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聖書の【義の人】と【不義の人】に秘められた【蟻】。相手の魂胆を見抜く

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    旧約聖書には【義の人】が説かれています。その土地に【義の人】が居なければ私はその土地を滅ぼすです。新訳聖書のマタイ伝では、【義のために迫害される人々は、幸いである。天の国はその人達のためのものである。】とあります。

     

    但し、私達日本人が知る【義】とは、儒教における【義】です。儒教における義は「五常の仁・義・礼・智・信」の一つです。少し前までの日本人ならば【義理や人情】で、俳優高倉健さんが演じる任侠の映画の舞台が好きだったのです。日本の【サムライ】精神とも言えます。他の者の為に自分が死ねるです。それがある意味、太平洋戦争における神風特攻隊という悲劇を生みましたが、日本人の精神なのです。大和魂です。

    キリスト教における【義】とは、真に【義であるのは神のみ】であり、人間は神を信じることにおいて義に近づくです。神を信じないことはが不義なのです。私達日本人が思う【義】とは、義の意味が違っています。

     

    今回、私は【蟻】霊の存在から、【義】の意味が判りました

    通常【義の人】と呼ばれる人達は、その信じる宗教宗派信仰に関わらず、天人界にと進んで居られます。キリスト教の概念とは少し違っていました。

     

    他の人の為に死すことを、神の祭壇に【牛と羊の血の捧げ】と言います

    それは【犠牲】と言う文字が証明しているからです 

     

    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、私を社会の底辺に置いて、【人の心の在り方に関して学ばさせる。】と告げられて、私は社会の底辺に身を置くことで【人の心(魂)の中に内在する良心神】の存在を知ったしだいです。

    その旧約聖書の神と称する声は、【そなたはナザレのイエスの愛の教えを何一つ恐れずに乗り越えて行きなさい。】とも告げられたのですが、その時はイエスの愛の教えを超える教えなど見当もつかなかったのです。

    結果的には埋没していましたが、お釈迦様の菩提樹の下での悟りとは、【悪魔は実体を持たない現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在する。】であったことに【言葉の仕組み】から行き着いたわけです。

     

    しかし、私がいくら「人に内在する良心神」を発信しても、世に受け入れられないと言えます。スピリチュアル等では、良心神とは「単に良い心」のことで、別に貴方に教えて貰わなくても結構です。

    それが魂の核。天帝からの分魂のことであり、人の善悪の判断をしている(円真)ことであるの理解にすら至りません。

     

    その理由の一つに、聖書には【初めに言葉は神と共に在った】とありますが、言葉を構成している【言霊】の存在が一部にしか理解されていないがあります。大本教の出口王仁三郎聖師から【ス】の神論が世に出ましたが、それは【主】の漢字に「ス」の言霊を振ってス神と呼ぶことだと思っている方が多いからとも言えます。

    また、一つに、聖書にある人類の原罪としてアダムとイブに囁いた「蛇」の存在がまったく理解されていないがあります。特にこの日本では現世御利益として蛇神(巳)さん信仰が盛んであり、蛇霊は神格化されているので聖書の人類の原罪の意味がほとんど理解されていません。

     

    その蛇霊とは人類と共にエデンの園(神の御国)から追放されたことで、全ての人に蛇性が備わっています。この蛇霊の囁きとは、国常立尊様が地上神界の主宰神の座から蛇霊の囁き(憑依)により毒された神達によって、悪神の汚名を着せられて神々の多数決による神界追放劇の要因ともなったからです。

    当時の私は、国常立尊様の側近たる天使団の一員として仕えていた記憶を持ちます。ただ、それは今の人類が知る歴史ではありません。次元も違います。

     

    ある意味、人は全て蛇性から解脱する必要がある

     

    私達は仏教の教えから【解脱】という言葉を知ります。その解脱とは、この世での「苦悩」や「迷妄」から抜け出すことだと捉えられていましたが、蛇や蟹や蝶などを見ていますと、そこに【脱皮】があります。自己の【殻を脱いで成長】するです。

    私は神霊世界で蛇霊に関わって来て、【蛇の直立】を見たのです。それは「神霊の悔い改め」によって起きる現象です。蛇性からの解脱です。脱却です。解脱です。

     

    私は社会の底辺に身を置くこととは別に、旧約聖書の神と称する声から【そなたの前世は悲劇の武将であった。その時のそなたは人の魂胆が解らぬお人好しであったが為に、人の魂胆が解らずにそれらの者に利用されて悲劇の武将で終わった。今生のそなたは、相手の魂胆を見抜く修業ぞ。】と告げられました。

    また、【私はそなたが本当は何者なのか?。誰にも解らないようにしておく。そなたも自分が本当は何者なのかを知らない。そなたが本当は何者かと解ってしまうと、自分の立身出世を図る神や人達がそなたの周りに集まって来る。そなたは心根があまりにも優しすぎて、そうした者達の魂胆が見えない。為に、そなたの素性を世に判らぬ様に隠す必要がある。】

    【そなたが本当は何者かが解らない時に、そなたを慕い。そなたの周囲に集まる者達が「誠」の者達である。何の神力も持たないそなたの教えに従う者達だからである。そなたが神力を持てば、その神力を利用しょうとする者達がそなたの元に集まって来る。】

    【されど、そなたの背後にこの私が居ることが見えない様な神ならば、神としては使い物には成らない。そなたを見て、そなたの背後にこの私が見える様な神で無いと、この神がする仕組みの御用には使えない神である。】と告げられたのです。

     

    さらに、【神界の御用を務めるのは肉体のそなたには非ず。そなたの魂の方である。肉体のそなたはバカを演じていればよい。そなたをバカにして来る者ほど、その者の魂胆がそなたにも見えて来る。】とも告げられたのですが、私のバカは演技ではなくて天然に近いものです。熊野本宮の御神霊から、天然の「おっちょこちょい」と言われましたが、それは自他共に認めています。別に演じなくても天然なのです。

    別の時、【そなたを見て拝する者があれば、その者はそなたを見て拝したのではない。この私を見て拝したのである。】とも告げられたのです。何故ならば、私はその旧約聖書の神と称する存在から何の神力をも授けて貰っておらず、人を助ける能力など何一つありません。そんな者を拝む人など居ないからです。

     

    戦前の大本教は日本有数の大宗教でした。大本教が大宗教になった背景には、当時の大本教宣伝使が全国を巡回して、大本教の神の力をもって病気治しの実績を出したからであり、大本教神諭に【この神は病気治しの神に非ず。心の立替・立直しの神である。】とあっても、現実に神の力を人々に示さなければ大宗教などなり得ないがあります。言葉の仕組みの解説だけでは、そうした宗教団体化は不可能と言えます。なり得ません。

    それでも、私が解き明かす言葉の仕組みから【創造神】と思われる神の存在を認識出来る方は、その方の守護に就いておられる神霊の存在が私の背後に存在するであろう神霊の存在を認識されたなのです。

     

    子供の頃、本当に自分には旧約聖書の神と称するほどの神の声が臨んでいたのか?。それは私にとっては大いなる疑問でした。しかし、その声が告げた【この国(日本)は、私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。】は、日本語と言う言葉の仕組みの解読を持って「証明」が出来たとは言えます。

    私はこれまで出会った霊能者の方達の中で7〜8名の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですとの指摘を受けましたが、私自身はその姿を見たことがありません。私に臨んでいたのは旧約聖書の神と称する声だけです。が、そうした霊能者の方達は私の本守護神は【国常立尊】様だと本当に言えるのか?。私自身は霊能力では劣るのでよく解らないなのです。で、多くの霊能者の霊査を受けて来たしだいです。

     

    私の最初の師匠がこの世を去る少し前、私に対して【貴方を見て、こんな恐ろしい存在は見たことがないと言う霊能者であれば本物の霊能者と言えます。だが、貴方を見ても大したことがことが無いと言うような霊能者ならば、何も解っていないし見えてもいない霊能者や神達です。相手にする必要などありません。】と言います。

    私はその最初の師匠から私が【恐ろしい者】だと告げられて、私自身は別に恐ろしくもなんともない普通の人間です。だが、その師匠は常に私に対して【貴方は貴方の背後の方がどれほど恐ろしい存在の方かをまったく自覚していない。】と叱責していました。それで、神霊とか霊能者と称しておられても、まったく見えていない神霊とか霊能者の方が大多数だという理解には至りました。

    無論、その私の最初の師匠の豊受姫は邪神だとか黒狐だと言う方達もあります。なまじ霊能力を持つと、誰もが自分が一番式になって、自分の背後に居る霊の言葉しか聞けなくなり。真実から目をそらすとなります。自分が神と仰ぐ存在こそが本物の神で、他は邪神式となります。

     

    実際に私が知った霊能者の中には、これほどの霊能力を持った行者の方は滅多に居ないと思った方は、私の背後の存在の光を見て、こんな恐ろしい存在は見たことがない。光そのものに殺されてしまうと逃げてしまわれました。そして私をバカにしていたことの詫び状を頂きました。

    私から見ると、希な優秀な行者さんで霊的なことがあまり解らない見えない私にとっては、是非に力添えが欲しいほどの方でしたが、私の背後の存在の光に怯えてしまわれてご尽力を賜ることが出来ませんでした。

    では、私の背後はそれほど優秀な霊能者の方が光に殺されると言った光を常に見せているのかと言いますと、見せてはいません。人を選んで選別しています。その光を見て殺されると言っても大丈夫な一流の霊能者や行者の方には見せるなのです。その光を浴びたら死んでしまうとか倒れるような方には、その光そのものを見せることはありません。

     

    私がしているのは大宗教を創ることが目的ではなく、かっての国常立尊様の部下であった天使達を元の地位に返り咲かせるなのです。あまりにも世に落ちてからの年月が長いからです。生き抜くために邪神界に転じた天使達もあるからです。

    大本教が告げた【主の神の35万年間の苦しみとは】、国常立尊様のみならず、忠誠を誓う天使団も同様に味わったからです。

     

    どうやら、私の前世はそれなりの武将ではあったようですが、人の魂胆が解らないお人好しの武将で、為に悲劇でこの世を終えた者らしいとは解りました。仮にそれなりの武将であっても、人の魂胆が見抜けなければ足下を救われてしまいます。信頼している者達からも裏切られてもします。その武将の時の私は、人の魂胆がまるで見えていなかったようです。人を信じ過ぎていたのでしょう。人の【魂胆】とは、ある意味恐ろしいものなのです。

    大本教はウシトラ金神国常立尊様が地上神界の主宰神でありながら、多くの神々から多数決で悪神としてその座を追われたとします。その国常立尊を追いやった神達とは蛇霊でも【黒龍神】に憑依された神達と言えます。

     

    私は豊受姫の庇護の元に伏見稲荷山で修業させてもらいましたが、豊受姫の黒龍神に対する嫌悪度は非常に高いものでした。何故に、豊受姫はこれほど黒龍神達を嫌われるのか?。基本的に豊受姫は黒龍神とは相容れないがあったのです。それは当時の私には謎的なことでした。

    そうしたことから、黒龍神とグルになっている豊受姫と称する霊は、私がお世話になった豊受姫では無く、豊受姫と名乗っていても別の存在と判断をしています。私が知っている豊受姫とは、絶対に黒龍神と呼ばれる存在を持ち上げる様なことはなされなかったからです。

     

    しかし、今の神霊世界はある意味黒龍神達の天下であり、その黒龍神の数の力が支配していることも事実です。私は修業時代は黒龍神に襲われて逃げ回っていましたし、私の前世であった武将霊の正守護神も黒龍神の数の力には勝てないがありました。黒龍神群団に勝つのではなくて、防御するだけで手一杯なのです。

     

    今の世に【正義】はないと、正しい人達は言う

     

    人類は、どこで「正義」を失ったのであろうか

     

    私は人に内在する良心神を説いてはいますが、良心神と正義とは同一の働きではありません。良心の働かない「正義」は、時には暴走化してしまいます。暴力を生みかねません。良心神に統率された荒魂の働きが「正義」にと走りますが、勇気が備わっていないと、いくら良心神があっても動けないなのです。

     

    私は旧約聖書の【義の人】の反対になる【蟻(義を無視)】の漢字で、土を這っている蟻達を見ていて、今日まで【蟻】の漢字の意味が解らずにいました。

     

    キリスト教神学ではサタン(悪魔)とは地獄の長官(閻魔大王)のことを言っていますが、通常の霊能者は悪魔(サタン)は【黒龍神】とか【紅龍】を言われたりします。ほとんどの黒龍神とは汚れから来る黒色から言われているのですが、霊力はあっても正義とか良心とは無縁の存在です。要は力こそが全てです。為に群れて、その数を力の源泉としています。

    一方、金龍とか銀龍。白金龍と呼ばれている龍神は群れていません。また、通常の汚れの黒龍神ではなくて、本当の黒龍神も群れていません。本当の黒龍神とはあまりにも次元が高いので、まず見ることはない為にその存在があまり知られていません。

    私はある霊能者から常時見る黒龍神ではなく、本当の黒龍神と呼ばれる存在を告げられて、その姿と色を見た時、まるで違う存在と知りました。つまり、汚れの黒色と本当の黒色の違いです。通常の黒龍神は浄化浄霊の対象と言えるのです。しかし、汚れていても黒龍神達を【悪魔】と定義するのは無理筋だと言えます。

    確かに霊的には汚れていても、悔い改めとか浄霊がなされれば黒龍の黒色から脱却できます。それよりも、そもそも神界での【次元】が低いのです。次元は一次元違えば、とんでもない違いとなります。それを補う為に黒龍神達は群れるなのです。 

     

    日本の神霊世界では、どの霊能者も蛇霊、狐霊、狸霊、猫霊の存在を語ります。それはは虫類の蛇や動物の狐や狸や猫のことを言っているのではありません。日本昔話の狼がくれたまつげの話です。その言葉で表されるその霊の【心の在り方】による姿です。為に、牛霊、羊霊、犬霊、天狗霊、龍神等と呼ばれる霊も存在しています。

     

    最近、ある出来事からその【蟻】が何を意味した言葉であったのかが判明しました。

    その「蟻」の言葉の意味を知るのに、何と40年近くもかかってしまいました。

     

    蟻とは、【不義の者】

    ハルマゲドンとは善悪の戦いではなく、義と不義(蟻)との戦い

     

    黒龍神達を支配していたのが蟻達。 この【蟻】とは、地上世界を歩いている蟻のことではありません。黒龍神と呼ばれる霊はかなり大きな姿であることは霊能者には見えています。霊的にはそれよりも、もっと力が強い黒天使達のことです。黒龍神達よりも遙かに強烈な不義の黒天使達です。今日迄はその存在が世の表に出ていなかったので、その存在が霊能者の口から語られることがなかったなのです。

     

     

     

     

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