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霊学12 霊界には時間と空間の概念が無いとされるが、時間も空間もある。10万倍理論

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    一般的に霊界には時間と空間の概念が無いと言われていますが、時間と空間が無いわけではないのです。ただ、この世の時間と空間の概念では、霊界そのものが理解出来ないのです。たぶん多くの人達は死後の世界も、この世と同じ時間の流れだと思ってるからです。

     

    神社に鎮まっている神霊でも高級霊は一瞬にして遠いところに飛ばれます。だが、そんな事は私達の肉体では不可能と言えます。しかし、私達が持っている魂(意識)も、肉体はそこに居ても瞬時に離れた場所に訪れて見るがあります。それらは【霊能力】が無いと見えませんので解らないとなりますが。俗に【千里眼】と呼ばれる魂の持ち主は肉体はそこに居ても、遠くに飛んでそこの光景を間違えなく伝えて来ます。

     

    それらを【魂(意識)】を飛ばすと言います

     

    肉体たる私自身は家に居ても、自分の魂を私の元に飛ばされて来られた人達を幾人も知っています。一般的にはそうした魂や霊を【生き霊】と言います。肉体の身であれば私の元に来るのに飛行機とか新幹線とか自動車を使わないと来られないのに、一瞬にその魂は私の元に飛んで来たなのです。そして、そうした方の中には私の元に自分が行ったでしょうと言われる方達もあるなのです。だが、その一方で私の元に自分の魂が行ったことを知らない肉体の方もあるのです。そこに肉体と魂(意識)のギャップはあります。

    私自身も肉体は自分の家の神棚の前に座っていながら、自己の魂は霊界の伊勢神宮に飛んだり。案内役の鍾馗神に連れられて、中国で創造神とも天子ともされる【盤古大神】の元に拝謁したり、【西王母】に拝謁するもありました。その時、自分の意識は肉体にはあらず。霊界にと飛んでいたなのです。だが、一瞬にして肉体に帰って来るなのです。

     

    肉体から出た魂(意識)は、瞬時に戻って来られる

     

    そこに来る説明が西洋では【シルバーコード】ですが必ずしも銀色ではありませんので、大本教や日月神示では【霊子(たまのこ)線】と解説されました。この霊子線のことを知らないと霊界の説明に不備が出ます。スピリチュアル系でもこの【霊子線】を言われる方ならば解っておられるなとなりますが、何も御存知無い方が圧倒的に多いようです。

     

    霊界ではまったく時間と空間の概念が無いのかとなると、そうではないと解ります。神霊とか私達の魂は如何ほどのスピードで飛んでいるのかとなりますと、魂は【光の玉】なので神霊の飛ばれるスピードは【光速】ではないかと推察されます。そこにスピリチュアルでは【神は光】だと言う論理は出て来ます。

    光速は秒速で約【30万キロメートル】とされています。一般的に一秒間で地球を【七回半】回るとされています。月まで2秒。太陽まで8分20秒です。確かに太陽系だけで見ているならば、魂は光で飛んでいると見てもいいのかも知れません。

    しかし、宇宙は別にこの【太陽系】だけではないのです。現在の天文学では通常は宇宙の果ては【138億光年】とされています。そこまで行くのに光の速さで【138億年】もかかるなのです。もし、この宇宙に創造神と呼ばれる神が存在されているとして、宇宙の先端(果て)に創造神が存在されていると仮定したならば、そこに辿り着くには【138億光年】となります。ある意味、不可能域となります。

    では、妙見信仰で知られる北斗七星の先にある【北極星】までの距離はとなりますと、以前は【430光年】とされていましたが間違っていたようで、現在は【323光年】となっています。自分が神様。神様と北極星(妙見様)に祈っても、言葉が光の速さで飛んだとしても、その元にその声が届くのは【323年】も先のことになります。願いが届かないとなります。

     

    神は【光】だ! だけでは無理が出て来ます

     

    大本教の出口王仁三郎聖師があることを語られました。それはこの世で10センチ四方の神屋代を造るとすれば、それは霊界では10キロ四方の「神苑」に成ると言うことです。この世の10センチが 霊界では100万センチ。すなわち【10万倍】にもなるなのです。

    これは必ずしも間違った論理でないことは、私自身【龍神】と呼ばれる存在に関わって来て、この【10万倍】が解って来たと言えます。私は伏見稲荷山で4年間ばかり修業させていただき、【言霊】の学びに転じたのですが、その頃のある大雨の夜。私の枕元に私の視覚では40センチ程度に見える黒龍神が訪ねて来ました。

    その黒龍神は自分が聖書のノアの洪水にある40日間もの大雨を降らした源の龍神だと言います。ノアの箱船伝説はトルコにあったと考えるならば、黒海はそれなりの意味を持ちますが、ノアの箱船伝説の大洪水は調べると中国等にもあるのです。ですからそんな言葉は鵜呑みには出来ません。それを聞いていた私がまともに相手にしないことから怒って帰ろうとした時、私の腹から霊的な手が出て来て、その黒龍神を私の腹の中に引き込んだのです。

     

    その手が西洋で【エクトプラズム(半霊半物質)】と呼ばれるものであることを初めて知ったのです。まったく何も無いところに突然にモヤモヤとした煙の様な物が出て来ると、それが凝縮して一体の【観音像】に変化したりするがありますが、私達の肉体は【幽】として、そうした物質体で構成されているなのです。だが医学では解らないなのです。西洋でエクトプラズムと呼ばれる物は日本では【幽】として一括されています。そこに出て来るのが肉体を脱いだ【幽霊】です。

     

    以前はそのエクトプラズムが語られていましたが、今ではスピリチュアルですら、その【エクトプラズム】を知っていないのではないかと思われます。それに関しては今の写真機は性能が良いので写らないのだと言うまことしやかに言われる方がありますが、写真機の性能が良くなったのであれば、逆によく写ってもいいのです。

    この【エクトプラズム】は、辞書に霊媒者の体孔から出る流動性の物質とあるように【霊媒】能力があるかないかなのです。霊能力ではありません。霊媒能力です。私は修業時代には優れた霊媒能力者と関わって来ましたが、今ではそうした霊媒能力者が激減したのです。単に霊が見える程度のスピリチュアル標榜者は増えたのですが、それらは本質的に低級霊界の花盛りなのです。本物の霊能者は僅かしかいないと言われていますが、超優秀な霊媒者はそれ以上に見当たらなくなって来たのです。

     

    日月神示に【半霊半物質】の言葉がありますが、この【エクトプラズム】と呼ばれる【幽物質】が解っていないと意味が解りません。その状態は肉体を脱いだ状態なのです。今の私達の肉体を持ったままで高次元界に進むのは不可能なのです。肉体を脱がなければ、高次元世界の住人にはなれないのです。

    そうした証拠として、神社に鎮座している御神霊の誰一人として私達の様な肉体人ではありません。だが、スピリチュアル標榜者は人類が高次元世界。言うなれば神上がりをするとはどう言う意味なのか何も理解しょうとしないで、肉体と言う死を免れない状態にしがみ付こうとすることを言っています。

     

    人(霊止)の目的は、【肉体】にしがみ付くではない

     

    私は霊媒体質者で人の魂の汚れや霊の汚れを受けて下痢を起こすは日常的にあるのですが、黒龍神を飲み込んだ後はこれまでにない激しい下痢に襲われたのです。私は男で有りながら【妊婦の様な腹】になるです。そして、天津祝詞を称えるとトイレに行って便として汚れを流す。すると、またもや妊婦腹で下痢。幾度も幾度もトイレ通いです。どこにこれだけの便があるのかと言うほどの大量の便ですが、霊界の汚れを【物質化】させて便として流すなのです。

    後に、最初の師匠から【龍神の浄霊】は絶対にしてはいけません。その浄霊で命を失うか、よくても病院送りですと告げられましたが、その時は、ほとんどの黒龍神の黒色は汚れの黒であり、龍神の浄霊は自分の命に関わるなど知らなかったなのです。

     

    汚れは腹膨るる業と言いますが、そのことです

     

    大本教霊学で人(ひと)は【霊(ひ)止(と)】の意味だと明らかにされましたが、人には自分の命の本体で有る【魂】の他に自分の肉体に憑依している幾体とか無数の【霊】があり、人がこの世に肉体を持つ意味にはそうした魂や霊を浄化するがあります。肉体を持たない魂や霊は自己浄化が出来ないからです。

    力が強い霊能者の元に相談に行くと【下痢】を起こして、その場所のトイレに大量の便を出すことが知られていますが、その霊能者の霊力によって自分に存在する魂や憑依霊が浄化されるなのです。

    私の場合はそうした力がある霊能者ではなくて霊媒質者であり、2番目の言霊師の師匠から【霊界の歩く浄霊マシン】と揶揄されたように、霊を自分の体に入れて浄化して来たなのです。だが、それは自分が救ってあげましたと言う話ではありません。私を守護している存在が、肉体の私には無断で私の肉体を使用して他の霊の浄霊をしているなのです。

    それは別に私一人だけの話ではなくて、霊能者ではなくて霊媒体質者は肉体の意志に関わらず、自分を守護している霊にそうした役目を押しつけられているなのです。

     

    単に低級霊界の化け霊を見る者は数多いても、優秀霊媒者は数少ない

    肉体に降りた霊が汚れた霊であれば命に関わる

     

     

    日本神道では人の【腹】は【高天ヶ原】とします。

    人の霊魂の汚れは、腹たる【高天ヶ原】にて浄化される

     

    汚れた神霊や龍神等は【腸】にて浄化で下痢につながる

    そこに、人の魂の更生を【便】と言う。トイレの夢は、そうした霊浄化を意味しているのです。

     

    私の場合はそうした認識は汚れの黒龍神の霊的浄化が始まりだったのです。だが、あまりの苦しさに当時の言霊師の師匠は自在に龍神も操るで、その師匠に頼んでその黒龍神を外して貰ったのですが、その師匠によればその黒龍神は黒龍神界の癸欧燭觜海の黒龍神で、その長さは40キロもあると言います。私は40キロの長さを持つ黒龍神を10万分の1に縮小させて見ていたなのです。それは出口王仁三郎聖師が説かれた「10万倍」論です。

     

    少し前、私に自分が救世主ですと称される方は、その証拠として自分には六次元界の長さが40メートルから20メートルの三輪山の400万体の黒龍神が付随していると言われます。三輪山と言えば「黒蛇霊」が住むで知られていますが、その時の私の目にはそうした黒龍神達の存在の視認が出来ませんでした。

    別に三輪山だけが黒龍神のたまり場ではなく、日本の各地に黒龍神が巣くっている場所はあります。また、多くの新興宗教にも存在しています。某宗教団体は大量の黒龍神がバックボーンであることは優秀な行者や霊能者には知られています。病気治しは黒龍神の得意分野だからです。

    だが後日、その方には4センチから2センチ程度の糸ミミズの様な大きさで見えて来る黒龍神が無数に付随していることが見えて来ました。私の本来の視認能力では40メートルの龍神ですと「0.4」ミリとなります。それではいくら数が多くても塵の類いとしか見えていなかったと言えます。そこで、視認率を千分の一位にして私の守護神から見させられたと言えます。ならば、その方の霊眼には40メートルから20メートル位の黒龍神が400万体付随していると言われても「嘘」とは言い切れません。

    しかし、そこには気をつけなければならないことがあります。それは霊媒体質者の場合、その「0.4」とか「0.2」ミリ程度の塵にしか見えない無数の龍神達に【憑依】されるが起きるのです。それが40メートルとか20メートルで見えていれば、ある意味恐怖になります。

     

    ある時、突然に私の左の耳が聞こえなくなりました。その時は5月のゴールデンウィークの期間で耳鼻科は休みです。左耳がまるで聞こえないので補聴器を買おうかと思いましたが、当時は数十万円と高価であり、休み明けを待って耳鼻科に行き検査を受けると左耳が聴力を失っていました。診療椅子に座ったところ、私の左耳の上に4センチ程度の黒龍神が見えます。この黒龍神のせいかです。私がその姿を見破るとその龍神は逃げ去りました。そして医師が鼻から耳に風を通したところ、少し回復をしたのです。

    その後、大江山の天の岩戸神社に行くと良いと閃いて、岩場の社に上って龍神祝詞を上げると耳に風が入り、聴力の半分程度は回復しました。さらに、伏見稲荷山の白菊様の御塚に参拝するとよいと出て参拝したところ、やはり左耳に風が吹いて左の耳は完全に回復しました。後から考えれば神の仕掛けです。たぶん、この時の私の視認率は千分の一程度になっていたのでしょう。そうでないと龍神が私の耳の上に乗っていて【聾唖】状態になっていると解らなかったからです。

     

    それによって【聾】の字に龍があるを理解した

     

    私は言葉の意味を知る為に、いろいろ体験する

     

    霊界には時間と空間が無いと言われる霊能者の方が多いのですが、この【10万倍】の論を知ると、光の光速の論理すら、考え直す必要が出て来るのです。スピリチュアルでは【神は光だ!】とする方達が圧倒的に多いのですが、宇宙空間を【10万分の1】として計測すると、【323光年】の星ですら一日程度で来るという勘定になります。

    私や出口王仁三郎聖師は【10万倍】論に立ちますが、それは次元界によって違うのではないかと推察出来ます。もっと上の次元の段階だと、100万倍。1000万倍。1億万倍ともなるかも知れないからです。ならば、創造神だと宇宙の彼方から【一瞬】にしてこの地球上に来るとなります。高い神霊ほど、宇宙ですら【縮小化】させて見ているとなります。

     

    そこに大本教で説かれた【型】の論理が出る

     

    大本教で説かれた【型】とは、私達が住む日本(出口王仁三郎聖師の当時は台湾も日本領)は世界の五大陸の雛形であり。その日本の雛形は大本教に型として出て来るという【縮小】論です。そんな宇宙創造神から人類を見たら、実に【ちっぽけ】な存在と言えるでしょう。私達人類は自分の目で見ている世界の広がりと時間だけで、それが全てと思い込んでいるのです。

     

     

     

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