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人類が神の御国に戻るには【蛇の囁き】からの離脱で、ミカエルとは【巳(蛇)帰る】とは何を意味したのか?

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    聖書では人類の【原罪】として、蛇霊の囁きに毒されて【神の御国】から追放された人類と記載されます。

    しかし、今の人類の中でどれだけの人がこの【蛇の囁き】から神の御国から追放された人類の意味を理解しているかとなりますと、皆無に近いと言えます。

     

    キリスト教は旧約聖書の人類の終わりの頃、旧約聖書の神がその御子を使わすとある存在を【ナザレのイエス】のことだと思ってしまったがあります。その予告の主の御子の出現の前には【男女二人の預言者】に神の教えを説かせるとあるのですが、それを忘れていると言えます。イエスの前に出た洗礼者ヨハネは男の預言者の役割とも言えなくもありませんが、イエスの場合はその片方の女性預言者たる存在がその周囲のどこにも出ていません。それではその資格に適合していません。

     

    著名なノストラダムスの予言に、【西洋の人がいくら待ち望んでも西洋からは現れない。東洋の「叡智」の飼い葉桶】があります。これは飼い葉桶の言葉は馬小屋の【救世主】の意味を指しているのですが、それはイエスの様な人の存在ではなくて【東洋の叡智】だと言ったのです。西洋人には解らない東洋の「叡智」に本当の「救世主」があると言えます。それは今日迄埋もれていましたがお釈迦様の本当の悟り、【人には良心と呼ばれる神が内在する。】にあったのです

     

    最後の審判は各自の【良心】神の点数次第で、その行き先が五次元と六次元とか七次元界になるなのです。

     

    イエスの様な救世主が出ると思っていた方は残念!

     

    イエスより後発のイスラム教開祖のムハンマドは、イエスは主の御子ではなくて偉大なる尊敬される神の預言者と指摘していますが、指摘そのものは当たっていたとしても、魂の格としてはムハンマドよりもイエスの方が上位だと私に旧約聖書の神と称する声は告げて来られました。私はその当時【識界】のことを何一つ知りませんでしたので、かなり消化不良を起こしていました。

    ナザレのイエスの場合、優秀な霊能者の調べでその魂はお釈迦様よりも格下であったことは解っています。次元界レベルではお釈迦様とほぼ同じと云われていますが、【識界】レベルだとお釈迦様よりも2段階ほど格下とされています。さりとて、お釈迦様でも創造神のレベルではなかったなのです。確かに、お釈迦様は創造神の存在に関しては別に説かれてはいません。一人一人が【仏陀】と成れる道を説かれたです。

     

    私達人類の目的は、追放された神の御国に帰る

     

    但し、これまでの神の国でなく、新しき神の国

     

    この人類が追放された神の御国に戻るということは、キリスト教ではイエス一人が主の神の御子で、イエスを一人を主の御子と信じる者は神の御国から追放された【原罪】が許されると説きました。しかしキリスト教の本をいくら読んでも、人類の原罪とされる【蛇の囁き】が具体的に何の意味かが説かれていません。イエス自身がその蛇の囁きの意味を理解していないのか知っていなかったとなります。おそらく知らなかったし理解もしていなかったと言えます。その証拠に、その弟子達に【蛇の様に賢くあれ】と説いているからです。

    確かにいくら【蛇】を見ていても、【蛇の囁き?】となります。キリスト教の牧師で解る者など一人も居ないでしょう。こればかりは現実世界では無く、霊的世界に入らないと意味が解りません。だが、ほとんどの人に【蛇霊】の存在など見えません。蛇霊の存在が見えているのは「霊能者」と呼ばれる一部の人達だけなのです。

     

    私はヴェーダ典に記載される。【人の中に眠るコブラ蛇が走り上がる時、その人は真理に目覚める。】の霊的体験をしたことにより、【真理】の探求に入ったしだいです。この蛇の走りとは、聖書にも仏典にも記載がありませんので、そこから真理を掴むなど大変な作業だったと言えます。

    しかし、幸いなことにこの日本では【蛇や狐】が神として奉られています。日本の神霊世界を歩いて来ると「蛇霊」だらけです。そこで厭と云うほど「蛇霊」とは何かを教えられたなのです。この日本の神霊世界に関わっていて、蛇霊の存在を知らないと云う霊能者など一人も居ないでしょう。私は蛇霊や狐霊や関わることが難しかったことから、霊能者としては失格と言われて来た者なのです。

    特に霊感スピリチュアル女子の大半の方は、その「蛇霊」の容器と化しているです。これは霊能力が無くても簡単に解るのです。日本の神智学においては【愛】ばかり言っている者は蛇霊の教えに引っ掛かった者とするほどだからです。

     

    日本のスピリチュアル女子は、神の愛で何をしても赦されます。時には、神は父ですから我が子を叱りません。父なる神とは【厳】霊神であることすら理解していないなのです。それが教えの基本ですから、蛇霊の教えに毒されていると簡単に解ります。蛇霊は奇跡、奇跡で来ますので、どうしても人は【奇跡力】の前に道理よりも奇跡に溺れてしまいます。いくら正神に奇跡無しと言っても通用しないのです。

    それらは【カルマ】を何一つ直視して来なかったことから起きて来ます。何をしても神の愛で赦されているのであれば、そもそも【カルマ】は存在していないことになります。そうしたスピリチュアル女子は、カルマも理解せず。悔い改めるも言いません。それでは神の御国には戻れないのです。

     

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、【そなたが歩く道は、そなた以外に歩んだ者が一人もいない道であり。そなたが歩く道は、そなたと同じ道を歩く者は二度と出ない。そなたを持ってその道は終わる。】と告げられたのです。その道は、大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(秘密)】と予告された事柄の紐解きでした。

     

    長い年月。カルマの法則により人類が体験して来た【輪廻転生】が間もなく終わります。大本教から出された【人は神の子・神の宮】であり。大本教神諭の【人には神とも成れる魂を与えてあるにも関わらず。】の魂の存在。日本神道で言う魂の【直霊(天帝の分魂)】の存在により、この世の幕は降ろされて、人類はやっと神の御国に戻ることになります。

    ただ、その神の御国とは旧来の神の御国ではなく、新たな永遠の【みろく(五六七)】の世なのです。

     

    為に、悔い改めなかった蛇霊は天から成敗される

     

    私の以前のブログに【人の魂を食い破る蛇霊】の記事を書きましたが、単に蛇霊が憑依している程度の魂であれば強烈な【大祓い】によって魂から蛇霊も剥がされて行くでしょうが、蛇霊に食い破られて人の魂と同化している場合は、【悔い改めて】自己の魂から邪心を取り除かないと行けなくなります。

    邪神達は創造神は人類に対してそんな強硬なことはしないであろうと見ています。為に危機意識は何一つも持っていません。絶対に最後の審判は起きえないの判断です。そこに蛇霊に犯されたスピリチュアルは、【神は愛だから何をしても赦されます。】と説きまくるのです。

     

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたにはこの神の力を与えない。】と告げられている者なので、何の神力もありません。また、肉体の私を使おうとする神霊があったとしても、私の背後の力がそれを許しませんでした。

    私が持った霊能力とは、【言葉の仕組】を解読する為に必要な事柄に関してだけの霊能力でした。言葉の仕組は解読出来たとしても、出口王仁三郎聖師の様な予言能力も付与されませんでした。ですから私は予言者でもなければ霊能者でも無く、言葉の仕組の解説者という中途半端な役の者です。

    だが、言葉の仕組から解って来たことはあります。西暦2019年は人類の路線が二つに別れる手前の年です。一つの路線は永遠の神の御国に渡る人達の路線。もう一つの路線は現状では神の御国(みろくの世)には行けない人達です。ただ、これから来るであろう立替の大嵐【大祓い】によっては、神の御国(みろくの世)行きの路線に切り替わる人も出るのです。現状では一応路線別の区分けはほぼ終了していると考えられます。厳密には2020年の節分迄とはなりますが、それは僅かな方だけでしょう。もう大半の魂の審査は終わっていて、次の【大祓い】次第でどう転ぶかです。

     

    私も幾度か生まれ変わってこの世に出て来ていますが、今生の役割は大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸(火水)】の紐解きでしたが、それは朝鮮に残されていた最後の審判前、救世の為に【米】一字の教えが起きる。その教えに従った者達の上には天罰は降りないが、そうでなかった者達の上には天罰が降りるとありまして、大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸」がその【米】一字の型となっていました。

    しかし、【米】教と言っても、私の名を利用して自分が高い者だと他人に思わせる行為をされた方もありました。私が一言も言っていない事柄を言って、自分が霊界で高い者だと他人に信じ込ませるです。私が旧約聖書の神と称する声から告げられたのは、【今の世は社会の底辺で、何事も今生の名前をもって為しなさいです。過去の自分は何々であった等、そんなことはしてはいけない。】なのです。

     

    そうした事例が大本教の出口なお開祖です。艮金神が直接に懸かるまでは神代の時代は高き魂の方であったが天則違反で落とされて、この世に出る都度この世の地獄の悲惨な人生であったなのです。私は大本教出口なお開祖と同様に、神代の時代は高貴な魂であっても今はこの世の地獄界に落とされている魂の方を幾人も見て来ました。 神代の時代、過去がどれほど高い神の魂であったとしても、神界で罪を創って一度地獄界に墜ちてしまえば「タダの人」です。地獄界の魂なのです。一介の人として苦労を積んで来なければ、その罪など精算されません。それを自分は神代の時代は神であった等と誇ったら、もう地獄から抜けられないとなります。

    【米】教は言葉の仕組なので私が世に発表すれば、それは誰が説いても構わないものとなります。しかしながら、自分では神の御用をしているつもりでも、自分を高い魂の者だと思わせる為に中味を共わない口先の【米】教を言えば、それは言葉の仕組を創られた神への冒涜となります。それは神を利用して、自分を誇る大罪者になってしまいます。

     

    大本教神諭は【米】教の仕組のことを、【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】と予告して、【誠】で無い者にはそのお世話が出来ないと予告しました。この【誠】とはその言葉の仕組を知って、世に告げて、自分が偉い者だとする為に使えばモウ【誠】の者ではないのです。

    【米】教の意味は、どれだけ自分の過去世の罪落としをして来たかなのです。自分がこの世の地獄に落とされているのは自分の過去世に罪があり。他人に自分の過去世が誰であったとか誇ることではないのです。

     

    世紀の大予言者だったと言える大本教の出口王仁三郎聖師は、西洋で言う天使長ミカエルなどは存在していない。ミカエルとは【省みる】の意味だと説いておられますが、自分を悔い改めて反省しない者などいくら神の宣伝マンを「自任」したところで、そんな者にこの神の宣伝など命じた覚えはないと言われてしまうでしょう。

     

    人は自分を【偉い】と思うと、【違う】道を行きます

     

    そうした神の名を利用して自分は【偉い】者だとか、【特別の者】と思わせて威張ろうとすると【虎の威を借る狐】ではなくて、【蛇霊】がどんどん寄って来ます。自分で気づかない間にその周囲は【蛇霊】だらけとなるのです。それでは神の御国に戻ることは不可能と言えます。

    正しい霊能者の間では、蛇霊は【怨念。妬み。恨み。執着。未練。権勢欲。金銭欲。】等から蛇霊化することは知られていますが、他に【色情や虚栄心】も蛇霊化することが知られています。

     

    特に神の名を利用して、自分を誇る虚栄心は許されない

     

    神が地獄に降ろした一本の蜘蛛の糸すら切ってしまう

     

    西洋で言う天使長ミカエルとは、巳(蛇)を帰らせる意味でした。蛇と共に神の御国から追放された人類。蛇を帰らせないで神の御国に入れるはずなどないのです。

     

    私の一つの任務は、朝鮮に残されていた最後の審判前。救世の為に【米】一字の教えが起きる。その教えに従った者達の上には天罰は降りない。それが大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】でしたので、これまで長々と説いて来ました。しかし、みろく世行きの魂とそうでない魂との路線判定がほぼ終わったと思われるので、今年度末をもちまして【米】教に関しては終わりとさせていただきます。

     

     

     

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