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霊が見えて霊と会話が出来るから「霊主体従」でなく、霊は見えず霊と会話は出来ないから「体主霊従」ではない

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    大本教から【霊主体従】と、その反対である【体主霊従】の言葉が出され、体主霊従は【悪】だと出されました。そうなりますと、霊が見えて霊と会話が出来る者は正しい者達で、霊が見えない者は悪い者達式の話が出て来ました。特にスピリチュアルでは霊が見えるから自分は正しい者だとか選ばれた者だ式になっています。

     

    私は霊能者に成れるような霊的素質は持ちませんが、それでも霊界修行を通じて霊的世界の見聞をさせてもらいました。そうした中で、科学では否定されてしまいますが霊界の次元と呼ばれる霊界層が在ることの理解に立ちました。

    この霊界の階層は、上の階層の者から下の階層は解るのですが、下の階層の者から上の階層の様子は解らないという特徴があります。つまり神の高山(神界ピラミッド)で、自分自身は上の階層に登らないで下の階層に居て上の霊階層はどうだこうだと論議しているです。

    スピリチュアル標榜者の多くの方は、確かに霊界の一部に関わって、神霊とか天使と称して出て来る霊との交流はあります。しかし、その霊の名乗りが本当に正しいのかとなりますと、霊界のオレオレ詐欺集団の役割における神名に踊らされているが多々見受けられます。それらは何人もの霊能者や霊感者をも巻き込む詐欺なのです。

     

    ある方を私が見ても「野狐」霊憑きだと簡単に解りましたが、その方には八尾の大物の野狐霊が居るとまでは見えませんでした。が、霊能力がある方からその方に憑いているのは八尾の大物の野狐霊と聞かされて、なるほどそれでそれなりの霊力があり、その方の周囲に集まる霊感者もことごとくその八尾の大物の野狐霊に従属する霊団に踊らされていると解ったがあります。その意味では霊的なことが見えないと判断がつきにくいはあります。

    いくら自分に霊感があるとしても、この地球は霊界でも蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と称されている低級階層の霊が大多数なので、昨日誰々と出会いましたね。夕食に何を食べましたねの類いならば当てて来ますが、大本教の出口王仁三郎聖師の様に未だ来てもいない未来に起きる出来事を数々当てて的中させたではありません。

     

    この地球霊界に関わる低級霊達に支配されていると、人類の未来は白紙ですと言うだけで、過去に大本教の出口王仁三郎聖師がどれほどの予言を的中させて来られたかを知っていないとなります。

    私が霊界修業のお世話になった豊受姫は、最初の師匠が在命時だったので、その師匠に阪神淡路大震災や普賢岳爆発などを事前に告げていました。高級神霊は未来を見通しているなのです。

     

    未来は白紙ではなく、高級神霊には未来は見通せる

     

    ある方は、その方に出て来る霊集団の指揮官から、貴方は七次元の素戔嗚尊の魂だと告げられた。また、幾人かの霊能者からも貴方は七次元の素戔嗚尊の魂だと告げられたと言われます。が、私からすると???マークの連続です。七次元界など絶対に無理な魂だと解るのです。

    その方の魂はどす黒く汚れてはいないのですが、魂が丸くなく角が立っており、捻れ現象を伴っており、そんな魂の状態で七次元界などはあり得ないからです。

    この方自身の魂の点数が出ましたので見ると50点台。それでは五次元界が関の山です。イエスや大本教の出口王仁三郎聖師は八次元界の高い魂だと言われていますが、未だ輪廻転生を脱した段階ではないとも言われています。輪廻転生を脱却されたのはお釈迦様であり、霊界でも一段と高いことが覗えるのです。

    もうお釈迦様はこの世には出て来ないなので、それに代わって【みろく菩薩】がお釈迦様の悟りを代わりに告げるとされて来たなのです。で、巷には自分が「みろく」ですと名乗る人が多数出て来られましたが、その【みろくとは、言葉の仕組み】だったと言えます。

    かっては第一天国界が最上級霊界と言われておりましたので、それ以上の霊界は無いと考えられていたのですが、大本教の出口王仁三郎聖師は創造神と呼ばれる神が存在する最上級霊界の存在を説かれたしだいです。しかし、その界は輪廻転生から外れる為に魂に九十(卆)点台と言う厳しい点数が求められます。

     

    私は以前からブログに下記の表を出しています。ただし、これは【正神界】から見た時の表です。邪神界で言う次元ではこの点数表は当てはまりません。

    その方の場合、人間としての性格は短気で怒りっぽく。平気で罵詈雑言を吐くで、かなり魂が捻れていると見受けましたので、私自身は50点台が出たことに逆に驚きを持ったのですが、それは邪神界の中にあっても金銭欲で無い【人助け】をしていることで、地獄界に墜ちる点数にはなっていないのだと考えられます。

    いくら霊が見える。霊と会話すると言っても、それが【金儲け】主体であれば間違いなく地獄界にと墜ちてしまいます。ですから、スピリチュアルは【金儲け】だと言っている人達は危ないと言えます。人助けがメインではなく、金儲けがメインになっていると【徳(悳)】が備わらないからです。霊など見えなくても他を助けるに従事された方は自然と【徳(悳)】を積まれているのです。

     

     

    私は、霊は見えない。霊と会話する能力は何一つ無いと言う人達の中で、信仰心に篤い人達の魂に70点台が出ている方を多数見て来ました。これは霊的世界で言えば第二天国界。仏教的に言えば菩薩界に、この世で生きている間に入っているとなります。そこに、大本教で説かれた【霊主体従】と【体主霊従】の世の解釈が間違っていると気づいたしだいなのです。

     

    霊主体従とは、魂の指導で肉体が正しい行動をする

     

    本人に霊が見えるとか霊と会話することではないなのです。いくら霊が見えて会話が出来ても、スピリチュアルは【金儲けだ!。】式で走っている多くの霊感者を見た時、その背後に居て神だ天使だと称している霊達の正体がまるで見えていない。解っていないでは、それでは【霊主体従】とは言えないのです。逆に貴方は【動物霊の容器】に成り下がっているだけではないのかです。

    自分には霊が見えない。霊と会話が出来ないとしても、その人に【正守護神】と呼ばれる様な高い神霊が存在し来ていると、その人は【正しい考えや行い】をされています。つまり霊が見えるとか見えないではなくて、その人に内在している魂が肉体を導いて如何に正しい行いをしているかなのです。

     

    体主霊従とは、肉体の行動に霊(魂)が引きずられている

     

    人の肉体とは、魂がこの世で生きて行く為の【服】にしか過ぎません。これが人は【霊止(ヒト)】と呼ばれる由縁です。ところが、霊止(人)たる服には【自我】が存在して来ます。仏教では人は自分の【真我】や【本我】に目覚めよと説いては来ましたが、残念ながら【自我】が強すぎて自分の【本我】や【真我】に至らないが起きます。

     

    肉体の自我が本我や真我を押さえ込むと体主霊従なのです

     

    仏教では貴方自身の本性は【仏性】だと説いてはいるのですが、これを日本神道で言えば【神性】と言うことなのです。自己の魂の【神性や仏性】に目覚めないということが問題なのです。

    スピリチュアルで説く霊的世界とは低次元の霊世界であり、自己の【神性や仏性】に目覚めることはまずありません。

    私も霊的世界の見聞修業の中では、どうしても【奇跡の現出】に心を奪われる時期がありました。この世の科学では説明できない事柄にぶつかるからです。私も体験上、霊界を興味本位。霊界の奇跡に囚われることを非難はしません。だが、奇跡もそのメカニズムが解って来ると、別に奇跡は奇跡では無くなって来るのです。そのメカニズムがこの世の者には解らないだけなのです。

     

    で、私には多くの霊感者や霊能者が言わない魂の点数が出るのかとなりますと、私が言霊師の師匠の元で修業している当時、私が就寝しょうとすると多くの霊の声が聞こえて来て、いろんな言い訳をして来ます。その内容は、その霊がこの世で肉体を持っていた当時に起こした罪に対しての言い訳で、その罪の刑を霊界で減じて欲しいと言う陳情です。

    毎夜、毎夜、あまりにもうるさいのでその当時の師匠であった言霊師の方に尋ねましたところ、おまえは閻魔庁の判官(裁判官)であったからだと言われます。閻魔大王は閻魔庁の長官ですが、全てを一人で裁いておられるのではなく、その下には判官(裁判官)と呼ばれる者達も居るなのです。おまえはそうした判官の一人でもあったと言うのです。

    私を見た霊能者の七〜八名の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げて来られましたが、霊能者の中には貴方の本守護神は【閻魔大王】様だと言われた方達もありました。

     

    日本の記紀神話では、最初の神を日本書紀では【国常立尊】。古事記では【天之御中主】としますが、これは同一の神なのです。天においては天之御中主。地においては国常立尊とするだけです。冥府においては国常立尊を閻魔大王(閻羅大王)とします。その働きにおける神名なのです。

    ただ、その天之御中主(国常立尊)様よりも上位の創造神が存在するかとなった時、それは存在しているなのです。この神のことを西洋では【始めにして終わりの神】と言うのです。ですから、この神が人類の上に臨んだ時は終わりの神であり。次の世(みろく世)の始めの神となるのです。

    大本教ではこの神の存在を【天之峰火夫皇大御神】として世に名を出しました。が、霊能者や霊感者だからと言って、この存在はよく解らないなのです。また、世に出ている神達にも解らないと言えます。

     

    私が天狗霊を従えた霊能者から攻撃された時、閻魔庁の役人達が私の守護に駆けつけてくれましたが、私が霊界で閻魔庁にかっては属していたからもあるようです。私に人の魂に点数が解る不思議な現象は、私自身がかって閻魔庁と深い関わりを持っていたからと考えられます。

    豊受姫のお代であった最初の師匠は私に対して、【貴方を見てこんな恐ろしい存在は見たことが無いと言う霊能者は本物の霊能者ですが、そうでない霊能者は相手にしない方がいいです。】と言われていましたが、私は自分が恐ろしい存在に納得は出来ていませんでした。私の背後には閻魔大王たる方があるとすれば、その存在が見えたならば恐ろしいとはなります。

    だとすれば、私が見ている人の魂の点数とは、【閻魔庁】が見せて来ているとは言えるのです。

     

    ただ、いくら元は閻魔庁の判官と言えども、この世に肉体を持った者やそうした肉体と縁がある霊は救えません。それは何度も言うように、人の肉体には霊を浄化する能力があり、霊が頼る縁の肉体が存在すれば、その肉体に浄霊を頼まないといけないからです。私に出来るのは頼る肉体を持たない霊達だけなのです。

    いくら自分が生まれ出た家の霊と縁があるとしても、自分が犯した罪でもないのに、どうして自分に縁がある家の霊の浄霊を自分がしなければならないのだ!。そうした文句は出ますが、人はこの世に出て来る時には自分が生まれ出る家を選択して出て来る以上、そうしたことを承知して出て来ているのです。

     

    だが、この世に出て来ると、この世に出て来る前の約束を果たさずに、何で自分に霊が懸かって来るのだと文句ばかりを言うが起きます。

    旧約聖書の【自分が播いた種の果実は自分で刈り取れ。】のカルマが、まったく忘却となるのです。

    仏教では、この世に現れて来る【カルマ】は全て自分が播いた物と説きますが、自分が生まれ出た家系のカルマも、また自分に懸かって来るなのです。為に、自分が生まれ出た家系の直系の御先祖霊の供養は子孫たる者達の勤めともなるのです。それは本家とか分家とかには関係しないのです。

    自分の魂を磨く(魂の穢れを取る)。自分の魂を丸く(性格を穏やかに)することによって、自分の魂も霊界の階段を上がり、自分が生まれ出た家系の御先祖霊の供養にもなるなのです。

     

    自分の魂を磨く(穢れを取り、性格を丸くする)

     

    それが本当の【霊主体従】なのです

     

     

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