日本神道で人は「青人草」で、神は「柱」。草と柱の違いとは?

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    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいました。だが、私は霊が見える者ではありませんでした。私に神霊が見えるようになったのは20代の終わり頃からであり、あまりにも不思議の数々に覚悟を決めて霊世界の修業に入ったしだいです。最初に尋ねた出雲大社教の霊能者の方から、貴方は「救世主」様ですかと尋ねられて、いったいこの方は何を言っているのだと面食らったしだいです。

    私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【私はこの世の幕を降ろすに当たり、人類を救う為にそなたをこの世に遣わした。そなたが神としての力を持つのは最後の最後の時である。私はそなた一人だけには、この神の仕組みを見せるが、この神の神力は何一つ与えない。そなたはこの私が見せた仕組みを人々に告げなさい。そなたには何の神力も無いことから、そなたをバカにして来る者が輩出して来る。そなたが本当は誰なのか解らないような神は、この私が使えるような神の段階ではない。】と、そうしたことを告げられました。何の神力も与えられていない者に、自分は【救世主】ですなどは絶対にあり得ないとなります。

     

    何の神力も授けないのに、人類を救えとは何事か?

     

    私が最初の師匠とした方は豊受姫のお代をされていた方で、豊受姫のお代としては当時は日本一とも言われていた霊能者の方です。その師匠が神霊相談をしていた神社の社務所に伺ったところ、神社の御祭神である豊受姫から、貴方には妙見様の御使者たる神が二体来ておられる。貴方は普通の方ではない。白龍神様の御子。貴方と妙見様(天之御中主・国常立尊)とはどのような関わりがあるのですかと尋ねられたしだいです。

    と言われても私には解りません。そこでその翌年の正月に伏見稲荷山で御本社の豊受姫様にお伺いをするとのことで、私も伏見稲荷山に初めて参拝させていただき、豊受姫のお代であった師匠が御本社の豊受姫から聞かされたことは、【貴方は言葉の神と呼ばれる貴きお方であり、貴方の言葉による教えは天帝の「詔」と同じであり、如何なる神も貴方の言葉の教えに従えないならば、天帝に反逆する神として天から処罰されます】。と告げられた次第です。

     

    私にすれば【言葉の神】など知りませんが、子供の時に知ったものに、この日本ではなくて西洋にある予言が残されていたことを思い出しました。その内容は【ユダヤ人ではなく、異国の人が異国の言葉で「主」を語る。その人はその国では「言葉の君」と呼ばれている。が、その言葉の君は自分は主を知らないと言う。万軍の主は言葉の君のことは知っていて、終りの日。万軍の主は全ての裁きを終えた後に異国の言葉の君を万軍の主の元に召し出して、万軍の主の全権を言葉の君に渡す。その時をもつてユダヤ人は救われる。】とありました。ユダヤ人の救い主のことです。

     

    されど、ユダヤ人でない異国の人がユダヤ人の救い主とは?。聖書では創造神のことを万軍の主と表現されていますが、万軍の主の裁きの後とは如何なる意味なのかは不明でした。 万軍の主であれば、その裁きは当然に武力行使です。神は「慈愛」だと言う論理とはまるで違うのです。

    豊受姫が私に告げられた【言葉の神】とは、その予言の異国の「言葉の君」のことだろうか?。日本語で「主」を語ることが出来るのであろうか?。そうした疑問から言葉に目を向けたしだいです。しかし、それは豊受姫の庇護下の元では無理であり、言霊師と呼ばれる2番目の師匠の元に行き、私が体験したことは聖書の【始めに言葉は神と共に在った】の本質です。キリスト教徒はイエス個人崇拝に入っていて、この【始めに言葉は神と共に在った】を何一つ理解していない驚きでした。

    ある方が、私が誰かのサニワ(審神)を某大阿闍梨に依頼されたところ、この人は「言葉の君」と呼ばれる存在では無く、「言葉の神」と呼ばれる存在。創造神その方ではないが、創造神の家来ではなくて創造神の横に在る存在と告げられたと記載したブログを出されていました。今はそのブログは見つかりません。いずれにしても、私の任務は【神の仕組み】を皆さんに伝える役目です。

     

    その言霊師の師匠の元に居た時、私の肉体に大本教出口なお開祖霊と出口王仁三郎聖師霊が懸かられて、大本教の出口なお開祖と思われる霊は、【大本教はまな板の鯉。どう料理するかは料理人の腕しだいと告げられて、出口王仁三郎聖師と思われる霊は私にアラーの神を示されたのです。そして私の家に現れた出口王仁三郎聖師と思われる霊は、私に【漢字】だよと暗示してくれたのです。

    私が【ラ】神論に辿り着いた経緯には、大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】にあります。が、大本教神諭に【出口直に明治25年に申してある事、この大望な経綸のいたしてあることを、世界に一人知りておる。誠の人はこしらえてあるから、この誠の人が出て来んと解らんぞよ。】とあります。

    その内容が私のことかどうかは解りませんが、出口王仁三郎聖師ではないことは確かなのです。それはその後の文に、【誠の人を西と東に立別けて御用がさして在るぞよ。】にあります。私の魂は一つの神からの分魂ではなく。二つの神の魂が合一された合併魂で、西の神と東の神の働きの両面を持つからです。一つの魂の方は幾人かの霊能者からも指摘されましたが、もう一つの魂は豊受姫だけが誰かとご存じだったと言えました。

     

    【私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が私に告げた。【そなた一人だけには、この神の仕組みを見せる。】に基づいた霊的光景から日本語と言う言葉に翻訳しているとは言えます。

     

    創造神の大望は、世界でたった一人しか知らない

     

    そうした【言葉の仕組み】を見て行きますと、驚くべき仕組みであり。自分には霊が見えるとか、霊と会話するなどの段階ではないのです。

    私が見せられた霊的光景がその通りになるかどうかは解りません。何分にも霊界では「嘘」を出す神霊が多く。私もそうした神の「嘘」に騙されている者だ。そうした指摘もあります。が、【言葉の仕組み】を見る限り、これは尋常の神がされたことではないぐらいは解ります。

    私が霊的に見た光景では【みろく世とは、新地球の上】であり、人類はこの先「右左」に別れるです。右に行く者は創造神が創る永遠の嬉し嬉しの世界に。左に行く者は、もうこの太陽系の太陽も月も輝いていない今の地球世界。一部の霊能者達が言うこの地球内部に人工の太陽を造り、その人工の光の下で過ごす者達です。

    今の私達が受けている太陽や月の明かりは【無償】で等しく与えられていますが、一部の神霊達が造る人工太陽は【有料】の灯りとなるのです。人工太陽を造った者達が【大繁栄】をする世界です。この神達とは【反国常立尊】をその旗印とされています。基本的にその考え方が創造主とは相容れない神達なのです。

     

    創造神は日本では「米」として実った者達を、西洋では「麦」として実った者達を刈り入れて、神の御国(みろくの世)へと渡らせるなのです。では、西洋では聖書に【実った麦の刈り入れ】としながらも、大本教を通じて出されたことは何故に【立替】なのかです。

    日本神道では人は【青人草】と言います。この青草の苗とは「稲」草のことで、実った者達は「米」なのです。また、日本神道では神のことを【柱】と言いますが、これは【大樹】と成った存在を指します。この【大樹】にと成長した者達は切り倒して使うのではなく、新しい地球にその根ごと【移植】するなのです。その移植が「立替」でもあるのです。

     

    私はこのブログで大本教が予告した「立替」に関しては述べて来ましたが、今回、神柱として使える者達はそのままで新しい地球に【移植】すると出て来ました。それは新しい弥勒の世に生まれ変わるのではなくて、今の思考や意識を持ったままで、新しい弥勒の世の神柱(神司)となるなのです。

     

    旧約聖書の世界で語られたことは【ダビデの若枝】で、倒された大樹から新しい芽吹きのことでしたが、大樹を倒すのではなくて新しい地に【移植】です。

    先立ってより、左の世に行く世の大物達の光景が出されて来ました。彼らは「みろく世」には行かない人達のことです。もう「右左」の働きはどんどん出て来ており、その肉体は解らずとも魂の世界には主の裁きが始まっていると思われるのです。

     

    右の路線は、新地球(みろく世)に移る者

    唯一成る神だけを神として認める者。創造神がどうしても新しき世の指導者にしたい者(創造神の眼鏡に適う者)。創造神の御魂洗い時には耐えて、その魂の汚れ(カルマ)が取れた者達。みろく世は【嬉し嬉しの世】。

     

    左の路線は、今の地球に残る者(今の太陽も月も輝かない)

    神の存在を認めない唯物主義者。急進左翼主義並びに共産主義者。反国常立尊派の神々。愛ばかりを言って、悔い改めを言わない者も今の地球に残る者。犯罪をすることに喜びを覚える者。暴力主義者達。その世界は力の強い者が勝つ。

     

    今の地球に残っても、人々が住む環境が維持出来ない

    もう誰もがこの地球環境の破壊の足音を聞いています。人の力では立て直せない。さりとて、世に出ている神霊達も無理。もう人々の神に対しての祈りで解決出来る段階ではないのです。

     

    青人草から「米」として実るもよし。この世の大樹となって、神柱として創造神の移植を待つもよしなのです。

     

     

     

     

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    光も閉じ込める宇宙の穴に至る【窒(膣)】のブラックホール。神の子宮口から生み出された星達

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      私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、【私の書は旧約聖書であるけれども暗号化されていて、そのままに読めば意味を間違える。新約聖書は人の子達が為した書で私の書ではない。私の教えはこの日本に秘めた。日本神話の天の岩戸開けなどの事実はどこにも存在しない。この世の終わりの時の為の予言である。そなたは日本神話の天の岩戸開けに私が何を秘めたのかを解き明かしなさい。】と告げられたしだいです。

       

      日本神話の天の岩戸開け。それは旧約聖書の神と称する声が【私が仕組んだ】と言う内容は、当時は子供であった私にすれば何を告げておられるのか意味不明の内容でした。日本では旧約聖書の神などを説く方はまずいません。が、私が日本神道の世界に入って驚いたのは、日本神道は旧約聖書の世界かと思う驚きでした。そして、有名な【ダビデ】の紋は伊勢外宮の豊受姫の御紋章としても知られているです。

      また、私が神霊世界に修業に入って、伏見稲荷山首座神の豊受姫からも【日本神話の天の岩戸開等の事実はどこにも存在していない。】と告げられました。日本神話の【天の岩戸開け】とは、いったい何を告げているのかです。まったくもって理解出来ない謎の一つと言えました。

      だが、大本教神諭や霊界物語に触れて、それらの謎が少しずつ解けて来たと言えます。

       

      大本教が説いたウシトラ金神国常立尊と旧約聖書神は同一神

       

      そして、天の岩戸の「イワト」とは、日月神示で「一(イ)八(ワ)十(ト)」と示された様に、日本語は数字にも【言葉の仕組み】が秘められているです。

       

      日本神話の天の岩戸開けとは、弟君の素戔嗚尊が織姫の「陰処(ほと)」を竹で突く等の乱暴狼藉に怒った姉君の天照大御神が、天の岩戸の中にお隠れになったので太陽が隠れて世の中は暗闇となり、元祖ストリッパーと言われる「天宇受売命」が【陰処(ほと)】を露わにして舞を踊り、それを見ていた男神達がその様に大笑いをして、その大笑いの声で何事かと思った姉君の天照大御神が少し天の岩戸を開けて様子を見ようとした時、天手力男命がその岩戸を押し開いて天照大御神を世に出したことで、太陽が出たというあまり合理性が無い神話になっているわけです。

      何故に、この様な日本神話を仕組まれたのか?。不思議と言えば本当に不思議な内容なのです。だが、私が霊的世界から見せられた女子の【陰処(ほと)】の言葉に隠されていた意味は、宇宙の穴に至る「膣(窒)」なのです。

       

      神の怒りは女の股心、【陰処(ほと)】に隠された意味?

       

      性器とは、【生まれながらの心の器?】

       

      人は誰しも母親の子宮で育てられて【膣】を通って、この世に生まれ出て来ます。日本の各地には天の岩戸と呼ばれる場所が幾つもあります。一番有名なのは九州の高千穂にある天の岩戸神社で、私も二度ばかり行かせて貰っています。だが、その高千穂に行ったからと行って、別に何の意味もありませんでした。神話に【ロマン(浪漫・夢や空想の世界に憧れて、現実逃避して、甘い情緒や感想に浸る)】程度のことです。

       

      太陽と地球とを比較すると、太陽は直径で地球の【109倍】。体積で【130万倍】も違います。そんな太陽が入る【岩戸】とは、何ですかとなります。高千穂にある天の岩戸に太陽神が隠れた?。そうした存在があるとすれば、それは宇宙の【ブラックホール】と呼ばれるものなのです。

       

      宇宙の穴に至る(膣)=ブラックホール

       

      ブラックホールは、星達の死と再生の神の子宮

       

      ブラックホールは【光も閉じ込める】等は宇宙理論としては解っていましたが、その存在の証明が出来ていませんでした。つい最近になって、ブラックホールの存在を天文学で写真撮影に成功したです。その存在が科学的にも証明されたのです。

      さすがに、こればかりはお釈迦様やイエスやマホメット(ムハンマド)の時代には説きようがなかった事柄と言えます。

       

      私達人類や動物や植物達は【空氣】が無いと生きていけません

       

      その空氣の78%は【窒素】で、タンパク質の元です

       

      私達は大地に植物の種を播けば芽を出して葉を茂らせて花が咲き果実に成る。そうした自然現象を不思議だと思う方は数が少ないと言えます。そうした成長の要素は「太陽(火)と水」の様に思っていますが、窒素が無いと植物は生長しません。草が有り。その草を食べる草食動物が有り。その草食動物を食べる肉食動物の存在があります。私達人類はある意味【肉食動物】と言えます。食物連鎖の過程には草を育てる「窒素」が無いと生きられないのです。

       

      その【窒】の字。

      何故に【穴(宇宙を開く)に至る】の漢字に成っているのか?

       

      大本教の出口王仁三郎聖師は世紀の大予言者と言われていますが、大本教霊界物語に【宇宙開闢の時が、最初の宇宙の天の岩戸開き】で、大本教が宣伝した世の大立替(二度目の天の岩戸開き)とは、宇宙開闢以来のものと予告しておられます。

      日本における神社の神々が世の立替の為に立ち上がる等と語る規模の意味ではなくて、宇宙的規模であり、地球という星だけの問題ではないということと思われるのです。

      天の岩戸開きとは、宇宙の陰処(ほと)で解る宇宙の穴に至る膣(ブラックホール)から星達が生まれ出る様な規模の大きな事が説かれていると考えられるなのです。

       

      そこに日と月を一新して治める【明治の維新】

       

      そうなりますと、もう私達の人智で解る様な規模のことではありません。とても語りきれるものではありません。

      科学では、この宇宙は【ビッグバン】によって成り立ったとします。しかし、宗教の世界ではそうではありません。仏教は【無(ム)から有が生じた】なのですが、科学者から言わせれば【無から有が生じる】など絶対に無いとします。誰かが無の場所に有を持って来ないと科学としては成り立たないからです。

       

      日本書紀におきます「天地開闢」は【渾沌が陰陽に分離して天地と成った】とします。古事記には記載がありません。この「渾沌」は【混沌】の漢字の方が意味が解りやすいと言えます。ギリシャ語で【カオス(混沌)】と言いますが、ギリシャ語のカオスの意味は【大きな口を開けた虚の空間】を意味した言葉です。つまり、宇宙に有る虚の「穴」のことです。

      大本教霊界物語では宇宙に【円筒形】の物が出て来て、それが回転することによって星達が誕生したとしています。国常立尊様を信仰している多くの方達も、その円筒形の物が回転して星達が生まれ出た霊的光景を見ておられるようです。

      私が霊的に見たのは円筒形でも「長方形のカプセル状」の様なもので、それは【星達の卵を入れた容器】と言えました。問題はその場面ではなくて、宇宙の初発には何も無かった。つまり【無】だったです。そこに微細な【霊】的な物が出て来て、やがて混沌として来た。そこに【重力】が発生して宇宙の母胎が誕生した。この宇宙の母胎のことなのです。

       

      始めの漢字は【女の胎】

       

      その母胎たる宇宙の口たる「膣」からカプセル状の宇宙の卵達が誕生して来て、膨張して今の宇宙が誕生して来た幻視の光景です。それが事実かどうかは解りかねますが、単に科学のビッグバンでは説明しきれないなのです。

       

      これを端的に表現したのが日本語の【123(ひふみ)】と思われます。但し、この一二三(ひふみ)とは、【火(ひ)風(ふ)水(み)】の意味ではありません。一二三(ひふみ)に【火風水】と漢字を当ててしまいますと、風の意味の解釈がまるで違って来るからです。これは大本教から出された【天の数歌】の解釈たる【一二三(ひふみ)】が近いと言えます。

       

      大本教から出された「ひふみの解釈」は、「ヒト、フタ、ミ」と読ませています。また、一の「ひ」は一霊四魂としていますが、そこに四魂があったのかは何とも言えません。「フタ」は【八力】とだけにしているようですが、二は二つで解る様に「陰陽」であり、厳瑞を出さないといけません。

       

       

      一(ひ)は、霊(ひ) 霊の発生(混沌の芽生え)

       

      二(ふ)は、厳(火)瑞(水)八力で 八つの力が吹く

       大本教では、この【八力】を「動、静、解、凝、引、弛、合、分の八カ」としていますが、私は「八力」は言葉として単純に開く(八)力として、個々の力の意味の詳細には拘っていません。あまりそうした細かいことに走ると、原点を見失ってしまうからです。

       

      三(み)は、三元 霊・力・体の三要素

       大本教ではこの三元を【剛・柔・流】としましたが、剛は体であり。柔は霊であり。流は力と言えます。難しく解釈するのではなくて、素直に言葉の意味を読み取るなのです。

       

       

      私は以前のブログで下記の様な図柄を出しました。

       

      私はこの図を幻視した時、まったく意味が解らないので、ある霊能力者の方に問い合わせをしたところ、その方も解らないので水行で潔斎をした後に、神界にお伺いを立てるとのことでしたが、その返事が来る前に私も意味を理解して、その霊能者の方のお伺い内容とが一致はしました。

      これは霊能者の方によれば【宇宙の神紋】で、大本教で説いた【二(フ)】の厳瑞八力がこれまでは固定されていたが、時節が来ると二つに分かれて、一つの◇は右に回転。一つの◇は左に回転で、宇宙の八力で人類は【左右】の世界に別れて行くなのです。その時は【宇宙の真柱神】が立つ。つまり、この地球上に居られる神々の神力によって世の大立替が行われるのではなく、宇宙を創造した【厳瑞八力】による宇宙開闢以来の世の大立替の意味と言えるのです。

      ですから人類の魂は【輪廻転生】を終えて、永遠(八の世)に入るなのです。まったく別の世界となりますので、これまでは地獄界に居ても人として生まれ変わって天国に行く。そうしたコースは無くなるのです。

       

      私達人類は【身(三)】を持って、三次元世界に生きています

       

      この世の身を失えば、肉体の死(四)で四次元世界に行きます

       

      人は誰でも四次元世界には行けました。ほとんどの方は三次元と四次元世界の往復。輪廻転生の中に置かれていたなのです。日月神示等では今の世は【三四五(みよいづ)】と出されましたが、五次元界に進めれば御の字と言えたのです。そこに世の立替で【五六七(みろく)】の世が到来すると宣伝されて来たなのです。

       

      聖書に【龍】とは霊界で年老いた大蛇霊とありますが、多くの黒龍神は黒蛇霊から昇格した様な存在と言えます。ただ、いくら霊力を持っていても六次元ぐらい迄の存在とされています。そうしたこともあるのか、七次元界より上にはサタンとか悪魔とかは存在しないとも言われています。そこに、第六天魔王などの存在も語られているかと思われます。それらは冥府で示される「六」迄と言えます。

      一説には人類は過去六度滅びており、今の世は【七(質)度目の世】で、次に永遠の【八度目】の世が来るとされています。これが最後の立替(審判)であり、宇宙を開く【穴】とも言えるのです。

      こうした【ひふみ(一二三)】等の言葉の仕組みは【日本語】以外には存在しないのです。これを英語の「ワン、ツー、スリー」等と言っていたならば、絶対に言葉に隠された意味など理解出来ないのです。

       

      聖書には最後の審判として創造神が現れたならば、この世の太陽はもう輝かないとありますが、三次元世界の太陽は輝かなくなっても、それは三次元世界だけの問題なのです。

      それは霊界には【霊界の太陽】があり、霊界ではこの世の太陽はまったく関係がないのです。つまり、次元を異にしますと別の世界が展開して来ます。本来の神と呼ばれる存在は神社に鎮まっている人霊的な存在の御神霊達ではなく、宇宙を創成して来た存在です。

       

      神と呼ばれる存在の認識は人によってかなり違います。神は宇宙的な存在と見る人もあれば、現世御利益とか困り事相談の存在だと思っている方もあります。神と呼ばれる存在に対する概念は様々とは言えます。

      お釈迦様は、この世は【苦(九)界】と説かれましたが、その「苦界」を苦界ともせずに生きる人達と、その苦しみに文句ばかりを言っている人では、まったく違うなのです。

       

       

       

       

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      霊が見えて霊と会話が出来るから「霊主体従」でなく、霊は見えず霊と会話は出来ないから「体主霊従」ではない

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        大本教から【霊主体従】と、その反対である【体主霊従】の言葉が出され、体主霊従は【悪】だと出されました。そうなりますと、霊が見えて霊と会話が出来る者は正しい者達で、霊が見えない者は悪い者達式の話が出て来ました。特にスピリチュアルでは霊が見えるから自分は正しい者だとか選ばれた者だ式になっています。

         

        私は霊能者に成れるような霊的素質は持ちませんが、それでも霊界修行を通じて霊的世界の見聞をさせてもらいました。そうした中で、科学では否定されてしまいますが霊界の次元と呼ばれる霊界層が在ることの理解に立ちました。

        この霊界の階層は、上の階層の者から下の階層は解るのですが、下の階層の者から上の階層の様子は解らないという特徴があります。つまり神の高山(神界ピラミッド)で、自分自身は上の階層に登らないで下の階層に居て上の霊階層はどうだこうだと論議しているです。

        スピリチュアル標榜者の多くの方は、確かに霊界の一部に関わって、神霊とか天使と称して出て来る霊との交流はあります。しかし、その霊の名乗りが本当に正しいのかとなりますと、霊界のオレオレ詐欺集団の役割における神名に踊らされているが多々見受けられます。それらは何人もの霊能者や霊感者をも巻き込む詐欺なのです。

         

        ある方を私が見ても「野狐」霊憑きだと簡単に解りましたが、その方には八尾の大物の野狐霊が居るとまでは見えませんでした。が、霊能力がある方からその方に憑いているのは八尾の大物の野狐霊と聞かされて、なるほどそれでそれなりの霊力があり、その方の周囲に集まる霊感者もことごとくその八尾の大物の野狐霊に従属する霊団に踊らされていると解ったがあります。その意味では霊的なことが見えないと判断がつきにくいはあります。

        いくら自分に霊感があるとしても、この地球は霊界でも蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と称されている低級階層の霊が大多数なので、昨日誰々と出会いましたね。夕食に何を食べましたねの類いならば当てて来ますが、大本教の出口王仁三郎聖師の様に未だ来てもいない未来に起きる出来事を数々当てて的中させたではありません。

         

        この地球霊界に関わる低級霊達に支配されていると、人類の未来は白紙ですと言うだけで、過去に大本教の出口王仁三郎聖師がどれほどの予言を的中させて来られたかを知っていないとなります。

        私が霊界修業のお世話になった豊受姫は、最初の師匠が在命時だったので、その師匠に阪神淡路大震災や普賢岳爆発などを事前に告げていました。高級神霊は未来を見通しているなのです。

         

        未来は白紙ではなく、高級神霊には未来は見通せる

         

        ある方は、その方に出て来る霊集団の指揮官から、貴方は七次元の素戔嗚尊の魂だと告げられた。また、幾人かの霊能者からも貴方は七次元の素戔嗚尊の魂だと告げられたと言われます。が、私からすると???マークの連続です。七次元界など絶対に無理な魂だと解るのです。

        その方の魂はどす黒く汚れてはいないのですが、魂が丸くなく角が立っており、捻れ現象を伴っており、そんな魂の状態で七次元界などはあり得ないからです。

        この方自身の魂の点数が出ましたので見ると50点台。それでは五次元界が関の山です。イエスや大本教の出口王仁三郎聖師は八次元界の高い魂だと言われていますが、未だ輪廻転生を脱した段階ではないとも言われています。輪廻転生を脱却されたのはお釈迦様であり、霊界でも一段と高いことが覗えるのです。

        もうお釈迦様はこの世には出て来ないなので、それに代わって【みろく菩薩】がお釈迦様の悟りを代わりに告げるとされて来たなのです。で、巷には自分が「みろく」ですと名乗る人が多数出て来られましたが、その【みろくとは、言葉の仕組み】だったと言えます。

        かっては第一天国界が最上級霊界と言われておりましたので、それ以上の霊界は無いと考えられていたのですが、大本教の出口王仁三郎聖師は創造神と呼ばれる神が存在する最上級霊界の存在を説かれたしだいです。しかし、その界は輪廻転生から外れる為に魂に九十(卆)点台と言う厳しい点数が求められます。

         

        私は以前からブログに下記の表を出しています。ただし、これは【正神界】から見た時の表です。邪神界で言う次元ではこの点数表は当てはまりません。

        その方の場合、人間としての性格は短気で怒りっぽく。平気で罵詈雑言を吐くで、かなり魂が捻れていると見受けましたので、私自身は50点台が出たことに逆に驚きを持ったのですが、それは邪神界の中にあっても金銭欲で無い【人助け】をしていることで、地獄界に墜ちる点数にはなっていないのだと考えられます。

        いくら霊が見える。霊と会話すると言っても、それが【金儲け】主体であれば間違いなく地獄界にと墜ちてしまいます。ですから、スピリチュアルは【金儲け】だと言っている人達は危ないと言えます。人助けがメインではなく、金儲けがメインになっていると【徳(悳)】が備わらないからです。霊など見えなくても他を助けるに従事された方は自然と【徳(悳)】を積まれているのです。

         

         

        私は、霊は見えない。霊と会話する能力は何一つ無いと言う人達の中で、信仰心に篤い人達の魂に70点台が出ている方を多数見て来ました。これは霊的世界で言えば第二天国界。仏教的に言えば菩薩界に、この世で生きている間に入っているとなります。そこに、大本教で説かれた【霊主体従】と【体主霊従】の世の解釈が間違っていると気づいたしだいなのです。

         

        霊主体従とは、魂の指導で肉体が正しい行動をする

         

        本人に霊が見えるとか霊と会話することではないなのです。いくら霊が見えて会話が出来ても、スピリチュアルは【金儲けだ!。】式で走っている多くの霊感者を見た時、その背後に居て神だ天使だと称している霊達の正体がまるで見えていない。解っていないでは、それでは【霊主体従】とは言えないのです。逆に貴方は【動物霊の容器】に成り下がっているだけではないのかです。

        自分には霊が見えない。霊と会話が出来ないとしても、その人に【正守護神】と呼ばれる様な高い神霊が存在し来ていると、その人は【正しい考えや行い】をされています。つまり霊が見えるとか見えないではなくて、その人に内在している魂が肉体を導いて如何に正しい行いをしているかなのです。

         

        体主霊従とは、肉体の行動に霊(魂)が引きずられている

         

        人の肉体とは、魂がこの世で生きて行く為の【服】にしか過ぎません。これが人は【霊止(ヒト)】と呼ばれる由縁です。ところが、霊止(人)たる服には【自我】が存在して来ます。仏教では人は自分の【真我】や【本我】に目覚めよと説いては来ましたが、残念ながら【自我】が強すぎて自分の【本我】や【真我】に至らないが起きます。

         

        肉体の自我が本我や真我を押さえ込むと体主霊従なのです

         

        仏教では貴方自身の本性は【仏性】だと説いてはいるのですが、これを日本神道で言えば【神性】と言うことなのです。自己の魂の【神性や仏性】に目覚めないということが問題なのです。

        スピリチュアルで説く霊的世界とは低次元の霊世界であり、自己の【神性や仏性】に目覚めることはまずありません。

        私も霊的世界の見聞修業の中では、どうしても【奇跡の現出】に心を奪われる時期がありました。この世の科学では説明できない事柄にぶつかるからです。私も体験上、霊界を興味本位。霊界の奇跡に囚われることを非難はしません。だが、奇跡もそのメカニズムが解って来ると、別に奇跡は奇跡では無くなって来るのです。そのメカニズムがこの世の者には解らないだけなのです。

         

        で、私には多くの霊感者や霊能者が言わない魂の点数が出るのかとなりますと、私が言霊師の師匠の元で修業している当時、私が就寝しょうとすると多くの霊の声が聞こえて来て、いろんな言い訳をして来ます。その内容は、その霊がこの世で肉体を持っていた当時に起こした罪に対しての言い訳で、その罪の刑を霊界で減じて欲しいと言う陳情です。

        毎夜、毎夜、あまりにもうるさいのでその当時の師匠であった言霊師の方に尋ねましたところ、おまえは閻魔庁の判官(裁判官)であったからだと言われます。閻魔大王は閻魔庁の長官ですが、全てを一人で裁いておられるのではなく、その下には判官(裁判官)と呼ばれる者達も居るなのです。おまえはそうした判官の一人でもあったと言うのです。

        私を見た霊能者の七〜八名の方から、貴方の本守護神は【国常立尊】様ですよと告げて来られましたが、霊能者の中には貴方の本守護神は【閻魔大王】様だと言われた方達もありました。

         

        日本の記紀神話では、最初の神を日本書紀では【国常立尊】。古事記では【天之御中主】としますが、これは同一の神なのです。天においては天之御中主。地においては国常立尊とするだけです。冥府においては国常立尊を閻魔大王(閻羅大王)とします。その働きにおける神名なのです。

        ただ、その天之御中主(国常立尊)様よりも上位の創造神が存在するかとなった時、それは存在しているなのです。この神のことを西洋では【始めにして終わりの神】と言うのです。ですから、この神が人類の上に臨んだ時は終わりの神であり。次の世(みろく世)の始めの神となるのです。

        大本教ではこの神の存在を【天之峰火夫皇大御神】として世に名を出しました。が、霊能者や霊感者だからと言って、この存在はよく解らないなのです。また、世に出ている神達にも解らないと言えます。

         

        私が天狗霊を従えた霊能者から攻撃された時、閻魔庁の役人達が私の守護に駆けつけてくれましたが、私が霊界で閻魔庁にかっては属していたからもあるようです。私に人の魂に点数が解る不思議な現象は、私自身がかって閻魔庁と深い関わりを持っていたからと考えられます。

        豊受姫のお代であった最初の師匠は私に対して、【貴方を見てこんな恐ろしい存在は見たことが無いと言う霊能者は本物の霊能者ですが、そうでない霊能者は相手にしない方がいいです。】と言われていましたが、私は自分が恐ろしい存在に納得は出来ていませんでした。私の背後には閻魔大王たる方があるとすれば、その存在が見えたならば恐ろしいとはなります。

        だとすれば、私が見ている人の魂の点数とは、【閻魔庁】が見せて来ているとは言えるのです。

         

        ただ、いくら元は閻魔庁の判官と言えども、この世に肉体を持った者やそうした肉体と縁がある霊は救えません。それは何度も言うように、人の肉体には霊を浄化する能力があり、霊が頼る縁の肉体が存在すれば、その肉体に浄霊を頼まないといけないからです。私に出来るのは頼る肉体を持たない霊達だけなのです。

        いくら自分が生まれ出た家の霊と縁があるとしても、自分が犯した罪でもないのに、どうして自分に縁がある家の霊の浄霊を自分がしなければならないのだ!。そうした文句は出ますが、人はこの世に出て来る時には自分が生まれ出る家を選択して出て来る以上、そうしたことを承知して出て来ているのです。

         

        だが、この世に出て来ると、この世に出て来る前の約束を果たさずに、何で自分に霊が懸かって来るのだと文句ばかりを言うが起きます。

        旧約聖書の【自分が播いた種の果実は自分で刈り取れ。】のカルマが、まったく忘却となるのです。

        仏教では、この世に現れて来る【カルマ】は全て自分が播いた物と説きますが、自分が生まれ出た家系のカルマも、また自分に懸かって来るなのです。為に、自分が生まれ出た家系の直系の御先祖霊の供養は子孫たる者達の勤めともなるのです。それは本家とか分家とかには関係しないのです。

        自分の魂を磨く(魂の穢れを取る)。自分の魂を丸く(性格を穏やかに)することによって、自分の魂も霊界の階段を上がり、自分が生まれ出た家系の御先祖霊の供養にもなるなのです。

         

        自分の魂を磨く(穢れを取り、性格を丸くする)

         

        それが本当の【霊主体従】なのです

         

         

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        魂(玉思惟〈玉形の意識〉)を磨くとは?。その二は自分の魂の出処たる故郷に帰る為に

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          人は何故に魂を磨かないと行けないのか?

           

          それには幾つかの理由が存在するのです。

           

          私達の魂は、肉体の両親から授かったものではない

           

          肉体にはその肉体を産んでくれた両親が存在しますが、人の魂とは魂の世界で生まれた存在が、肉体と呼ばれる魂の器に入ったなのです。ただ、魂が肉体に入った時期に関しては、霊能力者間でも意見が違います。

          例えば、自分はスピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんや、その師匠格である美輪明宏さんなどは、男子との精子と女子の卵子が結合した受胎の時と言われていますが、私が出会って来た伏見稲荷講の諸先生達は【悪阻(つわり)】の時だという見解にありました。

           

          魂が肉体の母胎に入る時が【悪阻(つわり)】

           

          肉体の母親となる魂と、その子供として出て来る魂の波動の違いで、母胎に入ってくる魂の穢れ(悪)を阻止する意識の違いが【悪阻(つわり)】の発生で、その頃に魂が肉体の赤子に入ったとする説です。母胎に入って来る魂と母親の魂との波動に大きな差が無ければ悪阻はきつくなく。その波動の違いが大きいと悪阻がきついなのす。 

          霊媒質者だと解ることですが、自分の意識と違う汚れた意識の波動を受けてしまいますと、吐き気を催して嘔吐もします妊婦の「悪阻」と同じ様な症状が男性霊媒体質者にも起きるなのです。そうなりますと、精子と卵子が結合した受胎時説は出せなくなるのです。だからと言って、別にスピリチュアル界の大御所と自認される霊能者江原啓之さんやその師匠格である美輪明宏さんの説は間違っていると主張しているのではありません。言葉の仕組みからすると【悪阻(つわり)】の時かです。

           

          ただ、そこには自分の親に成ってくれた存在に感謝しなさい

           

          また、霊能力者に見られる事柄に【黄泉帰り(蘇り)】があります。有名な宗教家ですとGLAの開祖であった【高橋信次】師はその【黄泉帰り】の方とされ、人生の道中のどこかで一度【三途の川】を渡っておられるはずなのです。

          この【黄泉帰り】とは、一度は【三途の川】を渡ったけれども、未だこの世でしなければならない任務があるで、この世に戻されてしまうことです。この手の方は宗教家や人並み以上の霊能者になっておられます。その時、それまで世に出ていた魂と霊界に居た自分と同じ魂が入れ替わって出るがあります。

          こうしたことが解っていると、人に魂が降りる時は精子と卵子が結合した時と言う説は否定されなければなりません。世に出ている御神霊と称する霊でも、人は何億個と言う精子の中から選ばれた存在だと、素っ頓狂なことを言われる御神霊もあるにはありますが、魂は父親たる肉体の一つ一つの精子に宿っているではないのです。

           

          お釈迦様やイエスや弘法大師さんなどは、世に出ておられる御神霊よりも霊界では高い次元の魂の持ち主だったことが解っています。そのお釈迦様やイエスや弘法大師さんにも肉体の両親が存在しました。マリア処女受胎説など、本当であれば実に恐ろしいことなのです。もしも処女受胎であれば、必要が無いことを目論んだその正体は誰かとなるのです。

           

          魂は肉体の受胎より後に降りるので、処女受胎の必要性がそもそも無い。

           

          では、その肉体の父親から放出される数億個の精子の一つ一つに、そうした方と成る存在の魂があったのかとなると、違うと解るようでないと霊界では神霊と名乗る者に踊らされてしまいます。

           

          私は霊世界の修業の過程の中で、ほとんど神霊と会話はしていません。そのことに関して豊受姫のお代であった最初の師匠は、【あなたはあまりにも賢すぎて、神様達が近づけない。話せない。もっとバカであるべきです。御神霊がカラスの羽根は白いと言われれば、自分ではカラスの羽根は黒いと思っていても、カラスの羽根は白いと言わなければ神のお代などは勤まりません。】と言われます。

          神霊のお代になるならば、その神霊が出す言葉には逆らわないの意味は解りますが、私はカラスの羽根は黒いと思っている以上、神霊がカラスの羽根は白いと言えば、あんたが間違っていると言うタイプであり。おまえ、本当に神霊か?。と言う者です。カラスの羽根が白いと言うのであればその証拠を見せなさいと、相手がいくら神霊と名乗っていても言う者です。嘘と解るような事を相談者に告げるぐらいならば、神のお代などはしないなのです。また、道理に反する嘘を出す神霊ならば、私はそんな神霊にはいくら霊力がある存在でも仕えないなのです。

          残念ながら、今の神霊世界では100%言い当てる御神霊も、そのお代たる人も存在していません。ですから、神霊世界はまだまだ解らない世界なのです。ただ私達が日常的に接する霊社会は低次元界であることから、動物霊と言われている霊が力を持っているなのです。

           

          私が言霊師たる2番目の師匠の元で【審神(さにわ)】をしている時、その霊が自分は何神と名乗ろうとも、言っている事柄がおかしいと思えば、そこに突っ込みを入れます。相手が自分は何次元の神と名乗ろうとおかまいなしです。そうすると、相手がタジタジとなってその正体が見えるなのです。で、私の主神に成ろうと言う神は存在して来ません。

           

          どの御神霊でも、【賢い者】を嫌います

           

          その霊が言った言葉の中身がおかしければ突っ込んで来るからです。この「賢い」と言う意味は、頭が良いと言う意味ではありません。【賢明(道理に明るい)】者の意味合いです。頭の良し悪しだけならば「学者」がその役目をすればいいわけです。だが、学者に【審神(さにわ)】者は勤まりません。学者は人の目には見えない世界。物理の法則に反する世界。そうした世界の存在そのものが信じられない世界だからです。否定論から入って来るからです。

          お釈迦様やイエスや弘法大師や日蓮聖人。大本教の出口王仁三郎聖師などは【聖人】と呼ばれる段階で、世に出ておられる神々よりも霊界では上位の魂であったとされます。それに次ぐ様な段階が【賢人(道理に明るい賢い人)】で、世に出ておられる神々の段階では自分の家臣的な従属者にはさせられないのです。神霊と言えども、それにお仕えする立場になってしまうからです。

           

          賢い者たる賢者は、道理で神霊を判断する

           

          ほとんどの御神霊は【人型】で見えるなのですが、他に【玉】として見える場合もあります。その時は肉体人に入っているような小さな玉ではなくて、巨大な玉として見えるがあります。神を語る時、その神霊がどれほど【巨大な玉】なのかで判断した方がより的確だとは言えます。

          精神世界でその名を出せばほとんどの方がその名を知る某著名な宗教開祖の方の背後に巨大な玉が写った白黒写真があります。それはその教団の幹部の方達だけが御神体として保有されているようで、世間に一切公表されていません。その写真を見たら、私が述べていることが一目瞭然に解りますが、その写真を私に渡してくれた幹部信徒との方との信義上から世間に公表は出来ません。さすがにあの教祖様ならばの話です。

          私の元にはスピリチュアル系の方から【光のシャワー】写真が多く送られて来ます。そんな写真が撮れたからと言って騒ぐほどのものでもないのです。それはその方が霊媒体質者であることの証明の類いなのです。 自分を写した写真に光の玉が写っていたとしても、それが超巨大な玉ならばいざ知らず、ほとんどの光の玉は詮索する必要そのものがありません。諸神諸霊の段階だからです。

           

          そうした光の玉の大小で解ることがあるのです。スビリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんと、その師匠格である美輪明宏さんも語っておられることですが、人の魂はスポイトの一滴たる大きさだとして、その本体はコップ一杯の水くらいの大きさがあるです。

          こうした自己の魂はスポイトの一滴。柄杓一杯の量だとしても、本体の魂はもっともっと大きい容量です。そこに新神道系誕生以後、【正守護神】【本守護神】論が出て来たなのです。つまり、【正守護神はそのコップ一杯の水】たる存在です。

          たが、一般的にスピリチュアルを標榜している大多数の方はそうしたことをまったく理解していないのです。それは、【何をしても神の愛で赦されます。】などの間違った論理を言い続けていることでも解るなのです。

           

          この世に出て来ているスポイトの一滴と称される自分(肉体)の魂が、その魂を汚したとすれば、そのコップ一杯の水たる本体に帰れますか?。自分が生まれ出た魂の世界に帰れなくなったことから、魂の【輪廻転生】が発祥したのです。

          この世に降りて来て、自分の魂を汚して帰れなくなった。だとしても、魂の世界には自分の魂のルーツたる親神魂が居るなのです。そのことを【神の故郷】に帰ると言います。

          そうしたことは仏典などでも、例え話として書かれているのです。私は私に出て来られた家系の御先祖霊が日蓮聖人の分魂であったとは知らずにいましたが、その御先祖霊は私を日蓮宗には導かずに、大本教霊学にと導いてくれました。

          大本教神典では、人の魂は魂の故郷たる親神魂の元に帰るまでは、長い長い辛い旅路を続けると書いています。しかし、聖書や仏典に取り組んでも、人の魂は【神の故郷たる世界に帰るまでの長い旅路】的な内容は存在していません。

           

          人の魂は穢れを取れば、魂の故郷(本体)に帰る

           

          魂を磨くとは、自分の魂の穢れを浄化して清める

           

          スピリチュアル界の大御所と自認されている霊能者江原啓之さんと、その師匠格である美輪明宏さんは、私達の魂がスポイトの一滴の分量だとすれば、その本体(正守護神段階)はコップ一杯の水だと素晴らしいことを説いてはおられますが、そのスポイトの一滴たる自分の魂を汚してしまうと、そのコップ一杯の水たる本体には帰れない。もしもその水に帰れば、そのコップ全体の水を汚す。そこまで説けきれていないのです。それがスピリチュアルの限界なのです。

          ほとんどのスピリチュアル標榜者は、自分には霊が見える。霊と会話するだけで自分は特別に選ばれた者だと錯覚を起こし、自分の前に出て来た霊の本当の正体すら解らない。ですから、いくら神仏が自分の前に出て来たと言っても、本物と呼ばれる霊能者の存在はそうしたの中の千人に一人程度しか出て来ないと言われているのです。

           

           

          この仕組みが理解出来ていると、スビリチュアル標榜者の常套句

          神の愛で何をしても赦されますは説けない

           

           

          スピリチュアルで、自分には天照大御神様が出て来られます。天使長ミカエルが降りて来ますといくら言っていても、こんな簡単なことさえ理解出来ていなかったのかとなるのです。

          日本新神道系で説かれて来ました【魂】の存在、【正守護神】に【本守護神】の存在、そして日本神道の【禊ぎ(身削ぎ)】等の日本の言葉を理解出来れば、この日本は【創造神の言葉の仕組み】で成り立っていると解るのです。ただ、そうした言葉が縦横と連動していることに気づかなかったと言えるでしょう。

           

          自分には魂が在ると気づくならば

           

          自分の魂の故郷に帰りたいと気づくはず

           

           

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          魂(玉思惟〈玉形の意識〉)を磨くとは?。その一は意識(思惟)そのものに汚れを持たない

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            幾度か説明して来ましたが、魂とは【玉形の思惟(意識)】の総体と言えます。神霊と呼ばれる存在は、一部の霊能者の方は神は光であって姿などは無いと言われますが、その光を出している存在は【人型】で見ることは出来ます。そのことを私の最初の頃のブログで書いたのが、【神は光だ!で天狗さん。神は光でも姿が見える】でした。

            http://kamikotokai-b.jugem.jp/?eid=44

             

            私の元に自分には死ぬかと思うほどの凄い光に打たれて失神しました。自分は救世主だろうと思います。自分一人では何なので貴方は私の参謀になってくださいとメールを寄越された方があります。自分の肉体に何等かの魂(光の玉)が飛び込んだ現象です。その力が強いと肉体人は失神もしますし、最悪の場合は精神が破壊されて精神病院通いともなります。

            私は必要がある時は私の守護霊がそうした霊界の出来事や、それに関わっている霊達の正体を見せてはくれますが、そうでない時は何も見えない者です。それでは霊能者としては失格者だと自認しています。霊を自在に呼び出して会話が出来るでないと霊能者としては勤まりません。

            だが、そうした光に打たれたから自分が救世主などはあり得ないことなので、その方にその光に対しての質問内容をメールしたところ、その光は自分は大白蛇霊であることをその方に自白するがありました。それ以後、その方にもその光が大白蛇霊で見えるようになったなのです。

             

            スピリチュアルでは【神は光だ!】は常套句ですが、大本教神諭に【天の岩戸を開ける役に閉める役。閉める役が難しい。】とありますが、天の岩戸内の光を一瞬でも見たならば、自分は光に打たれたから救世主です等あり得ないのです。その岩戸の光の中に入って平然としているような存在で無いと救世主などは勤まりません。お釈迦様以上の存在で無いと救世主はまず無理です。その【光の質】が私達が言う光の質とはまるで違うからです。私などとは遙かに遠い存在と言えます。

            私は一瞬ですがその光を見て、【光に殺される】と感じました。で、どうすればその光に耐えることが出来るのかと思考をして来たのです。もし、自分の魂に一点でも魂に汚れがあれば、その光が汚れの場所で燃えます。そこに【人に内在する良心神】にしか解決策が無いと理解が進んだのです。

             

            日本神話が告げる天の岩戸内の【天照大御神】とは何の汚れもない純粋な光のことで、豊受姫の筆頭分魂の持ち主とされる方で伊勢神宮の内宮に鎮座される男神の天照大御神に出会われた方は、その天照大御神は高貴な光に輝いておられたと言われます。だとしても、それで天の岩戸を開けるとか閉める役が出来るかなのです。

            優れた霊的能力を持つ方は光を見ても、それが高貴な光なのか。そうでない光なのかを瞬時に見極めるなのです。光には【質】の違いがあるなのです。私は【光】とは【火借り】だと語っていますが、私達が見ている光とは太陽が核融合で燃えている火借りであって、霊光ではないのです。

            優れた霊能者の方は、【神の高山(神界ビラミッド)】の合目で神霊の段階を判断されるがあります。そうした合目と次元界が必ずしも一致していると言えませんが、神界ピラミッドの九合目ぐらいまでと次元は一致していると思われます。

            大本教の出口王仁三郎聖師は素戔嗚尊の魂でも八合目神で、伊勢の内宮神たる男神の天照大御神は神界レベルでは八合目神当たりで、大本教は国家神道には勝てなかったとするからです。為に、神界八合目位の魂では世の立替の指揮が執れないことから、九合目か十合目の神が現れると予想がされています。

             

            しかし、囲碁や将棋の世界を見ると不思議なことに気づきます。九段位の方は数は多いのですが十段位はたった一人しか存在しません。神記号として【十】字が使われますが、十の意味は【テン】であり、十段位(頂上)の界はたった一体の神だけなのです。

            言葉の仕組みから紐解きますと、魂の卆業点は「九十(卆)」点なので、九次元界から上は次元と神界ピラミッドの合目は必ずしも一致しないのかも知れません。

            巷には、お釈迦様やイエスや出口王仁三聖や弘法大師は九次元界の方で、自分はその4人の魂を引き継いでいるので「三十六」次元の存在だと、幸福の科学の大川氏以上のことを言われている方もありますが、皆さん全て自称の方なので、そうした名乗りは証拠とはなりません。

             

            十は神記号で「テン」

            最後の審判の時には【天に十字】が現れると言われているのもそこにあります。

             

            霊界ではその方が存在する次元よりも、高い次元の存在は【光として見える】があります。光として見えたからと言って、それが創造神と呼ばれる様な世界の光ではなくて、龍神とか天狗とか蛇霊の段階であっても光としては見えるのです。

            お題目として神は光だ!。そうしたことを言われる方が見る次元界そのものが低すぎるがあります。ラップ現象の様な場だと【光の玉】が飛び回っているものなのです。それらは見えたら光の玉だとは誰でも解ります。

            現在のテレビ番組などではカメラの性能が良くなり、人の目には見えていなくてもオーブ玉を映し出すがあります。しかし、お釈迦様やイエスや弘法大師さんの時代の頃は、そうした物は誰も目にすることが出来なかったのです。古い知識に囚われすぎてもいけないのです。

             

            そこに魂は光の玉(球)ならば、どうして汚れるの?

             

            そうした疑問が湧くのが本当です。光が汚れるなど基本的に考えられないからです。それは魂とは【玉形の思惟(意識)】だからです。その光の玉がどれだけ汚れた思惟(意識)を持っているかなのです。 思惟とは【心に深く考えること】であり、【思考】そのものなのです。自分自身の思い(想い)を汚すことが、光の玉(魂)を汚すなのです。

             

            悪いことを思えば光の魂(玉)を汚し

             

            良いことを思えば光の魂(玉)は汚れない

             

            それらは【思惟(意識)】のことであって、自分が思っている内容が創造神から見て悪い事柄ならばその光の玉は汚れて、自分が思っている事柄が創造神から見て良いことならば光の玉は汚れないのです。つまり各自の思惟(想念)によって魂に汚れが発祥するのです。

            それらは日本の両部神道における【六根清浄】からも読み取れるのです。身体が汚れるようなことをしても、心(意識)に思ってはいけない。自分の心に悪いことを思ってしまうと魂が汚れるなのです。

            それは仏教の般若心経の経典の【受想行識】の言葉を理解出来ていれば、ある意味理解が出来るのです。これを【五蘊(ごうん)】等に持って行くと、難しすぎて逆に意味が解らなくなるのです。

             

            仏教では、お釈迦様の死後500年間は正法が行われて悟りを得られるが、その後には形だけの像法の時代が千年来て末法に至るとされていますが、大乗仏教に入った時点でそれは起きているのです。何故ならば、自分の魂を磨くは小乗の教えであり大乗の教えではないからです。

            何故にお釈迦様が亡くなった後に大乗の教えが起きたかと言いますと、小乗は小さな乗り物の意で自分だけが助かればそれでいいのかです。小乗を悟った後で大乗の教えならばよかったのですが、後世の者が小乗を悟らずに大乗に行ったことで、事の本質が見失われたと言えます。

            仏教の大乗は仏の他力によって救われるの教えから諸仏を拝する形となり、【他力本願】で自己の魂を磨く小乗の理念を失ってしまったのです。お釈迦様は目連尊者以外は霊性の開発を禁止されたこともあり、霊的サイドから見る形が仏教から失われてしまったなのです。それでは自己の【魂】の存在がよく解らないなのです。

            ただ、それは致し方がなかった面があるのです。なまじ霊的な事物が見えるとなりますと、その霊たる存在達の正体が不明であり、そうした霊の言葉に簡単に騙されるが起きるからです。低い次元の動物霊が見せる事物に踊らされるです。

             

            日本では大本教の出口王仁三郎聖師が出て来られて、未だ起きてもいない未来の予言を数々的中させる。それはそれまでの神霊と会話するという拝屋のシャーマンスタイルを離れて、そうしたシャーマンでは語れないような【霊学】を広められたなのです。そこには哲学も含まれたのです。哲学も哲(さとる)の道なのです。

            ただ、大本教からは単に【牛虎】金神と出されたことから、その「牛虎」とはそれが【鬼が云うの魂論】を語っているとは誰も思っていなかった節があります。日本語と言う言葉を紐解くと、驚くべき事が仕組まれているなのです。

             

            自分の魂を磨けとは、自己の魂の永遠性を保つ為

             

            何度か書いておりますが魂とは丸い球であり、その表面は何の汚れも無ければその表面は透明の光沢を持ったガラス質の様な玉なのです。ところが、自己の魂を汚すとその汚れから魂の表面には【毛物】が発生します。

            そこから、人の姿をしていてもその魂は【毛物(獣)】となり、死後の世界で狐や狸や猫の姿になったりするのです。日本昔話にあります【狼がくれたまつげ】で人を見るです。怨念や執念が強い人だと死後に【蛇(邪)】霊となってしまうなのです。

             

            それが本来の【身変える(ミカエル)】の意味なのです 

             

            スピリチュアルで自分に天使長「ミカエル」が出て来ました?。その姿を深く霊視すれば、それらの霊は蛇や狐や狸や猫等の姿に見えて来るはずなのです。そんな霊達に人の魂の汚れが浄化出来るとは思えません。

             

            では、その逆の魂を汚さない為にはどすればいいのか?

             

            日本の神社に参拝してお願いすれば、神官が【修祓】をしてくれます。【祓い給え。清め給え。】です。だが、それは一時的な祓いなのです。何故ならば人は「考える葦」と言われるように、常に【思惟(意識・想念)】を発し続けているからです。毎日毎日神社に参拝して修祓してもらうなど出来ません。

            そこに自己祓いとして既存の宗教で説いている教えがあります。聖書であれば「十誡」。仏教であれば「十戒」と呼ばれる様な人がしてはいけない事柄をしないことです。そうした事柄を犯すと【戒(カイ)】を受けて【开(カイ)の刑】に服するとなるのです。人は形を持ちますが、そのこと自体が【开を受けた型】なのです。

            そこにこの世は【魂の刑務所】や【天人の苗床】説があります。そして魂の【輪廻転生】があるなのです。

             

            ですから、人の形を失うと【天国界】や【地獄界】に行く

             

            だが、現在のスピリチュアル標榜者の多くは【神の愛で何をしても赦されます】と説いて、【开(カイ)の刑】を理解していないと言えます。それは大本教の出口王仁三郎聖師が説かれた、【天国に案内すると言いながら地獄に導く取次者】と言えるのです。

            それらの問題はスピリチュアルのみならず、既存の宗教の牧師達や僧侶達は宗教開祖は霊を見ていても、そうした宗教団体の指導者と成った人達には霊が見えないことから、開祖が残した教義だけで霊界の実態をほとんど知らないが起きてしまい。その教えが後世になればなるほど何も知らない者による教えの改ざんや加筆がなされて【形骸化】されてしまったにあります。

            一方スピリチュアル標榜者の多くは霊そのものは見えているのですが、そのほとんどは下級霊界と呼ばれる蛇霊や狐霊や狸霊や猫霊と呼ばれる様な霊に惑わされる。使役されるを起こしているわけです。

             

            実によく当たると評判を取っている霊能者の方で、当方でお祭りしている御神霊は赤い狐霊さんだと世にはっきりと歌っていることはいいのですが、その赤い狐霊に使役されている自分がおかしいと思わないがあります。

            私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊川稲荷の大幹部である大白狐霊が、稲荷講の信徒さん達に向かって、【人間の分際で頭が高い。】と一喝してきて、私は思わず吹き出してしまいました。

            ある若い霊能者の方は若い白狐霊にこき使われていましたが、私達人間は三次元界の存在で白狐霊などは五次元界と思われますので、白狐達の人間は霊界では白狐よりも下位の存在だと思う感覚は解るのですが、人はこの世の生き方次第で白狐霊達よりも高い次元の霊世界に進むことが出来るのです。

             

            私はこれはと思う霊能力を秘めた方には、行者は白狐を使いこなす側の者と、こき使われる側の者とに分かれる。白狐を使いこなす側になりなさいと言っています。単に奇跡的なことに喜んでいると、自分の魂磨きを忘れてしまうからです。

             

             

             

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            この世の不合理・不条理の被害者は、恨みを捨てれば霊界では助けられる

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              世の中には、【神などどこにも存在していない。】と言う方達があります。その理由を尋ねると、この世には【正義】などはどこにも無いとか、あまりにも不合理・不条理がまかり通っていると主張されます。

              確かに、【神は正義だ!】とか、この世に存在する不合理とか不条理を考えるならば、どこに神が存在するのだと言う意見はまともとも言えます。

               

              仏教やヒンズー教には「輪廻転生」の言葉が存在しますが、詳細はあまり語られておらずに「六道を輪廻」するとされている程度で、その六道そのものが本当に正しいのかどうかさえ実証が進んでいません。為に、日本の仏教でも死後の世界を否定する宗派も存在しています。

              霊的分野を知るには、霊能力を持つ人達による説明を受けないと解らない分野ではあります。そうした霊能者の中には神仏に仕えて、神仏と会話をされる霊能者や行者が居ます。

               

              巷には、自分は聖母マリアとか天使ミカエルやガブリエルと会話するという方が多数居られます。特にスピリチュアル標榜者は日本の神仏系よりも、そうした天使名ばかりを言う方達が大多数だと言えます。これらの霊は「愛」の言葉をお題目としているだけで、彼らに霊界の実相を尋ねたところで何も出て来ませんし、言いません。語りません。私も稲荷山で修業時代はそうした大天使等と称する霊にも出会いましたので、そうした名乗りをする霊達が居るとは言いますが、彼らから神界の情報を得られるではありません。

               

              私はヴェーダ典に記載される【人の中で眠るコブラ蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】と書かれている現象に遭遇して、それから【真理】を求めて来た者であり、自分には高級神霊が憑いていると言う霊能力者ではありません。霊的世界のことは必要がある時は私の守護霊等が見せてはくれますが、必要が無いことは何一つ見せてもくれません。真理の【探求者】であっても、それ以上ではないので、霊力を持って人を助けるなどは出来ません。そうした類いの物は見せてはくれません。

              私は真理の道を求めるに当たって、自分には膨大な数の龍神が従っていると豪語して私を攻撃して来る人に対しても、今は何一つ恐れもしていません。昔は逃げ回っていましたが、今はそれも卒業しました。いくら霊能者に従う霊の数だけを揃えても、そこから何一つ【真理】が見えて来ないからです。それは何故かとなると、霊界には次元の呼ばれる階層があり、五次元とか六次元と呼ばれる世界の霊をいくら集めても、何も見えて来ないからです。

              生前は行者と呼ばれて神仏の力を背にして、それなりの霊力を誇られていた行者霊が死後に不浄仏霊と化している。それもその信者諸共です。人として生まれ変われずに、死後も霊的世界で行者的存在で力の誇示だけをしている。そうしたことにも遭遇して来ました。

               

              行者の末路、哀れなり

               

              と言われていますが、そうした実体を見てきたのです。霊力と呼ばれる力だけに溺れて、自己の魂を磨いてこなかった為のなれの果てです。その霊能者の霊力がいくら強くて多くの龍神を従えていても、自分の性格がなっていないとなれば、その霊能者の死後の世界の行き先は【邪神界】となります。

              ただただ、自分の霊力を誇示する為にだけ修業を積む。しかし、いくら修行を積んでも低次元世界から抜けられない。為にそうした霊には、高い神霊世界の存在がまったく解らないとなります。

              俗に言われることですが、高い神霊は人間に別に興味等ないのです。神が人間に近づくのではなくて、人が神に近づく努力をするです。それが【上(かみ)】の意味です。そこに勘違いが起きて、人に近づいて来るのは動物霊だともされるわけです。

               

              私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたにはこの神の神力を何も与えない。為に、そなたをバカにする者達が続出するであろう。そなたの背後にこの私が居ることが見えない神などは使い物にならぬ神である。】と告げられました。

              私には私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する神がどれほどの神であったのかが解らないので、その旧約聖書の神と称する声が私に告げた。【この国は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国だと言われたことが、その神の存在「証明論」ともなる】かと、日本語ですが【言葉の仕組み】を紐解いて来たしだいです。

               

              日本で神仏に仕える行者筋と呼ばれる方達には稲荷系や出雲系等があり、仏教では不動明王を初めとする明王系が存在します。また霊山から大峰系とか吉野系とか羽黒系とかがあります。そうした行者筋の方達は日本における神や仏(如来・菩薩・明王)と会話をされたりします。

              日本は神仏混合ですが、神や仏だと別ける必要は特段にありません。どちらも密接に絡んでいるからです。日本の大国主命様は仏界の大黒天として知られていますが、インドの神と日本神話の国造り神が同一等は学問的に言えばあり得ないことですが、実体はそうなのです。だが、その意味の説明が何も出来ていないなのです。

               

              では、そうした日本における神仏筋が霊界の真相を詳しく語って来られるかと言いますと、ほとんど言われません。だが、日本の神仏筋と関わっていると見えて来ることがあります。それは地獄界の長官は仏教で「閻魔大王」と呼ばれていて「輪廻転生」を司っておられる。キリスト教神学における冥府の長官は「サタン」では無いということなのです。

              仏教で教えられた地獄の長官「閻魔大王(羅王)」の存在は、日本の神仏筋に仕える行者ならば誰もが認めることなのです。この閻魔大王の存在を知ると、スピリチュアルの何をしても神の愛で赦されますのスローガンはまったくデタラメと解って来ます。そんな言葉をまともに受けていれば、死後に地獄に案内されるだけなのです。

               

              私はスピリチュアルの言葉に溺れて、死後に地獄界に行かれることを哀れとも思いません。何をしても神の愛で赦されるのですなど、【道理】で考えればあり得ないと簡単に解ることだからです。それならば、この世の【刑務所】も要らないのです。自分が犯した罪の罰分を受けてこそ、赦されるからです。

              また魂は【ソウル】とかでは意味が解りません。日本語で【玉思惟】として説いてこそ意味が解るからです。スピリチュアルだとかソウルとか言っていたのであれば、何も解らないのです。

              ですからイスラム法典の【目には目、歯には歯を】の論理そのものは正しいのです。仏教では【カルマ】です。それはスピリチュアルで説く【正負の原則】と同じことなのです。ただ、目には目を、歯には歯をの言葉だけを聞くときつく感じて、正負の原則だと解らない人達が居ると言うことなのです。正負の原則に従えば、何をしても神の愛で赦されますなどの言葉は絶対に出せないと解っていなければならないのです。

               

              人の魂とは永遠性を持っている為に、死後の世界に渡り、またもや人として出て来るの繰り返しがあります。それらが【輪廻】であり、この世は【天人の苗床】とか【魂の刑務所】と言われる由縁が起きます。その時、基本的に自己の魂の前世の記憶は消されて出て来ますので、人は自己の前世を覚えてはいないのです。

              だが、人の魂の中には【過去世の自分の記録】がありますので、一部の霊能者の中にはそれを読み取る能力を持たれた方が居るなのです。但し、それがその人の本当の前世なのか?。その人に憑依している霊の生きた時代の想念なのか?。必ずしも解らないがあります。また、嘘八百並べても証明が難しいなのです。そこに【霊感商法】も暗躍します。

               

              私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたの前世は悲劇の武将であった。人の魂胆が解らないお人好しで、その為に悲劇で一生を終わった。そなたの今生は人の魂胆を見抜く養いである。】と告げられましたが、自分が前世で誰であったかは、自分の正守護神が出て来て誰であったかは解りました。

              だが、霊能者をしている方で私の前世(正守護神)を見た方は非常に数少ないと言えました。

               

              人は誰しもこの世に出て来ると、【この世の不合理・不条理】に遭遇します 

               

              そうした不合理・不条理によって、自分の命が取られることもあります。また、その被害は自分の家族に及ぶこともあります。それによって、自分が【恨】を抱けば自分が沈みます。

               

              魂は【恨】を持てば地獄に沈む

               

              地獄に落ちるとは、自分が間違っていたとか犯罪者だけではなく、どれだけ自分が正しい者であっても、【恨】を持てば地獄に沈むなのです。

               

              私は大本教から【艮金神・国常立尊】で「艮」の漢字が出されたことに、そこには【退いています】の意味があることは解りましたが、艮の心(忄)は【恨】であることに違和感を持っていました。創造神ともされている神が【恨み骨髄で固まっている】とは考えられないからです。

              それは霊的世界を歩いていて、その人の悪事ではなくて世の不合理・不条理によって被害を被って落ちている霊は多数ありました。それに対して、【恨み】は捨てましょうと説いて、その霊が恨みを捨ててくれると天人界にと戻って行く様にあったと言えます。

               

              人の魂はこの世に生まれて死んでこの世に生まれて死んでの繰り返しです。その過程の中にはこの世の不合理・不条理】を味わうがあります。されど、その【恨み】は捨てなさいなのです。

               

              何故ならば、人は輪廻で生まれ変わるからです 

               

              その為には、【カルマの原則(正負の原則)】をきちんと知らなければならないのです。自分が播いた種は自分で刈り取れです。自分は間違っていないかったが、自分を陥れたと恨むのではなく、そうした者達は天によって裁かれる。裁きは天に任せて、自分はそうした「恨み」は捨てましょうなのです。

               

              何時までも恨んでいると天国では無く地獄に落ちる

               

              そこにはスピリチュアルで説く、【神の愛で何をしても赦されるのです。】などの論理はどこにもないのです。

              この世の不合理・不条理によって【恨み霊】と化していた霊は、その【恨み】を捨てるならば、霊界では助けられます。

               

               

               

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              世の立替論は魂の【善悪】論だけでなく、最初に左翼(唯物主義)と右翼(唯心主義)とに別れる

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                前回の続きの続きです。

                 

                大本教から創造神による【世の立替】論が出されました。その時、大本教から出されたのは

                 

                【神が表に現れて、善と悪とに立て別ける】

                 

                また、【この世の閻魔として現れる。】等がありまして、それ自体はお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】論で裏打ちされます。

                が、私自身が神霊世界に関わって来て、?となったのは、世の立替とはそんな善と悪との二つに分かれるだけの単純な善悪論ではないなのです。

                 

                まず、第一に神と呼ばれる存在は【神の存在そのものを認識】しなければ、その人の魂(玉思惟と呼ばれる意識)に神が存在しなくなるです。これは善悪の問題ではないのです。もっと【根本的】な論理です。

                次に、神代と呼ばれる時代から悪で生き続けた魂でも、神の存在を認識している魂は滅んではいない。【輪廻転生】の中に生かされて来ている事実です。

                そこに来るのは、単なる【善悪】論よりも、神の存在を認識するか認識していないかの要素の方が強いなのです。

                大本教と呼ばれる宗教が説いたのは、神の善悪論よりも、創造神と呼ばれる【国常立尊】が追いやられた(退かされた)事なのです。為に【ウシトラ(牛虎)】の魂(鬼が云う)論で成り立っているなのです。

                 

                大本教から出された【牛虎のウシトラ】とか、【退くの艮】とか、【鬼が云うの魂】論に、大本教神諭予告【九つ花】で紐解ける【みろく(369)】には【五十六億七千万】の仕組みなど、どうして日本語と言う言葉であっても、ここまで完璧に仕組めたのかとなります。

                私は神霊世界の見聞の中で、中国の盤古大神とか伊勢神宮の男神の天照大御神や出雲の大国主命様の諸々の違う神姿等を見せて貰いましたが、そうした神々には日本語によるこうした言葉の仕組みは出来ないと断言は出来ます。

                さりとて、それだけの【言葉の仕組み】をした神の存在が見えてはいません。日本中歩き回っても解らないと言えます。私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたのでその言葉は豊受姫からと思いますが、【貴方の身に起きる出来事を言い当てられる神はこの日本には存在しません。】でした。

                巷には自分は霊が見える程度で、こうした【言葉の仕組み】がどれほどのものかまるで理解出来ていない人達が多数あります。それ自体は【奇魂】の働きが起きていないで説明は出来ます。

                 

                私は神霊界修行として稲荷神界を離れて【言霊】の世界に入った頃、私が霊的世界から見せられた映像に【Y字型交通標識】がありました。これは将来、人類は【左右】に別れることを意味していると解りました。

                しかし、大本教からは神が表に現れて【善と悪】とに立て別けると宣伝されましたが、どちらが善でどちらが悪なのか?。まったく読めませんでした。漢字辞書で【右】と【左】を調べても、まったく意味が読み切れなかったなのです。

                 

                 

                 

                漢字の【右】と【左】には意味の違いがあります。どちらも人を助ける意味があります。ただ、右は【天が助ける(祐)】で、左は【人が助ける(佐)】の意味合いなのです。これは【善と悪】ではなくて、【右翼主義】と【左翼主義】なのです。

                 

                天が助けるのが「右(祐)」で、

                 

                人が助けるのが「左(佐)」?

                 

                通常左派と言いますと、リベラルであり【鳩派】などと言われます。あまり左に行きますと、連合赤軍とか中核派とか革マル派と呼ばれた「テロリスト集団」になり、日本でもビル爆破事件などを起こして来ました。また社会党左派に見られた【教条主義】的になると、何でも反対の原理原則に懲り固まるです。しかし、通常のリベラルや鳩派は穏やかで善人が多いと言えます。

                一方右派と呼ばれるのは【鷹派】と呼ばれ、国粋主義とか軍国主義と鳩派から攻撃されて来たです。しかし、そのバックボーンとなっているのは現在では【国民会議】の名で知られて来た様に「日本神道界」があります。私も神社総代になるまでは【国民会議】そのものをよく知りませんでした。神社の総代になって、その会議に参加させられたです。

                私は神霊世界に関わる前は、神は平和温厚主義で【左】路線を行くことかと思っていました。

                 

                だが、自分が神霊世界に関わって来て、左翼主義とは【神仏】否定まで行かずとも、神仏の世界そのものを軽んじていると解って来ました。無論、そこには神仏に頼っても何もしてくれないの現実にぶつかります。ならば、人の手で何とかしなければとなります。

                例えば、中国共産党政権は表向きは【信仰は自由】となっていますが、現実には当局の意向に従わない宗教は徹底的に弾圧するです。それがチベットにおける宗教弾圧で殺戮です。チベット弾圧では120万人が犠牲になったとされます。仏教の総本山的なチベットでは中国の武力の前には仏も為す術もなかったなのです。

                また中国本土内においては、【法輪功】と呼ばれ宗教が大弾圧を受けて10万人以上が犠牲になったとの説もあります。法輪功は元々が【気功】であり、人の腹部には仏教の【法輪】が宿るとする教えですが、日本神道で言いますと人の腹は【高天ヶ腹】とするのと同じことです。

                現在、中国共産党はキリスト教の弾圧に向かっています。また、イスラム教も弾圧されています。イスラム教のウィグル自治区では100万人が強制収容所に入れられたとの報告が国連人種差別撤廃委員会からなされています。

                中国では国民が信じるのはそうした宗教上の神仏ではなく、【共産党】と呼ばれ党そのものを信仰しなさいなのです。

                 

                マルクス・レーニン主義者は神の否定論者であり

                宗教の神が共産党よりも上に立っては成らない

                 

                神が示す【左・右】とは?

                 

                【右翼】とは、唯心主義並びに有神論者

                 

                【左翼】とは、唯物主義並びに無神論者

                 

                大本教から出された世の立替論は、人類の上に【創造神が臨む】意味合い的なことなのですが、西洋で言えば【最後の審判】であり、その時に創造神(唯一神)信仰者は【右翼】に、神仏の存在否定の唯物主義者は【左翼】にと別れるなのです。

                一般的に宗教の世界は【中道を歩け】と説きます。この場合の中道とは、実際は「右翼」を選んでいるのです。 これはイデオロギーの概念を見落とすと解らないところなのです。元々、イデオロギーの言葉そのものは共産主義の理論から出て言葉ですが、人類は【二線に別れる】は「善悪」論よりも、神の存在認識が先になるなのです。

                 

                そこに、

                 

                神の存在を信じる者は、悪党も救われるがあります

                 

                それを【仏の慈悲】とか【神の愛】と間違えていたとなります。

                 

                私は十数年前に自分が出したHPに、

                 

                /世梁減澆鮨じる正しい行いの者

                ⊃世梁減澆鮨じているが悪しき行い者

                神の存在を信じない正しい行いの者

                た世梁減澆鮨じない悪しき行いの者

                 

                そうした順列をつけて来ました。単に善悪論であれば,亮,廊の者。次に△亮圓能舂鵑違って来るです。神の存在を信じない悪しき者は救う手立てが難しいのですが、悪党でも神の存在を信じる者は助けられる霊界の様を見聞させて貰いますと、上記の考え方になっていったなのです。

                 

                そこに来るのが【信じる者は「儲」かる】なのです

                 

                どうして【儲】は「信じる者」となっているのかです。悪しきことをして地獄に落とされても、また人としてこの世に出して貰えたのか?。そこには【信仰】があったのです。それはどの神様を信仰したからではなく、【信仰者】という言葉がそのものが働いていたのです。

                鰯の頭も信心からと言いますが、人は自分が信仰する存在が正神なのか邪神なのか?。何が化けて出て来ているのか判別出来るだけの方はザラには居ません。それが邪神と知らずに信仰したとしても、その人の信仰心が【誠】からのものであれば、至誠は天に通じているとされてきたのもその為です。

                 

                 

                これからやって来るとされる【みろくの世】とは、人民による人民の為の人民による政治ではなくて、【神の専制政治】となります。俗に言う【天使(神司)】達が直接に政務や行政を司るです。人民による投票の選挙政治はなされません。全て創造神の任命制です。その為に、創造神はみろくの世の指導者と成るべき魂達を選んでおられるというか、育成されていると言えるでしょう。

                 

                神の【王】と呼ばれる存在が幾体もあったのでは世は乱れますので、一つの神による【神界統一】が起きます。

                それは人間が直接に関わる話ではないので、人間サイドからは語れません。

                 

                私が今回三部作で書いた意味は、神の【罪と罰】の意味合いなのです。いつまでも

                 

                【恨】に囚われていると、みろくの世に行けません

                 

                それを言いたかったわけです。「恨」を持ち出して論議していると、自分自身が「恨」に囚われてしまうのです。

                 

                私が子供の頃に臨んでいて旧約聖書の神と称する声は、【そなたの前世は、人の魂胆が解らずにいいように利用された悲劇の武将】であったと言われました。

                私は霊界の暗闇地獄の中で【晒し首の武将の頭】を見て、その頭に向かって、もう間もなくみろくの世が来ます。もう、過去のことなど全て忘れて新しい世に行きましょうと言ったところ、その【晒し首の武将の頭】は目を見開いて笑ったのです。するとその暗闇地獄界は一変して金色の光の中となったのです。その翌日から、その武将霊は私の家に来たのです。その武将霊によって、私の言葉の発想が飛びだしたのです。それは私の【前世】の姿でした。

                 

                それまで、私の前世には【恨】があったなのです

                 

                【恨】を捨て去った時、その魂は元の霊界の地位にと上がったなのです。

                 

                【恨】は論議することでなく、忘れ去るなのです

                 

                 

                 

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                【恨(ハン)】の国と言われる韓国は【李承晩大統領】と【金日成】による大虐殺で、【恨】霊が支配する

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                  前回の続きです。

                   

                  日本は戦前、台湾と朝鮮を併合して自国領としました。それは歴史的事実です。そこに不思議な事実が読み取れます。

                   

                  台湾は今でも親日国家であり、韓国と北朝鮮は反日国家

                   

                  日本の統治下において、台湾と朝鮮では別に施策が違ったのではないのです。なのに台湾は今でも親日国家であり、韓国や北朝鮮は日本を憎む反日国家と言えます。しかし、韓国と北朝鮮は反日と言えども、その度合いのひどさは圧倒的に韓国が強いと言えます。反日思想で凝り固まっています。

                  特攻基地で知られた「知覧」に行きますと、朝鮮籍の方も日本人として特攻されたことが解ります。そこに朝鮮人だからと特別に特攻を強制した事実はどこにも存在しません。皆、自分達は日本人だとして日本国の為に特攻しているのです。

                  戦前の陸軍のビルマ戦線のインパール作戦において、日本軍は【白骨街道】と呼ばれる累々たる屍を築いてしまいました。史上最悪の作戦と呼ばれるものです。そのインパール作戦において、常に勇敢で先頭を行ったのが高砂族と呼ばれていた当時の台湾の人達でした。その勇猛振りは戦記では語り草です。為に、多くの台湾出身の人達が戦死しています。私はそうした英霊達に涙と共に、敬礼をします。

                  私は霊的にそうした英霊達を見た時には、敬礼をします。

                   

                  敗戦後の台湾には中国本土から逃げて来た「蒋介石(国民党軍)」の本土人と台湾人との国になったのですが、台湾ではこの日本を恨む声は聞こえて来ません。今でも台湾には日本との統合国家を目指す人達もあります。自分達は中国人ではなくて大和民族だ!。

                  これだけ親日である国家と外交を断絶して、中国との国交を回復させるは外交としては致し方ないのですが、日本の東日本大震災にあたっても台湾から大量の義援金が寄せられたなどは、日本人は記憶しなければならないのです。

                  台湾と韓国の違いはどこにあるのかです。それは、戦後の台湾と韓国・北朝鮮の【思想教育】の違いに要因があると言えるでしょう。

                   

                  中国や韓国は、何かと日本は【自国の歴史】を見直せと言いますが、中国における【文化革命】は国内ではタブーであり、今の若い世代の中国人はそれほどの中国国民に犠牲があった歴史を知りません。当局の徹底した歴史操作です。

                  それは【天安門事件】にも言えまして、若い中国人達は「天安門事件」すらその概要を知らないなのです。

                   

                  韓国の建国の父である大虐殺の独裁者【李承晩】初代大統領は何をしたのか?。韓国は自国の歴史でそれを教えていないようです。日本人でも私達の年代以上の者であれば、悪名高き【李承晩】大統領が何をしたのかを知っています。 日本敗戦をよいことに、勝手に公海上に「李承晩ライン」を引いて、日本の多くの漁民を拿捕して日本人に犠牲者が出ました。そして、日本領であった【竹島】を占領したことです。竹島が韓国領等の説は李承晩大統領の占領からです。そして、徹底的に歪曲した【反日教育】を行い。歴史的事実すら歪曲したのです。

                  もし、日本が敗戦で軍事力を失っていなければ、日本と韓国で戦争になるほどの事案です。だが、敗戦で負けた日本は【海軍力】を失っていて、韓国の李承晩大統領に良いようにされていたのです。当時のアメリカは李承晩大統領に対して注意はしたのですが、聞く耳は持たなかったなのです。

                   

                  韓国においては李承晩は初代大統領で「建国の父」でもあり、憲法上では大統領は一期制なのに独裁で三期の途中に米国に亡命しました。その李承晩の教育方針により徹底的な「反日教育」を施された者が、今の韓国で政治家や裁判官や教育者や学者等の主要な地位を占めるとなりましたので、日本に対しては何をしても良いとか許されるという誤った意識を持つ国家に成ったと言えます。

                  李承晩初代大統領が虐殺した韓国人は120万人とも150人ともありますが、それは当時の韓国内の共産主義者や自分の政敵達ですが、多くの親日派の韓国の人達もありました。日本に占有された【台湾】には日本の統治時代は良かったという方が多かったのですが、韓国でも日本の統治時代は良かったと言う方達も当然多数在ったのです。

                  そうした方達は「李承晩」初代大統領によって虐殺されたのです。韓国では「親日」では生きて居きられない環境(土壌)をその時に造ったと言えます。それが国家の土台として形成されたのです。韓国では台湾の人達のような親日ではなくて、反日の旗を振らないと自分が親日だと左派から攻撃されて何をされるか解らない国家体制となったのです。

                   

                  私はこれを【李承晩初代大統領の亡霊】と言います。韓国内にはその李承晩によって虐殺された120万とも150万ともされる霊が国家から虐殺されて、それは【恨】として残っているからです。 韓国はそうした自国の大統領によって殺された人達の霊を供養しているのかとなります。日本からの独立記念日は祝い。大虐殺された自国民のことは忘れる。韓国が正しい歴史を認識しない限り、韓国は日本を攻め続けるのです。日本がいくら謝っても謝っても、そのゴール・ポストすら動かします。反日こそが李承晩が創り上げた韓国大統領制度の支えだからです。

                  私は日本と韓国は【李承晩による殺された霊の恨】が生き続ける限り、真の友好国でないと言います。韓国が変わるには【李承晩に殺された霊の恨を消す】しかないのです。それは日本に歴史云々を言う前に自国の歴史をきちんと振り返って国民に教えなさいなです。教育の是正です。それをしない限り、韓国国民は永遠に誤った歴史観で日本を叩き続けるのです。ですから、戦争を知らない若い世代ほど急進的なのです。

                   

                  そして現在の文大統領は両親が北朝鮮出身であり、北朝鮮に対する思いが強く、そこに来て赤の急進左派です。韓国と北朝鮮の統一国家を目指しておられます。それは韓国民が選ぶ道であって、日本は干渉すべき問題ではありません。

                  文大統領は北朝鮮の共産主義の思想をも持った人物で、韓国の李承晩大統領による徹底した反日教育を受けた世代なので、その反日思想は筋金入りなのです。

                  韓国の人民大虐殺の「李承晩」大統領の反日教育と、やはり南鮮たる韓国民を大虐殺した「金日成」の共産主義の両方の思想を受けている人物なのです。

                   

                  日本は戦前韓国の人達を虐殺したのでしょうか?。

                   

                  日本が朝鮮を併合した時、それに対する独立運動等の抵抗勢力があり、その間では数々の事件や戦闘があり、朝鮮独立運動軍と日本軍・官憲の双方に多くの死者が出ました。そうした独立運動軍の一つに金日成指揮の「抗日パルチザン」があり、日本の守備隊が全滅したり、多くの日本の民間人も殺されています。しかし、こられは虐殺と言わずに戦いと言えるでしょう。

                  日本が敗戦した後、朝鮮に残っていた日本人が武装蜂起して、数千人の日本人が朝鮮人民義勇軍によって処刑されています。そうしたことを持ち出していると切りが無いのです。

                  虐殺という意味では、韓国の中には提岩里教会(ていがんりきょうかい)事件を持ち出すがありますが、これは2000人に及ぶ武装した朝鮮人暴徒が破壊活動を行い放火などで地域が無政府状態となり、暴徒が日本人警察官を含む日本人を惨殺したので、日本軍が鎮圧の為に暴動の指導者と思しき朝鮮の人を29名を射殺した事件です。

                  その時に日本軍に射殺された29名は本当に暴徒であったのかとなると、そうとは言えません。暴動の混乱の中で射撃をしていますので、関係が無い人も巻き添えをになったがあります。で、行き過ぎとして日本(朝鮮総督府)は指揮官を処分し、軍法会議にもかけた事件です。ところが韓国では、日本人警察官や日本人が惨殺された事実に関しては完全無視で、単に日本軍の人民虐殺だ!。決して起きてはならない悲劇であっても事の発端をまるで見ていないがあります。

                   

                  蒙古襲来の元寇の時、当時の朝鮮は常に中国の属国の様な国であり、その蒙古軍の先兵と成ったのは高麗(韓国)国の軍で、対馬や壱岐や隠岐でどれほど多くの日本人島民を虐殺したのかがあります。特に婦女に対する強姦が多いのです。妊婦の腹割きもしています。だが、日本はそうした歴史教育をしていません。まるで日本は朝鮮を侵略しただけの悪者式なのです。日本は自分達が受けた被害を自国民に教えていません。

                  こうしたことは、ベトナム戦争においても韓国軍のベトナム住民虐殺事件が数々ありました。ところが韓国は、それらは韓国軍に扮したベトコンの仕業だとしてどれも認めませんでした。ベトナムでは韓国軍による婦女の強姦事件が多発し、その間に生まれた多くの混血児の存在が問題になりました。ベトナムに派遣された韓国軍の指揮官は、我々は誰に対しても償いをする必要が無いと言っています。最初から自軍の不祥事は認めない姿勢です。

                  そうした韓国民の特質を知るならば、日本の自衛隊哨戒機にレザーを浴びせても絶対に認めることはないのです。逆に責任を転嫁する国だということを理解しておく必要があるのです。その上で、どうすればいいのかなのです。

                   

                  韓国は日本に近くて遠い国と言われるのは、イデオロギー(政治・社会思想)が日本とはまるで違うのです。韓国の人達の性質に、何でも韓国が世界の最初の発祥の地だと言うかおかしな思想があります。これらも李承晩大統領下における誤った教育にあるのでしょう。

                  それらは日本でも戦前は米英を「鬼畜」として教育されたのです。同じ事です。独裁者として権力を握れば、その国民をどの様にでも洗脳教育して【飼い慣らす】ことが出来るなのです。

                   

                  人の良心とか正義は、その人の心の中でしか生きられない

                   

                  日本には日本国が犯した【国のカルマ】と呼ばれるものがあり。それは太平洋戦争で敗戦国になったことで、多くの犠牲者を出したことで「カルマ」が減りました。 韓国には李承晩大統領による自国民大虐殺の【カルマ】が横たわっています。そうした「カルマ」を解消するのではなくて、【カルマ】を増やし続けると、やがてその国家には大変なことが訪れます。

                   

                  日本が戦争当時に中国や韓国から応募してきた【応募工】に対して、敗戦で日本企業に未払い賃金か発生した事実は歪めません。驚くことに、中国と戦争しているにも関わらず中国からも多数の「応募工」が来ているのです。それは「応募工」に対する企業の提示給料が高かったからです。決して、強制徴用工ではなかったなのです。

                  これは韓国の中でも、強制工ではなくて応募工であり、その給料で家を建てられたと証言する方達もあります。また、最近の韓国人の研究者の中にも、国連で応募工の給料と日本人との給与に差がなかったと発表された方があります。ところがその方が韓国に帰れば袋叩きです。韓国では急進左派が力を持ち、自分達の主張に異を唱える者は袋叩きにするがあります。

                  今の若い世代の方達は知らないでしょうが、日本でも「同和問題」が吹き出した時、集団で吊し上げるがまかり通ったのです。行き過ぎで死者も出ました。誰もそれに異など挟めなかったのです。警察ですら動けなかったのです。そうした中で【日本赤軍事件】なども起きました。その当時の日本は今の韓国と同じで、急進左派が暴れまくったなのです。

                   

                  人の勢い強い時、神をも退く

                  左翼的集団暴力が勢い増すと、神とて止められない

                   

                  私はその当時、霊から同和問題である声を聞きました。【人は人を差別すると、次の世に自分が差別される側に立つ。それは人を差別することは行けないことを学ぶ為である。さりとて、差別する人に暴力で訴えてはいけない。人の勢いが強い時、神とてどうすることも出来ない。人々が争わずに平和に暮らせる時期を待て。】です。神だからと言って、人々をコントロール出来ないということです。

                   

                  応募工に対する未払い問題は韓国のみならず、中国との間にもあったのですが、日中国交復活の時に中国の周恩来首相はそれを不問にしたのです。韓国は一括して日本政府から受け取っておきながらも、それを自国民の応募工に支払わなかったなのです。

                  確かに、韓国からの応募工の立場からすると受け取っていないから給料を支払えとなりますが、それは一括して受け取った韓国政府の問題であって日本政府の問題ではないのです。

                  韓国の三権制度は、独裁者「李承晩初代大統領」によって創られたもので、韓国大統領の地位は世界でも希に見る権限があります。司法すら動かせるです。文政権下においては労働組合の暴徒達を逮捕した警察が、逆に暴徒に逮捕したことを謝るなどが起きていますが、法もあったものではありません。今の韓国は左翼急進主義者のやりたい放題なのです。

                  韓国の最高裁判所は法よりも、その時の「国民感情」によって法さえ曲げるを犯します。韓国では大統領の地位を退くと、簡単に裁判にかけられてしまいます。外交の継続性等も考えない。その時、その時の国民感情で動くなのです。

                   

                  韓国の文大統領の狙いは北朝鮮との統一国家であり、金正恩を元首とする国家造りと言えます。為には、韓国を共産主義国家にして国家の統一化なのです。今の韓国の文政権とは、左翼主義達の集まりなのです。

                  文大統領は最近も北朝鮮と力を合わせて日本に打ち勝とうと発表しましたが、民族主義の理念だけでは北朝鮮との統一は出来ませんし、金正恩がその為にその座を降りるなどもないでしょう。朝鮮の国家統一とは、金正恩体制の崩壊か、金正恩王朝体制そのものにするかのどちらかです。北朝鮮は北朝鮮による朝鮮統一国家造りの旗を降ろしていません。金王朝体制の時には韓国の反金正恩勢力は大虐殺されるなのです。

                   

                  世界の自国民大虐殺者の独裁者は、中国の毛沢東。ソ連のスターリン。カンボジアのポルポト。北朝鮮の金日成で解る様にその多くが【共産主義思想者】なのです。普通ならば自国民を虐殺するなど考えられないのですが、それが【思想】と呼ばれるものなのです。

                   

                  共産主義の背後は【紅龍(赤いサタン)】とされます

                   

                  この【紅龍(赤いサタン)】の目的は、創造神の存在を人類の意識から消すことにあるのです。で、共産主義者は【唯物主義者・無神論者】となるのです。

                  では、共産主義者でなかった韓国の【李承晩】初代大統領は何かとなりますと、これは【悪魔とか悪鬼の類いの権化】と言えるでしょう。

                   

                  私達日本人は戦前に韓国の人達に迷惑をかけたことは事実ですが、いくら謝っても謝っても赦してくれない。実際に戦争を知らない戦後70数年も過ぎた若い世代ほど、それが酷くなるのです。そこに【李承晩】と言う自国民を120万人から150万人ともされる大虐殺された霊の【恨】が息づいているからです。それに加えて【金日成】の北朝鮮軍に虐殺された【恨】もあるのです。

                   

                  韓国が【恨(ハン)】の国と呼ばれる因

                   

                  つい先日、韓国の民主社会のための弁護士会(民弁)に所属する弁護士らは、日帝による強制徴用被害者に続き、ベトナム戦争中に韓国軍によって被害を受けたベトナムの被害者に代わり、韓国政府を相手取り、損害賠償訴訟を起こすことを決めた。これは韓国の為にはいいニュースでしょう。

                  但し、日帝による強制徴用被害者ではなくて、彼らは【応募工】であって、事実を曲げてはいけないなのです。日本も「応募工」に対して【未払い賃金】があった事実は認めているのです。その金を一括して受け取った韓国政府が応募工に対する未払い賃金を払わずに、漢江の奇跡の為に流用した。それすら文大統領は教科書から消そうとしています。日本はその支払い義務は韓国政府にあると主張しているだけなのです。

                   

                  私は30年間以上朝日新聞の読者ですが、何故に朝日新聞は事実を事実として報道せずに韓国寄りの記事ばかり書くのか?。この日本の国を陥れるような記事ばかりを書くのか?。【唯物主義者・無神論者】にとっては、韓国の文政権との連帯と言えます。これほど【神の息吹】に満ちあふれている国は、左翼主義者はある意味潰したいのです。

                  安倍首相はタカ派ともされるように右翼(唯心主義者・有神論者)です。で、そのバックに【日本会議(日本神道が主体)】があります。安倍首相はその「日本会議」に対する忖度をしすぎた面はありますが、安倍首相も万能ではありません。欠点もある人物ですが、今の日本を委せるには安部氏以外には適当な人物が居ないなのです。

                   

                  共産主義の独裁者がどれほど多くの自国民を大虐殺したのか?。そうした事実にすら目を瞑り続けるのかです。

                  霊的世界の存在を否定する「唯物主義者」に、この地球を委せることが出来ないところまで世は来たのです。

                   

                  創造神による世の立替論と呼ばれるものが言われていますが、それは単なる【善悪】論だけではなくて、人類の中のイデオロギーにも関わっているのです。
                  人類にある左翼と右翼のイデオロギーに別れの時

                   

                  それは次回に述べたいと思います。

                   

                   

                   

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                  人を一人でも殺せば殺人者でも、大量の人を殺せば英雄ともなる謎?。神を殺すには刃物は要らない

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                    諺と言うか格言というか

                     

                    神を殺すに刃物は要らぬ

                    誰もその存在を神と思わなければ、その神は死ぬがあります。

                     

                    明治25年に丹波の片田舎の綾部で後に大本教開祖となった【出口なお】さんに【ウシトラ金神国常立尊】と称する神懸かり現象が起きました。

                    大本教からは【ウシトラ】の言葉が出されたのですが、【国常立尊】とは記紀神話にその名はあっても、実際にその存在を神社で祭っているところとは数が少ないのです。有名な場所としては十津川の【玉置神社】や【木曽御嶽山】が有名ですが、では「玉置神社や木曽御嶽山」に参拝すれば、そこに「国常立尊」様が鎮座されているかとなった時、優秀な霊能者ならば鎮座するのは【頂上神】たる国常立尊様ではないと言われるでしょう。

                     

                    優秀な霊能者によれば、これまで世に出られた【国常立尊】で一番高い存在は、大本教開祖出口なおさんに懸かった「国常立尊」であったと言われています。これは神界ピラミッドを理解している霊能者でないと、意味が理解出来ないでしょう。そこに出て来られる御神霊を神界ピラミッドの【神の高山の合目(あるいは次元)】で見る能力です。優れた霊能者で無いと解りません。未だ人類は【国常立尊】様にしても、その頂上神を見ていないとも言われています。

                    こうした神界ビラミッドの合目など、大社に鎮座している御神霊に尋ねても、絶対にそんな神界に合目等は無いと言われます。末端の神社の神霊も本社も一緒だと言われるでしょう。どの御神霊も神界での自分の地位を曝すのが厭なのです。ただ、解っていることは、とんでもない高い神の分魂を貰っている様な方がその神社でも大社でも訪れると、そうした神社に鎮座する神霊が頭を下げる。土下座するなどもあるなのです。そうしたことを【魂の地位】とか【魂の格式】と言います。

                     

                    単に文献を漁ってブログ記事を書く方と違って、霊能者とは実際に神霊を見て、その神霊をサニワ(審神)するからです。この「国常立尊」とは人に憑依する様な神霊ではなくて、ある一定レベルの高さを持った魂の者に内在する形で出て来るなのです。大本教神諭に、この神(ウシトラ金神)は神主(男性霊媒者)や巫女(女性霊媒者)には懸からないとあるのもその為です。単に霊媒者では降ろせないなのです。

                    もし、スピリチュアル的な人に本当の国常立尊が降りたならば、必ずその人は発狂します。その光に自分の魂が耐えきれないからです。自分には神霊が見える見えないではなく、その人にどれほど高級な神霊が入ってもその精神は大丈夫なのかなのです。

                     

                    世に「メシア」と言う存在が語られますが、創造神がその肉体に入っても本人が発狂しないような肉体人のことです。為にその人が如何なる神霊の分魂を持っているのかが鍵なのです。そこにその魂の【次元】とか【合目】が言われているわけです。

                    人は誰しもこの世に降りて来て、この世の修業しだいで霊界での「魂の地位」を上げて行きます。例えその方が高い神の分魂を持った方でも何の修業もしていないと言うのであれば、その魂は落ちて行きます。この世に出ると【自己責任】となって来るのです。ですからいくら「メシア」頼みをしても、そんな存在が居るか居ないのかよく解らないなのです。

                    巷には自分が「メシア」ですと称している方は多数居られますが、実際に創造神が降りたならばその光に耐えきれる肉体かとなってしまいます。

                     

                    大本教の出口なお開祖は国常立尊の御分霊そのものではなかったのですが、元は神界でも高い神霊の魂の存在であり、天罰を受けて地に落とされた魂であり、生まれ出た人生、生まれ出た人生。大変な苦労(カルマ落とし)をされて、その魂が天に帰る最後の人生の勤めが大本教開祖の役目と言えます。

                    私自身、元は神界でも高い身分の魂ではあっただろうが、今生では地に落とされて、悲惨としか言えないような状態の方を何人も見て来ています。結構、元天女クラスと思われる方も多数おられます。だからと言って、そうした方達に大本教出口なお開祖の様な役目が降ろされているではないのです。そうした候補者的な方は居られるです。

                    もし、【出口なお】と言う存在がなければ、ウシトラ金神国常立尊と呼ばれる御神霊は、日本では未だ【埋没神】状態のままで終わっていたのです。

                     

                    それは、神を殺すも消すも人々の意識しだい

                     

                    もし人々が、【国常立尊】と呼ばれる御神霊を意識しなければ、そこに【国常立尊】たる神は存在しなくなってしまうのです。【神を殺すのに刃物は要らぬ。誰もがその存在を神と認識しなければその神は死ぬ。】なのです。

                     

                    大本教が予告した【節分の炒り豆にも花が咲く】は、そのウシトラ金神国常立尊の存在を神として崇めている方には、その意識の中に【国常立尊】と呼ばれる存在が生きて来るので、次の新しい【みろく世】に進むなのです。 だが、そんな【国常立尊】など呼ばれる神などはどこにも存在しないと言う【意識】であれば、その方にはどこにも【国常立尊】と呼ばれる神が宿る居場所がない為に、その人に【国常立尊】と呼ばれる神は存在しなくなり、永遠に「みろく世」には進めません。

                     

                    それが、私が子供の時に「旧約聖書」の神と称する声から聞かされた。

                     

                    この神を唯一神と認める者は、未来の新しい世に導く

                    唯一神として認めるとは、【意識】しなければならない

                     

                    私は子供の頃はその意味が解りませんでしたが、今は解ります。それを【依怙贔屓】だと言う方は、そもそもその国常立尊(旧約聖書の神)を創造神として認識していないのですから、その神の世界に行きようがないのです。それは自分は国常立尊派だとか反国常立尊だからではないのです。【意識(玉思惟)】の問題なのです。

                     

                     

                    私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は私に世界の文豪の本を読みなさいと告げられたのです。そこに神の教えがあるです。その当時、私は小学校の高学年クラスに振られた図書館委員で、小学校の図書館で司書の手伝いで蔵書整理などをしていました。で、放課後は学校の図書館に居たので、旧約聖書の神と称する声が告げられた日本昔話や民話や文豪の本を読むこととなったのです。

                    ある文豪の本で確かの記憶ですが、主人公の青年は、戦争で多くの人を殺せば英雄でも、明日の一日の糧に困って人を殺すと殺人者として罰せられる。その違いの葛藤です。 確かに、戦場で大量の人を殺せば英雄で、明日の糧に困って一人の人を殺せば殺人者です。同じ殺人でどう違うのだろう!?。だが、この問題。これまで世に出ておられた聖者達の答えが見当たらないのです。

                     

                    この世で【独裁者】と呼ばれた存在の中には【唯物主義・無神論】者が多く、自国民ですら大量虐殺して来ました。

                    遠い昔のことは数字に正確性が問われますので、近代の【独裁者】でどれほど自国民を虐殺したかをあるデータを借りて見ますと、

                     

                    一位、中国の【毛沢東】

                    毛沢東の【文化大革命】等による中国国民の死者は7800万人とされます。

                     

                    二位、ソ連当時の【スターリン】

                    シベリア等に強制送り等で自国民の死者は2300万人とされます。

                     

                    三位、ドイツの【ヒトラー】

                    但し、ヒトラーはドイツ国民のゲルマン民族ではなく、ユダヤ人等が主体で1700万人とされます。

                     

                    四位、ベルギーの【レオポルド2世】

                    自国民ではなく、個人植民地としたアフリカのコンゴで1500万人。

                     

                    五位、トルコの【エンヴェル・パシャ】

                    自国民ではなく、アルメニア人を移住させようとした過程で250万人。

                     

                    六位、カンボジアの【ポル・ポト】

                    毛沢東思想の申し子で、自国民170万人。

                     

                    七位、北朝鮮の【金日成】

                    朝鮮戦争において侵攻した地域で同胞の朝鮮人を160万人虐殺。それだけでなく、北朝鮮では日常的な独裁者金王朝による虐殺が行われています。

                     

                    八位、韓国の【李承晩】

                    少なくても韓国国民の120万人を殺したとされます。150万人説もあります。

                     

                    で、こうした方の霊は人を殺したから地獄界に落ちているのかとなった時、霊能者サイドからそうした報告がありません。

                    日本において【織田信長】は比叡山焼き討ちや石山本願寺攻めで多くの仏教信仰者を殺戮しましたが、別に地獄で罰せられるではなくて【第六天魔王】になっているとも言われています。一種の神です。 人を一人でも殺したら地獄に落とされるのと違って、大量の人を殺した存在は神格化している謎です。

                     

                    こうした自国民を大虐殺した存在も、その国の国民からは【建国の父】とか【英雄】として祭られ【神格化】されています。つまりその国で【神】的存在です。韓国では「李承晩」大統領を神化したとまでは言わないでしょうが、【建国の父】としている人達も多いわけです。

                    今、日本と韓国との間は抜き差しならない状態になっていますが、霊的世界から言えば、その原因の元となるのは韓国民を大虐殺した【李承晩大統領】にあるのです。韓国からその【李承晩大統領】が残した遺産を消さない限り、韓国が自国の歴史をきちんと検証しない限り、韓国と日本の間に【未来志向】など存在しないのです。

                     

                    そこに横たわるのは【意識】の問題なのです

                     

                    この意味は、次回に説明したいと思います。

                     

                     

                     

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                    最後の頁?。人類に神上がりの嬉し嬉しの【みろくの世】到来とは【慶喜】?

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                      私が住む場所は大本教の出口王仁三郎聖師が大正九年以前と推察されますが、教団の一部の信徒に教団には内密で、その土地を死守して欲しいと頼まれた土地の内の一角で、そうした土地の一部に出口王仁三郎聖師がその直弟子に【みろく神業で遣われるお宝が埋められている。】と言い残された場所があります。

                      その土地を持っておられた信徒の方が亡くなり。その土地を出口王仁三郎聖師の直弟子達が掘り返してみたが何も出てこなかったと、後でその土地を買われた方から聞かされました。その直弟子達は現実界のお宝と霊的なお宝とでは違うとは思わなかったのでしょう。

                      私は今住む土地がそうした土地とは何も知らずに、豊受姫の【世に出ておられる神達では出来ず。そなたでないと出来ない神業。】と告げられて、そうした土地の一角に居を構えたしだいです。

                       

                      その土地は霊能者によれば【陸の龍宮城の呼吸口】と呼ばれる場所だとも知らず、そこに新しく家を建てて居を構えたしだいです。出口王仁三郎聖師の足跡を調べていて、その周辺が大本教神苑の金龍海は型であり、その付近の一帯の土地が本当の金龍海とされる場所であることが判明しました。今はそこに池が無い為に解りませんが、昔は底なし沼とされる池があったのです。

                      そして、平成【3、4、5】年と3年間に渡る大ラップ現象の中に身を置いたのです。特に最初の40日間は激烈を極めました。その当時は気がつかなかったのですが、それは、日月神示の【345(みよいづ)】の型と何か関連があったのかも知れません。

                      霊能者とか超能力者の調べでは、その地には【神界の機密ゲート】が存在しており、三次元世界の終了と地球の次元上昇の【鍵】を握ると言います。出口王仁三郎聖師の予言である「みろく神業に使われるお宝」の場所と、一部の霊能者が言う三次元世界の終了とみろく世に次元上昇の鍵を握る場所で、そこには何か関連があるようにも思われます。

                       

                      その時のラップ現象は霊能者の方をして、この日本にそのラップ現象を鎮められる神などは居ないと告げられたほどのもので、その土地に行けと豊受姫の命令を私に伝達した最初の師匠は、【やっぱり神様(豊受姫)様の言われる通り、貴方でないと鎮めることが出来なかった神業。】と言われます。その師匠は私が死ぬと思っていたのです。

                      私からすると冗談では無い。何時、自分の命が取られるかで過ごした日々なのです。本当はその土地から他の土地に引っ越しをしたかったのですが、そんな土地は他の方には売れないし、さりとて他に土地を買う資金も無いで、やむなくです。それに、誰にも出来ない神業だと告げられてしまうと【野次馬根性】が出て来ます。何が起きるのかを知りたいという欲です。

                      しかし、本音は二度とあの様なラップ現象は味わいたくはないなのです。当時は若かったので耐えられた。今なら死ぬでしょう。だから今再発したらこの地から逃げます。その為なのか、私は霊的世界を【綺麗事】で語る人が嫌いなのです。霊的世界に関わるならば命を投げ出す覚悟があるのか!。です。

                       

                      私が大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解けたのは、それはその土地に住んだことにあります。もしもその土地に住んでいなければ、絶対に紐解くことなど出来なかったでしょう。それは【断言】が出来ます。

                      されど、言葉の仕組みなどいくら紐解いても誰がそれに振り向くかとなったならば、ほとんどいないでしょう。世に出ておられる神々ですら、言葉の仕組みなど振り向きもされないからです。今の神霊世界は霊力こそ全てだからです。 言葉を創った神など意味が解らないなのです。ただ、日月神示等には【言霊神】として、世に出ておられる御神霊達よりも上の存在として告げられています。

                      私がこの土地に住んでから私の元にやって来た邪神達の目的は、出口王仁三郎聖師が予言されたみろく神業に使われると言い残された【お宝】を私が所持していると思い込んでいたことが原因と解りました。みろく神業で使われるお宝が自分達の手に入れば、自分達の天下が来るという思い込みです。残念ながら、私はその宝を保持していません。

                       

                      みろくの世がどんな形の世であれ、そこに住む住人達が【衣食住】に困ると言うのであれば、そんな世は意味がありません。みろくの世は【嬉し嬉しの世】であるということは、あちらこちらで既に前宣伝がかなり行われています。為に、邪神達はそのお宝を狙っているがあります。

                      ただ、この【みろくの世】とはスピリチュアルでも盛んに説かれる様に、三次元世界では無くて高次元世界に進むことになります。それは、これまでは【神界】とされて来た世界への人類の【神上がり】ともなります。

                       

                      人類に神上がりの時節がやって来る

                       

                      そうした世界が来ると言うことはスピリチュアルでも歌っているのですが、スピリチュアルの場合は【何も心配しなくてもいいのです。この地球が自然に次元上昇するだけのことです】。それ以外には何も言わないなのです。

                      選挙などではそうなのですが、消費税反対。人々に充分な年金を。そうしたスローガンを掲げて人気を博す政党は数多ありますが、そうした主張にはその為の財源をどうするのか、それに対する案がまったくありません。財源も無いのに、そうしたバラ色の話をするなのです。

                       

                      嬉し嬉しのみろく世の財源は?

                       

                      無尽蔵の龍宮城の乙姫のお宝

                       

                      数日前の未明、久しぶりに変わったラップ音がして来ました。そのラップ音で目が覚めたのですが、この手のラップ音はこちらが起きていると知ると、霊が音を出すのを止めてしまいます。一種の寝たふりをしていないとダメなのです。半分寝ているような状況がベターなのです。そこで、半覚醒状態を保つなのです。半分眠っている状態です。

                      すると、私に一つの言葉が入って来たのです。みろくの世は嬉し嬉しの【喜】である。そして、霊映像として一冊のノートが出来て、そのノートをパラパラと見て行くと白紙の連続で最後の頁に【慶喜】の文字が書かれていたのです。「慶喜」とは徳川幕府最後の将軍名にもなります。それは最後は【慶喜】?。

                       

                      【喜】の国字は【㐂】で、七十七歳

                       

                      国字とは中国で造られた漢字では無くて、この日本で造られた文字です。中国の漢字ではないので造られた経緯が解っていません。喜が意味することは【七十七】歳です。為に喜寿は77歳で、喜びの【寿(ス)】です。これは【喜」の漢字を広辞苑で調べられたら七十七歳のことと出ています。

                      大本教から出された【ス神】論は、そもそもこの【喜びの寿】の意味なのです。カタカナの【ス】は【須】からです。私は最初、大本教から出された【ス神】論には【寿】の漢字の意味であることは解っていたのですが、【喜寿】には辿り着けていませんでした。ひらかなの「す」は寸からであり、【寿】の寸からです。

                       

                      大本教の出口王仁三郎聖師は自分が「みろく神」と名乗りもされましたが、霊界物語に【変性女子】はニセ者であったと同様に、みろく神の名乗りもニセ形で、みろく下生そのものは昭和20年(西暦1945)年に起きたと残しておられます。

                      この昭和20年(西暦1945年)にみろく下生は日本だけでなく、世界的にも言われていていることです。ペンジャミン・クレームなどが言っていた【世界教師(マイトレーヤ)】の存在なども、そこに同様の意味を持ちます。しかし、マイトレーヤでは56億7千万の【369】を出し切れないのです。

                      その西暦1945年を基準として「七十七」年を加えますと、【西暦2022年】となります。嬉し嬉しのみろく世とは、西暦2022年からとなる可能性が出て来たと言えます。そして、ウシトラの【寅】年ともなります。

                       

                      大本教から出された【艮】金神は、今は退いていますの「艮」です。一方、綾部藩主であった九鬼神道家の「ウシトラ」は【宇志採羅】根真で、【宇宙の意志は羅を採用します】の【羅(ラ)神】論になっているのです。

                      寅の意味は【採羅】であり、死者の維新(蘇民将来)となるのです。旧約聖書で言えば最後の審判で「死者は蘇る」であって、高次元世界に蘇る【神上がり】となります。今の三次元用の肉体は捨てて、【五次元、六次元、七次元】などの高次元世界の住人となるなのです。そこから人類の魂は宇宙的になるのです。

                       

                      次に【慶】の字ですが、【慶】はめでたいことであり祝いごとです。但し、単なる慶事の意味では無く、賜るとか賞与の意味があります。そこには神からの【御褒美】の意味が出て来ます。

                       

                      この慶の字は

                      【廌+心+攵(夊)】の組み合わせ

                       

                      その【廌】とは何ですかとなります。それは漢字辞書でも学者さんで違った説が出ています。一つには【鹿に似た空想の動物】です。「廌」の漢字の上部を見ると「鹿」の字の上部と同じなので、「鹿」に似たが一番かと思われます。ところが同じ辞書でも「慶」の字から見て行くと「牛に似た一角獣」となります。同じ辞書ですら、【慶】と【廌】では解釈を異にしています。

                      有名な漢字辞書「字統」では、「慶」の字の「廌」の部分は「神羊」のことだと書かれています。字の頭部は鹿ではないという論です。ところが、同じ字統でも「廌」で引くと「山牛に似た一角」となっています。明らかにどの辞書も【慶】と【廌】では意味の整合性が取れていないと解ります。

                       

                      ただ、どの辞書を見ても【慶】の漢字の意味は【法】と【神の審判】を指しているのです。大本教においては【鏖殺】が説かれました。鏖殺は「鹿」です。そして【慶】も同様なのです。

                       

                      神の【法】の審判時に勝利した者が【慶】で

                       

                      嬉し嬉しの【喜】の世界にと入る

                       

                      で、この【喜】を調べますと、「壴と口」です。【壴は豆と芽生える(屮)】の組み合わせです。

                       

                      喜は【豆が芽生える(屮)?】

                       

                      大本教、【節分の炒り豆にも花が咲く】

                       

                      私は長らく、大本教が大宣伝をした【節分の炒り豆にも花が咲く】に頭もを悩ましていました。炒った豆から花が咲く?。そんなことはあり得ません。その時、私には不思議なイメージが湧きました。それはイギリスの童話「ジャックと豆の木」で、豆の木が天まで届くの話で、豆の意味は天に帰ることを意味しているです。

                      大本教からは【節分の炒り豆にも花が咲く】と宣伝されましたが、あまり深いことが書かれていません。この件に関しては大本教外伝とされる書に、国常立尊様が悪神達の為に退所に赴く時、見送りの牛人(うしうど)に私の復帰は何時になるかと尋ねられたならば、牛人いわく、節分の煎り豆に花が咲く時。それを聞いた国常立尊様はニッコリとされて退所に赴かれたとします。

                      但し、この原書は世に出回っていない為に、はっきりした内容は解りません。幻の書です。私は霊界修業の中で頭が牛の「牛人(うしうど)」の存在を見て来ました。私自身が「牛人」だったのです。また、牛人なので仏教の【牛頭天王】の存在も確信しています。

                      【節分の炒り豆にも花が咲く】は【国常立尊のご復帰の時】の意味。

                       

                      節分の炒り豆の豆とは、各自の魂の中の核

                       

                      節分でなく、その時は二つの世界に【即分】

                       

                      私にしても、これまで節分を「即分(そくわけ)」とは読めていませんでした。最後の審判と呼ばれる時は徐々に来るのではなくて、【即分】でその時になって「悔い改めている時間」などはないのです。その時に「後悔」をしても遅いのです。分けられた時点で創造神と共に行く世界と、創造神を永遠に見ない世界にと分かれます。未だ審判の日までは残されているのですから、みろく世での永遠の命をいただく方向に向かうべきなのです。みろく世においては【衣食住】は保証されているからです。衣食住の問題で罪を犯すことはなくなるのです。

                       

                      創造神の呼び名は【旧約聖書の神・天之御中主・国常立尊】等数々ありますが、唯一神信仰に向かっている人類に【喜びの時】が【節分の炒り豆にも花が咲く】の意味だったかです。

                       

                      各自の魂の核(豆)は創造神の直霊だからです 

                       

                      残る問題は、それが【最後の頁(ページ)】に書かれていることです。

                      頁は【頭】の意味で、【最後に頭(最高神)が現れる】

                       

                      だが、それは【最後の最後の時】であり、それまでは【白紙】の意味は、その時までにこの世に何が起きようとも創造神は人類を助けることはしないという意味なのでしょう。一般的に【みろく世】に至る前は【暗闇の世】とされます。また、一時はこの世は悪神の支配下に置かれるとも言います。正しい道を行く人には苦難の到来です。しかし、希望が無い苦難ではなくて、みろく世に入る【燈台の灯り】が見えて来たなのです。だが、そこまでの道中に創造神からの【御加護】はないと言うことなのでしょう。先が見えているので苦難を乗り越えて行けです。

                       

                      そこに、前のブログにかいた透明の円球の幕の意味もあるかと思われます。透明の水球の様な玉に囲まれた人は、そうした苦難の道を楽に行けるです。

                       

                      最後は【始めにして終わりの神】が人類の上に現れて、永遠の新しい時代にと入るです。

                       

                      大本教が告げた。【三千年に渡る神の仕組み】とは、私達日本人の歴史の中に言葉の仕組みを持った人達の演技があるのです。

                       

                       

                       

                       

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