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霊学18 日本神話の天の岩戸開けと、旧約聖書の【割礼】との間に連動する共通項

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    私が子供の頃、私に霊声が臨み。私はその声の主にどなた様ですかと尋ねたところ、その霊声は【私はアブラハムの神であり、旧約聖書の神であり、そなたの神である。】と告げられたのですが、なんでそんな神の声がユダヤ教徒でもキリスト教徒でも無い私に臨むのか?。自分でも意味が解らずにその霊声が私に教えることを聞いていました。

    ただ、その当時私が住んでいた場所は周囲が大本教の神職さん達が多く住まわれている場所で、遊んでいる友達も大本教の神職さんの子供さん達。私の遊び場も大本教の神苑の中だったりしたのです。大本教のみろく殿の中を走り回り、罰として神殿の掃除を手伝って褒美に食堂でご飯をご馳走になったりで、艮金神国常立尊様のお膝元で遊んでいたとは言えます。ただ、子供の頃は大本教の神が如何なる神なのか?。そんなことすら何も知らなかったと言えます。

     

    だが、その霊声も中学生頃になると聞こえなくなり。私も神のことなどすっかり忘れて大人になったしだいです。だが昭和【五十五年】に私の身に起きた摩訶不思議な出来事に遭遇して、神霊世界に入る時が来たと覚悟を決めて、霊世界に関わったしだいです。

    私にとっては疑うべきは、私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する霊声は本当にそうなのかがありました。そこで多くの霊能者を頼って自分を【霊査】して貰って来たなのです。私が最初に行った出雲大社系の霊能者は、【貴方は救世主ですか?。】と聞いて来られます。私が違いますと言うと、そんなはずがないとまで言われます。私の背後には霊能者と呼ぶ人とは桁違いの大霊団が存在している。これほどの大霊団が背後に控えているのは救世主でないかとしか考えられない。などと言われます。

    私の最初の師匠で豊受姫のお代であった方からは、豊受姫から【貴方は言葉の神と呼ばれる貴い御方で、神達に対して教えをなされる方です。貴方の言葉の教えは天帝の「詔」に等しく、貴方の言葉の教えを聞けない神は如何なる神であろうとも、天帝に反逆した者として罰せられる。】と告げられて、言葉の神とはいったい何者だろうとなったわけです。その時に豊受姫からは、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げられたしだいです。

    だが、ある霊能者から貴方は高次元界からの教えをなされる方ですが、この地球は低次元界で蛇霊や狐霊と呼ばれる段階の神達が支配している。貴方にはそうした低次元の蛇霊や狐霊と会話する能力が無いので、貴方の目となり足となれる存在が出て来ないと、貴方は何も働けません。この土地の草むしりをするぐらいしか仕事がありませんよと指摘されたしだいです。確かに、高次元界からの教えをいくら説いても虚しいだけとは言えます。

     

    その後、多くの霊能者に出会って直接に見て貰ったところ、大多数の霊能者からは何の指摘も受けませんでした。貴方には神など誰も憑いて居ないです。スピリチュアル標榜者だと、貴方の背後にはそもそも神など居ないが大多数でしょう。

    が、7〜8名の霊能者の方から、豊受姫と同様に貴方の本守護神は【国常立尊】様ですと指摘されたなのです。私が子供の頃に聞いていた霊声は【旧約聖書の神】と名乗っている霊声でしたが、豊受姫を初めとして7〜8名の霊能者の方は、貴方の背後の神は【国常立尊】との指摘でした。すると、私が子供の頃に臨んでいた【旧約聖書の神】と【国常立尊】は同一神かとなります。

    私が子供の時に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【そなたの背後にこの私が居ることが見抜けぬ様な神は使い者にはならぬ神達である。】と告げられていましたので、別に何を言われてもどうぞとうぞなのです。

     

    私が子供の頃には旧約聖書の神と称する声が臨んでいたのですが、その声は私に【旧約聖書は我が書であるなれども、そのままに読むと意味を間違える。暗号書のようなものであり、その暗号の解読には「鍵」が必要である。それは邪神達を引き寄せる為の罠である。】と告げられました。

    旧約聖書は【暗号書】ではあると説いている方達は世に少しはありますが、その解読に何らかの【鍵】が必要とあれば、鍵を持たずに解読に時間を費やしても意味が無いことになります。私は旧約聖書を読んだ時、これはおかしいぞと思うことがありました。

    私が不審に思ったのは、【割礼】をしていない者は【奴隷】にするです。明らかに創造神の言葉としてはあるまじき内容があります。もし、それが私が子供の時に臨んだ旧約聖書の神と称する声がそうした神であるならば、私はその神と戦います。それは著しく【正義】に反しているからです。私は神は【正義】であらねばならないが信条だからです。【割礼】など神の世界からすると何の意味も無い行為と言えます。

     

    何故、不必要な【割礼】が説かれているのか?

     

    その旧約聖書の神と称する声は、【日本神話の天の岩戸開けなどの部分は事実として、どこにも存在していない。全てはこの私が「この世の終わりの審判の時の為」の仕組として、人間を使って神話を創作させたものである。そなたは、何故に私がそうした神話の仕組をしたのか。天の岩戸開けの本当の意味を学びから知りなさい。】と告げられました。

     

    日本神話の【天の岩戸開け】は日本独自の話であり

     

    どうして、旧約聖書の神が【天の岩戸開け】を言うのか?

     

    そして昭和五十五年に私の身に起きた出来事から、覚悟を決めて神霊世界の修業に入ったなのです。私の神霊界修業で世話をして下さった豊受姫も、私に【日本神話の天の岩戸開けなどの事実はどこにも存在していない。】と告げられたなのです。

    しかしながら、霊世界の修業をしていると日本神話の天の岩戸明けと呼ばれる事柄は実際に遭ったと思っているような低次元界の神霊だらけなのです。やがて、その意味は解って来ました。日本の神社に端座している霊の多くは比較的若い霊達で、そうした神話を頭から信じているなのです。

     

    私は子供でしたが、小学校に入学した時に祖母が祝いに買ってくれた七巻ほどの学研の百科事典を全て読んでいましたので博学的な知識を保有していました。旧約聖書の神と称する声から、そうしたことが告げられても、既に小学生の頃には日本書紀とか古事記や日本神話や世界の宗教者などの知識を持っていたなのです。

    私はそれより前の幼い頃から、自分は【天から特別の密命】を携えて、この地球と言う星に降ろされた者という不思議な感覚を持っていたので、自分に旧約聖書の神と称する声が臨んだことすら、別に驚きとも不思議とも思っていなかったと言えます。だが、私も自分が携えている【密命】が何かまでは解らないなのです。

    一部の邪霊神は私の元に押しかけて来て、私に【神宝】を差し出せと言って来ます。どうも私は何かを持っているようなのですが、肉体の私には解らないがあります。そうした邪霊神ではなく、一部の霊能者やサイキッカーの方達も、私が死ぬとこの地球の三次元世界は終わると言われます。そしてみろくの世と呼ばれる高次元界に入るです。その時の【鍵】を貴方が持っておられると言われます。

    今の私に解っていることは私が住む土地ではありませんが、大本教の出口王仁三郎聖師がその直弟子に隣接する土地の一部に【みろく神業に使われるお宝が眠っている。】と告げられた土地があります。どのようなお宝かは解りませんが、みろく世で人々が困らない為のお宝が無いと、いくらみろく世みろく世と宣伝しても無意味なのかも知れません。

     

    私は旧約聖書の神と称する声から、そなたは日本神話の【天の岩戸開け】とは何を意味しているのかを知りなさいと告げられたこともあり、天の岩戸開けの意味を探って来ました。 この天の岩戸の開けに関しては、既に岡本天明師のヒフミ(123)神示において、一(イ)八(ハ)十(ト)として、【一八十】の意味が出されています。それ自体は大本教霊界物語の中で正神界【一八十】段。邪神界【一八十】段と説かれいます。天の岩戸を開けるとは宇宙規模のことで、全宇宙の霊は如何なる霊もその【一八十】段のどこかに段に入るなのです。しかも、その段は【永遠】段となるのです。

     

    私はある霊的映像を見ていて、これはどういう意味かと頭を悩ましておりました。まったく意味が解らない映像だったからです。多くの裸の女子達が居て、その女子の【陰処】の場所に男性の性器たるシンボルがある光景です。

    日本神話における天の岩戸開けは、姉君の天照大御神が弟君である素戔嗚尊の乱暴狼藉に耐えかねて岩戸の中に隠れてしまわれたことで太陽が消えて真っ暗闇となった。そこで元祖ストリッパーとされる天宇受売命が女性の陰部を露わにして踊って周囲の男神達を笑わせた。その笑い声で何事かと天照大御神が岩戸を少し開けたところ、天力男命がその岩戸を一気に開いて、天照大御神を岩戸から引き出したので太陽が輝いたというのが骨子です。

    しかし、この内容は明らかに【子供騙し】の神話と言えます。

     

    何故、このような話を国常立尊は創作されたのか?

     

    私が住む場所は大本教の出口王仁三郎聖師が大本教の金龍海は「型」であり。本当の金龍海があった場所とされる一角です。

    綾部に残る伝説では、そこには【底なし沼】とされる場所があったとされます。その池に注ぐ田野川には由良川に流れ込む水路が無かったからのようです。それを九鬼神道家の綾部藩の最後の藩主で廃藩置県で東京に移り住んだ九鬼氏が、自分の資材を出して由良川までの水路をつけられたことにより、その沼は干し上がり。今ではその土地には幾多の住宅も建っていて、その地がかっては沼であったことなど解りません。

    私が地元の古老から聞いた話に、未だその沼の跡地に家々が建ち並ぶ前、大本教の出口王仁三郎聖師は自分が着ている着物の裾を持ち上げて、男性のシンボルをこれ見よがしに出して、その底なし沼(金龍海)の周囲を歩き回っていたと言われます。私は出口王仁三郎聖師が何でそんな【演技】をなされたのかと考えた時、そういう意味かと解ったしだいです。

     

    私が魂の【心棒】の存在に辿り着いたのは、蛇霊が巻き付く霊的な【棒】からです。この【棒】は何だろうと頭を悩まし続けたなのです。この棒は大本教神諭予告【九つ花】の真ん中で【真ラ】なのです。仏教から出た俗語で男性の陰茎(シンボル)のことを【マラ(魔羅)】と言います。男性の間では俺の摩羅を見せてやろうかと等と言いますが、辞書にも男性の陰茎と書いてあります。正式な仏教用語の【魔羅】とは、【人の心を惑わし、修行の妨げとなる】魔神のことですが、【性欲】を意味しているとされます。この【マラ】大本教で出した【ス】神論では絶対に解らない仕組なのです。

     

    性器とは【生まれながらの心の器】

     

    割礼とは、霊を割って真ん中の【棒】を見る

     

     

    私は天の岩戸の中の光と呼ばれる光を見た時、愕然としました。その光とは、スピチリュアルで盛んに説く【光の柱】を建てましょう等と言っているような光の存在ではありません。この光に耐えられる人間が世に居たのだろうか?。かってそうした人が居たとすれば【お釈迦様】だけのはず。お釈迦様の悟りは【慈悲】ではない。慈悲ではイエスの愛とどっこいどっこいの教えです。お釈迦様は何を悟られたのか?。そこにお釈迦様とイエスの根本的な教えの差があり、そこに【真理】は隠されている。それは何だろうとの追及に入ったのです。

     

    私が言霊の学会の講演で講師として話を終えた後、二人の女性霊能者の方が近寄って来て、私に抱きついて良いですかと尋ねて、私に抱きついておいおいと泣かれます。どうしてと尋ねますと、貴方の胸の中にトンネルのような洞窟が見えて、その洞窟の中に真性【天照大御神】が鎮座されている。こんなところに本当の天照大御神様は居られたのだと泣かれるのです。

    その時は、私も意味が解らずに面食らっていたと言えます。しかし、真性天照大御神(ラ神)とは人の魂の真ん中の【核】として存在すると解って来たなのです。天の岩戸を開けるとは、外部からではなくて、その人の魂の中から光を放つなのです。

    これが大本教神典にある。【天の岩戸が開いたならば、光輝く人が現れる】なのです。だが、その魂の表面に汚れがあれば、その光は魂の汚れを焼きます。そうなると、あまりの苦痛に自分を殺してくれとのたうち回ることになるなのです。

     

    その光が【ラ神(真性天照大御神)】の光

     

    大本教の出口王仁三郎聖師は、天の岩戸開けにおける【天宇受売命】の逆バージョンを演じられたなのです。

    女の又で【奴】と呼び、力の字を入れて【努】

     

    魂の核たる光は、自己の努力無しでは輝かない

     

    神の名を呼べば神が来ると思っている段階は、まったく進歩が無いと言わざる得ないのです。

     

    大本教の出口王仁三郎聖師は大予言者として知られておりますが、その予言の中で最大のものとされておりながら意味が解らないのが【女子の身魂を立直し 根本改造せなくては 誠の道はいつまでも 開く由しなしさればとて それに優りし候補者を 物色しても見あたらぬ 時節を待ってゐたならば いづれ現はれ来たるだろ みのか尾張の国の中 変性女子が分かりたら モウ大本は駄目だらう】があります。

     

    【女子の身魂を立直し 根本改造せなくては】

    ここが最も重要な隠し秘められた意味だったのです

     

    どうして男子には【根本改造】が書かれておらず、女子だけの【根本改造】になっていたのかです?。

     

    私は霊界に現れる各種の映像を見ていて、これはどういうことを意味しているのかを考えます。時にはその意味が解るまでには数年かかることもあります。そうした映像を霊能者に尋ねても、紐解かれる方はまずおられません。一番長かったのものは意味を知るのに十数年かかっています。

    それは子供の頃、旧約聖書の神が私に告げられたこの神の教えは【暗号】化されているなのだろうと思われます。

     

    私は子供の時に旧約聖書の神と称する声から日本神話の神話の部分は、この私が【創作】させたと聞かされているので、まったく違う解釈をしています。大本教からは国常立尊の【三千年に渡る仕組】と出されましたが、古事記は和銅5年(西暦712年)。日本書紀は養老4年(西暦720年)に編纂されたもので、どちらも8世紀という時代に天皇家の為に創られた内容でしかなく、別に事実が書かれているではないのです。

    ですから、日本の神社に鎮座している神霊は比較的若い霊ばかりで、昔のことを聞いても何も解らない。神話頼りのことしか言わないなのです。

     

    旧約聖書の神の言葉である【割礼】をしていない者は【奴隷】にされるの本当の意味は、人類はこれから先、永遠の別れの道に入ります。その時、新地球である永遠のみろくの世に行く者と、この地球と言う大地に永遠に縛られて【隷属】する者達とに別れて行くなのです。そこに自分の魂の「心棒」である【良心神】を立てている者と、そうでない者とが別れて行くなのです。

     

    日本神話の【天の岩戸開け】と旧約聖書の【割礼】

     

    国常立尊と旧約聖書の神が同一神ならば、そこにはとんでもない仕組をされた神があるなのです。

     

     

     

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