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何故に大悪の改心は小善より勝るのか?。魂に見る点数で知る霊界の階層と次元界の違い

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    神霊世界に関わっていますと、大悪の改心は小善の者より勝るを知ります。ある意味何となく解るのですが、今日迄の宗教の善悪論では意味が解りません。但し、そこで言う大悪とは殺人や強盗や泥棒の様な【兇党】の意味ではありません。政治の世界とか社会の経済を引っ張るような【権力】世界に存在して来る悪です。昔から言う、【悪い奴ほどよく眠る】です。

    この世の中を引っ張るには、【善】だけでは引っ張り切れません。なまじ「善」の旗を掲げていると、全ての人が満足する等の世はありませんので、「善」ではまとまらないがあります。そうした時、【悪】の非情さも必要となるからです。神は何かを為す時、【悪】をも使うです。

     

    そこに、神には【善悪】等無いとの論も起きます

     

    霊能者ならば【蛇霊】と【権力】は結びついている事を知ります。権力者の立場に身を置くと、その魂が蛇霊化する危険性を知るからです。権力社会で勝ち抜こうとすると、どうしても謀略や汚職や賄賂は日常茶飯事になり、【良心】と呼ばれる物を失ってしまうのです。

    かって自民党の渡辺派を率いた渡辺美智雄氏は、政治家に【潔白】を求めるならば宗教家が政治をすれば良いと言われましたが、ある意味名言なのです。人は高い志を掲げた時、自分が頂点に立たないと【改革】が出来ないを知ります。その頂点に上がるとなれば、綺麗事では済まないわけです。毒を食らわば皿まで食べるです。

     

     

     

    私は子供の頃は旧約聖書の神と称する声から教えを聞いていました。それはこの世は魂の【修学の場】と言うことです。だが、それも中学生頃になると途絶えてしまいました。

    昭和五十五年に私の身に起きた摩訶不思議な出来事から覚悟を決めて、神霊界修業に入ったしだいです。最初に師匠とした方は伏見稲荷大社の豊受姫のお代を勤めている「砂澤たまゑ」師で、その内弟子として四年間ほど伏見稲荷山でいろいろなことを学ばさせていただきました。砂澤師は世間的には無名の方でしたが、当時は伏見稲荷大社系の霊能者としてはトップクラスとの評価があった方です。 

    そこで私はある謎に引っかかったのです。伏見稲荷山ではあらゆる神々が祀られています。伏見稲荷山全体が神域で、奇跡的なことを学ぶのには適したところです。当然に【お狐さん】信仰や【巳さん(蛇霊)】信仰が盛んなのです。

     

    私が、?をしたのは、

    蛇霊、狐霊、狸霊、天狗霊、龍神等は神として崇められるが

     

    人であった魂は、死後の世界で神と成っていないのか?

     

    そうした中で、世に言われる蛇霊、狐霊、狸霊、天狗霊、龍神等はそうした動物であった霊も存在はしますが、その多くは【元は人霊】であったです。それは輪廻転生の転生である【身変える(ミカエル)】なのです。その霊の姿は、その魂の【心の在り方】を語っているわけです。

    ある白狐は、江戸時代この世に在った時は武家の妻であったが、夫が死んでお家は断絶。幼い子を抱えて生活に困り、稲荷神のお代となって生活が出来て、子供達を無事に育てることが出来た。その感謝から、死後は白狐に転じて奉仕をしているがありました。蛇霊にしても、詳しく話を聞けば人の時代にいろいろなことがあったなのです。

    私はそうしたことから、蛇霊や狐霊だからと叱るのではなくて、もうその霊服を脱ぎましょうよ。元の人の姿に戻って天人界に行きましょうと説いているわけです。そこに来るのが【悔い改める】の【改心(芯)】なのです。

    こうしたことは大本教霊界物語においても、出口王仁三郎聖師が白狐に人間界に入ろうと説かれて、白狐が人間に成れるのですかと問い返す話があります。

     

    神霊世界の現状は体験して来るとそれなりに解るのですが、人であった多くの魂はどこに居るのかという問題は、霊山や聖地を歩いても解らないのです。人は死後に墓に居ると思う人もあるでしょうが、墓などは居るなどは少数も少数です。

    この世では多くの不浄仏(未成仏)霊。迷い霊。地縛霊。恨み霊。愉快犯霊等にぶつかります。それらの霊は本当の意味の霊界に行っていないなのです。本当の霊能者と呼ばれる人達は、そうした霊を本当の霊界にと送る活躍をされています。そうした霊と関わっても一銭の金にもなりません。スピリチュアルは大金が入ると言う方は、最初からスタートが違うのです。この世の霊界に居る霊を本当の霊界に送るとは、どういう意味なのかなのです。

     

    そこに関わるのが【三途の川】と言えます。

    三途の川を渡ると、それらの霊はこの世には関わらない

     

    この世に関わる霊界では、自殺した地縛霊に憑依されたとか、恨み霊に憑依されたとか、愉快犯霊に翻弄されたとか数々あります。それらの霊は三途の川を渡っていないのです。三途の川を渡らないと、再度人間として生まれて来るはありません。それは私達人間が関わっているこの世の霊界とは別に、またこの世に出て来る為の霊界は別の世界であるなのです。

    三途の川を渡りますと、そこから本当の霊界にと入りますので、その人の生前の在り方において出る魂の点数で、霊界での地位が決まります。霊界の階層とは、スピリチュアルではどこにでも好きな所に行けるです式ですが、霊が勝手に霊界ゲートを通過する等は出来ないのです。その霊界より上の霊界に行こうとすれば、一度のこの世に人として出て来る必要があるのです。そこに【輪廻】があります。

     

    そこに言われているのが、第一、第二、第三天国界。中有界。第一、第二、第三地獄界です。だが、私が見た範囲で魂に出る点数から推察すると中有界にも上界・中界・下界に分かれているのではないかです。中有界の上界は天国界と間違うでしょう。だが、本当の天国界とは違って、短期間でこの世に再び人として出されてしまうです。中有界は現界差し戻しの界と言えるのです。霊界でもそんなに長くは居られないのです。

    早い方だと、それこそ数年間とか十数年間で人間に戻って来ているがあるのです。時には自分が生まれる前に亡くなった祖父が自分と言うこともあります。誰を拝んでいるのだ!。自分の前世を拝んでいるがあるのです。それらを管轄しているのは、この世で私達が言うところの神社に鎮まる神達ではないなのです。【来世門】で知られる【閻魔庁】と言えます。

     

    その階層に居る霊達の魂の点数から、私の推論として下記の図をこれまで示して来ました。

     

     

     

    だが、ほとんどの霊能者の方は魂に点数が出るなどは言われませんので、どこまでも私個人の推論だと思ってください。スピリチュアル等では、この世は遊んで暮らす場所式の方が圧倒的に多く、死後の世界の恐ろしさなど言われないからです。ほとんどの方は【カルマ】の恐ろしさをご存じ無いと見受けられます。

    なお、第一天国界は今日迄語られる仏界の如来界に等しく、第二天国界は仏界の菩薩界に当たると見ています。この世で「菩薩」の様な人。「義の人」などは、第二天国界行きが多いと言えます。

    お釈迦様は、三千年ほど前にこの世に出て来られた方で、二度とこの世には出て来ないといわれたのは、如来界から【卆業】されたからでしょう。自分の前世がお釈迦様だったと言っている人は、私は全て【贋物】と見ています。

     

    私は【牛虎金神・国常立尊】様の言葉の仕組みにて、牛頭虎パンツの【鬼が云う】で【魂】論に徹して説いていますが、通常の霊能者の方は「魂」論ではなく、【次元論】を展開されています。

    巷では自分は創造神で三千億次元とか500万次元とか100次元とか、数多く言えば良いという風潮がありますが、霊能者の方に聞いても、次元となるとその意見はバラバラで、定かには解らないがあります。

    ただ、言われていることに七次元界から上には邪神達は存在しない。六次元界迄という説が有力かと見ています。ほとんどの霊が見えると言っている方達のアクセスが出来る世界は五次元界迄とも言われています。

    実際に自分は「救世主」だと称している方の背後には六次元世界の黒龍神などが見られます。為に、六次元界の黒龍神等をおろがみ奉るがあります。邪神の崇拝です。

    科学で言う【次元】と霊能者が言う【次元】は少し違っていて、霊能者が言う次元は【霊界の層】的な意味合いです。

     

    私は第三天国は六次元界で、第二天国は七次元界で、第一天国は八次元界ではないかと推察して来ました。私は旧約聖書の神と称する声から、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。】と告げられて、「アイウエオ」や「イロハ」や「ヒフミ」と言う言葉の【言霊と数霊】が密接に絡み合っている事実に突き当たったしだいです。

    【六次元】の世界とは【禄(ろく)】が生じて来ますので、天国界住人であれは禄が備わっていて当たり前です。そんな六次元界に「禄」等持たない黒龍神の大物が居る。では、その魂に【六十点】もあるのかとなると、黒龍神等は浄霊して汚れを落としてやるとか、悔悟の涙を流して悔い改めると元の天人の姿に戻っていきますので、それは元の天人の点数に戻って行っているともなります。そうでないと、悔い改めた邪神が天人の姿に戻って行く説明が出来ないのです。

     

    私は改心した蛇霊が【棒】の様に立つから【蛇】の字の意味を知りました

     

    しかしながら、スピリチュアルでは改心した蛇霊が「棒」の様に成るなど、誰も言われません。見たことが無いからと推察はします。ただ、旧約聖書にモーゼとエジプトの神官が蛇を投げ合って、どちらが【棒】の様に成るかの記述があるだけです。

     

    それらの浄化された霊や悔い改めた霊は、モウこの世に関わる霊界には戻って来ません。だとすれば、この世に関わっている霊界とは【根の国・底の国】に居る霊達と言えるのです。

    スピリチュアルの中には、自分は自在に宇宙に飛んでいると言われる方達がありますが、霊界宇宙ゲートの存在を知る霊能者達からはそうした論は否定されてしまいます。霊界宇宙ゲートは自己の意思で勝手に通過出来ないからです。自分では自在に霊界を飛んでいると思っているのは、孫悟空が如来の手の中だけを飛んでいて、自分は広大な世界を飛んでると思った錯覚的なことなのです。

     

    私はこれまで魂に点数が出ることから、その点数によって人が霊界に帰って住む世界の説明をしてきました。

     

    大本教の出口王仁三郎聖師が、これまでの第一天国界の上に更なる神界があると世に発表されるまで、第一天国界が最上級天国界だと思われて来ました。その第一天国とは、幾多の大宗教家達や主立った神々や仏教で説かれる【如来】達の世界でもあつたからです。

    だが、実際に如来像であれ菩薩像であれ明王像などに宿っている霊が、第一天国界や第二天国界に居るような霊かと言えば、それも違います。特に古い仏像などには非常に霊力が強い存在が宿っていますが。次元と言われる段階レベルで判定すると必ずしも高い神霊とは言えません。如来像に宿っているから如来と言ったり、菩薩像に宿っているから菩薩と言ったりしているなのです。

    そうした像に宿る霊は高くても六次元界と呼ばれる様な霊で、明らかにお釈迦様とかイエスとか弘法大師として世に出られた様な高級霊とは限りません。だいたい今の霊界で自称救世主と名乗っている方の背後に居る霊は、高くても六次元界の存在とされています。そこに七次元界ぐらいの魂の持ち主が居れば、その背後に部下として幾多の霊が従属するがあるなのです。

    霊が見える方にはなりますが、自分が神社や仏閣に参拝すると神々が自分に対して従属の為に頭を下げて来る。そうした事例を体験される方達が数多くあります。そうなると、エッー?。となって、自分自身が面食らうが起きます。自分はいったい何者だろう?。です。だからと言って、自分がお釈迦様やイエスや弘法大師さんの様な存在だと思い込んでしまうと、非常に危険なのです。

     

    今日迄に語られて来た第一天国界では【創造神の存在】が説かれていませんでした。いったい、創造神と呼ばれる神はどこに居るのか?。です。

     

    私は私の前に如来と称する霊が出て来ようが、菩薩と称する霊が出て来ようが、明王と称する霊が出て来ようが、それを見ているだけです。私は【鍾馗神】の御案内で、何万と言う霊界の軍勢に守護された中国で天子とされている【盤古大神】に拝謁しましたが、いったいこれはどういうことなのだろうとしか頭に浮かびませんでした。

    私は何の神力も与えられている者ではありませんので、修業時代は黒龍神群に攻撃されて逃げ回っておりましたし、黒龍神と戦えば勝てるかと言われたならば勝てないので逃げます。あんな汚れた存在を浄霊していれば、いくら命があっても足りません。だからと言って、別にそうした強い存在を恐れてはいないのです。私が恐ろしいのは【閻魔大王】と呼ばれる存在だけなのです。

     

    私が子供の頃に望んでいた旧約聖書の神と称する声は、【そなたには、この神の神力を何も与えず。】と告げられましたので、何の神力も持っておりません。ある意味、只(ただ)の人です。凡人のおっちょこちょいです。

    ただ、旧約聖書の神と称する声が、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれている世界でだ一つの国である。そなはその仕組みを見て、人々に告げなさい。】と言われたことをしているだけなのです。私は日本に満ちあふれている日本語の仕組みで、創造神は存在するの結論に至っただけです。

     

    そんな私を見て、貴方様は【救世主】様ですかと問いかけて来られる霊能者の方が今日迄何人もありました。私は旧約聖書の神と称する声から、【そなたには、この神の神力を何も与えず。】と告げられていますので、何の神力も持たない以上、救世主と呼ばれる様な任には就けません。それは私について来ても、何の【御利益】も無いと言うことなのです。私の周囲は【言成るの誠】を理解する者だけでいいのです。

     

    人は全て【神の子・神の宮】であり、他人に頼るではなく

     

    自己のこの世の生き方で【天国界】を目指すなのです

     

     

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