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霊学癸供,澆蹐世は水晶魂の者ばかりなれども、今の世は人の顔をしていてもその魂は獣たち

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    スピリチュアル標榜者の方達の中には、良心は呵責が重たいから捨てましょう。魂磨きは辛いから止めましょう。神は愛だから何をしても赦されます。そうしたことを説く方達が多数居られます。それがスピリチュアルでは主流と言えます。

    お釈迦様の本当の悟りは【悪魔は実体を持たない表れであり、人は良心と呼ばれる神が内在する。】だったのですが、仏教からもその悟りがすっかり忘れられていました。為にスピリチュアルでは【良心神】は理解出来ないものの一つと言えます。

    お釈迦様の教えから【人に内在する良心神】が消えて行ったように、スピリチュアルだ!。スピリチュアルだ!。そうした連呼者たる人達にいくら【人に内在する良心神】を説いても、それは虚しい教えになります。

     

    私は大本教神諭予告。【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】で、そこから【五六億七千万】の数字の導きによるお釈迦様の本当の悟りを知る【みろく(三六九)】の言霊の仕組を理解したのですが、私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【私はそなたが本当は誰なのか?。神々にも解らないようにしておく。無論、そなたも自分が何者かを知らない。為に、そなたにはこの神の力を何も与えない。ただ、そなたの教えに従った者達だけはこの神が助ける。】で、言葉の仕組の解読だけでやって来ました。しかし何の力も持たないということは、言葉遊びをしているだけの者と思われるでした。

     

    これから数年後には来ると予想される【最後の審判】とは、各自の【良心神の点数】において永遠のみろくの世でのその魂の地位が決定することです。それは私だけの論理ではありません。天人界を訪問した霊能力者達も天人達から聞いて言っていることです。これまでは【輪廻転生】の道において、霊界での高い地位を目指すことが出来たのですが、輪廻転生が終わる関係上、その時点の魂の点数で永遠の世に移行して霊界での魂の地位が確定するです。

    大本教神諭には、その時に上に行くもの(下の霊界から高い霊界に行く)。下に行くもの(高い霊界から下の霊界に行く)でごった返すので、その時は神も人民の面倒を見切れないがあります。世に出ておられる神霊達も、自分がどういう処遇になるか解らないので人民のことなどかまってもおられないなのです。自分の首が危ないなのです。それが上に下にの【峠】です。

    その大本教神諭には、【そんなことならば、どうしてもっと早くから教えないのかの苦情を聞きたくないので早くから知らせる】があります。為に、立替の宣伝ばかりが先行して実施の時が解らないで霊界の宣伝マンをして来た人達も大変な苦労を積んだなのです。

     

    しかし、スピリチュアル標榜者の間にはそうした話が何一つありません。皆が【愛】の連発です。愛のお題目化です。愛の教えばかりで進むと【偏蛇】に陥ることが知られています。愛には【公】と【私】があって、公の愛ならばいいのですが私の愛だと蛇霊化することが本当の霊能者には知られているわけです。だが、スピリチュアルを連呼する人達はそこに目が行っていないと言えます。

    大本教からは【良心神】の存在そのものは説かれませんでしたが、その代わりに【愛善】の教えが出されました。【愛善】とは自己や家族愛のことではなくて、世の為に人の為の善の行為を積む愛です。愛は【善とか義】に結びつかないと【良心】としての点数には結びつかないなのです。良心は【真】ともなりますが、愛だけでは必ずしも【真】にならないのです。

     

    良心神は魂の【心棒】なれども、愛は魂の心棒では無い

     

    優秀な霊能者や行者の方々は、今の霊世界は蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊等の爬虫類とか動物霊で構成されていると言われます。それに龍神とか天狗類です。それらは動物の狐や狸や猫や爬虫類の蛇が神霊として君臨しているではありません。そうした爬虫類や動物霊の場合もありますが希と言えます。衣冠束帯の貴族姿とか十二単衣の姫姿や西洋で言う天使姿で現れる神霊を深く洞察すれば、その背後に蛇や狐や狸や猫の姿の霊が見えて来ることからです。神霊の姿が【身変える】を起こしているなのです。

    優秀な霊能者の方達が書いた著本など読むと、衣冠束帯の貴族姿とか十二単衣姿の姫や天使姿で現れて来る霊を深い洞察力で見れば、蛇や狐や狸や猫等の姿で見えて来ると書いておられるでしょう。それも一人や二人の方の論ではありません。単に自分には霊が見えるで思い上がって、他の方の見聞を学んでいないとそうしたことが解らないなのです。

    ある自称創造神は天照皇大神と称する狸霊に支配されておられましたし、私の2番目の師匠の御祭神で国常立尊と称していた霊は猫科の動物の姿でした。この【猫】とは、自分が創造神でもないのに創造神ですと【描】くと猫の姿になってしまうなのです。神霊の蛇や狐や狸や猫の姿は、日本の【言葉】でその意味が解るのです。

     

    蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊等は、その霊の心根を語る

     

    大本教神諭に、【世に出ておられる神々が四つ足の姿であることを暴くぞ】があります。また、日本昔話には狼がくれた睫毛で見ると、人々があらゆる動物や鳥などの姿に見えるなのです。酷い場合だと、その人の姿がミミズや昆虫等で見えます。死後の世界でそうしたことになるです。そうした意味合いが【輪廻転生の転生】の意味と言えるのです。

     

    ある自称救世主と名乗っている方に、貴方が「救世主」だと告げた霊は蛇霊や邪神界に入った白狐霊達でした。だがその方は自分の前に現れる衣冠束帯の貴族姿や十二単衣の姫姿の霊達が、蛇霊や狐霊であることを見抜けずに、そうした霊の言葉に踊ってしまわれたなのです。

    スピリチュアル標榜者が自分の前には高貴な神霊が現れると言うと、優秀な霊能者や行者筋はその霊が蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊だと見破ってしまいます。例えば白狐霊にしても、その白狐を使役する霊能者と白狐に使役されている霊能者に分かれます。

    私が神霊世界の修行のお世話になった豊受姫は、今の霊世界の現状として、白狐霊と言えどもその半数は邪神界の手先と化していると言われました。白狐だから正神界の使いと思い込むと危ないなのです。

     

    日月(ひふみ)神示等には、現在の神霊界の【九十九%は邪神】だとありますが、いくら高貴な神名を名乗っている霊もその霊姿ではなく、深い洞察力で見られてしまうと蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊だと見破られてしまうなのです。私も修業時代はそこに出て来る衣冠束帯の神主姿の霊や巫女霊姿の存在が、そうした蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊だと見破ることが出来ませんでした。最近、ようやく解る様になって来た程度の霊能力と言えます。

    そうした時、そうした蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊は神社の祭神に仕えているところの【眷属】霊だの論があります。確かに、それらの霊の多くは神社の祭神の下にある【眷属】霊とは言えます。しかし、その神社に鎮座している神霊がその名乗り通りの高級霊かというと、ほとんど違うなのです。皆、自分勝手に神名を名乗っているなのです。為に、今の神霊界は一つの神の元に統制が取れていないとなります。

    そこに【創造神】は本当に存在しているのか?。の論議があります。自分が創造神だと自称している神霊は世にありますが、今の神界を統一出来る様な存在は見当たりません。だが、私は日本語ですが【言葉の仕組】を知って、こんなことは神社等に鎮座しておられる御神霊では無理なことであり、【創造神】は隠れているが存在するの結論に到ったなのです。

     

    これはどういうことかと考えて行くと、ある事象が見えて来ます 

     

    それは、人の顔をしていてもその魂は【毛物】と言われる【自己の魂を汚した状態】が、その霊を蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊等の獣霊の姿に【身変える】させているなのです。そうした証拠として、そうした霊が【悔い改めて】行くと、そうした姿から元の天人の姿に戻って天界に帰って行くです。つまり、元は天人界の資格があるような霊が、

     

    その魂を汚して毛物を発生させたことで、人間外の姿

     

    私自身が神霊界修行の過程で学んだことは、スピリチュアルの魂磨きは辛いから止めましょうと言っていると、その魂は魂の汚れの部分から【毛物】が発生して、その魂の【心根】が蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊の姿に変化してしまうなのです。

    そこに優秀な霊能者や行者筋からは、この世は蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊ばかりだとの声が上がるのです。その根本原因は、

     

    自己の魂磨きを忘れた結果の【身変えるの転生】

     

    それで私は人は人の姿の時にしか神に近づかないと行けないと言って来ました。大本教は、【人には神とも成れる魂が授けてあるにも関わらず。】と告げましたが、高級神名を名乗っている霊の中には、人は神には成れないと神示している霊もいます。私から言うと間違ったことを言うなです。大本教が告げた【人は神の子・神の宮】をまるで理解していないなのです。そうした神名を名乗る霊の正体は優秀な霊能者であれば、その正体を見破ってしまいます。霊の名乗りの神名に踊らされないです。

    人は神にも天人にも成れるということは、数々の事例から解っています。例えば伏見稲荷山で一大勢力を誇っている○○大神は、この世で人であった時には【法華行者】であったことが知られています。また、稲荷神などは生前は人として何をされていたかがあります。私の最初の師匠も死後には神名をいただいて、どこか神社の祭神として赴任しているなのです。

     

    人は神や天人に成れるのに、この世に未練だらけは愚者

     

    大本教からみろくの世は【水晶魂】が出されました。何故にその様な教えが出て来たのかと言いますと、今の私達が持っている魂とは【捻れたり】【腐ったり】します。行者筋で名が知られたある方は、その著本に【腐った魂】のことを書かれていますが、そんな腐ったり捻れた魂は粉砕されるなどは、本当に優秀な霊能者や行者筋でないと言わないでしょう。

     

    そこに【輪廻】には、常に他の生命体に【転生】が生じる

     

    スピリチュアル標榜者の神は愛だから何をしても赦されるなどの甘言を信じていると、【来世】は昆虫とかボウフラの様な生命体となります。必ずしも次の世には人間の様な姿では出られないなのです。

    これまで多くの方を通じて大宣伝されて来た【みろくの世】とは、永遠性の命を保つ為に腐らない捻れない魂でなければなりません。そこに【水晶魂】が世に説かれたなのです。これは大本教以前の宗教にはその存在が説かれていません。そこに、これまでは表舞台から【退いて】いた【艮の道】があります。大本教から初めて世に出されたなのです。また、創造神と呼ばれる神の復帰です。

     

    永遠のみろく世に渡る魂には【水晶魂】が授与される

     

    但し、水晶魂は【魂】の漢字で解る様に【鬼と云う】存在。つまり牛頭虎パンツの【牛虎(艮)金神・国常立尊】の名で語られる神から授与されるなのです。別名【閻魔(閻羅)大王】です。そこまで日本語であっても【言葉の仕組】が織られていることが解らない様では、みろくの世では使い者にならない神霊に自分が使われているということなのです。

     

    人の魂が【水晶魂】であれば魂に【捻れ】は発生しません。魂が【腐る】もありません。為にみろくの世は【永遠】とも言われるわけです。但し、水晶魂でも魂の表面に汚れが付くと【毛物】は発生します。しかし、それは今の魂では汚れから発生した【毛物】は魂の【身削ぎ(禊ぎ)】をしない限り、魂に付いた毛物(獣)を取り除くことが出来ませんでした。

    しかし、水晶魂であれば仮に魂に汚れが付いて【毛物】が発生したとしても、毛物の【拭き取り】で魂の汚れを除去出来るのです。そこには魂磨きの為の【苦難】は生じないとなるのです。

     

    みろく世はカルマの【苦難】は生じず、嬉し嬉しの世となる

     

    この【みろく世】に生きる為の【水晶魂】に関しては、基本的には最後の審判後に付与されると考えられていましたが、現実には既に【水晶魂】を貰っていると言われる方達もあります。

    だとすれば、大本教で大宣伝された【明治五十五年に世の大立替説】とは、その時から一部の方達には水晶魂の付与が始まっていたのかも知れません。だが、そうした【水晶魂】を既に頂いた方達があるということは、通常の人達には見えないものですがそうした魂が有ると思った方がいいともなります。

     

     

     

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