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自己の魂の根元を探るのと肉体のルーツを探るのとは真逆の仕組

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    最近、NHKのテレビ放送では大変な費用をかけて有名な芸能人さんの先祖ルーツを辿る番組が放映されています。自分の肉体のルーツを知るというのは由緒正しき家筋に生まれた者でなければ、自分の肉体の先祖を探るのは容易ではありません。

     

    日本の仏教ではほとんどの宗派で【先祖霊供養】を説きます。それは御先祖霊は霊界に居られるとするからです。ただ、日本仏教の一宗派に関しましては、死後の世界など無い。人は死ねば土に還るだけだと「公言」しておられます。この宗派は大宗教でありながら日本仏教会に所属されていませんので、死後の世界でどこに行かれようが勝手にしなさいです。人は土に還るだけならば先祖霊供養は要らないことになり、その宗派の信徒の家系の御先祖霊達は供養されていない霊ともなります。魂は【輪廻転生】で新しい人生を歩むのではなく、土に還ると言い張るならば土に還りなさいとなります。

     

    先祖供養が必要か不必要かは、その人の生前の神仏信心如何

     

    私の大叔父は生前は非常に信仰深い方で、地元の氏神様に石の鳥居を寄付していました。別に大金持ちではなく、生活は質素でした。質素な生活で貯めたお金で地元の氏神様に石の鳥居を寄付したです。その大叔父が死後にどの様な世界に行ったのか?。その地元の神社を管轄している神霊に問い合わせたところ、自分などには解らない高い霊界に行かれましてので解りませんと言う返事でした。そこで大叔父を呼んでもらったところ、三途の川を【龍船】で渡ったと言います。

    私は豊受姫が朱色を基本とした色彩豊かな塗装された【龍船】に乗っておられる姿を見ておりますので、そうした【龍船】が差し回されたとみています。通常の三途川の渡し舟ではなかったと言えます。それは地元の氏神様に対してでも、神霊世界に対して多大な貢献をしたからと言えます。 ただ、神社仏閣に多大な寄進をしたから天国界ではないのです。何度か述べましたが【地獄の沙汰も金次第】にある、自分の財を氏神様に寄進。社会福祉団体や慈善団体に寄進。そうした行為が自己の【カルマ】の解消につながり、その大叔父はその人生において多くの人を助ける【世根】の働きもしていたからです。非常に弱者に対する面倒見がよかったのです。そして正義の人でした。

     

    お題目信仰ではなく、多くの人に喜ばれることの神信心

     

    私の家系は祖父が養子で、どこから養子で来たのか教えて貰いましたが、その家系との付き合いがまったくありませんので肉体の先祖の出所はよく解りません。ただ祖父の養子先たる今の家系は私が霊能者に調べて貰って五代前の先祖霊さんは日蓮聖人の御分霊であり、祖父の養子先の家系そのものが国常立尊様の霊系を守る為の家系であると解ったしだいです。

    私は子供の頃、私はこの家系に預けられる形で生まれて来たと感じていましたが、まさかそんな家系とは思ってもいませんでした。この家系から出ることそのものが【神仕組】と言えます。私の家の神棚と仏壇を見た霊能者が、ここは神棚よりも仏壇の方が遙かに強いと言われるのもその為です。豊受姫ですら、その仏壇に向かって挨拶をされたほどだからです。

    私が神霊界に修業に入った頃、その当時に私の前に出て来られるのは日蓮聖人で、どうして日蓮聖人が私の前に出て来られるのか意味がまったく掴めない状態でした。私は曹洞宗の家系なのに仏壇に白蓮の花が咲く映像や金文字で【南無妙法蓮華経】と点滅するなど、意味が解らない私を大弱りさせたなのです。

     

    霊能者は、先祖霊供養は【五代前まで】と言う方が多い

     

    何故かと言うと、ほとんどは輪廻転生で生まれ変わる 

     

    私の前に出て来られた日蓮聖人の本体霊は【生まれ変わらず】に、その御分霊を私の家系に出された。その御分霊は私の家系の五代前守護霊として私の副守護神格で私を守ってくれていました。祖父の養子先の御先祖霊は役目を終えると日蓮聖人の魂に合体されるとなります。そこに本霊と分霊の違いはあります。

    霊的な世界が告げる先祖供養としては、基本的に自分が名乗る【姓名】の五代前での御先祖霊供養が言われるのですが、それ以前の霊で神界の御用に就いていない様な場合はほとんど生まれ変わることで存在しないとされているからですが、生まれ変わるのが早い方は即座に生まれ変わりますので、その先祖霊の数も減るとなります。更に先祖霊も神上がり(天国天人)された様な存在はその家系から離れてしまわれますので、直系筋だけで言うと全ての直系御先祖霊が中有界や地獄界に在るではないのでそれらの霊も供養する必要はないわけです。

    私の肉体の父親は死の前に、天馬に引かれた馬車のお迎えがあり。天国界に旅立つたことは解っていましたが、肉体の母も死ぬ間際に本守護神が誰かと解り、その本守護神の元にと帰りました。一応、父や母霊に対しては何の心配もありません。

     

    しかしながら、自分の肉体のルーツと成る先祖霊は苗字を呼称する直系だけではありません。母方などの筋は解らないが起きて来ますが、自分の肉体のルーツから言うと【62人】の肉体の【遺伝子】が自分の肉体には流れているのです。その霊を供養する家筋が絶えたとしても、その霊にとっては各自は【子孫】なのです。すると、苦しい時はその子孫に懸かって来てもおかしくないのです。

    霊能者と呼ばれる方達でもスピリュアルと違い【本守護神】【正守護神】【副守護神】を言われる方達は、副守護神は自分の家系の四代前か五代前の御先祖霊と言われる方達があります。四代前で十六体。五代前で三十二体。合計で四十八体の御先祖霊のどなたかの場合が多いなのです。

    だが副守護神は必ずしも自分の家系の御先祖霊だけではなく、自分の魂の前世霊が地獄界に墜ちていて、それが自分に関わって来る場合もあるなのです。この場合はその魂自身が生まれ変わるのではなくて、自己の分霊を出しているので霊界における魂の説明はかなり難しく、かなり賢明な理解力を持った方で無いといくら聞かされても理解が出来ないとなります。

     

     

     

    自分の肉体の御先祖霊が中有界や地獄界に存在していれば、そのカルマは子孫たる肉体にも影響する。

     

    自分は分家だから先祖霊供養の必要が無いは大間違い

     

    私は神霊世界の修行を稲荷大神たる豊受姫の元で積んで来ましたが、その豊受姫は【先祖霊供養は神の管轄には非ず。坊主に頼め。】と言っておられましたが、日本の神道系においては先祖霊の面倒までは見ていないなのです。

    旧来の日本神道では人の死者は汚れた者とされ、その遺族は一年間は【喪】に服すです。遺族は別途にお祓いを受けた後でないと神社には拝していけないとなっています。ただ、そうしたことを知る人は今では皆無ですが、きちんと作法を守っておられる方もあります。

    現在の熊野本宮の宮司は元綾部藩主であった【九鬼氏】がされておりますが、その先代宮司が亡くなられた時には神式ではなくて、綾部の九鬼藩の菩提寺で葬儀がなされます。それは旧来の日本神道の神社の宮司でも、ほとんどが【仏式】で葬儀をされます。旧来の日本神道は人間の死者は【汚れた者】としているからです。

    しかし、新神道が起きてからはそうした新神道各派は【神式】で葬式を執り行うようになりました。人は死ねば【神上がり】をするです。実際問題として死者は【汚れた者】だから神上がりが出来ないではないのです。霊界と呼ばれる存在から見た時、神式だとか仏式だとかキリスト教式など何の関係もないからです。

    キリスト教のイエスを主の一人御子だと信じていない異教徒は地獄に墜ちるなど、どこにも存在しないからです。キリスト教徒で亡者となっている様な霊でも、仏教の【般若心経】の御経できちんと霊界に送れるなのです。

     

    先祖霊供養とは、自分がお世話になった家系に恩礼

     

    もし、自分がこの世に人として出て来ることを受け入れてくれる家筋がなければ、自分はこの世に人として出るのではなくて、犬や猫や牛や豚等に生まれ変わっていなければならなかったのかも知れないのです。多くの人は仏教で【転生】が説かれていても、その実体を知ることはないのです。

    自分を生んだ両親は自分を虐待したなどがありますが、そこにはその魂が【カルマ】を背負っていたもあります。特に神代の時代と呼ばれる時に罪を犯した魂は、仏教で説かれる【因果応報】により、この世の地獄に置かれることもあるのです。ただそうしたことは一つ一つの魂を霊的精査をしないと解らないのです。私は宗教家ではなくて霊界見聞者であったが故に、そうした事例の数々を見て来たのです。あまりのその酷さにヘドを吐いたこともあります。

    ただ、そうした「因果応報」を言われた僧侶の方が世間から袋叩きに出会われたように、この世と霊界の関係が世間的にはほとんど知られていないなのです。

     

    人は罪を犯した時、後世でどれほど過酷な状態に置かれるか

     

    今日では日本の新神道系も【先祖霊供養】を説きますが、新神道系の全ての教団ではありませんが【神人合一】を説きます。人は全て魂を持ちますが、その魂とは【本守護神】【正守護神】の段階から分派されたものだからです。

    確かに、宇宙の始めには【唯一神】だけがあり、全て生命がある物は全てその創造神たる【唯一神】から別れて来たということは確かなのです。最初は【唯一神】だけであったとしても、あらゆる物が生み出される過程において、多くの魂が分派されて来た。人が増えるにつれて、また魂も分派増殖して来たと言えます。

    その分派の過程には【段階】があり、そこに【本守護神】【正守護神】という【高次元界の魂】。すなわちこの世に肉体を持っている人達の【魂の先祖】が説かれたのです。

     

    この【本守護神】【正守護神】を理解するには、スピリチュアル界の大御所たる霊能者江原啓之さんや美輪明宏さんが言っておられる【コップ一杯の水とスポイトの一滴】論だけでは理解出来ないのです。

    唯一なる神から魂が分派されて行った過程は図式すると大変な作業になりますので、大本教の霊界物語の中に記載されている図式をコピーで利用させて貰います。

     

    図の出典元(大本教霊界物語から)

     

     

    この図は魂は日本神道系で説く【一霊四魂】に基づいて「四分割」されて魂が増えて来たことを意味します。4、16、64、256、1024、4096、16384、65536・・・・ですが、全ての魂がそうした規則正しく分割されたではないのです。中には消滅して分派しなかった魂も、その分派活動があまりなかった魂も存在するでしょう。ただ、現在の人類に応じた魂の数に成るには、何世代もの魂の分派があったなのです。

    その魂の中で創造神と呼ばれる魂を持った存在に近い魂が新日本神道系では【本守護神】と呼ばれ、神霊界において【神と呼ばれる】次元に自己の魂の先祖とも言える【正守護神】が存在して来るなのです。それが自己の魂における【先祖魂】と言えます。

     

    内在神とは、自己の魂を生んだ先祖魂

     

    人の魂は、自己の魂の先祖魂にと向かう

     

    単に【輪廻転生】だけだと、自分が高次元の魂から分派された魂で魂のルーツたる親元に帰る為に【魂の修行】をしていることが解らないのです。

    自分が信仰する御神霊が、自分の高次元の魂であるということは出て来ます。その魂が分派により出た魂で、【自己の神性に目覚めた】時などです。私は子供の頃、人は自分の前世を知らず。前世の自分が神として祭られていることを知らずに、その自分の前世を神として崇拝することが起きると告げられたのです。

     

    魂は魂の分派活動により、次元と呼ばれる世界に存在する

     

    巷には自分の前世は釈尊であったとか、イエスであったとか名乗る人は数知れずあります。中には自分の前世はお釈迦様でありイエスでありモーゼであったと欲張ったことを言われる方もありますが、全てその証拠が出せていないなのです。

     

    しかし多くの信仰形態は誰かを拝めばその拝んだ存在が助けてくれるの【他力信仰】であり、お釈迦様の原点の教えは自分の魂の本源たる魂に戻る【自らが仏陀】を目指すだったのですが、それを自分だけが助かればいいの【小乗の教え】と勘違いした【大乗の教え】によって、仏教の教えも変節して違う教えが加味されて、それがお釈迦様の教えだとされて来たと言えます。

    ですからそこにお釈迦様の教えは【みろく】でないと解らないと仕組まれたことであって、【マイトレーヤ】の名では紐解けないようになっていたと言えます。

     

    以前に出した図ですが

     

    自分の魂と正守護神の魂と本守護神の魂は大きさが違う

     

     

     

    私の魂の正守護神は、肉体の私の魂から言うと立法的には6万倍以上の大きさを持ちます。神社に鎮まっている多くの御神霊よりも大きいと言えるでしょう。それより上の次元にはその何万倍の大きさの魂の存在があり、更にその上の次元にはさらに何万倍もの大きさの魂が存在して来ます。

    人は一人一人が創造神だと絶叫される方がありますが、私達の肉体にある様な小さな魂では、宇宙創造など出来ないなのです。創造神と呼ばれる神の段階だと桁違いの大きさの魂となるのです。ただ私達の魂の中にある【核】には創造神が存在するなのです。

     

    肉体の私はそれらの魂からすると、いと小さき魂

    いと小さき者の意味は魂からの観点なのです。

     

    霊能者の方達からは、貴方の本守護神は【国常立尊】様だと告げられて来ましたが、肉体の私の魂は本守護神から見ると砂浜の一粒の砂的な様なものなのです。その段階から【上の存在】に向かって走っているなのです。

    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、【そなたを一番下の段階からスタートとさせる。】と告げられました。それは自分が末端の魂と出された者であっても、この世の修業次第でいくらでも上の神の世界に上がれるなのです。自分は末端の魂だと、何も【卑下】する必要はないわけです。

    それを端的に教えてくれたのが、大本教の魂の分派図と言えます。

     

    自分が如何なる本守護神の系列から出た魂だと解らずとも

    この世で努力した魂は自己の本守護神にと向かう

     

    神様、神様と言っていれば高い世界に戻れるではないのです。

     

    大本教からこうした内容が発表される以前の宗教では、【魂(鬼が云う)論】がまったく解っていませんでした。そこに大本教から【牛虎(牛頭虎パンツ)金神】が出されたことにより、こうした神仕組は【日本語】で紐解けるとなっていたのです。

     

    大本教神諭に、世の立替で【あんな者がこんな者になった。】等がありますが、多くの人は自己の「本守護神」がどなたなのか知ることはありません。しかし、自分の魂がこの世の努力や修業で高次元段階に入ったならば、そうした本守護神の様な者になるということなのです。その段階の地位に相応しい者となるなのです。

     

     

     

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