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新型肺炎は地獄の釜の蓋開けで神のお試しか?。末の世から【松の世】に向かう【にがよもぎ?】

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    私は霊能者でも予言者でもなく、言葉による【神仕組】の解説をさせて貰っています。ただ、その言葉の【神仕組】の解読の為に降りて来る霊的【映像】や【霊示】があります。

     

    そうした【霊示】や【映像】に絶対性はありませんが

    されど、それを全面否定も難しいのです。一定の条件が整えばそれらが起きる可能性があるのです。そうした証拠として、大本教の出口王仁三郎聖師が発せられた予言の多くは的中して来ました。それらの多くは世界大戦や新兵器の登場。世界的な出来事の的中です。関東大震災もありました。それらの予言は個人の幸せを占うスピリチュアル的なレベルではありませんでした。

     

    いったい誰が自分にそうした霊示や映像を見せて来るのか?。そこには常に【真偽】の問題が発生します。通常は自分を守護しているところの霊がそうしたものを吟味して、危ないと思う映像などは遮断してくれています。しかし、自分の守護霊が判断を間違えると、私も霊界からのニセ情報を掴まされるなのです。その背後には霊的世界の戦争があります。

    ただ、言葉の仕組とは日本の神社等に鎮座されている御神霊の段階では組み立てることなどは出来る代物でないことぐらいは、少々頭があれば解ることです。自分には何百万もの黒龍神が従っていると豪語される方もありますが、黒龍神が何百万何千万何億霊と従っていても言葉の仕組は出来ることではありません。そこには想像を絶する神が存在していないと無理なのです。英語やヘブライ語と違って、日本語は漢字を使って言霊と数霊で縦に横にと言葉を多岐に展開させる仕組が織ってあるからです。

    大本教の出口王仁三郎聖師が言われた【神の九十九織り。出来上がった織り物を見ないと解らない。】なのです。

     

    単に霊が見える程度だけでは、その霊が送って来る霊界情報が正しいのかどうかが解りません。そこにその人の【守護神】の格式が問われているのです。スピリチュアルでいくら霊が見えても、その方を守護する霊の段階が副守護神格の低い霊ともなれば、低級霊界だけとの交信となり。ニセ情報を掴まされるなのです。

    自分には霊が見える。その霊は自分が高い神霊の様に思わせる。その霊の言葉を頭から信じる。そこにその人が自分は神から選ばれた特別に偉い者だとか霊界では身分が高い者だとかの奢りや高ぶりがあれば、簡単に邪霊にやられてしまうなのです。もしも自分を高い守護霊が守っていると、自分が偉ぶったりするとそれを叱るはずなのです。

     

    私が子供の頃に臨んで来た旧約聖書の神と称する声は、【神が人間に直接情報を伝えると、その情報は霊界に漏れてしまう。霊界にはそうした霊界情報を見張っている霊達がいる。彼らは自分が高い霊と見せる為に、それらの情報を利用する。為に本当の事と嘘の事を織り交ぜて降ろす。どれが本当の情報なのかを解らせないようにする為である。そうしないと邪神達が一早く霊界情報を得て利用する。為に時には「暗号」化して降ろす。その「暗号」を読み解く力が必要である。】と告げられたしだいです。

    また、私が玉置山に参拝した時、私の守護神の一角でもある【豊川稲荷神】が出て来られて、【神の世界が見せる物には真実と嘘がある。どれが真実で、どれが嘘か。それを見抜くのが自分の力量である。神が出した嘘を頭から信じても神の責任ではない。】とも告げられていましたので、神霊の言葉に欺された者が悪いで、私は霊的世界から降りて来る物は全て【真実】との立場はとっていません。真実を見つける作業をするだけです。

    私の最初の師匠は豊受姫のお代で、その脇神に豊川稲荷神が就いておられました。この豊受・豊川の並びは私の指導神でもあったのです。それは偶然でなく、その師匠の元に導かれるように行ったのも神仕組と言えます。その最初の師匠は、【豊川神が言われる言葉の内容は「起承転結」で、最初に出された言葉を信じて行くと嘘になるけれども、最後(結び)には辻褄が合う。だが、その間の振り回しがきつい。】と言っておりました。神様の言葉とて頭から信じるなです。

     

    神霊の振り回しを体験しないスピリチュアルではダメ

     

    私は神霊界で神々の【嘘】を体験して来ましたが、それ自体は大本教神諭にウシトラ金神の言葉として、【この神が神々を誑かして使っている。】とあるように、大元から発せられる【嘘】があるので、神霊が出す言葉に絶対はないのです。実際にどんなに優秀な霊能者に降りるお告げも100%当たるはありません。必ず外れを出します。

     

    私はそうしたことから

    嘘の皮を叩いて、誠の骨にせよの諺に従った

     

    私の言葉による神仕組の解読は常人には無理だと言われていますが、霊が出す言葉の嘘を【叩いて】来たのです。決して頭から霊の言葉を信じない。嘘ではないかと吟味しているのです。

     

    私は【西暦2020年】当初に、人類は大峠(上下に分かれるだけでなく左右の分かれ)に入ったと霊示を受けたのですが、そうした中で【地獄の釜の蓋開け(パンドラの箱開け)】が出て来ました。それは【大地に眠っていた】災いの種や菌の発動でもあり、人類にとって決してよくない事象と言えます。西洋の聖書風に言えば、【天使が終わりの時のラッパを吹いた】なのです。

     

    今、中国の【武漢】から発生した新型コロナが猛威を振るっています。私はそれが【武漢】から起きたと知った時、これはただ事では無いと感じました。

     

    武漢=艱難辛苦の武力の始め

     

    武の漢字は戈と足で歩兵の戦いの意味ですが、同様の戈を使う漢字に【弐(貳)】があります。これは【二つに分ける】なのです。それは単なる武力の行使ではなく、神が【二つに分ける為】なのです。信に背くことを【貳心】と言います。二心と書くと意味が解らなくなるのです。

     

    そうした中で、私に発信者が誰か解らない霊示が降りて来ました。霊示の発信者が解らないので頭から信じるではありませんが、それは【武漢で始まった新型コロナウィルスはヨハネの黙示録の「にがよもぎ」に通じる。】です。

    ヨハネの黙示録にある【にがよもぎ】とは、松明の様に燃えさかる星のことで彗星(箒の掃除星)の星とされます。この地球に彗星たる流れ星が墜ちて、その彗星が運んだ【菌】が万物の源にもなったとする説もあります。確かに人間の体内には多くの菌の作用によって菌に生かされているのは事実と言えます。しかし、そうした彗星と呼ばれる星に「にがよもぎ」と呼ばれているような彗星が墜ちた報告は未だありません。この「にがよもぎ」は何を予告したのものか?。私に出来ることは言葉の解釈だけです。

     

    にがよもぎ(苦艾)の【艾】?

     

    【艾】には草の【刈り取り】の意味があります。乂に刀で【刈】なのです。この草は何の草かと言いますと日本神道で人民のことを【青人草】と言いますが、実った【米や麦】以外の草です。私は神の言葉の仕組として【米】一字の型で教えを説いて来ましたが、旧約聖書などは【麦】として実った者を刈り取る教えです。そうした米や麦として実った者達を刈り入れて、永遠の【神の御国(みろくの世)】に連れて行くのが創造神の秘密の計画と言えます。これは大本教神諭に【神も人民も知ったことではない。】とある様にウシトラ金神国常立尊の遠大なる計画なのです。世に出ておられる神々も知らぬ計画と言えます。

    私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声が臨んでいましたが、その声は【この神の舞台の計画の筋書きは、世に出ておられる神々や人民が知ることではない。この神だけが筋書きを知っている。】と、大本教神諭と同様のことを告げられました。その【艾】の別字は【蓬】で、逢うなのです。

     

    にがよもぎとは、【苦に逢(蓬)】時です 

     

    その少し前、私に【七のゾロ目の時、男と女の神の間に橋が架かり出会う】 という不思議な霊示がありました。

    それは7月7日の七夕の意味で、琴座のベガ(織姫)と鷲座のアルタイル(牽牛星・彦星)が【天ノ川】に橋を架けるという意味のものです。七夕は【星祭り】としても知られています。

    日本の丹後地方における豊受姫伝説では、その織姫は【豊受姫】ともして来ました。天津羽衣も取られて天に帰れなくなったので丹後地方で絹織物や酒造りの手ほどきした。その後、泣き泣き鎮座したのが丹後の宮津の元伊勢の籠神社の伝説です。その相手の牽牛とは宇志採羅(牛虎)の【牛(宇志)を牽引】する者です。

    この意味は何だろうかと考えますと、今の世は【七の世】と呼ばれます。聖書では神は【七日】でこの世を創られた。日本神道では【神代七代】と言うように、今の世は七度目の世なのです。

    大本教神諭には【艮金神はダルマ大師】として現れたがありますが、これはダルマ(真理)の【七転び八起】で、次に来るのが永遠(∞)の【八の世】なのです。この八の世を【末広がり】とも言います。大本教神諭に予告された今の世の【末(まつ)】から【松の世】に入るなのです。

     

    再度、武漢の【漢】の字を見ますと、漢には【天ノ川・銀河】の意味がありました。この【漢】の字の右側は漢字の部首としては成り立っていませんので、意味が解らないがあります。漢字書では【日照りの時の雨乞い】の意味とされています。そこから【嘆き】や【難】で解る様に【苦しみ】の時を意味します。

     

    このコロナ騒動で、かなり人間の一人一人の本性が露わになってきました。自分が罹患者と疑われた時、隔離されたら人権侵害だと食って掛かって文句ばかりを言う自己中心主義者の為に、自殺に追い込まれた世話係の役人もいます。陽性反応が出たのに家で待機を言われても、菌をばら撒いてやると飲食店に入った者。コロナ菌とは何の関係も無いのに、トイレットペーパーが無くなるとSNS上でデマをばら撒いて拡散させた者達。そのデマに踊らされて見事に店頭からトイレットペーパーが消えてしまいました。マスクは通常の紙製品ではないことから、トイレットペーパーには関係しません。少々頭があればデマだと解ることです。

    だが、そうしたデマに踊らされる人が大多数であれば、いくらデマですと言ってもその流れを変えることは出来なくなるなのです。デマは【出魔】であり、一歩踏みとどまって考えれば解ることでも仏教で説かれる三毒の【貪・瞋・癡】に犯されているからです。

     

    神から見た時、新しい世に行く人とそうでない人の顕れ

     

    その後、別の霊示が降りて来ました。これも発信者は不明ですので別に信じる必要も無いでしょうが。 その内容は、武漢から起きた新型コロナウィルスは、【高松の者はその病には罹らない】というものでした。これは前段に書いた【末(まつ)】の世から【松の世】に入るの松のことで、その【松】が高い者はコロナウイルス菌などには【罹患】しないという意味の霊示です。すると、武漢で発生した新型コロナウィルスは神が起こされたものかとなります。

    ヨハネの黙示録とは、私は【新しい地球を見た】の内容と、ニガヨモギの苦難が人類に襲いかかる【天使のラッパ吹き鳴らされた時】がそれなりの意味を持ちます。一方、このニガヨモギとはアマゾーン女人族が崇拝していた【アルテミス(月の女神・大母神)】に捧げられた媚薬とも言われています。

     

    武漢から起きた【新型コロナウィルス菌】に関しては、いろんな説が起きています。当然、なんでもかんでも【謀略説】を流したい方は謀略説です。誰もそれが【神の試し】等とは考えていません。ヨハネの黙示録には終わりの時には、人類に艱難辛苦の時が来るとありますが、そんなことは誰も信じないからです。

    私は豊受姫から【人類は一人もこの地球には残らない。全員が霊界に渡る。】と、【立替の大嵐】を告げられていますので、その言葉を信じる信じないではなく、霊界の存在を鑑みて魂の存在が解り、そうしたことが何時起きてもよいように常に旅立ちの【心の準備】はして来ました。その後に【嬉し。嬉しの永遠のみろくの世】が来ると言葉の仕組から推察が出来たからです。

     

    今回の武漢から発生した新型コロナウイルスにはこれまで発生したウイルス菌には無い特徴があります。通常のウイルス菌は一度罹患すると人の体内には【抗体】が造られて2度目の罹患がないのですが、今回のコロナウイルス菌に関しては一度罹患しても、またもや罹患するが起きています。人の肉体に【抗体】が造られていないなのです。

    そのコロナウイルス菌に罹患しないと出た【高い松の者】とは何を指すかです。

     

    高い【松】の者とは、高い【公】の心を持つ者

     

    自己保身とか自己本位、自己中心的な生き方をした者でなく、私心を捨てて【公】を大切に生きて来た人達のことです。私が説いている【良心神】とは、そうした【松の公の心】のことであり、そうした【公の心】の人達は私が別に【良心神】を説かなくても、自己の【良心】に従って常に行動されています。魂の点数そのものが高いと言えます。

     

    今回のコロナウイルス騒動で、【人の本性】が露わに出る 

     

    ドラッグストアの店員さんSNSの投稿にあるように、自分がマスクを手に入れたいと普段は善人だと思っていた人が鬼となっている。人は命の瀬戸際と思う時になると、その本性を露呈して来ます。ほとんどの人は誰も魂の修業の為にこの世に出ているとは認識していません。本籍地は霊界。魂の修業期間の現住所はこの世だと認識が出来ていないからです。

    私はこれまで人の世は終わり。人類は新しい永遠の【みろくの世】に向かいますよと説いて来ました。為に、創造神が用意された【新地球】と、それに関わる仕組を説いて来たのです。だが、その前に訪れる艱難辛苦の時は、各自の魂の本性を知る為に神からの【試し】の期間として、かなりの年月を要します。明日や明後日に神の最後の審判が起きるではありません。今は神から自分が【試される】期間と認識する必要があります。

     

    大本教神諭予告の【松】とは、高い【公】心の者

    自己の私欲から離れている者達です。

     

    大本教神諭予告、末(まつ)から【松の世】に入る

     

    この【松】には【高松】と【中松】と【平松】があります。その【松】の中でも【高松】の者達だけは新型コロナウイルには罹患しないという意味のようです。しかし、今の世の人達の中で【高い松】の人がどれだけ居るのかとなります、僅かでしょう。その意味では特段の神示とは言えません。

    これもどなたか解りかねますが、私に降りた霊示に、【今の世に誠の者は万人に一人と心得よ。】がありましたが、その【誠の者】が【高い松】の方達なのでしょう。

     

    みろく世は私欲心を捨てた公人ばかりの【松の世】となる 

     

    この世の末(まつ)から、【にがよもぎ(苦艾)】なのです

     

    で、その【にがよもぎ】で示される漢字を見ると主に二つあるわけです。 苦艾の【艾】は、植物のヨモギ以外に【刈る・刈り入れ】【鎌・草を刈る道具】【治める】があります。スピリチュアルでは無い日本神道系の霊能者であれば、この神の【鎌】が私達が普段草刈りに使っている鎌では無い形の鎌形であることは知っておられます。草刈り機の円盤形の鋸の様な鎌形です。なぎ倒して行くです。

     

    いよいよ実った青人草達の刈り入れ時に差し掛かった 

     

    苦蓬の【蓬】の【逢】であれば、それは【天の神】の天下りの時期なのです。

     

     

     

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