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釈尊、イエス、弘法大師の様な宗教開祖と実践霊能者の両輪で霊界を知る

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    霊界(死後の世界)の存在は、霊能力を持たない者にとっては解らない世界で、宗教の教えだけでは完全理解には至りません。聖書を読もうが仏典を読もうが、霊界のことは詳しく書かれていません。

    その上に、神社に鎮座されている神霊と会話が出来る霊能者でも、神霊から詳しく霊界のことが聞けていないがあります。今の世に出ておられる御神霊達よりも、そうした神達が知らない更なる上の神界があるので全容が掴めません。ある意味、自分が霊的体験をして来ないと解らない世界と言えます。

     

    何故に宗教は【神】と呼ばれる存在を説かなければ「宗教」と言えないのか?。単に霊の存在を言う「スピリチュアル」とは存在の意味が違って来るのです。

     

    宗教とは、人の胸(宗)の中に宿る存在(魂)を教える

     

    宗は(宇宙を示す)で、創造神の存在を説かなければならない

     

    だが、聖書に人類の原罪として【蛇の囁き】によってエデンの園を追われた人類とあるように、【邪の道は蛇】によって、多くの神々が宗教家が【邪心】から蛇霊の憑依を受けて、自己の【良心】を失う結果となったのです。

    私が何故にそれを言っているかと言うと、御神霊が自分は間違っていたと悔悟の涙を流された時、【現実界の蛇が棒の様に立つ】現象があり、蛇霊の囁きに犯されていた御神霊が元の天人たる姿に戻って天に帰って行く様を見たからです。

    この蛇が棒のようになるは、映画「十戒」においてモーゼとエジプトの神官が蛇を投げ合って、どちらの神が蛇を棒の様にさせるかで神の高さを競うシーンがあったかと思います。

     

    だが、改心すると蛇が【棒】の様に立つ。それが世に語られていない為に、【真理】に向かわれる方が極端に少ないのです。 しかも、聖書に【龍神とは霊界で年老いた大蛇霊】とあるように、龍神化までした大蛇霊の力は恐ろしくあり、この存在を退治して行く等は肉体の身ではとても出来ることではありません。うかつに龍神と「対峙」すれば、こちらがやられるです。

     

    新興宗教でかなり大手の幾つかの教団の祭神は教団内では「宇宙神」などと言っていても、その実態は黒龍神であり、その教団に入信すると【黒蛇霊】を憑けられることを正しい霊能者達は言っています。しかし、その【黒蛇霊】を退散させるだけでも大変なことなのです。これは簡単に片付く問題ではないのです。

     

    自分は宗教家でございでは、その神霊の正体が読み切れない

     

    教祖その者が、自己が祭神とした霊の存在の正体を知らない

     

    私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたが、釈尊、イエス、弘法大師と呼ばれるような偉大な存在のお方ではなく、幼い頃から白狐と遊んでいた霊能力があり、神童(神のわらべ)と呼ばれていて、その家系は祖母がその地方では有名な霊能者であった霊能者系の家筋の方でした。

    そこに、100日間断食が2回。一年間連続の瀧行等を積んで、霊能力を開花させた【実践派の霊能者】と言えます。その霊能力はテレビで見る「木村藤子師」「下ヨシ子師」に劣るものではありませんでした。地元の霊能者達が、あの先生ならば間違いがないと太鼓判を押すほどで、その上にその人柄が素晴らしかったのです。

    いくら霊能力はあっても、人品が卑しい霊能者の方は「黒蛇」霊等を背負っておられたりします。

     

    私が伏見稲荷大社講社の教師養成講座で知り合った行者さんが、私が一週間ほど伏見稲荷大社で寝泊まりをする講習を受けていることから、その講座の受講生全員に差し入れに来た師匠の姿を見て、【あれはあんたの先生か?。どえらい行者だ。これほどの行者は男でも滅多にはおらん。が、あれほどの行者をもってしても、あんなたを教える事などできない。あんたに教えが出来る神等この日本には居ない。あんたは自分の道は自分で切り開くしかない。そのことは自分でも解っているはずだ。あんたには宇宙最高龍神ですら就く】と言われましたが、私はそれを黙して聞いていました。

     

    その最初の師匠は、私が誰かと知らないのではなくて、【あなたは神様の御子だから預からせていただきます】で、稲荷神界を修業の道とするで、私を預かってくれたのです。その時にその師匠が私に付けたあだ名は【別格官幣大社】でした。

    それは私が世に出ておられる神々の様に神力や階級を持っているではなく、神界における身分を表す階級がそうした段階にあるだったのです。私自身は神界の【無任官】たる身分で、神界的に言えば勤めを持たない【無職】の浪人の存在で、肩書きが無いなのです。

     

    私はその師匠の元で、実践派の霊能者は何をしているのかを見聞させて貰いました。それは、お釈迦様やイエスや弘法大師さんの様な宗教開祖の様な教えではなく、この世で霊的世界の実務に関わる人達の存在です。

    霊界とは、一般的な牧師や僧侶や神主では何も解っていない世界と言えました。が、どの宗教の開祖にも霊能力は備わっていました。

     

    宗教開祖に霊能力がないと、宗教は起こせないのです

     

    ただ、霊が見えてもいないのに霊が見えている振りをする詐欺師は存在します。某宗教はそうしたニセ霊能者を使って高額な印鑑や壺を売りつけていました。

    が、どの宗教でも開祖がこの世を去れば、その子孫や弟子達に霊能力が備わっていなければ神の存在が「形式化」してしまいます。神の存在が見えて来ない。神の存在が実感が出来ないとなります。で、【儀式】優先の宗教となります。

     

    私は伏見稲荷講社に所属していて、稲荷神とその眷属達が何をしているのかを4年間に渡って見させて貰いました。その後、2番目の師匠となる【言霊師】の元に行ったことで、【言霊】の存在で私の神観は【百八十度】ひっくり返ることになりました。

    そこでは「言霊」の存在のみならず、霊や神霊を呼び出すのに【儀式】などを一切必要とせず、神霊や霊を叩くなどが出来たのです。

     

    例えば、世に虐め問題があります。ある相談者が夜に相談に来て、自分の子供が就職したが会社の先輩に虐められて耐えられない。今日は金曜日で明日から会社は休みですが、月曜の朝に会社に退職届を出すと言っています。なんとかして欲しいとの依頼です。

    即座に2番目の師匠は霊媒通しで、その虐めをしている先輩の「生き霊」を呼び出して、説得したが言うことを聞かない。そこで、その「生き霊」を徹底的に叩くでした。それは凄まじいまでの叩き方です。

    その相談者の子供さんが朝会社に行くと、その前にその先輩が会社に「辞表」を出していて、その相談者の子供さんは持っていた退職届を出さずにすみました。その会社で無事勤めが続けられるとなったのです。

     

    私はその「生き霊」を叩く。それで物事を解決する。それはその一例だけでなく、幾つもの事例を見て来ました。生き霊を叩くと肉体まで解るのです。

    その2番目の師匠は大本教の某大幹部の生き霊を叩いていました。言霊の学会で、その師匠とその某大幹部が出逢ったのです。すると、その某大幹部は夜な夜な私を呼び出して私を叩いていたのは貴方でしたかと口に出したのです。その肉体は夜な夜な誰かに叩かれていたことを知っておられたのです。そして師匠を見るなり、貴方でしたかと来たのです。

    それが元で、その某大幹部が催す言霊の学会で2番目の師匠が講演を依頼されて、私がその師匠に代わって講演したところ、「帰れ帰れ」の大コールを受けてしまったなのです。

     

    私がその2番目の師匠の元を離脱する時、その師匠は私に【死に神】を送りつけて来ました。それを知らない私は毎日が下痢で体は衰弱して点滴でなんとか過ごしていましたが、医師では治らないと閃いて指圧師の元に行くと、腸が動いていないで、腸が動く指圧を受けたのです。腸が動いた時、私に送りつけられていた【死に神】が見えたのです。

    その【死に神】は、正体が見られたら死に神の役目が出来ない。詫びとして、お前が殺したいと思う者があれば、何時でも私を呼べ。そいつを殺してやると言いましたが、結構ですとお断りしておきました。

    その2番目の師匠は、これまで幾人もの霊能者を霊力で殺したと豪語していて、その信徒さんに「まもなく私が死ぬだろうから見ておけ」と言っていました。その信徒さん達は私が何時死ぬかと、恐怖まじりで見ておられたそうです。

     

    こうしたことは西洋で【黒魔術】と言われ、その反対に返すことを【白魔術】と言っていますが、日本でも霊力で人を殺す【呪詛】と反対の【呪詛返し】は現在も秘密裏に行われています。

    それらは「スピリチュアル」とか「タロット占い」などの世界ではなく、実際の霊的世界ではそれがあるのです。私が霊界は「切った張ったの世界」だと言っているのは、行に行を積んだある系列の行者に「スピリチュアル」では勝てないのです。

     

    霊能者「江原敬之」さんの様な単に霊が見える力だけでは、行に行を積んだ行者筋には通用しないのです。私の2番目の師匠は三年間某山に籠もり、松葉や熊笹を主に食して霊力を付け、その元に来た信徒全員が正座したまま「空中に浮揚」させていた【仙人】級だったのです。

    その元では【儀式】などは一切必要はなかったのです。即座に龍神を動かし、力の弱い神霊ならば消してしまうです。ですから私はその師匠の名乗りの【国常立尊の現身(うつそみ)】を、一時は信じてしまったのです。それ以後、それ以上の霊能者を探したのですが、未だに見つからずなのです。だが、日本の中にはそうした行者筋が居られても別に不思議ではありません。隠れておられるからです。

     

    こうした霊界の実相は、お釈迦様やイエスや弘法大師様と言っていても、実は解りません。宗教学をいくら学んでも解りません。

    さりとて、いくら行を積んで桁外れの行者となつて空中を飛んでいても、人間性が出来ていないとなれば、これもダメと言えます。いくら桁外れの霊力があっても、肉体には死がある以上、肉体を終えればそれで肉体が持っていた霊力は終わりなのです。

    そうした証拠として、霊場ではこの世に生きていた当時は霊力を誇っていた霊能者たる行者霊が、何百年もさ迷っているに遭遇するからです。この世に生きている時に「改心」の言葉を忘れていたからでしょう。

    伏見稲荷山の清明瀧の瀧場でも清明舎に宿泊していると、真夜中に滝音と一緒に行者霊の天津祝詞や般若心経を唱える声が聞こえて来ます。【行者の末路哀れなり】と言いますが、行を積んで霊力の誇示だけに明け暮れて掴んだ神力だけでは天国の道は閉ざされてしまうのです。

     

    世にいじめ問題は絶えません。では、霊能者に頼めば有効かと言いますと、その御神霊によっては虐め問題は解決出来るがあります。私も豊受姫にお願いして助けてもらったがあります。しかし、神社にお参りしただけでは聞き届けは無理なのです。

    2番目の師匠がしていた虐めをする「生き霊」を叩くは、霊能者本人ではなくて側に優秀な巫女(霊媒者)を必要とします。その巫女(霊媒者)が「生き霊」をその肉体に留めてくれていないと、生き霊に逃げられてしまうからです。

    霊が見えるとか霊と会話が出来るのスピリチュアルの方は多数居られますが、霊を肉体に留めておける巫女(霊媒者)はそう簡単には存在しません。為に、そうした方が見つかると霊能者間で取り合いになるのです。

     

    この「生き霊」と「死霊」の違いとは、不思議なことに「生き霊」は嘘を出さないが「死霊」は嘘つきで信用がおけないがあるのです。ただ、「生き霊」は霊界のことを聞いても解らず、霊界の話は「死霊」に頼るがあるのです。神社に鎮座する神々もこの世の存在ではないので、ある意味「死霊」なのです。

     

    何故に肉体を持つ「生き霊」は嘘の言葉を出さないのか?。

     

    改心は、この世に生きている内に致せ

     

    死んでからの改心は難しくなる

     

    そこにあるのかも知れません。肉体に魂がある内は「良心神」が存在しますが、肉体を終えれば魂に天帝の分魂で在る「良心神」が存在しなくなるので、【改心】が進まないと考えられるのです。

     

     

     

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