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世の立替論は魂の【善悪】論だけでなく、最初に左翼(唯物主義)と右翼(唯心主義)とに別れる

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    前回の続きの続きです。

     

    大本教から創造神による【世の立替】論が出されました。その時、大本教から出されたのは

     

    【神が表に現れて、善と悪とに立て別ける】

     

    また、【この世の閻魔として現れる。】等がありまして、それ自体はお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】論で裏打ちされます。

    が、私自身が神霊世界に関わって来て、?となったのは、世の立替とはそんな善と悪との二つに分かれるだけの単純な善悪論ではないなのです。

     

    まず、第一に神と呼ばれる存在は【神の存在そのものを認識】しなければ、その人の魂(玉思惟と呼ばれる意識)に神が存在しなくなるです。これは善悪の問題ではないのです。もっと【根本的】な論理です。

    次に、神代と呼ばれる時代から悪で生き続けた魂でも、神の存在を認識している魂は滅んではいない。【輪廻転生】の中に生かされて来ている事実です。

    そこに来るのは、単なる【善悪】論よりも、神の存在を認識するか認識していないかの要素の方が強いなのです。

    大本教と呼ばれる宗教が説いたのは、神の善悪論よりも、創造神と呼ばれる【国常立尊】が追いやられた(退かされた)事なのです。為に【ウシトラ(牛虎)】の魂(鬼が云う)論で成り立っているなのです。

     

    大本教から出された【牛虎のウシトラ】とか、【退くの艮】とか、【鬼が云うの魂】論に、大本教神諭予告【九つ花】で紐解ける【みろく(369)】には【五十六億七千万】の仕組みなど、どうして日本語と言う言葉であっても、ここまで完璧に仕組めたのかとなります。

    私は神霊世界の見聞の中で、中国の盤古大神とか伊勢神宮の男神の天照大御神や出雲の大国主命様の諸々の違う神姿等を見せて貰いましたが、そうした神々には日本語によるこうした言葉の仕組みは出来ないと断言は出来ます。

    さりとて、それだけの【言葉の仕組み】をした神の存在が見えてはいません。日本中歩き回っても解らないと言えます。私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたのでその言葉は豊受姫からと思いますが、【貴方の身に起きる出来事を言い当てられる神はこの日本には存在しません。】でした。

    巷には自分は霊が見える程度で、こうした【言葉の仕組み】がどれほどのものかまるで理解出来ていない人達が多数あります。それ自体は【奇魂】の働きが起きていないで説明は出来ます。

     

    私は神霊界修行として稲荷神界を離れて【言霊】の世界に入った頃、私が霊的世界から見せられた映像に【Y字型交通標識】がありました。これは将来、人類は【左右】に別れることを意味していると解りました。

    しかし、大本教からは神が表に現れて【善と悪】とに立て別けると宣伝されましたが、どちらが善でどちらが悪なのか?。まったく読めませんでした。漢字辞書で【右】と【左】を調べても、まったく意味が読み切れなかったなのです。

     

     

     

    漢字の【右】と【左】には意味の違いがあります。どちらも人を助ける意味があります。ただ、右は【天が助ける(祐)】で、左は【人が助ける(佐)】の意味合いなのです。これは【善と悪】ではなくて、【右翼主義】と【左翼主義】なのです。

     

    天が助けるのが「右(祐)」で、

     

    人が助けるのが「左(佐)」?

     

    通常左派と言いますと、リベラルであり【鳩派】などと言われます。あまり左に行きますと、連合赤軍とか中核派とか革マル派と呼ばれた「テロリスト集団」になり、日本でもビル爆破事件などを起こして来ました。また社会党左派に見られた【教条主義】的になると、何でも反対の原理原則に懲り固まるです。しかし、通常のリベラルや鳩派は穏やかで善人が多いと言えます。

    一方右派と呼ばれるのは【鷹派】と呼ばれ、国粋主義とか軍国主義と鳩派から攻撃されて来たです。しかし、そのバックボーンとなっているのは現在では【国民会議】の名で知られて来た様に「日本神道界」があります。私も神社総代になるまでは【国民会議】そのものをよく知りませんでした。神社の総代になって、その会議に参加させられたです。

    私は神霊世界に関わる前は、神は平和温厚主義で【左】路線を行くことかと思っていました。

     

    だが、自分が神霊世界に関わって来て、左翼主義とは【神仏】否定まで行かずとも、神仏の世界そのものを軽んじていると解って来ました。無論、そこには神仏に頼っても何もしてくれないの現実にぶつかります。ならば、人の手で何とかしなければとなります。

    例えば、中国共産党政権は表向きは【信仰は自由】となっていますが、現実には当局の意向に従わない宗教は徹底的に弾圧するです。それがチベットにおける宗教弾圧で殺戮です。チベット弾圧では120万人が犠牲になったとされます。仏教の総本山的なチベットでは中国の武力の前には仏も為す術もなかったなのです。

    また中国本土内においては、【法輪功】と呼ばれ宗教が大弾圧を受けて10万人以上が犠牲になったとの説もあります。法輪功は元々が【気功】であり、人の腹部には仏教の【法輪】が宿るとする教えですが、日本神道で言いますと人の腹は【高天ヶ腹】とするのと同じことです。

    現在、中国共産党はキリスト教の弾圧に向かっています。また、イスラム教も弾圧されています。イスラム教のウィグル自治区では100万人が強制収容所に入れられたとの報告が国連人種差別撤廃委員会からなされています。

    中国では国民が信じるのはそうした宗教上の神仏ではなく、【共産党】と呼ばれ党そのものを信仰しなさいなのです。

     

    マルクス・レーニン主義者は神の否定論者であり

    宗教の神が共産党よりも上に立っては成らない

     

    神が示す【左・右】とは?

     

    【右翼】とは、唯心主義並びに有神論者

     

    【左翼】とは、唯物主義並びに無神論者

     

    大本教から出された世の立替論は、人類の上に【創造神が臨む】意味合い的なことなのですが、西洋で言えば【最後の審判】であり、その時に創造神(唯一神)信仰者は【右翼】に、神仏の存在否定の唯物主義者は【左翼】にと別れるなのです。

    一般的に宗教の世界は【中道を歩け】と説きます。この場合の中道とは、実際は「右翼」を選んでいるのです。 これはイデオロギーの概念を見落とすと解らないところなのです。元々、イデオロギーの言葉そのものは共産主義の理論から出て言葉ですが、人類は【二線に別れる】は「善悪」論よりも、神の存在認識が先になるなのです。

     

    そこに、

     

    神の存在を信じる者は、悪党も救われるがあります

     

    それを【仏の慈悲】とか【神の愛】と間違えていたとなります。

     

    私は十数年前に自分が出したHPに、

     

    /世梁減澆鮨じる正しい行いの者

    ⊃世梁減澆鮨じているが悪しき行い者

    神の存在を信じない正しい行いの者

    た世梁減澆鮨じない悪しき行いの者

     

    そうした順列をつけて来ました。単に善悪論であれば,亮,廊の者。次に△亮圓能舂鵑違って来るです。神の存在を信じない悪しき者は救う手立てが難しいのですが、悪党でも神の存在を信じる者は助けられる霊界の様を見聞させて貰いますと、上記の考え方になっていったなのです。

     

    そこに来るのが【信じる者は「儲」かる】なのです

     

    どうして【儲】は「信じる者」となっているのかです。悪しきことをして地獄に落とされても、また人としてこの世に出して貰えたのか?。そこには【信仰】があったのです。それはどの神様を信仰したからではなく、【信仰者】という言葉がそのものが働いていたのです。

    鰯の頭も信心からと言いますが、人は自分が信仰する存在が正神なのか邪神なのか?。何が化けて出て来ているのか判別出来るだけの方はザラには居ません。それが邪神と知らずに信仰したとしても、その人の信仰心が【誠】からのものであれば、至誠は天に通じているとされてきたのもその為です。

     

     

    これからやって来るとされる【みろくの世】とは、人民による人民の為の人民による政治ではなくて、【神の専制政治】となります。俗に言う【天使(神司)】達が直接に政務や行政を司るです。人民による投票の選挙政治はなされません。全て創造神の任命制です。その為に、創造神はみろくの世の指導者と成るべき魂達を選んでおられるというか、育成されていると言えるでしょう。

     

    神の【王】と呼ばれる存在が幾体もあったのでは世は乱れますので、一つの神による【神界統一】が起きます。

    それは人間が直接に関わる話ではないので、人間サイドからは語れません。

     

    私が今回三部作で書いた意味は、神の【罪と罰】の意味合いなのです。いつまでも

     

    【恨】に囚われていると、みろくの世に行けません

     

    それを言いたかったわけです。「恨」を持ち出して論議していると、自分自身が「恨」に囚われてしまうのです。

     

    私が子供の頃に臨んでいて旧約聖書の神と称する声は、【そなたの前世は、人の魂胆が解らずにいいように利用された悲劇の武将】であったと言われました。

    私は霊界の暗闇地獄の中で【晒し首の武将の頭】を見て、その頭に向かって、もう間もなくみろくの世が来ます。もう、過去のことなど全て忘れて新しい世に行きましょうと言ったところ、その【晒し首の武将の頭】は目を見開いて笑ったのです。するとその暗闇地獄界は一変して金色の光の中となったのです。その翌日から、その武将霊は私の家に来たのです。その武将霊によって、私の言葉の発想が飛びだしたのです。それは私の【前世】の姿でした。

     

    それまで、私の前世には【恨】があったなのです

     

    【恨】を捨て去った時、その魂は元の霊界の地位にと上がったなのです。

     

    【恨】は論議することでなく、忘れ去るなのです

     

     

     

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