神の存在が見えて来るとも言えるのです。

     
    私が子供の頃に臨んで来た旧約聖書の神と称する声は、ナザレのイエスは千年級。弘法大師とマホメット(ムハンマド)は六百年級という言葉を出されました。これはマホメット(ムハンマド)と弘法大師は同格でも、神界ではナザレのイエスよりは下位だと告げられたのです。大本教の出口王仁三郎聖師は自分はナザレのイエスに何一つ負けていないと述べておられますので、ナザレのイエスと同じ千年級の方だったとも言えます。


     

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