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創造神に善悪は無いと言う神示に?。悪は主を墓(亞)に葬った者の心の意味

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    巷には大本教神諭以後、大本教神諭に似せた神示が雨後の竹の子の様に出て来ました。そうした神示を読んでいると、?。この神示は本物だろうかという言うような内容が見られます。どれも大本教神諭のウシトラ金神の言葉のように、【何々であるぞよ。】式に書かれてはおりますが、あまりにも内容がお粗末であり、何でこんな内容が神示として世に降りているのか理解に苦しむものが多々見受けられます。それらが本として売られているです。

    その著本を出している方は、自分に神示を降ろしている霊は「艮金神国常立尊」様であると思ってのことであり、それを責めることは誰も出来ないのです。それらの神示を読んでいると、個々の人の知識でとうてい書かれたものではないことぐらい解ります。それは反面、人を欺すことなど霊的世界の実力者にとっては簡単なのです。

     

    大本教神諭以後に出たそれらの雨後の神示を見ると、ある特徴があります。それは創造神から見れば【善悪】等は無いと書いてあることです。ある意味、【悪の擁護論】が多いことが目につきます。

    そこから、世にある勘違いが生じていることが解ります。特にスピリチュアルで見られる【何をしても神の愛で赦されるのです。】で、悔い改めるとか改心とか反省する記述が見事に抜け落ちているなのです。

     

    確かに、悪が無ければ【善】が何かとは解らない

     

    悪は【善】を知る為の反面教師役として存在する

     

    今の地球神霊界で【悪】が許されていることそのものは間違いがありません。それはこの地球神霊界は善神(正神)のみならず悪神(邪神)も闊歩しているからです。悪神も創造神の許しの下に活動しているという説は、現状的に言えばその通りなのです。

    そこに、この世は【魂の刑務所(宇宙の犯罪者たる魂の収容場)】。大本教の出口王仁三郎聖師が説かれた【天人の苗床】説もあります。

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声からは、【この地球は魂の修学の場。修学を終えれば元の世界にと戻る。】と伝えられました。但し、その修学の場で自分の【魂を汚す】と元の世界には戻れなくなるです。

     

    それは【阿(ア)】から【羅(ラ)】を修める【阿修羅】道

     

    個々の魂は戦いに明け暮れて、私も前世は武将で戦死です

     

    多くの人の魂の元(源)は宇宙にあります。皆が元は宇宙的存在ではあったのです。しかしながらこの地球と言う星に降りたって、【自己の魂に堕落を起こして元の世界に戻れなくなり。】輪廻転生のシステムから逃げられなくなったなのです。

    私が言うことは、一部のスピリチュアル標榜者の方達が説く【この世は楽しくおかしく遊ぶ場所】だという説とは正反対に位置します。

     

    優秀な超能力者や能力者ならば、【最後の審判は各自の魂の良心神の点数】で決まると言うように、お釈迦様の本当の悟りであった【人には良心と呼ばれる神が内在する。】の存在で決まります。

     

    しかし、世の人々はお釈迦様の悟りを忘れているので、五六億七千万という摩訶不思議な数字と「みろく」と呼ばれる組み合わせが、如何なる神の仕業かは解りかねますが日本の言葉として組み立てられて創られていたなのです。

    しかもそれが、最後の審判を終えた後の神の御国に【五次元・六次元・七次元】で【みろく】と呼ばせる世界に人々を導く為の仕組などとは誰も思わなかったし、世に出ておられる神々ですら解らなかったなのです。

    私はとんでもない仕組だと感嘆しましたが、世の人々にはほとんど理解して貰えないなのです。

     

    スピリチュアルの【何をしても神の愛で赦されます。】等の言葉を真に受けていると、その審判の時に大泣きをすることになりかねません。だが、その時には【後悔先に立たず(事が終わった後で悔いても、取り返しがつかない)】となります。

     

    それは何故かと言った時

    誰もスピリチュアル標榜者から創造神のことを聞かない

     

    それは【輪廻転生】下では悪にも存在価値があり。悪の存在が許されていたのであり、輪廻転生が終わる以上、もう悪の存在そのものの必要が無いことを何一つ理解していないなのです。

    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【悪役も神の舞台の演技者。その舞台(今の世)が終われば悪役の化粧を落とさないと行けない。しかし、悪役の化粧(魂の汚れ)を落とそうとしないのであれば、私はそうした役者は次の舞台(みろくの世)には上げない。】と告げられたしだいです

     

    悪の特質は【自分の霊魂に汚れを付着】させるです

     

    日本神道で言う【汚れ】とは、この世での悪しき行為のことです。スピリチュアル標榜者の【何をしても神の愛で赦されるのです】などの教えを聞いた時、これはおかしいぞと思わなかった人はおかしいのです。

    黒龍神と呼ばれる龍神のほとんどは、その霊体に付着した汚れから色が黒く見える存在で、その汚れを落とすと他の色の龍神ともなります。しかし、その黒龍神が自分の汚れを落として浄化浄霊をするかと言ったならば、自らに【悔い改める意志】が無いと出来ないとなります。

    私は今の神霊世界の修業過程で、黒龍神界でも大物中の大物とされる黒海黒龍神の浄化浄霊で死ぬほどの苦しみを味わいました。あまりの浄霊のきつさに浄霊を失敗したのですが、黒龍神などを浄化浄霊しようとすると、それをする人の肉体はその汚れで命を失うと言われるほどきついものです。黒海黒龍神は大物黒龍神ですが、通常の黒龍神の浄霊でも、龍神浄霊は肉体の魂によほどの力量が無いと難しいのです。

    その黒海黒龍神の浄霊の時、私自身の腹は妊婦の様に膨れ上がり、太陽に向かって天照大御神様と唱えて、天津祝詞を上げてトイレに入ると激しい下痢。トイレから出て来ると、またもや私の腹は妊婦腹。また太陽に向かって天照大御神様と唱えて天津祝詞の奏上。するとまたもやトイレに入って激しい下痢。その繰り返しでした。いったいこの腹が膨れて来る現象は何だ!。です。

     

    悪は、腹が膨るる術と言われる現象です。 

    黒龍神の汚れ(悪)で私の腹は妊婦の様に膨らんだ

     

    私はあまりの下痢の回数の激しさに自分の体力が奪われてしまいました。それ以前から汚れた霊魂の浄化浄霊に幾度も下痢は体験していましたが、もうそんな浄化浄霊の段階ではないのです。尋常ではあり得ない下痢です。

    それを救ってくれたのは、龍神をコントロールするだけの力を持っていた言霊師で当時の2番目の師匠でした。私の胎内から黒海黒龍神を出してくれたのです。もし、その師匠が龍神をコントロールするだけの霊力を持たない霊能者であったならば、私の最初の師匠が後に私に【黒龍神の浄霊だけは絶対にしてはいけません。そんなことをすれば命を失います。よくても病院送りです。】で言ったことになっていたわけです。

    いったいどこから自分の腹にそうした便と成る汚物が入って来るのかが謎となりますが、それらは霊的世界から肉体に入って来る汚物です。霊界からこの世への汚れた物質移動です。こうしたことは本当に霊能者と言える方達は霊的には知っておられます。人の目には見えない霊界の汚れを、この世の肉体がある者が始末をするなのです。

     

    そこに、人の肉体は霊魂の汚れを取る器官(期間)があるのです。肉体が死ぬ迄です。

    人は魂浄化に、人(霊止)としてこの世に生まれ出る

     

    魂を汚した人の魂を浄霊する時、その浄霊対象者がトイレに入られると大量の下痢をされますが、だいたいバケツに半杯もの便が出るとされます。医学的にはそんな大量の便がその人の体内のどこにあったのかとなりますが、それはその人の魂が霊的世界での汚れを肉体に運んでいるからなのです。

    自分が霊媒体質だと知らない間は、どうして自分はこんなに下痢をするのかが解らないがあります。しかし、貴方は霊媒体質ですよと誰かから指摘されたならば、自分が誰かと遭遇した時、その人から霊的な汚れを移されたことが解って来ます。

    トイレの夢をよく見る方は、それは自分が霊界の浄化浄霊に関わっているからなのです。その時、美しいトイレの夢は数が少なく、そのほとんどはおぞましいほど汚いトイレを見ているでしょう。その汚いトイレとは、この世が汚れていることを夢に見るのです。今の世がどれほど霊的に汚れているのか、知る方は数少ないと言えます。

     

    霊界からこの世に物質として送る時、それを運ぶ力を【龍神(流神)】と言いますが、汚れた龍神(黒龍神等)の浄霊は困難を極めるのです。魂が肉体を持つ意味は【霊的汚れを浄化させる】ことが目的なのです。私達の魂は、【この世で遊ぶ為】に生まれ出ているのではないのです。

     

    みろくの世において、人の魂は【五次元界以上】に進むとされますが、その時には各自の魂に対して【大祓】と呼ばれる浄霊が実施されます。その大祓の実施以前は魂の浄化として【便による下痢】とか【口から汚物を吐く】等があるのです。霊媒体質者が霊的に汚れた肉体の人に遭遇すると、吐き気を催すのはその為なのです。

    こうした浄霊で下痢をすることは霊媒体質者であるならば誰しも経験をしているはずなのです。ただ、どうして自分は下痢をするのだろうと不思議に思う程度で終わっているのです。それはそうしたことを説明している宗教そのものが存在しないからです。ほとんどの宗教の開祖には霊能力があっても、その後を継いだ後継宗教者は霊界の実相に疎く霊的世界のメカニズムを知らないからと言えます。

     

    それが、【便所】は【人の魂の更生】場の言葉に繋がる

     

    霊媒体質者が他者の魂の汚れを受けると、トイレに走って下痢になることは、本当に霊的世界に関わっている者ならば知っています。本来はその魂の服である本人の肉体がしなければならないのに、その肉体は自分がすると苦しいので霊媒体質者に憑依してその肉体を借りて、自己の魂の汚れを浄化するなのです。寄生虫的やり方ですが、霊界では魂の浄化をしないと、その魂自身が汚れから苦しむなのです。

    私自身は、そうした自分の魂の汚れを他人に押しつけて平気な顔をしている方を多数見て来ました。その肉体は表面的には善人に見えていても、裏たるその人の魂は自分の肉体で汚れ(悪)を浄化せずに霊媒体質者に押しつけるなのです。為に、私は表面善人などは一切認めていません。と言うよりも、各自の魂には点数が出ますので、表面的にはいくら善人面をしていても逃げ隠れなど出来ないのです。

     

    何故に霊は人(霊媒体質者)に憑依するのか?

     

    魂の世界で自己の魂の汚れで苦しむからです

     

    最後の審判は、何故に【火の審判】と呼ばれているのか?。それは魂の汚れを【業火】で焼き尽くすにあるのです。火をもって、魂の汚れを焼く。その【業火】のことを【天の岩戸開け】と呼んでいるのです。天の岩戸から【天照大御神】様が出て来るという話ではないのです。

    私は最後の審判の実行者ではありませんので、私自身もその光(火借り)の業火に焼かれてしまう者かも知れません。だが、私は自分の過去の罪から逃げる気はありませんので、最後の審判時はどの様な処分を天から受けても厭わないと覚悟はしています。

     

    全ては主(創造神)のご御心のままにです

     

    悪の亞は、主の神を【墓】に葬った者の心の意で

    創造神から見ると善悪は無いと言う論調は間違い

    創造神を認める者が善で、創造神を認めない者が悪

     

    一部の方のブログには世の大立替時に黒龍神が活動する等と書かれていますが、確かに、大本教の出口王仁三郎聖師が活動された頃は黒龍神が軍神として活動していた戦争の時代であり、黒龍神の力を必要としていた時期でもあります。それは出口王仁三郎聖師が統管となって組織された【昭和神聖会】の副頭管に内田良平(黒龍会主幹)を置いたことからも解ります。しかし、本番の時は、悔い改めない汚れの黒龍神は全て天の神軍による【成敗対象】で、みろく世に進める黒龍神等は汚れの黒龍神から脱却しない限り、一体とてみろくの世等には入れないのです。

    ただ、汚れた黒龍神で無い本物の美しい黒色の黒龍神は存在しますが、非常に次元が高い存在なので汚れの六次元黒龍神を仰いでいる段階では、その高次元の黒龍神の存在を見ることは無いなのです。

    ですから先見の目がある汚れの黒龍神達は、地底王国の建設に躍起なのです。私はこうしたことを特定の神から教えられたではありません。自分が神霊世界に関わっていて、幾多の霊能者と呼ばれる人達から得た来た情報なのです。

     

    大本教からは国常立尊(艮金神)は悪神達からその座を追われたと出されました。その座を追ったのは汚れの黒龍神等に憑依された時の神々です。艮(ウシトラ)金神の意味は、自分は強制的に悪神から退かされたの「艮」の意味です。

    その艮金神からの降りたと云う神示文に、善も悪も無いなどの内容があれば、その神示はおかしいと気づく必要があります。ほぼ、艮金神とは何の関係も無い神霊が似せた書いた文だと解って来るのです。悪(惡)の漢字を見れば、そこに本当のことが書いてあるからです。悪の亞は、主の墓を意味しているからです。そうしたことが言葉の仕組なのです。

     

    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、私に【私はこの神だけを唯一の神とする者達は永遠の神の世に救おう。永遠の嬉し嬉しの世に渡す。だが、この私を唯一なる神と認めない者達とは、永遠の別れとなる。】と告げられたのです。

    その唯一なる神の教えは、大本教神諭に【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】として、誠の者が紐解くと予告されて来たなのです。その九つ花を紐解くならば、そこにその【唯一】の意味が出て来ます。それに従えない者達とは永遠の別れなのです。

     

    悪の【亞】は主を墓に葬った者の心の意味で、何をしても神の愛で赦されますと説いているような者は一人として【みろく世】には進めないのです。

    みろく世に向かう立替とは、今の世に出ておられる神々の神力に頼るではないのです。ただ、国常立尊様に自分を使ってくださいと頼み込んで来る神霊だけは使ってもいいなのです。そうした神達だけには神界の御用をさせるなのです。

    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、全神々が束になってもこの私の神力には勝てないと告げられたのですが。それが事実であれば、どこどこの神様がと言う話ではないのです。

     

    私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫の神は【貴方は言葉の神と呼ばれる貴きお方で、貴方の言葉の教えは天帝の【詔】と同じであり、如何なる立場の神であっても貴方の言葉による教えなど聞けぬと言われるのであれば、天帝により反逆罪として処罰されると告げられたのですが、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解くならば、そうしたことも考えられると言えるでしょう。私はある意味、天下の【印籠】を見せているのです。

     

    人の魂の【核】には天帝の「直霊」が宿ります。その働きは【人の良心】を司っているとは言われていましたが、その核の火の働きを閉めてあることを【天の岩戸閉め】と言っているのであり、大本教と呼ばれる宗教が起きて来なかったならば、私を含めて何人も意味を紐解けなかったなのです。

     

    最後の審判で、主の神は【墓】を暴くとも言いますが

    各自の魂の核の中に【創造神の分魂】は宿り、主は墓から目覚める

     

    惡は主の存在を墓に葬っている間の心

    主には善悪が無いではなく、主の存在が理解出来て来ると各自の良心神に従って善悪が別れる

     

    その時に主を見る者は、永遠の神の御国へと向かう

     

    その時節は刻々と近づいて来ているとは云えるのです。私に俺の守護神も見えない様な段階で偉そうなことを言うなと方達もありますが、私はそうした霊達が誰かと見る立場の者ではありません。私は創造神と呼ばれる神だけを神としている者なのです。自分の金儲けや人気とりの為にブログ記事を書いているのではありません。一人でも早く世の立替が起きる可能性に気がついて、神の御国行きの準備をしていただきたいだけです。

     

    新しい世に向かうことに気づく人が少ないから、創造神は立替を先に先に延ばされるではありません。人々の気づきを待っていたならば何時まで経っても世の立替などは実施出来ないでしょう。永遠に不可能とも言えます。それでは時間的に地球と言う星が持ち堪えられないからとなります。この地球にそんなに時間の余裕などないことぐらい、解る者であれば身に染みて感じているはずなのです。

    そこに万物の創造神は、新しい地球に人類は移行すると告げられたのです。

     

     

     

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