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この世の良い思い出だけをあの世への土産として、この世の悪しき思い出はこの世に捨てなさい

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    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、私に【人の一生とは魂の世界からすると、人が修学旅行に行ったような僅かな時間にしか過ぎない。その僅かな時間の修学の為のこの世で、刹那心に溺れて自分の魂を腐らせてはいけない。いくらこの世が苦しいからと言って、自らの命を絶ってはいけない。人は死んでは生まれ、死んで生まれるの繰り返しである】。

    【人はこの世での修学を終えて、あの世に帰って来る時、この世での良い思い出だけをあの世の仲間達への土産話として持ち帰り、この世での悪しき思い出は一切この世に置いて行かなければならない。】とも告げられました。

    それは、仏教の葬儀でも説かれているあの世に旅立つ時、「喝」で、この世の【未練・執着】を捨てなさいと言うことです。つまり、この世での悪しき思い出はあの世に持って行くなです。

     

    この世は魂の【修学の場】であり、一時の住まいでしかない

     

    つい先日、私の従姉がこの世を去りました。歳は80そこそこですが、突然だったのでびっくりしたのですが、胃がんが発見されて入院予定の前に別の病で急死してしまったのです。その通夜が終わった後に、その従姉の顔が私に大きく出て来ます。その想念です。何か私に言い残すことがあるのかと感じていました。

    私の家系は祖父が養子になりますが、五代前の御先祖霊が霊能者の調べで日蓮聖人の御分魂であったことが判明しています。私は父方の筋で、その従姉は母方の筋で同じ御先祖霊が居るとなって来ます。家系とは何も肉体の血がつながる必要はありません。養子養女に入ると、その家系の霊脈に変わるからです。魂は後から肉体に入るので肉体の「遺伝子」とは関係がないのです。その家筋に入ることで、その家系の霊脈を継ぐなのです。血がつながらなくても、どうしても先祖霊の影響は受けます。

    私の家の仏壇では、その日蓮聖人の御分魂が霊能者には出て来られるがあります。そうしたこともありますので、その従姉の行く末はその御先祖霊に任せるです。あの世のことはあの世の者に任せるです。

     

    その葬儀の後に霊的な疲れを覚えて一眠りして目が覚めると、その従姉の御主人の姿が見えて来ました。今は80歳代ですが、私に見える姿は40歳〜50歳当時の姿です。今から30年〜40年前の出来事と思われます。その御主人が妻であったその従姉にひどい家庭内暴力を振るっている光景です。今で言うDV(配偶者に対する暴力)です。それが従姉の心のトラウマとなって出て来たのです。

    もう80代になった御主人は今は穏やかですが、若い頃はイケメンで女性にモテモテで浮気は数知れず。毎夜毎夜麻雀で遊んでいました。で、従姉が泣かされていた話は聞いていましたが、家庭内暴力を振るっていたことまでは知りませんでした。

    自分が生んだ子供達は父親側に付いて、自分を何一つ応援してくれないという愚痴は聞いていました。それが、従姉がこの世を去った葬儀の後に、その光景が私に出されたのです。

     

    仏教で人は死ねば皆仏様だと言いますが、閻魔庁は晩年は穏やかだったからと言って若いの時の所業をチャラにはしません。チャラにするには、その人の善行と悪行との天秤が平行でなければなりません。イスラム法の【目には目を、歯には歯を】であり、スピリチュアルでも言う【正負の原則】が存在するからです。

     

    自分が犯した罪は、本人に償わせるがカルマの大原則

     

    従姉霊の訴えは、自分が生きている時に自分に一言でも謝って欲しかった。そうでないと、良い思い出だけを土産としてあの世には行けないなのです。これは49日忌までに、その御主人が位牌に向かって自分が悪かったと謝ると感じましたので、機嫌良くあの世に旅立ってはくれそうです。私の伯母は霊感が強く。幼い私が後光を放っていたので、この子は神仏の生まれ変わりだと語っていましたが、その女の子供達も霊感が強く、霊を見るが有りましたので霊界否定論者ではありません。

     

    私は霊能者をしていないのは日常的に霊を見る者ではないからです。しかし、必要な時には私の御先祖守護霊が見させてくれます。なまじ霊が見えると、いろんな訴えが来ます。中には人を騙しに来る神霊達も多々あるわけです。

    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、【そなたの前世は武将であった。そなたは武将ながらあまりにも人がよくて、人を疑わない者であった。為に、人の魂胆が解らずに悪の魂胆を持った者達の策略により悲劇の最期を遂げた武将である。そなたの今生の学びは、人の魂胆を見抜く力を養うことでである。】と告げられました。善悪の判断力で、相手の腹の中の魂胆を見抜く力です。

    この相手の腹の中を見抜く力とは、自分の前に出て来る神と称する霊に対しても要求されます。相手の自分は〇〇大神ですと名乗る神名などに惑わされて、その言葉に踊らされていてはいけないからです。

    その○○大神などと名乗る霊の魂胆が見抜けないと、それが本物ではなかったと解った時には、自分がボロボロにされているからです。俗に言われる【行者の末路哀れなり】の状態に入るからです。

     

    私が霊界修業に入った当時。夜、眠ろうとすると霊的な光景が見えて来ます。すると【バチン】という大音響と共に、その霊的映像が遮断されるがありました。どこかの霊が私に見させようとする霊映像が私にとっては悪いものと思った時、御先祖霊がその映像を強制的に遮断するでした。時には日蓮聖人の直弟子であった方の霊が、私が寝ている間も不寝番として見張ってくれていました。

    その御先祖霊は私が2番目の師匠の元で言霊を習っている時、その御祭神は【国常立尊】と称されていましたが、その神霊に楯突いて、その師匠からお前には糞坊主が付いていて、このわしに楯突くと言われたものです。当時の私はそれが「ニセの国常立尊」とは思えず、どうして先祖霊は楯突いているのだろう?。さすがに「国常立尊」と呼称するだけに凄まじい霊力の主であり、楯突けるのだろうかと不思議に思っていました。

    その先祖守護霊の霊力は出雲大社教の教師から出雲大社の神と比べても遜色がないと告げられて、出雲大社の神と並ぶほどの霊力?。に首を傾けていたところ、日蓮聖人の御分魂で私の家系に生まれ出た方だと判明したのです。

     

    私は神霊とほとんどしゃべりませんが、それに関して最初の師匠は、豊受姫が豊受姫の許しなき神霊は私と直接会話してはならないと神界に命令を発したからと言われます。私は人(性格)がよいで下級神霊の言葉に騙されない為の予防です。

    その豊受姫のお代であった師匠は、貴方が見る霊的光景は本物ですと言いましたが、それは私の家系の御先祖霊が私に見せるべき映像か見させてはいけない映像かを判断していると言えます。

     

    自分がこの世で周囲からどんなにひどい仕打ちを受けたとしても、死後の世界でそうした想いをトラウマとして持つと浮かばれない霊ともなります。

     

    それは、神の愛で何をしても赦されると説くスピリチュアルの論理ではない 

     

    この世で他人にしたむごい仕打ちは、その本人がカルマとして背負うからです。悔い改めない限り逃げられません。

    それは子供だからと言って、赦される事柄ではありません。一人一人の子供にも守護霊と呼ばれる霊は存在しており、そうした守護霊が子供であってもその行動を見ていて、悪い行動に走ることは阻止しなければならないからです。ですから、子供の場合はその責任はその子供の守護霊として就いた霊が責任を負わなければならないとなります。

     

    霊能者相談で、自分の子供は盗みばかりをするの親の相談に、霊能者が御祭神に頼んでその子供の守護霊を交代させるをしたところ、その子供の盗み癖が治ったなどの事例があります。その守護霊自身に盗み癖があったなのです。守護霊と呼ばれている多くは副守護霊(神)と呼ばれている段階で、必ずしも正しいことと悪しきことの判別が出来ているではありません。人はそうした副守護霊と共に魂の修業をしています。

    何故にそんな先祖霊が副守護霊になっているか?。ほとんどの人はどうして自分がそうした家系に生まれ出たのかの理解すら至っていないのです。親は子供を立派に育て上げると神から賞されます。すなわち、自分の天国行きの道も開けて来るなのです。自分がだらしない親をしているでは天国行きは起きないなのです。逆に死後に自分が苦しいからと子孫に懸かって子孫を苦しめるなのです。

     

    私達の肉体は、この世の学びで自己の魂を磨くと共に、未だ天国世界に渡ってない自分を守護している霊の霊界での向上にも勤めなければならないのです。この世での肉体を貰うということは、それだけの価値があるのです。他者も霊も助けることが出来るからなのです。

    神の愛で何をしても赦されます等は、結果的に地獄行きを推奨する論理なのです。

     

    単にこの世は楽しいで、遊んでいた肉体の魂は天国には行けません

     

    お釈迦様の悟り【この世は苦界】。そこから何を得たかです

     

    貴方がこの世でどれだけ他人からひどい仕打ちを受けたとしても、その恨みを果たしてはいけないのです。この世での貴方が受けた仕打ちは、あの世に持って行ってはいけないのです。忘れるのではなく、この世に捨てるのです。

     

    貴方の恨みは、艮の心で【閻魔大王】が貴方に代わって果たす

     

    艮(ウシトラ)金神【国常立尊】の意味が理解出来ましたか?

     

     

     

     

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