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嘘つきは【泥棒】の始まり?。反対の【正直】とは何の意味?。魂の【杭】を改められるのは創造神

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    大本教と呼ばれる宗教には【予告教団】としての使命があり、予言者としては空前というべき予言を的中させて来た出口王仁三郎聖師が実質の立役者でした。この出口王仁三郎聖師が予言して来た予言の数々とは、調べれば西洋の予言者などとは質がまるで違うことが解ります。

    西洋で言われている予言者の実績を見るならば、出口王仁三郎聖師の足下にも届いていません。たまに当たったとしても、ほとんどの予言は外れているです。その希に当たった事柄だけで評価されているがあります。そこは【ウシトラ金神】と関わっていた出口王仁三郎聖師との違いが見受けられます。それらの他の予言者とは、ほとんど神の存在に関して語ってはいないでしょう。

     

    私の伯母なども霊能力があり、人の死を一週間ほど前には見ている人でしたが、そんなレベルではないわけです。ほとんどの人は、この地球が社会が国家がどうなるかなどの関心がありません。関心があるのは今の自分の【幸福】に関することしか興味がないからです。それをとやかく批判しても詮無いことです。

    そうした個々の個人レベルに関しての予言は、この地球は三次元物質世界なので、それよりも一段高い霊界から見るとかなり当たります。そこに蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と呼ばれる存在の霊が活動出来るとなります。そうした段階がスピリチュアルとなります。また、霊感を駆使した占い師はよく当たるとなります。

    気をつけておかなければならいのは、個人に起きる出来事に関してはよく当たる霊感占い師に頼ることで解決が出来るはありますが、それは神の世界で自分の魂の格を上げることには直接結びつかないなのです。神仏の存在を困り事相談の対象だと思ってしまいますと、そこに何が出て来ているのかが解らないことになります。

     

    未だテレビもない時代で私が見たのは映画館でのニューでしたが、ある歯科医さんに狸霊が降りてそのお告げが実によく当たる。その当時霊感占い師として政財界人の御用達で有名だったのは【藤田小乙姫】さんでしたが、その方の元にも多くの政財界人がそのお狸さんに相談に行く。某元首相も首相になる前に相談に行かれた。そのお狸さんの像に触れると病が治るで、多くの人がそのお狸さん参拝に列をなしてトイレに困ったことで、近所の人達が参拝者の整理に当たったことが話題となり映画館のニュースとして流れました。昭和20年代30年代はニュースを映画館で見るだったのです。

    これなどは、その霊が【自分は狸霊】だと明言していたので、取り立てて差し障りはありませんでした。ただ、その歯科医師さんは年配の方であまりにも多くの参拝者に接することで過労で倒れてしまわれた。その活動時期は短く、それで教団とは成らずに人々の脳裏から忘れ去られたがあります。

    昔の霊は自分は狐霊とか狸霊とか、はっきり名乗ったものなのです。嘘の神名を名乗って人をたぶらかすではなくて、実力主義だったと言えます。私はある御狸さん霊と会話したことがありますが、実に楽しくて悪魔とか悪霊の類いではありません。狸霊とは【田抜き】の意味で、【田から育てる米たる宝を殻(空)にした。】の意味なのです。

    自分はスピリチュアルとは段階が違うで、超能力者とかサイキッカーと称される方達になると、それよりは更に一段上の龍神とか天狗霊が憑いているとかになります。が、万物の創造神と呼ばれる段階よりは遙かに低いとなります。

     

    私の最初の師匠は豊受姫のお代でしたが、その前は小豆島の某寺院の不動明王のお代でした。少女時代は大本教の少年少女隊に属していたと言います。直接に出口王仁三聖師を見ているのですが、出口王仁三郎聖師の悪癖に腹を立てて、大本教を飛び出したと言います。

    大本教神諭に出口王仁三郎聖師の行動は見習うなとある様に、道徳という面では見習ってはいけない行動の数々がありました。ある意味、日月神示にもある【善も悪も抱き参らせそうろう】なのです。だが、その道徳に支配されない悪行で出口王仁三郎聖師を理解するのではなく、その器の大きさを学びなさいなのです。

    悪が強い者は返せば正義も強いのです。だからこそ、そこに悪の大物の改心は「小善」の者より勝るとします。

     

    この世は魂の修業場で、善も悪も学びの内

     

    閻魔大王の前で、自分はこの世で何一つ【悪】をしませんでした。そんなことを発言すれば、それは【嘘つきは泥棒の始まり】です。しかし、何故に「嘘つきは泥棒の始まり」の泥棒とは何だ?。です。どう考えても、【泥】の「棒」の意味が解りません。

    私は【聖人君子】ではありません。【凶悪】なことはしていませんが、【小悪】程度ならば犯しています。そうした間違いは誰しも常に犯しているので、私は【償い】として社会福祉や災害の義援金に寄付したりの小善をコツコツ積んでいるです。

    私は自分は善人だと言う人は「嘘つきは泥棒の始まり」と言います。

     

    この世での小悪は、小善の積み重ねで消せる

     

    そこに、自分さえ良ければそれで良いの者は「最低の者」となるのです。

    私は他の人を悪党だと責めません。自分は他人を批判出来るほどの人物では無いからです。自分は小悪であっても悪をして来た者です。人を責めるだけの物はどこにも持ち合わせていません。

     

    人を批判するのであれば、まず己から改めよ

     

    私は霊的世界に関わり、レントゲン写真をいくら撮っても写ってはいない【魂】と呼ばれる存在が人の【胸(六根)】の中に存在していることが解りました。人の心臓とほぼ同じ程度の大きさです。ソフトボールの球のようなものです。

    私は言霊師であった師匠と【精神に異常がある方】を霊査をしている時、蛇霊が【棒】の様な物に巻き付いている霊的光景で、この方の「精神異常の原因」は蛇霊にあることは解りました。だが、この【棒】は何だろうです。それは霊的映像であり、側に居た言霊師の師匠にも見えていたではありません。私だけに見えていた霊的事物です。

     

    私は魂を見て、それは【球体】であるは解りました。そのこと自体は多くの霊能者の方も言われていることです。私はその【魂】を見ていて、「魂」の漢字だけでは意味が解らないで、

     

    魂は【玉思惟(玉型の思惟)】と宣伝しました

     

    それをヤフーの掲示板「輪廻転生」で説いていましたが、その板に来た人の中では「玉恣意」と言う方もありました。「恣意」は自分勝手な心のことを指しますので、私は深く考える意味の【思惟の玉】としたのです。

    当然に私達の魂は【丸い玉】です。玉であるが故に【心棒】があるのです。それは【心の棒】なのです。

     

    人の良心神とは、単なる「良い心」の意味ではなく

     

    魂の【正直】たる「心棒」そのものを指す

     

     

     

    スピリチュアルでは【神の愛で何をしても赦される】ですが、魂に「心棒」があることを何一つ理解出来ていないのです。その心棒が腐っていれば、どうするのですか?。

    その蛇霊が巻き付いている棒が【魂の心棒】だと解った時、あらゆる意味が解って来ました。スピリチュアル的な人の多くに【精神異常】があることは知られています。霊的な事柄と精神異常は【紙一重】です。スピリチュアル的霊世界の関わりで精神異常が出て自殺された事例に幾度か出会いました。スピリチュアルと称する人達の多くに【黒蛇霊】が憑依していることは行者系霊能者達には知られていることです。

    魂の表面に黒蛇霊の憑依程度ならば、その黒蛇霊を大黒蛇霊や黒龍神が力で剥がすは、某宗教系の教団では日常的に行われています。だが、魂の「心棒」に巻き付いてしまいますと、そうは行きません。この心棒が【光輝かないと】蛇霊は離れません。それらの蛇霊とは自分の家系の御先祖がした行為に対して【恨み霊】が蛇霊化した等です。

    人の恨みは恐ろしいとされるのは、その人の魂が恨みから蛇霊化するからですそうなると【七代に渡ってその子孫を祟ってやる】ともなります。

     

    私達が持っている魂の【心棒】とは、【良心神】そのものなのです。この良心神が光り輝くと、蛇霊が離れて行きます。私が常に言っている良心神と蛇霊の対峙なのです。

    国常立尊様が御引退された経緯には、反国常立尊派の神々が蛇霊の囁き(憑依)に毒されたがあります。何故に今の世の神々には「良心神」の存在が解らないのか?。そこには蛇霊の存在があるからです。

     

    創造神と蛇霊神との戦いは、最後の審判の日まで続く

     

     

     

    天の岩戸開けとは、各自の【良心神】たる心棒が光輝く時

     

    日本神話の【天の岩戸開け】は、こうした蛇霊を帰らせる光

     

    日本神話の「素戔嗚尊の乱暴で天照大御神が隠れてしまった。」は、霊能者の一部にある【天の岩戸に隠れてしまったのは、本当は素戔嗚尊】のことではないか、【真性天照大御神とは素戔嗚尊ではないか】の説があります。

    このことは、私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が私に告げた。【日本神話の天の岩戸開けの部分はそうした事実があったのではなく、この私が最後の時の為に創作させたものである。そなたは日本神話の天の岩戸開けに私が何を秘めたのか意味を読み解け。】と告げられていました。

     

    素戔嗚尊とは【瑞霊】の意味で、真性天照大御神とは【厳霊】の意味なのです。これは日本神話に馴らされていると理解するには少々難しい面があります。

    明治31年旧12月26日の大本教神諭に、「出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸の致してあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ。誠の人を西と東に立別けて御用がさして在るぞよ。この事解りて来たなれば、三千世界が一度に開くぞよ。綾部に九つ花が咲いたならば、万古末代枯れぬ花であるぞよ。」があります。ここの西と東に立別の意味が解けないと判らないのです。私はこの意味の紐解きに長い年月がかかりました。

     

    日本各地にある「天の岩戸」神社に行った時、誰しもどこに太陽神が隠れたのと?。疑問を抱くはずです。世界中探し回っても、そんな神話はないでしょう。元々、太陽神が隠れた岩戸などはどこにも存在していないのです。日向の高千穂に行ったところで無理です。日向(ひむか)とは、神の光に向へとの意味合いなのです。私は天の岩戸開けの意味を知る為に、日本各地の天の岩戸神社なども巡って来ました。

    私の神霊界修業のお世話をしてくださった豊受姫も同様に、日本神話に書かれているような神話の事実はどこにも存在しないと告げて来られました。

    私の元に、その方が伊勢神宮に参拝したところ、天照大御神から私への伝言としてメールを下さった方があります。その内容は【私が日本の総氏神として三千間に渡って守護して来た事実をお忘れないように願います。】というものでした。おそらく、誰が伊勢神宮に参拝しても、自分が太陽神そのものだとは言われないでしょう。そんなことを言われたら、ニセ者と思ってもいいでしょう。

     

    すべては邪神達を踊らせる為の仕組み

     

    私が伊勢神宮の男の天照大御神から直接に見せられた物は、その着物に【鶴と亀】の金刺繍。カゴメ歌の【鶴と亀がすべった】のことだけです。この鶴と亀は滑るのか。統べるのなのかです。どちらにしても【夜明けの晩】です。で、私の後ろの正面の鬼(牛虎)の存在を語っているのです。

     

    私は魂と呼ばれている存在を見て、中には【捻れた魂】の存在を見て来ました。それは私にとっては長い間の疑問でした。どうして魂は捻れてしまうのか?。

     

    魂の【心棒】は「正直」なので【辛抱】に堪えることで残る

     

    人は正直でないと魂の「正直」たる心棒が【泥の棒】と化す

     

    人の魂の心棒が泥化すると魂は捻れて行きます。この意味が、嘘つきは泥棒の始まりなのです。蛇の字は、真っ直ぐには舵(它)が取れない曲がる蛇行。真ん中を無視(虫)です。ですから蛇霊が改心すれば、この世の蛇が棒の様に【直立】すると言って来たのです。

    魂の心棒が泥化すると、周囲の外圧で【魂が捻れる】現象を起こすのです。今の世は、仮に五次元界まで進めても魂の心棒が【泥】であれば、周囲の外圧で魂が捻れてしまうことを止められません。それでは、いずれは破砕されてしまいます。

     

    みろく世のおいては【水晶玉】とされるのは

     

    周囲の外圧により、魂が捻れない変形しない

     

    大本教からは【水晶玉】と出されたことから、この世の「水晶」石の様な硬直した玉と受け取る方がありますが、実に柔軟な「水球」なのです。でありながら、その表面は水晶の様に硬質なのです。この世の物質の水晶石のことではないのです。

     

    【晶】とは、ひかり。明るくきらきら輝く

     

    泥の棒だと、光を発することも出来ない

     

    今の私達の魂の【心棒】とは自分に良心神があってのもの。【嘘(正直でない)】などついていると、この棒が【泥】のようになるのです。

    今の世の五次元界だと、魂の腐りや捻れは止められません。それで「みろくの世」では魂が腐らない捻れないの「水晶魂」となるので、それは別の五次元世界となるのです。

     

    私は常に私を拝むなと言っているのは、私は単なる神の下僕であり、【魂の心棒】の改心たる【杭改め】は魂の御親神たる【牛虎金神・国常立尊(エンマ大王)】様にあるからです。これは【唯一なる神】信仰に向かわないと難しいのです。

    現世御利益だけを求めるのであれば、如何なる神を拝もうともその神の力しだいで適えられます。だが、魂の心棒を代えられるのは【唯一神】だけなのです。

     

     

     

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