この世の不合理・不条理の被害者は、恨みを捨てれば霊界では助けられる

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    世の中には、【神などどこにも存在していない。】と言う方達があります。その理由を尋ねると、この世には【正義】などはどこにも無いとか、あまりにも不合理・不条理がまかり通っていると主張されます。

    確かに、【神は正義だ!】とか、この世に存在する不合理とか不条理を考えるならば、どこに神が存在するのだと言う意見はまともとも言えます。

     

    仏教やヒンズー教には「輪廻転生」の言葉が存在しますが、詳細はあまり語られておらずに「六道を輪廻」するとされている程度で、その六道そのものが本当に正しいのかどうかさえ実証が進んでいません。為に、日本の仏教でも死後の世界を否定する宗派も存在しています。

    霊的分野を知るには、霊能力を持つ人達による説明を受けないと解らない分野ではあります。そうした霊能者の中には神仏に仕えて、神仏と会話をされる霊能者や行者が居ます。

     

    巷には、自分は聖母マリアとか天使ミカエルやガブリエルと会話するという方が多数居られます。特にスピリチュアル標榜者は日本の神仏系よりも、そうした天使名ばかりを言う方達が大多数だと言えます。これらの霊は「愛」の言葉をお題目としているだけで、彼らに霊界の実相を尋ねたところで何も出て来ませんし、言いません。語りません。私も稲荷山で修業時代はそうした大天使等と称する霊にも出会いましたので、そうした名乗りをする霊達が居るとは言いますが、彼らから神界の情報を得られるではありません。

     

    私はヴェーダ典に記載される【人の中で眠るコブラ蛇が目覚めて走り上がる時、その人は真理に目覚める】と書かれている現象に遭遇して、それから【真理】を求めて来た者であり、自分には高級神霊が憑いていると言う霊能力者ではありません。霊的世界のことは必要がある時は私の守護霊等が見せてはくれますが、必要が無いことは何一つ見せてもくれません。真理の【探求者】であっても、それ以上ではないので、霊力を持って人を助けるなどは出来ません。そうした類いの物は見せてはくれません。

    私は真理の道を求めるに当たって、自分には膨大な数の龍神が従っていると豪語して私を攻撃して来る人に対しても、今は何一つ恐れもしていません。昔は逃げ回っていましたが、今はそれも卒業しました。いくら霊能者に従う霊の数だけを揃えても、そこから何一つ【真理】が見えて来ないからです。それは何故かとなると、霊界には次元の呼ばれる階層があり、五次元とか六次元と呼ばれる世界の霊をいくら集めても、何も見えて来ないからです。

    生前は行者と呼ばれて神仏の力を背にして、それなりの霊力を誇られていた行者霊が死後に不浄仏霊と化している。それもその信者諸共です。人として生まれ変われずに、死後も霊的世界で行者的存在で力の誇示だけをしている。そうしたことにも遭遇して来ました。

     

    行者の末路、哀れなり

     

    と言われていますが、そうした実体を見てきたのです。霊力と呼ばれる力だけに溺れて、自己の魂を磨いてこなかった為のなれの果てです。その霊能者の霊力がいくら強くて多くの龍神を従えていても、自分の性格がなっていないとなれば、その霊能者の死後の世界の行き先は【邪神界】となります。

    ただただ、自分の霊力を誇示する為にだけ修業を積む。しかし、いくら修行を積んでも低次元世界から抜けられない。為にそうした霊には、高い神霊世界の存在がまったく解らないとなります。

    俗に言われることですが、高い神霊は人間に別に興味等ないのです。神が人間に近づくのではなくて、人が神に近づく努力をするです。それが【上(かみ)】の意味です。そこに勘違いが起きて、人に近づいて来るのは動物霊だともされるわけです。

     

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたにはこの神の神力を何も与えない。為に、そなたをバカにする者達が続出するであろう。そなたの背後にこの私が居ることが見えない神などは使い物にならぬ神である。】と告げられました。

    私には私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する神がどれほどの神であったのかが解らないので、その旧約聖書の神と称する声が私に告げた。【この国は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国だと言われたことが、その神の存在「証明論」ともなる】かと、日本語ですが【言葉の仕組み】を紐解いて来たしだいです。

     

    日本で神仏に仕える行者筋と呼ばれる方達には稲荷系や出雲系等があり、仏教では不動明王を初めとする明王系が存在します。また霊山から大峰系とか吉野系とか羽黒系とかがあります。そうした行者筋の方達は日本における神や仏(如来・菩薩・明王)と会話をされたりします。

    日本は神仏混合ですが、神や仏だと別ける必要は特段にありません。どちらも密接に絡んでいるからです。日本の大国主命様は仏界の大黒天として知られていますが、インドの神と日本神話の国造り神が同一等は学問的に言えばあり得ないことですが、実体はそうなのです。だが、その意味の説明が何も出来ていないなのです。

     

    では、そうした日本における神仏筋が霊界の真相を詳しく語って来られるかと言いますと、ほとんど言われません。だが、日本の神仏筋と関わっていると見えて来ることがあります。それは地獄界の長官は仏教で「閻魔大王」と呼ばれていて「輪廻転生」を司っておられる。キリスト教神学における冥府の長官は「サタン」では無いということなのです。

    仏教で教えられた地獄の長官「閻魔大王(羅王)」の存在は、日本の神仏筋に仕える行者ならば誰もが認めることなのです。この閻魔大王の存在を知ると、スピリチュアルの何をしても神の愛で赦されますのスローガンはまったくデタラメと解って来ます。そんな言葉をまともに受けていれば、死後に地獄に案内されるだけなのです。

     

    私はスピリチュアルの言葉に溺れて、死後に地獄界に行かれることを哀れとも思いません。何をしても神の愛で赦されるのですなど、【道理】で考えればあり得ないと簡単に解ることだからです。それならば、この世の【刑務所】も要らないのです。自分が犯した罪の罰分を受けてこそ、赦されるからです。

    また魂は【ソウル】とかでは意味が解りません。日本語で【玉思惟】として説いてこそ意味が解るからです。スピリチュアルだとかソウルとか言っていたのであれば、何も解らないのです。

    ですからイスラム法典の【目には目、歯には歯を】の論理そのものは正しいのです。仏教では【カルマ】です。それはスピリチュアルで説く【正負の原則】と同じことなのです。ただ、目には目を、歯には歯をの言葉だけを聞くときつく感じて、正負の原則だと解らない人達が居ると言うことなのです。正負の原則に従えば、何をしても神の愛で赦されますなどの言葉は絶対に出せないと解っていなければならないのです。

     

    人の魂とは永遠性を持っている為に、死後の世界に渡り、またもや人として出て来るの繰り返しがあります。それらが【輪廻】であり、この世は【天人の苗床】とか【魂の刑務所】と言われる由縁が起きます。その時、基本的に自己の魂の前世の記憶は消されて出て来ますので、人は自己の前世を覚えてはいないのです。

    だが、人の魂の中には【過去世の自分の記録】がありますので、一部の霊能者の中にはそれを読み取る能力を持たれた方が居るなのです。但し、それがその人の本当の前世なのか?。その人に憑依している霊の生きた時代の想念なのか?。必ずしも解らないがあります。また、嘘八百並べても証明が難しいなのです。そこに【霊感商法】も暗躍します。

     

    私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【そなたの前世は悲劇の武将であった。人の魂胆が解らないお人好しで、その為に悲劇で一生を終わった。そなたの今生は人の魂胆を見抜く養いである。】と告げられましたが、自分が前世で誰であったかは、自分の正守護神が出て来て誰であったかは解りました。

    だが、霊能者をしている方で私の前世(正守護神)を見た方は非常に数少ないと言えました。

     

    人は誰しもこの世に出て来ると、【この世の不合理・不条理】に遭遇します 

     

    そうした不合理・不条理によって、自分の命が取られることもあります。また、その被害は自分の家族に及ぶこともあります。それによって、自分が【恨】を抱けば自分が沈みます。

     

    魂は【恨】を持てば地獄に沈む

     

    地獄に落ちるとは、自分が間違っていたとか犯罪者だけではなく、どれだけ自分が正しい者であっても、【恨】を持てば地獄に沈むなのです。

     

    私は大本教から【艮金神・国常立尊】で「艮」の漢字が出されたことに、そこには【退いています】の意味があることは解りましたが、艮の心(忄)は【恨】であることに違和感を持っていました。創造神ともされている神が【恨み骨髄で固まっている】とは考えられないからです。

    それは霊的世界を歩いていて、その人の悪事ではなくて世の不合理・不条理によって被害を被って落ちている霊は多数ありました。それに対して、【恨み】は捨てましょうと説いて、その霊が恨みを捨ててくれると天人界にと戻って行く様にあったと言えます。

     

    人の魂はこの世に生まれて死んでこの世に生まれて死んでの繰り返しです。その過程の中にはこの世の不合理・不条理】を味わうがあります。されど、その【恨み】は捨てなさいなのです。

     

    何故ならば、人は輪廻で生まれ変わるからです 

     

    その為には、【カルマの原則(正負の原則)】をきちんと知らなければならないのです。自分が播いた種は自分で刈り取れです。自分は間違っていないかったが、自分を陥れたと恨むのではなく、そうした者達は天によって裁かれる。裁きは天に任せて、自分はそうした「恨み」は捨てましょうなのです。

     

    何時までも恨んでいると天国では無く地獄に落ちる

     

    そこにはスピリチュアルで説く、【神の愛で何をしても赦されるのです。】などの論理はどこにもないのです。

    この世の不合理・不条理によって【恨み霊】と化していた霊は、その【恨み】を捨てるならば、霊界では助けられます。

     

     

     

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    世の立替論は魂の【善悪】論だけでなく、最初に左翼(唯物主義)と右翼(唯心主義)とに別れる

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      前回の続きの続きです。

       

      大本教から創造神による【世の立替】論が出されました。その時、大本教から出されたのは

       

      【神が表に現れて、善と悪とに立て別ける】

       

      また、【この世の閻魔として現れる。】等がありまして、それ自体はお釈迦様の悟りであった【人に内在する良心神】論で裏打ちされます。

      が、私自身が神霊世界に関わって来て、?となったのは、世の立替とはそんな善と悪との二つに分かれるだけの単純な善悪論ではないなのです。

       

      まず、第一に神と呼ばれる存在は【神の存在そのものを認識】しなければ、その人の魂(玉思惟と呼ばれる意識)に神が存在しなくなるです。これは善悪の問題ではないのです。もっと【根本的】な論理です。

      次に、神代と呼ばれる時代から悪で生き続けた魂でも、神の存在を認識している魂は滅んではいない。【輪廻転生】の中に生かされて来ている事実です。

      そこに来るのは、単なる【善悪】論よりも、神の存在を認識するか認識していないかの要素の方が強いなのです。

      大本教と呼ばれる宗教が説いたのは、神の善悪論よりも、創造神と呼ばれる【国常立尊】が追いやられた(退かされた)事なのです。為に【ウシトラ(牛虎)】の魂(鬼が云う)論で成り立っているなのです。

       

      大本教から出された【牛虎のウシトラ】とか、【退くの艮】とか、【鬼が云うの魂】論に、大本教神諭予告【九つ花】で紐解ける【みろく(369)】には【五十六億七千万】の仕組みなど、どうして日本語と言う言葉であっても、ここまで完璧に仕組めたのかとなります。

      私は神霊世界の見聞の中で、中国の盤古大神とか伊勢神宮の男神の天照大御神や出雲の大国主命様の諸々の違う神姿等を見せて貰いましたが、そうした神々には日本語によるこうした言葉の仕組みは出来ないと断言は出来ます。

      さりとて、それだけの【言葉の仕組み】をした神の存在が見えてはいません。日本中歩き回っても解らないと言えます。私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたのでその言葉は豊受姫からと思いますが、【貴方の身に起きる出来事を言い当てられる神はこの日本には存在しません。】でした。

      巷には自分は霊が見える程度で、こうした【言葉の仕組み】がどれほどのものかまるで理解出来ていない人達が多数あります。それ自体は【奇魂】の働きが起きていないで説明は出来ます。

       

      私は神霊界修行として稲荷神界を離れて【言霊】の世界に入った頃、私が霊的世界から見せられた映像に【Y字型交通標識】がありました。これは将来、人類は【左右】に別れることを意味していると解りました。

      しかし、大本教からは神が表に現れて【善と悪】とに立て別けると宣伝されましたが、どちらが善でどちらが悪なのか?。まったく読めませんでした。漢字辞書で【右】と【左】を調べても、まったく意味が読み切れなかったなのです。

       

       

       

      漢字の【右】と【左】には意味の違いがあります。どちらも人を助ける意味があります。ただ、右は【天が助ける(祐)】で、左は【人が助ける(佐)】の意味合いなのです。これは【善と悪】ではなくて、【右翼主義】と【左翼主義】なのです。

       

      天が助けるのが「右(祐)」で、

       

      人が助けるのが「左(佐)」?

       

      通常左派と言いますと、リベラルであり【鳩派】などと言われます。あまり左に行きますと、連合赤軍とか中核派とか革マル派と呼ばれた「テロリスト集団」になり、日本でもビル爆破事件などを起こして来ました。また社会党左派に見られた【教条主義】的になると、何でも反対の原理原則に懲り固まるです。しかし、通常のリベラルや鳩派は穏やかで善人が多いと言えます。

      一方右派と呼ばれるのは【鷹派】と呼ばれ、国粋主義とか軍国主義と鳩派から攻撃されて来たです。しかし、そのバックボーンとなっているのは現在では【国民会議】の名で知られて来た様に「日本神道界」があります。私も神社総代になるまでは【国民会議】そのものをよく知りませんでした。神社の総代になって、その会議に参加させられたです。

      私は神霊世界に関わる前は、神は平和温厚主義で【左】路線を行くことかと思っていました。

       

      だが、自分が神霊世界に関わって来て、左翼主義とは【神仏】否定まで行かずとも、神仏の世界そのものを軽んじていると解って来ました。無論、そこには神仏に頼っても何もしてくれないの現実にぶつかります。ならば、人の手で何とかしなければとなります。

      例えば、中国共産党政権は表向きは【信仰は自由】となっていますが、現実には当局の意向に従わない宗教は徹底的に弾圧するです。それがチベットにおける宗教弾圧で殺戮です。チベット弾圧では120万人が犠牲になったとされます。仏教の総本山的なチベットでは中国の武力の前には仏も為す術もなかったなのです。

      また中国本土内においては、【法輪功】と呼ばれ宗教が大弾圧を受けて10万人以上が犠牲になったとの説もあります。法輪功は元々が【気功】であり、人の腹部には仏教の【法輪】が宿るとする教えですが、日本神道で言いますと人の腹は【高天ヶ腹】とするのと同じことです。

      現在、中国共産党はキリスト教の弾圧に向かっています。また、イスラム教も弾圧されています。イスラム教のウィグル自治区では100万人が強制収容所に入れられたとの報告が国連人種差別撤廃委員会からなされています。

      中国では国民が信じるのはそうした宗教上の神仏ではなく、【共産党】と呼ばれ党そのものを信仰しなさいなのです。

       

      マルクス・レーニン主義者は神の否定論者であり

      宗教の神が共産党よりも上に立っては成らない

       

      神が示す【左・右】とは?

       

      【右翼】とは、唯心主義並びに有神論者

       

      【左翼】とは、唯物主義並びに無神論者

       

      大本教から出された世の立替論は、人類の上に【創造神が臨む】意味合い的なことなのですが、西洋で言えば【最後の審判】であり、その時に創造神(唯一神)信仰者は【右翼】に、神仏の存在否定の唯物主義者は【左翼】にと別れるなのです。

      一般的に宗教の世界は【中道を歩け】と説きます。この場合の中道とは、実際は「右翼」を選んでいるのです。 これはイデオロギーの概念を見落とすと解らないところなのです。元々、イデオロギーの言葉そのものは共産主義の理論から出て言葉ですが、人類は【二線に別れる】は「善悪」論よりも、神の存在認識が先になるなのです。

       

      そこに、

       

      神の存在を信じる者は、悪党も救われるがあります

       

      それを【仏の慈悲】とか【神の愛】と間違えていたとなります。

       

      私は十数年前に自分が出したHPに、

       

      /世梁減澆鮨じる正しい行いの者

      ⊃世梁減澆鮨じているが悪しき行い者

      神の存在を信じない正しい行いの者

      た世梁減澆鮨じない悪しき行いの者

       

      そうした順列をつけて来ました。単に善悪論であれば,亮,廊の者。次に△亮圓能舂鵑違って来るです。神の存在を信じない悪しき者は救う手立てが難しいのですが、悪党でも神の存在を信じる者は助けられる霊界の様を見聞させて貰いますと、上記の考え方になっていったなのです。

       

      そこに来るのが【信じる者は「儲」かる】なのです

       

      どうして【儲】は「信じる者」となっているのかです。悪しきことをして地獄に落とされても、また人としてこの世に出して貰えたのか?。そこには【信仰】があったのです。それはどの神様を信仰したからではなく、【信仰者】という言葉がそのものが働いていたのです。

      鰯の頭も信心からと言いますが、人は自分が信仰する存在が正神なのか邪神なのか?。何が化けて出て来ているのか判別出来るだけの方はザラには居ません。それが邪神と知らずに信仰したとしても、その人の信仰心が【誠】からのものであれば、至誠は天に通じているとされてきたのもその為です。

       

       

      これからやって来るとされる【みろくの世】とは、人民による人民の為の人民による政治ではなくて、【神の専制政治】となります。俗に言う【天使(神司)】達が直接に政務や行政を司るです。人民による投票の選挙政治はなされません。全て創造神の任命制です。その為に、創造神はみろくの世の指導者と成るべき魂達を選んでおられるというか、育成されていると言えるでしょう。

       

      神の【王】と呼ばれる存在が幾体もあったのでは世は乱れますので、一つの神による【神界統一】が起きます。

      それは人間が直接に関わる話ではないので、人間サイドからは語れません。

       

      私が今回三部作で書いた意味は、神の【罪と罰】の意味合いなのです。いつまでも

       

      【恨】に囚われていると、みろくの世に行けません

       

      それを言いたかったわけです。「恨」を持ち出して論議していると、自分自身が「恨」に囚われてしまうのです。

       

      私が子供の頃に臨んでいて旧約聖書の神と称する声は、【そなたの前世は、人の魂胆が解らずにいいように利用された悲劇の武将】であったと言われました。

      私は霊界の暗闇地獄の中で【晒し首の武将の頭】を見て、その頭に向かって、もう間もなくみろくの世が来ます。もう、過去のことなど全て忘れて新しい世に行きましょうと言ったところ、その【晒し首の武将の頭】は目を見開いて笑ったのです。するとその暗闇地獄界は一変して金色の光の中となったのです。その翌日から、その武将霊は私の家に来たのです。その武将霊によって、私の言葉の発想が飛びだしたのです。それは私の【前世】の姿でした。

       

      それまで、私の前世には【恨】があったなのです

       

      【恨】を捨て去った時、その魂は元の霊界の地位にと上がったなのです。

       

      【恨】は論議することでなく、忘れ去るなのです

       

       

       

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      【恨(ハン)】の国と言われる韓国は【李承晩大統領】と【金日成】による大虐殺で、【恨】霊が支配する

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        前回の続きです。

         

        日本は戦前、台湾と朝鮮を併合して自国領としました。それは歴史的事実です。そこに不思議な事実が読み取れます。

         

        台湾は今でも親日国家であり、韓国と北朝鮮は反日国家

         

        日本の統治下において、台湾と朝鮮では別に施策が違ったのではないのです。なのに台湾は今でも親日国家であり、韓国や北朝鮮は日本を憎む反日国家と言えます。しかし、韓国と北朝鮮は反日と言えども、その度合いのひどさは圧倒的に韓国が強いと言えます。反日思想で凝り固まっています。

        特攻基地で知られた「知覧」に行きますと、朝鮮籍の方も日本人として特攻されたことが解ります。そこに朝鮮人だからと特別に特攻を強制した事実はどこにも存在しません。皆、自分達は日本人だとして日本国の為に特攻しているのです。

        戦前の陸軍のビルマ戦線のインパール作戦において、日本軍は【白骨街道】と呼ばれる累々たる屍を築いてしまいました。史上最悪の作戦と呼ばれるものです。そのインパール作戦において、常に勇敢で先頭を行ったのが高砂族と呼ばれていた当時の台湾の人達でした。その勇猛振りは戦記では語り草です。為に、多くの台湾出身の人達が戦死しています。私はそうした英霊達に涙と共に、敬礼をします。

        私は霊的にそうした英霊達を見た時には、敬礼をします。

         

        敗戦後の台湾には中国本土から逃げて来た「蒋介石(国民党軍)」の本土人と台湾人との国になったのですが、台湾ではこの日本を恨む声は聞こえて来ません。今でも台湾には日本との統合国家を目指す人達もあります。自分達は中国人ではなくて大和民族だ!。

        これだけ親日である国家と外交を断絶して、中国との国交を回復させるは外交としては致し方ないのですが、日本の東日本大震災にあたっても台湾から大量の義援金が寄せられたなどは、日本人は記憶しなければならないのです。

        台湾と韓国の違いはどこにあるのかです。それは、戦後の台湾と韓国・北朝鮮の【思想教育】の違いに要因があると言えるでしょう。

         

        中国や韓国は、何かと日本は【自国の歴史】を見直せと言いますが、中国における【文化革命】は国内ではタブーであり、今の若い世代の中国人はそれほどの中国国民に犠牲があった歴史を知りません。当局の徹底した歴史操作です。

        それは【天安門事件】にも言えまして、若い中国人達は「天安門事件」すらその概要を知らないなのです。

         

        韓国の建国の父である大虐殺の独裁者【李承晩】初代大統領は何をしたのか?。韓国は自国の歴史でそれを教えていないようです。日本人でも私達の年代以上の者であれば、悪名高き【李承晩】大統領が何をしたのかを知っています。 日本敗戦をよいことに、勝手に公海上に「李承晩ライン」を引いて、日本の多くの漁民を拿捕して日本人に犠牲者が出ました。そして、日本領であった【竹島】を占領したことです。竹島が韓国領等の説は李承晩大統領の占領からです。そして、徹底的に歪曲した【反日教育】を行い。歴史的事実すら歪曲したのです。

        もし、日本が敗戦で軍事力を失っていなければ、日本と韓国で戦争になるほどの事案です。だが、敗戦で負けた日本は【海軍力】を失っていて、韓国の李承晩大統領に良いようにされていたのです。当時のアメリカは李承晩大統領に対して注意はしたのですが、聞く耳は持たなかったなのです。

         

        韓国においては李承晩は初代大統領で「建国の父」でもあり、憲法上では大統領は一期制なのに独裁で三期の途中に米国に亡命しました。その李承晩の教育方針により徹底的な「反日教育」を施された者が、今の韓国で政治家や裁判官や教育者や学者等の主要な地位を占めるとなりましたので、日本に対しては何をしても良いとか許されるという誤った意識を持つ国家に成ったと言えます。

        李承晩初代大統領が虐殺した韓国人は120万人とも150人ともありますが、それは当時の韓国内の共産主義者や自分の政敵達ですが、多くの親日派の韓国の人達もありました。日本に占有された【台湾】には日本の統治時代は良かったという方が多かったのですが、韓国でも日本の統治時代は良かったと言う方達も当然多数在ったのです。

        そうした方達は「李承晩」初代大統領によって虐殺されたのです。韓国では「親日」では生きて居きられない環境(土壌)をその時に造ったと言えます。それが国家の土台として形成されたのです。韓国では台湾の人達のような親日ではなくて、反日の旗を振らないと自分が親日だと左派から攻撃されて何をされるか解らない国家体制となったのです。

         

        私はこれを【李承晩初代大統領の亡霊】と言います。韓国内にはその李承晩によって虐殺された120万とも150万ともされる霊が国家から虐殺されて、それは【恨】として残っているからです。 韓国はそうした自国の大統領によって殺された人達の霊を供養しているのかとなります。日本からの独立記念日は祝い。大虐殺された自国民のことは忘れる。韓国が正しい歴史を認識しない限り、韓国は日本を攻め続けるのです。日本がいくら謝っても謝っても、そのゴール・ポストすら動かします。反日こそが李承晩が創り上げた韓国大統領制度の支えだからです。

        私は日本と韓国は【李承晩による殺された霊の恨】が生き続ける限り、真の友好国でないと言います。韓国が変わるには【李承晩に殺された霊の恨を消す】しかないのです。それは日本に歴史云々を言う前に自国の歴史をきちんと振り返って国民に教えなさいなです。教育の是正です。それをしない限り、韓国国民は永遠に誤った歴史観で日本を叩き続けるのです。ですから、戦争を知らない若い世代ほど急進的なのです。

         

        そして現在の文大統領は両親が北朝鮮出身であり、北朝鮮に対する思いが強く、そこに来て赤の急進左派です。韓国と北朝鮮の統一国家を目指しておられます。それは韓国民が選ぶ道であって、日本は干渉すべき問題ではありません。

        文大統領は北朝鮮の共産主義の思想をも持った人物で、韓国の李承晩大統領による徹底した反日教育を受けた世代なので、その反日思想は筋金入りなのです。

        韓国の人民大虐殺の「李承晩」大統領の反日教育と、やはり南鮮たる韓国民を大虐殺した「金日成」の共産主義の両方の思想を受けている人物なのです。

         

        日本は戦前韓国の人達を虐殺したのでしょうか?。

         

        日本が朝鮮を併合した時、それに対する独立運動等の抵抗勢力があり、その間では数々の事件や戦闘があり、朝鮮独立運動軍と日本軍・官憲の双方に多くの死者が出ました。そうした独立運動軍の一つに金日成指揮の「抗日パルチザン」があり、日本の守備隊が全滅したり、多くの日本の民間人も殺されています。しかし、こられは虐殺と言わずに戦いと言えるでしょう。

        日本が敗戦した後、朝鮮に残っていた日本人が武装蜂起して、数千人の日本人が朝鮮人民義勇軍によって処刑されています。そうしたことを持ち出していると切りが無いのです。

        虐殺という意味では、韓国の中には提岩里教会(ていがんりきょうかい)事件を持ち出すがありますが、これは2000人に及ぶ武装した朝鮮人暴徒が破壊活動を行い放火などで地域が無政府状態となり、暴徒が日本人警察官を含む日本人を惨殺したので、日本軍が鎮圧の為に暴動の指導者と思しき朝鮮の人を29名を射殺した事件です。

        その時に日本軍に射殺された29名は本当に暴徒であったのかとなると、そうとは言えません。暴動の混乱の中で射撃をしていますので、関係が無い人も巻き添えをになったがあります。で、行き過ぎとして日本(朝鮮総督府)は指揮官を処分し、軍法会議にもかけた事件です。ところが韓国では、日本人警察官や日本人が惨殺された事実に関しては完全無視で、単に日本軍の人民虐殺だ!。決して起きてはならない悲劇であっても事の発端をまるで見ていないがあります。

         

        蒙古襲来の元寇の時、当時の朝鮮は常に中国の属国の様な国であり、その蒙古軍の先兵と成ったのは高麗(韓国)国の軍で、対馬や壱岐や隠岐でどれほど多くの日本人島民を虐殺したのかがあります。特に婦女に対する強姦が多いのです。妊婦の腹割きもしています。だが、日本はそうした歴史教育をしていません。まるで日本は朝鮮を侵略しただけの悪者式なのです。日本は自分達が受けた被害を自国民に教えていません。

        こうしたことは、ベトナム戦争においても韓国軍のベトナム住民虐殺事件が数々ありました。ところが韓国は、それらは韓国軍に扮したベトコンの仕業だとしてどれも認めませんでした。ベトナムでは韓国軍による婦女の強姦事件が多発し、その間に生まれた多くの混血児の存在が問題になりました。ベトナムに派遣された韓国軍の指揮官は、我々は誰に対しても償いをする必要が無いと言っています。最初から自軍の不祥事は認めない姿勢です。

        そうした韓国民の特質を知るならば、日本の自衛隊哨戒機にレザーを浴びせても絶対に認めることはないのです。逆に責任を転嫁する国だということを理解しておく必要があるのです。その上で、どうすればいいのかなのです。

         

        韓国は日本に近くて遠い国と言われるのは、イデオロギー(政治・社会思想)が日本とはまるで違うのです。韓国の人達の性質に、何でも韓国が世界の最初の発祥の地だと言うかおかしな思想があります。これらも李承晩大統領下における誤った教育にあるのでしょう。

        それらは日本でも戦前は米英を「鬼畜」として教育されたのです。同じ事です。独裁者として権力を握れば、その国民をどの様にでも洗脳教育して【飼い慣らす】ことが出来るなのです。

         

        人の良心とか正義は、その人の心の中でしか生きられない

         

        日本には日本国が犯した【国のカルマ】と呼ばれるものがあり。それは太平洋戦争で敗戦国になったことで、多くの犠牲者を出したことで「カルマ」が減りました。 韓国には李承晩大統領による自国民大虐殺の【カルマ】が横たわっています。そうした「カルマ」を解消するのではなくて、【カルマ】を増やし続けると、やがてその国家には大変なことが訪れます。

         

        日本が戦争当時に中国や韓国から応募してきた【応募工】に対して、敗戦で日本企業に未払い賃金か発生した事実は歪めません。驚くことに、中国と戦争しているにも関わらず中国からも多数の「応募工」が来ているのです。それは「応募工」に対する企業の提示給料が高かったからです。決して、強制徴用工ではなかったなのです。

        これは韓国の中でも、強制工ではなくて応募工であり、その給料で家を建てられたと証言する方達もあります。また、最近の韓国人の研究者の中にも、国連で応募工の給料と日本人との給与に差がなかったと発表された方があります。ところがその方が韓国に帰れば袋叩きです。韓国では急進左派が力を持ち、自分達の主張に異を唱える者は袋叩きにするがあります。

        今の若い世代の方達は知らないでしょうが、日本でも「同和問題」が吹き出した時、集団で吊し上げるがまかり通ったのです。行き過ぎで死者も出ました。誰もそれに異など挟めなかったのです。警察ですら動けなかったのです。そうした中で【日本赤軍事件】なども起きました。その当時の日本は今の韓国と同じで、急進左派が暴れまくったなのです。

         

        人の勢い強い時、神をも退く

        左翼的集団暴力が勢い増すと、神とて止められない

         

        私はその当時、霊から同和問題である声を聞きました。【人は人を差別すると、次の世に自分が差別される側に立つ。それは人を差別することは行けないことを学ぶ為である。さりとて、差別する人に暴力で訴えてはいけない。人の勢いが強い時、神とてどうすることも出来ない。人々が争わずに平和に暮らせる時期を待て。】です。神だからと言って、人々をコントロール出来ないということです。

         

        応募工に対する未払い問題は韓国のみならず、中国との間にもあったのですが、日中国交復活の時に中国の周恩来首相はそれを不問にしたのです。韓国は一括して日本政府から受け取っておきながらも、それを自国民の応募工に支払わなかったなのです。

        確かに、韓国からの応募工の立場からすると受け取っていないから給料を支払えとなりますが、それは一括して受け取った韓国政府の問題であって日本政府の問題ではないのです。

        韓国の三権制度は、独裁者「李承晩初代大統領」によって創られたもので、韓国大統領の地位は世界でも希に見る権限があります。司法すら動かせるです。文政権下においては労働組合の暴徒達を逮捕した警察が、逆に暴徒に逮捕したことを謝るなどが起きていますが、法もあったものではありません。今の韓国は左翼急進主義者のやりたい放題なのです。

        韓国の最高裁判所は法よりも、その時の「国民感情」によって法さえ曲げるを犯します。韓国では大統領の地位を退くと、簡単に裁判にかけられてしまいます。外交の継続性等も考えない。その時、その時の国民感情で動くなのです。

         

        韓国の文大統領の狙いは北朝鮮との統一国家であり、金正恩を元首とする国家造りと言えます。為には、韓国を共産主義国家にして国家の統一化なのです。今の韓国の文政権とは、左翼主義達の集まりなのです。

        文大統領は最近も北朝鮮と力を合わせて日本に打ち勝とうと発表しましたが、民族主義の理念だけでは北朝鮮との統一は出来ませんし、金正恩がその為にその座を降りるなどもないでしょう。朝鮮の国家統一とは、金正恩体制の崩壊か、金正恩王朝体制そのものにするかのどちらかです。北朝鮮は北朝鮮による朝鮮統一国家造りの旗を降ろしていません。金王朝体制の時には韓国の反金正恩勢力は大虐殺されるなのです。

         

        世界の自国民大虐殺者の独裁者は、中国の毛沢東。ソ連のスターリン。カンボジアのポルポト。北朝鮮の金日成で解る様にその多くが【共産主義思想者】なのです。普通ならば自国民を虐殺するなど考えられないのですが、それが【思想】と呼ばれるものなのです。

         

        共産主義の背後は【紅龍(赤いサタン)】とされます

         

        この【紅龍(赤いサタン)】の目的は、創造神の存在を人類の意識から消すことにあるのです。で、共産主義者は【唯物主義者・無神論者】となるのです。

        では、共産主義者でなかった韓国の【李承晩】初代大統領は何かとなりますと、これは【悪魔とか悪鬼の類いの権化】と言えるでしょう。

         

        私達日本人は戦前に韓国の人達に迷惑をかけたことは事実ですが、いくら謝っても謝っても赦してくれない。実際に戦争を知らない戦後70数年も過ぎた若い世代ほど、それが酷くなるのです。そこに【李承晩】と言う自国民を120万人から150万人ともされる大虐殺された霊の【恨】が息づいているからです。それに加えて【金日成】の北朝鮮軍に虐殺された【恨】もあるのです。

         

        韓国が【恨(ハン)】の国と呼ばれる因

         

        つい先日、韓国の民主社会のための弁護士会(民弁)に所属する弁護士らは、日帝による強制徴用被害者に続き、ベトナム戦争中に韓国軍によって被害を受けたベトナムの被害者に代わり、韓国政府を相手取り、損害賠償訴訟を起こすことを決めた。これは韓国の為にはいいニュースでしょう。

        但し、日帝による強制徴用被害者ではなくて、彼らは【応募工】であって、事実を曲げてはいけないなのです。日本も「応募工」に対して【未払い賃金】があった事実は認めているのです。その金を一括して受け取った韓国政府が応募工に対する未払い賃金を払わずに、漢江の奇跡の為に流用した。それすら文大統領は教科書から消そうとしています。日本はその支払い義務は韓国政府にあると主張しているだけなのです。

         

        私は30年間以上朝日新聞の読者ですが、何故に朝日新聞は事実を事実として報道せずに韓国寄りの記事ばかり書くのか?。この日本の国を陥れるような記事ばかりを書くのか?。【唯物主義者・無神論者】にとっては、韓国の文政権との連帯と言えます。これほど【神の息吹】に満ちあふれている国は、左翼主義者はある意味潰したいのです。

        安倍首相はタカ派ともされるように右翼(唯心主義者・有神論者)です。で、そのバックに【日本会議(日本神道が主体)】があります。安倍首相はその「日本会議」に対する忖度をしすぎた面はありますが、安倍首相も万能ではありません。欠点もある人物ですが、今の日本を委せるには安部氏以外には適当な人物が居ないなのです。

         

        共産主義の独裁者がどれほど多くの自国民を大虐殺したのか?。そうした事実にすら目を瞑り続けるのかです。

        霊的世界の存在を否定する「唯物主義者」に、この地球を委せることが出来ないところまで世は来たのです。

         

        創造神による世の立替論と呼ばれるものが言われていますが、それは単なる【善悪】論だけではなくて、人類の中のイデオロギーにも関わっているのです。
        人類にある左翼と右翼のイデオロギーに別れの時

         

        それは次回に述べたいと思います。

         

         

         

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        人を一人でも殺せば殺人者でも、大量の人を殺せば英雄ともなる謎?。神を殺すには刃物は要らない

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          諺と言うか格言というか

           

          神を殺すに刃物は要らぬ

          誰もその存在を神と思わなければ、その神は死ぬがあります。

           

          明治25年に丹波の片田舎の綾部で後に大本教開祖となった【出口なお】さんに【ウシトラ金神国常立尊】と称する神懸かり現象が起きました。

          大本教からは【ウシトラ】の言葉が出されたのですが、【国常立尊】とは記紀神話にその名はあっても、実際にその存在を神社で祭っているところとは数が少ないのです。有名な場所としては十津川の【玉置神社】や【木曽御嶽山】が有名ですが、では「玉置神社や木曽御嶽山」に参拝すれば、そこに「国常立尊」様が鎮座されているかとなった時、優秀な霊能者ならば鎮座するのは【頂上神】たる国常立尊様ではないと言われるでしょう。

           

          優秀な霊能者によれば、これまで世に出られた【国常立尊】で一番高い存在は、大本教開祖出口なおさんに懸かった「国常立尊」であったと言われています。これは神界ピラミッドを理解している霊能者でないと、意味が理解出来ないでしょう。そこに出て来られる御神霊を神界ピラミッドの【神の高山の合目(あるいは次元)】で見る能力です。優れた霊能者で無いと解りません。未だ人類は【国常立尊】様にしても、その頂上神を見ていないとも言われています。

          こうした神界ビラミッドの合目など、大社に鎮座している御神霊に尋ねても、絶対にそんな神界に合目等は無いと言われます。末端の神社の神霊も本社も一緒だと言われるでしょう。どの御神霊も神界での自分の地位を曝すのが厭なのです。ただ、解っていることは、とんでもない高い神の分魂を貰っている様な方がその神社でも大社でも訪れると、そうした神社に鎮座する神霊が頭を下げる。土下座するなどもあるなのです。そうしたことを【魂の地位】とか【魂の格式】と言います。

           

          単に文献を漁ってブログ記事を書く方と違って、霊能者とは実際に神霊を見て、その神霊をサニワ(審神)するからです。この「国常立尊」とは人に憑依する様な神霊ではなくて、ある一定レベルの高さを持った魂の者に内在する形で出て来るなのです。大本教神諭に、この神(ウシトラ金神)は神主(男性霊媒者)や巫女(女性霊媒者)には懸からないとあるのもその為です。単に霊媒者では降ろせないなのです。

          もし、スピリチュアル的な人に本当の国常立尊が降りたならば、必ずその人は発狂します。その光に自分の魂が耐えきれないからです。自分には神霊が見える見えないではなく、その人にどれほど高級な神霊が入ってもその精神は大丈夫なのかなのです。

           

          世に「メシア」と言う存在が語られますが、創造神がその肉体に入っても本人が発狂しないような肉体人のことです。為にその人が如何なる神霊の分魂を持っているのかが鍵なのです。そこにその魂の【次元】とか【合目】が言われているわけです。

          人は誰しもこの世に降りて来て、この世の修業しだいで霊界での「魂の地位」を上げて行きます。例えその方が高い神の分魂を持った方でも何の修業もしていないと言うのであれば、その魂は落ちて行きます。この世に出ると【自己責任】となって来るのです。ですからいくら「メシア」頼みをしても、そんな存在が居るか居ないのかよく解らないなのです。

          巷には自分が「メシア」ですと称している方は多数居られますが、実際に創造神が降りたならばその光に耐えきれる肉体かとなってしまいます。

           

          大本教の出口なお開祖は国常立尊の御分霊そのものではなかったのですが、元は神界でも高い神霊の魂の存在であり、天罰を受けて地に落とされた魂であり、生まれ出た人生、生まれ出た人生。大変な苦労(カルマ落とし)をされて、その魂が天に帰る最後の人生の勤めが大本教開祖の役目と言えます。

          私自身、元は神界でも高い身分の魂ではあっただろうが、今生では地に落とされて、悲惨としか言えないような状態の方を何人も見て来ています。結構、元天女クラスと思われる方も多数おられます。だからと言って、そうした方達に大本教出口なお開祖の様な役目が降ろされているではないのです。そうした候補者的な方は居られるです。

          もし、【出口なお】と言う存在がなければ、ウシトラ金神国常立尊と呼ばれる御神霊は、日本では未だ【埋没神】状態のままで終わっていたのです。

           

          それは、神を殺すも消すも人々の意識しだい

           

          もし人々が、【国常立尊】と呼ばれる御神霊を意識しなければ、そこに【国常立尊】たる神は存在しなくなってしまうのです。【神を殺すのに刃物は要らぬ。誰もがその存在を神と認識しなければその神は死ぬ。】なのです。

           

          大本教が予告した【節分の炒り豆にも花が咲く】は、そのウシトラ金神国常立尊の存在を神として崇めている方には、その意識の中に【国常立尊】と呼ばれる存在が生きて来るので、次の新しい【みろく世】に進むなのです。 だが、そんな【国常立尊】など呼ばれる神などはどこにも存在しないと言う【意識】であれば、その方にはどこにも【国常立尊】と呼ばれる神が宿る居場所がない為に、その人に【国常立尊】と呼ばれる神は存在しなくなり、永遠に「みろく世」には進めません。

           

          それが、私が子供の時に「旧約聖書」の神と称する声から聞かされた。

           

          この神を唯一神と認める者は、未来の新しい世に導く

          唯一神として認めるとは、【意識】しなければならない

           

          私は子供の頃はその意味が解りませんでしたが、今は解ります。それを【依怙贔屓】だと言う方は、そもそもその国常立尊(旧約聖書の神)を創造神として認識していないのですから、その神の世界に行きようがないのです。それは自分は国常立尊派だとか反国常立尊だからではないのです。【意識(玉思惟)】の問題なのです。

           

           

          私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は私に世界の文豪の本を読みなさいと告げられたのです。そこに神の教えがあるです。その当時、私は小学校の高学年クラスに振られた図書館委員で、小学校の図書館で司書の手伝いで蔵書整理などをしていました。で、放課後は学校の図書館に居たので、旧約聖書の神と称する声が告げられた日本昔話や民話や文豪の本を読むこととなったのです。

          ある文豪の本で確かの記憶ですが、主人公の青年は、戦争で多くの人を殺せば英雄でも、明日の一日の糧に困って人を殺すと殺人者として罰せられる。その違いの葛藤です。 確かに、戦場で大量の人を殺せば英雄で、明日の糧に困って一人の人を殺せば殺人者です。同じ殺人でどう違うのだろう!?。だが、この問題。これまで世に出ておられた聖者達の答えが見当たらないのです。

           

          この世で【独裁者】と呼ばれた存在の中には【唯物主義・無神論】者が多く、自国民ですら大量虐殺して来ました。

          遠い昔のことは数字に正確性が問われますので、近代の【独裁者】でどれほど自国民を虐殺したかをあるデータを借りて見ますと、

           

          一位、中国の【毛沢東】

          毛沢東の【文化大革命】等による中国国民の死者は7800万人とされます。

           

          二位、ソ連当時の【スターリン】

          シベリア等に強制送り等で自国民の死者は2300万人とされます。

           

          三位、ドイツの【ヒトラー】

          但し、ヒトラーはドイツ国民のゲルマン民族ではなく、ユダヤ人等が主体で1700万人とされます。

           

          四位、ベルギーの【レオポルド2世】

          自国民ではなく、個人植民地としたアフリカのコンゴで1500万人。

           

          五位、トルコの【エンヴェル・パシャ】

          自国民ではなく、アルメニア人を移住させようとした過程で250万人。

           

          六位、カンボジアの【ポル・ポト】

          毛沢東思想の申し子で、自国民170万人。

           

          七位、北朝鮮の【金日成】

          朝鮮戦争において侵攻した地域で同胞の朝鮮人を160万人虐殺。それだけでなく、北朝鮮では日常的な独裁者金王朝による虐殺が行われています。

           

          八位、韓国の【李承晩】

          少なくても韓国国民の120万人を殺したとされます。150万人説もあります。

           

          で、こうした方の霊は人を殺したから地獄界に落ちているのかとなった時、霊能者サイドからそうした報告がありません。

          日本において【織田信長】は比叡山焼き討ちや石山本願寺攻めで多くの仏教信仰者を殺戮しましたが、別に地獄で罰せられるではなくて【第六天魔王】になっているとも言われています。一種の神です。 人を一人でも殺したら地獄に落とされるのと違って、大量の人を殺した存在は神格化している謎です。

           

          こうした自国民を大虐殺した存在も、その国の国民からは【建国の父】とか【英雄】として祭られ【神格化】されています。つまりその国で【神】的存在です。韓国では「李承晩」大統領を神化したとまでは言わないでしょうが、【建国の父】としている人達も多いわけです。

          今、日本と韓国との間は抜き差しならない状態になっていますが、霊的世界から言えば、その原因の元となるのは韓国民を大虐殺した【李承晩大統領】にあるのです。韓国からその【李承晩大統領】が残した遺産を消さない限り、韓国が自国の歴史をきちんと検証しない限り、韓国と日本の間に【未来志向】など存在しないのです。

           

          そこに横たわるのは【意識】の問題なのです

           

          この意味は、次回に説明したいと思います。

           

           

           

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          最後の頁?。人類に神上がりの嬉し嬉しの【みろくの世】到来とは【慶喜】?

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            私が住む場所は大本教の出口王仁三郎聖師が大正九年以前と推察されますが、教団の一部の信徒に教団には内密で、その土地を死守して欲しいと頼まれた土地の内の一角で、そうした土地の一部に出口王仁三郎聖師がその直弟子に【みろく神業で遣われるお宝が埋められている。】と言い残された場所があります。

            その土地を持っておられた信徒の方が亡くなり。その土地を出口王仁三郎聖師の直弟子達が掘り返してみたが何も出てこなかったと、後でその土地を買われた方から聞かされました。その直弟子達は現実界のお宝と霊的なお宝とでは違うとは思わなかったのでしょう。

            私は今住む土地がそうした土地とは何も知らずに、豊受姫の【世に出ておられる神達では出来ず。そなたでないと出来ない神業。】と告げられて、そうした土地の一角に居を構えたしだいです。

             

            その土地は霊能者によれば【陸の龍宮城の呼吸口】と呼ばれる場所だとも知らず、そこに新しく家を建てて居を構えたしだいです。出口王仁三郎聖師の足跡を調べていて、その周辺が大本教神苑の金龍海は型であり、その付近の一帯の土地が本当の金龍海とされる場所であることが判明しました。今はそこに池が無い為に解りませんが、昔は底なし沼とされる池があったのです。

            そして、平成【3、4、5】年と3年間に渡る大ラップ現象の中に身を置いたのです。特に最初の40日間は激烈を極めました。その当時は気がつかなかったのですが、それは、日月神示の【345(みよいづ)】の型と何か関連があったのかも知れません。

            霊能者とか超能力者の調べでは、その地には【神界の機密ゲート】が存在しており、三次元世界の終了と地球の次元上昇の【鍵】を握ると言います。出口王仁三郎聖師の予言である「みろく神業に使われるお宝」の場所と、一部の霊能者が言う三次元世界の終了とみろく世に次元上昇の鍵を握る場所で、そこには何か関連があるようにも思われます。

             

            その時のラップ現象は霊能者の方をして、この日本にそのラップ現象を鎮められる神などは居ないと告げられたほどのもので、その土地に行けと豊受姫の命令を私に伝達した最初の師匠は、【やっぱり神様(豊受姫)様の言われる通り、貴方でないと鎮めることが出来なかった神業。】と言われます。その師匠は私が死ぬと思っていたのです。

            私からすると冗談では無い。何時、自分の命が取られるかで過ごした日々なのです。本当はその土地から他の土地に引っ越しをしたかったのですが、そんな土地は他の方には売れないし、さりとて他に土地を買う資金も無いで、やむなくです。それに、誰にも出来ない神業だと告げられてしまうと【野次馬根性】が出て来ます。何が起きるのかを知りたいという欲です。

            しかし、本音は二度とあの様なラップ現象は味わいたくはないなのです。当時は若かったので耐えられた。今なら死ぬでしょう。だから今再発したらこの地から逃げます。その為なのか、私は霊的世界を【綺麗事】で語る人が嫌いなのです。霊的世界に関わるならば命を投げ出す覚悟があるのか!。です。

             

            私が大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解けたのは、それはその土地に住んだことにあります。もしもその土地に住んでいなければ、絶対に紐解くことなど出来なかったでしょう。それは【断言】が出来ます。

            されど、言葉の仕組みなどいくら紐解いても誰がそれに振り向くかとなったならば、ほとんどいないでしょう。世に出ておられる神々ですら、言葉の仕組みなど振り向きもされないからです。今の神霊世界は霊力こそ全てだからです。 言葉を創った神など意味が解らないなのです。ただ、日月神示等には【言霊神】として、世に出ておられる御神霊達よりも上の存在として告げられています。

            私がこの土地に住んでから私の元にやって来た邪神達の目的は、出口王仁三郎聖師が予言されたみろく神業に使われると言い残された【お宝】を私が所持していると思い込んでいたことが原因と解りました。みろく神業で使われるお宝が自分達の手に入れば、自分達の天下が来るという思い込みです。残念ながら、私はその宝を保持していません。

             

            みろくの世がどんな形の世であれ、そこに住む住人達が【衣食住】に困ると言うのであれば、そんな世は意味がありません。みろくの世は【嬉し嬉しの世】であるということは、あちらこちらで既に前宣伝がかなり行われています。為に、邪神達はそのお宝を狙っているがあります。

            ただ、この【みろくの世】とはスピリチュアルでも盛んに説かれる様に、三次元世界では無くて高次元世界に進むことになります。それは、これまでは【神界】とされて来た世界への人類の【神上がり】ともなります。

             

            人類に神上がりの時節がやって来る

             

            そうした世界が来ると言うことはスピリチュアルでも歌っているのですが、スピリチュアルの場合は【何も心配しなくてもいいのです。この地球が自然に次元上昇するだけのことです】。それ以外には何も言わないなのです。

            選挙などではそうなのですが、消費税反対。人々に充分な年金を。そうしたスローガンを掲げて人気を博す政党は数多ありますが、そうした主張にはその為の財源をどうするのか、それに対する案がまったくありません。財源も無いのに、そうしたバラ色の話をするなのです。

             

            嬉し嬉しのみろく世の財源は?

             

            無尽蔵の龍宮城の乙姫のお宝

             

            数日前の未明、久しぶりに変わったラップ音がして来ました。そのラップ音で目が覚めたのですが、この手のラップ音はこちらが起きていると知ると、霊が音を出すのを止めてしまいます。一種の寝たふりをしていないとダメなのです。半分寝ているような状況がベターなのです。そこで、半覚醒状態を保つなのです。半分眠っている状態です。

            すると、私に一つの言葉が入って来たのです。みろくの世は嬉し嬉しの【喜】である。そして、霊映像として一冊のノートが出来て、そのノートをパラパラと見て行くと白紙の連続で最後の頁に【慶喜】の文字が書かれていたのです。「慶喜」とは徳川幕府最後の将軍名にもなります。それは最後は【慶喜】?。

             

            【喜】の国字は【㐂】で、七十七歳

             

            国字とは中国で造られた漢字では無くて、この日本で造られた文字です。中国の漢字ではないので造られた経緯が解っていません。喜が意味することは【七十七】歳です。為に喜寿は77歳で、喜びの【寿(ス)】です。これは【喜」の漢字を広辞苑で調べられたら七十七歳のことと出ています。

            大本教から出された【ス神】論は、そもそもこの【喜びの寿】の意味なのです。カタカナの【ス】は【須】からです。私は最初、大本教から出された【ス神】論には【寿】の漢字の意味であることは解っていたのですが、【喜寿】には辿り着けていませんでした。ひらかなの「す」は寸からであり、【寿】の寸からです。

             

            大本教の出口王仁三郎聖師は自分が「みろく神」と名乗りもされましたが、霊界物語に【変性女子】はニセ者であったと同様に、みろく神の名乗りもニセ形で、みろく下生そのものは昭和20年(西暦1945)年に起きたと残しておられます。

            この昭和20年(西暦1945年)にみろく下生は日本だけでなく、世界的にも言われていていることです。ペンジャミン・クレームなどが言っていた【世界教師(マイトレーヤ)】の存在なども、そこに同様の意味を持ちます。しかし、マイトレーヤでは56億7千万の【369】を出し切れないのです。

            その西暦1945年を基準として「七十七」年を加えますと、【西暦2022年】となります。嬉し嬉しのみろく世とは、西暦2022年からとなる可能性が出て来たと言えます。そして、ウシトラの【寅】年ともなります。

             

            大本教から出された【艮】金神は、今は退いていますの「艮」です。一方、綾部藩主であった九鬼神道家の「ウシトラ」は【宇志採羅】根真で、【宇宙の意志は羅を採用します】の【羅(ラ)神】論になっているのです。

            寅の意味は【採羅】であり、死者の維新(蘇民将来)となるのです。旧約聖書で言えば最後の審判で「死者は蘇る」であって、高次元世界に蘇る【神上がり】となります。今の三次元用の肉体は捨てて、【五次元、六次元、七次元】などの高次元世界の住人となるなのです。そこから人類の魂は宇宙的になるのです。

             

            次に【慶】の字ですが、【慶】はめでたいことであり祝いごとです。但し、単なる慶事の意味では無く、賜るとか賞与の意味があります。そこには神からの【御褒美】の意味が出て来ます。

             

            この慶の字は

            【廌+心+攵(夊)】の組み合わせ

             

            その【廌】とは何ですかとなります。それは漢字辞書でも学者さんで違った説が出ています。一つには【鹿に似た空想の動物】です。「廌」の漢字の上部を見ると「鹿」の字の上部と同じなので、「鹿」に似たが一番かと思われます。ところが同じ辞書でも「慶」の字から見て行くと「牛に似た一角獣」となります。同じ辞書ですら、【慶】と【廌】では解釈を異にしています。

            有名な漢字辞書「字統」では、「慶」の字の「廌」の部分は「神羊」のことだと書かれています。字の頭部は鹿ではないという論です。ところが、同じ字統でも「廌」で引くと「山牛に似た一角」となっています。明らかにどの辞書も【慶】と【廌】では意味の整合性が取れていないと解ります。

             

            ただ、どの辞書を見ても【慶】の漢字の意味は【法】と【神の審判】を指しているのです。大本教においては【鏖殺】が説かれました。鏖殺は「鹿」です。そして【慶】も同様なのです。

             

            神の【法】の審判時に勝利した者が【慶】で

             

            嬉し嬉しの【喜】の世界にと入る

             

            で、この【喜】を調べますと、「壴と口」です。【壴は豆と芽生える(屮)】の組み合わせです。

             

            喜は【豆が芽生える(屮)?】

             

            大本教、【節分の炒り豆にも花が咲く】

             

            私は長らく、大本教が大宣伝をした【節分の炒り豆にも花が咲く】に頭もを悩ましていました。炒った豆から花が咲く?。そんなことはあり得ません。その時、私には不思議なイメージが湧きました。それはイギリスの童話「ジャックと豆の木」で、豆の木が天まで届くの話で、豆の意味は天に帰ることを意味しているです。

            大本教からは【節分の炒り豆にも花が咲く】と宣伝されましたが、あまり深いことが書かれていません。この件に関しては大本教外伝とされる書に、国常立尊様が悪神達の為に退所に赴く時、見送りの牛人(うしうど)に私の復帰は何時になるかと尋ねられたならば、牛人いわく、節分の煎り豆に花が咲く時。それを聞いた国常立尊様はニッコリとされて退所に赴かれたとします。

            但し、この原書は世に出回っていない為に、はっきりした内容は解りません。幻の書です。私は霊界修業の中で頭が牛の「牛人(うしうど)」の存在を見て来ました。私自身が「牛人」だったのです。また、牛人なので仏教の【牛頭天王】の存在も確信しています。

            【節分の炒り豆にも花が咲く】は【国常立尊のご復帰の時】の意味。

             

            節分の炒り豆の豆とは、各自の魂の中の核

             

            節分でなく、その時は二つの世界に【即分】

             

            私にしても、これまで節分を「即分(そくわけ)」とは読めていませんでした。最後の審判と呼ばれる時は徐々に来るのではなくて、【即分】でその時になって「悔い改めている時間」などはないのです。その時に「後悔」をしても遅いのです。分けられた時点で創造神と共に行く世界と、創造神を永遠に見ない世界にと分かれます。未だ審判の日までは残されているのですから、みろく世での永遠の命をいただく方向に向かうべきなのです。みろく世においては【衣食住】は保証されているからです。衣食住の問題で罪を犯すことはなくなるのです。

             

            創造神の呼び名は【旧約聖書の神・天之御中主・国常立尊】等数々ありますが、唯一神信仰に向かっている人類に【喜びの時】が【節分の炒り豆にも花が咲く】の意味だったかです。

             

            各自の魂の核(豆)は創造神の直霊だからです 

             

            残る問題は、それが【最後の頁(ページ)】に書かれていることです。

            頁は【頭】の意味で、【最後に頭(最高神)が現れる】

             

            だが、それは【最後の最後の時】であり、それまでは【白紙】の意味は、その時までにこの世に何が起きようとも創造神は人類を助けることはしないという意味なのでしょう。一般的に【みろく世】に至る前は【暗闇の世】とされます。また、一時はこの世は悪神の支配下に置かれるとも言います。正しい道を行く人には苦難の到来です。しかし、希望が無い苦難ではなくて、みろく世に入る【燈台の灯り】が見えて来たなのです。だが、そこまでの道中に創造神からの【御加護】はないと言うことなのでしょう。先が見えているので苦難を乗り越えて行けです。

             

            そこに、前のブログにかいた透明の円球の幕の意味もあるかと思われます。透明の水球の様な玉に囲まれた人は、そうした苦難の道を楽に行けるです。

             

            最後は【始めにして終わりの神】が人類の上に現れて、永遠の新しい時代にと入るです。

             

            大本教が告げた。【三千年に渡る神の仕組み】とは、私達日本人の歴史の中に言葉の仕組みを持った人達の演技があるのです。

             

             

             

             

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            個々の人を守る霊バリアー(結界)とみろく世に渡る支度の始め時?

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              私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていました。しかし、成長すると神の存在など忘れておりましたが、昭和五十五年の私の身に起きた摩訶不思議な霊的出来事から、神霊世界に関わる時期が来たと覚悟を決めて神霊世界への修業に飛び込みました。

              それは子供の頃、旧約聖書の神と称する声が【私はこの世の幕を引くにあたって、人類を救う為にそなたをこの世に遣わした】。そうした言葉があったからです。この世の幕引きなどとても信じられる内容ではありませんので、本当かどうかを知りたかったと言えます。

               

              ただ、私一人が人類を救う為の役割としてこの世に降ろされたのではなくて、多くの神司(西洋で言う天使)達も今生は人類を救う為に人として世に降り立っていると聞かされました。ただ、そうした神司(天使)達はそなたのことを知ってはいない。一人一人が自分は誰かとは知らずに、旧約聖書の神(国常立尊)の筋書きの舞台を演じるです。

              それはスピリチュアルで自分には天使が降りて来るではなく、神界で天使たる職にある魂の分魂達が、この世に出て来ているなのです。それは各自の外在神ではなくて自己の内在神なのです。自分自身の魂だからです。ですから私は、その人に何々の神が降りるではなく、その人の魂が誰の分魂かを見ているのです。と言っても、それを知るのは困難なのです。本当に優秀な霊能者でないと難しいでしょう。 

              それが大本教以後の新神道系で言われる「正守護神」「本守護神」論ともなるのであって、大本教が告げた【人は神の子・神の宮】とも成るのです。

               

              私が最初に師匠とした方は女性で伏見稲荷山の豊受姫のお代で、伏見稲荷大社講の支部長で隣市で豊受姫を祭る稲荷神社の神主をされていました。その元で四年間ほど伏見稲荷山で修業をして、稲荷神界が見せる数々の奇跡や摩訶不思議を見させてもらいました。

              が、四年間ほど経った頃に私に臨んできた霊声に従って稲荷神界を離れて、綾部に住所を移して来ていた言霊師を知り。その方の元で【言霊】と呼ばれる存在を知ったのです。言霊など、ほとんど知られていない世界です。私も知識として「言霊」の言葉は知っていましたが、実際に【言霊】の存在はその師匠によって学んだのです。もし稲荷神界にそのまま留まっていたならば、私も【言霊】など知ることすら出来なかった世界なのです。

               

              その言霊師の方を師匠としていた時、私の自宅に一体の黒龍神が訪れて来て、その黒龍神との間で一悶着がありました。その黒龍神は言霊師であった二番目の師匠によれば黒海黒龍神と呼ばれる黒龍神界でも大物とのことでした。

              その黒龍神が私がその黒龍神の浄霊化に失敗したことに怒って火炎攻撃を仕掛けて来た時、それまで私を守護していた家系の御先祖霊がおられたのですが、その御先祖霊と身延山の日蓮聖人の霊が時々入れ替わられて出て来られる不思議な事態に遭遇していたのですが、その守護霊が出て来ました。

              後日、霊能者の調べで私の家系の先祖霊として出られた方は日蓮聖人の分魂を持たれた方だったと判明したしだいです。その御先祖霊と日蓮聖人の霊が交代で私に出て来られたです。ただ、私は祖父母が養子なのでその血を受け継いだ者ではないのです。私が生まれ出た家系そのものが「国常立尊」の霊脈と判明したのです。そこには日蓮聖人と国常立尊様の間には深い関わりがあるなのです。

              その黒龍神の火炎攻撃の時に出て来られたのが日蓮聖人の霊なのか、私の家系の5代前の御先祖霊であった日蓮聖人の御分魂であったのかは解りませんが、その指先からレーザー光線のような物を放出して、私の肉体を透明の円球幕で囲むをされたのです。すると、その透明の円球の幕は黒海黒龍神が放つ火炎をものともせず。その火炎はその円球の中に居る私には届きませんでした。その透明の円球の幕が黒龍神の火炎をことごとく跳ね返すのです。すると、その黒龍神もさすがに諦めて去ってくれました。

               

              こうした霊界の火炎とは不動明王の火炎が知られていますが、そうした火炎を上げた不動明王が出て来ると体が熱くて熱くて全身から汗が噴き出して来るは体験される方もあるでしょう。それが龍神ともなると、まるで火炎放射器の炎の様に来るのです。霊的に焼き殺すです。仏像等の背後に火炎が存在するのは、実際に霊界に関われば解るなのです。

              最後の審判は【火の審判】と呼ばれていますが、そうした霊的な火炎の様な事柄なのか?。耐えきれないほどの光なのか?。まだはっきりとは解らないとは言えるでしょう。

               

              そうした透明の円球の中に御神霊が居られる光景そのものは、幾度か見るがありました。一種の【霊的バリアー(防護幕)】です。バリアーとは【防壁】のことで、災害や攻撃から自分を守ってくれる壁です。

              私は霊能者や行者をしておりませんので、霊能者や行者の方の様に【結界】を張れません。私が2番目の師匠の元に居たある日、私の頭上に蛇霊がとぐろを巻いています。何事かと思っていると、その蛇霊は男性の声で【貴方様には御迷惑をかけません。しばらく私をここに居させてください。】と言います。私は私に迷惑をかけないと言うのであればと了承したのですが、その存在が頭上に居ることを忘れていました。

              2番目の師匠の自宅に伺ったところ、私の頭上に居た蛇霊が急に飛び降りると、その師匠に向かって走ったのです。私は思わず【止めろ!】と声を出しました。その師匠が危ないと思ったのではないのです。その師匠が持っている霊力とは、龍神すらコントロールするほどで、そんな蛇霊など簡単に消してしまうからです。そんなことも解らずに無謀な攻撃した蛇霊を止めたかったのですが、その蛇霊はその師匠によって消されてしまいました。

               

              その師匠は自分は国常立尊の現身(うつそみ)と称していましたが、その師匠の元に自分こそが国常立尊の現身だと挑みかかった霊能者が幾人かあり、その霊力で殺されたことをその方の霊媒を勤める方から直に聞かされていました。神霊をも消してしまうほどの実力霊能者です。

              私自身もその師匠から【死神】を送られて、死神を憑けられたことに気がつかなかったならば、病死扱いで死んでいたのです。いくら病院に行って医師に診察して貰っても原因が解らない。処置が出来ないだったのです。その時の後遺症が治癒するのに約10年はかかりました。  

              私はその時まで、死神と言う存在を言葉上では知っていましたが、実際には見たことがなかったのです。その時、その死神は死神とは自分の姿を見られたら落ちる。死神とはその姿を見られないから死神として働ける。見破られてしまったので詫びとして、おまえが人を殺したいと思うのであれば、何時でもこの私を呼べ。その者を殺してやると言われましたが、お断りをしました。

               

              その言霊師であった師匠は、その師匠を攻撃した蛇霊を消し去った後、【この館は蛇霊などが入って来れないように「結界」を張ってある。その「結界」を破って近づけるはずが無い。】と不思議がります。

              それで私も気がついたのです。その師匠の館は【結界】が張り巡らしてあり、蛇霊では入れない。そこでその蛇霊は私の頭上に乗ることで、その館の【結界】を破ることをしたなのです。で、私がその蛇霊との経緯を告げると黙していました。伏見稲荷山などでも上に上がれない霊が肩に乗って上に行くがあります。霊も人に乗っかると結界が破れるなのです。

              私には霊能者や行者の方が張る【結界】そのものは見えません。また張る術も知りません。だが、「結界」の効果そのものは、そうした体験を経ているのです。

               

              結界とは、科学や人の目では見えない霊的バリアー

               

              私は最初の師匠の元では豊受姫の庇護下にあったので、私自身は安泰で守られていました。だが、豊受姫の庇護の元を離れて行った2番目の師匠の元では、霊的世界の切った張ったの殺し合いの世界だったのです。まさか、霊界がそんな恐ろしい側面を持っている世界などとは、稲荷神界で守られていたならば知ることすら出来なかったのです。為に、霊能者や行者は霊剣(神刀)と呼ばれる刀を持つ必要があるのです。そうした霊能者間同士の闘いで、幾多の霊能者の方が命を落としています。

              その後、私は別の霊能者からもおまえを殺すで、本人の生霊とその仲間達の生霊と天狗霊などが加担して、私を殺しに来たなどもあります。その時も自分の御先祖霊に守られています。私の家系先祖霊が日蓮聖人の御分魂でもあったので閻魔庁も動いてくれまして、その天狗が所属していた天狗界の大天狗さんから、配下の天狗があなた様が誰かを知らずの不敬と詫び状を貰ったなのです。

              私は日常的には霊が見えませんが、そうした時には霊世界を見るのです。もし日常的に霊が見えるであれば、私も霊能者になっていたのです。だが、日常的に霊が見えているでは、この世の生活はままなりません。霊等見えない方がいいのです。

               

              霊能者の中には金で人を殺すことを請け負っている方もあるのですが、表面的には全て病死です。警察が出て来る幕などありません。西洋では黒魔術として知られているのですが、日本人はあまり霊世界の実情を知っていません。また、霊が起こす死に交通事故などの事故死です。交通事故でも霊界の作用がある場合もあるのです。それだけでなく、災難死にも関わっている場合もあるのです。

              どの御神霊でも人の命を取られることはあります。特に神域を犯すと怖いのです。神は人を助けるのが任務だと思っている方は、甘っちょろいのです。よく白蛇霊が住む土地を知らずに買って家を建てたら建て主が死んでしまったなどがありますが、人類はそうした事実をあまりにも知らないだけなのです。

              日本神道で【かしこみ、かしこみ】と言いますが、振る漢字は「恐み、恐み」とします。それは神とは本質的には【恐ろしい】世界の存在だからです。

               

              私は豊受姫のお代であった最初の師匠から、貴方は豊受姫様が怒られたならばどんなに恐ろしい形相を見せられるのかが解っていないと告げられましたが、私に用があって出て来られた豊受姫にある質問をしている時、こんな【形相】じゃと見せていただいて、最初の師匠が豊受姫の形相に震え上がっていた意味が解りました。あんな形相を見たならば、人は震え上がります。

              たぶん、スピリチュアル女子がそれを見たならば、その場に腰が抜けてへたりこんで、恐怖のあまり下半身からおしっこを垂れ流すでしょう。私がスピリチュアルが大嫌いなのは霊が見えるではなく、神霊世界に関わるならば「切った張った」の世界であることの認識不足です。神の世界は【恐み、恐み】の世界だからです。

              人は神と対等の立場だと間違えてはいけないなのです。だから、【上(神)】なのです。人は死んだからと言って、誰もが【神上がり】ではないのです。人の間とはそうした神に上がる為の修行期間でもあるのです。

               

               

              最近、ある光景を見ていました。霊視ではなくて【幻視】です。そこには多くの人が見えます。その中に、透明の円球の中に自分の肉体を置いている人達が見えて来たのです。この映像は何を語っているかです。

              無論、私に見えていた幻視映像とは【妄想】の範疇になりますので、多くの霊能者にも見えるでないと確証的な段階にはなりません。が、私は霊的な話ですが、そうした円球のバリアー(防護壁)によって黒龍神の火炎攻撃から守られたがあるなのです。

              そうした霊的円球は霊視上ではこれまで一部の御神霊もそうした姿を見せておられました。全ての人がそうなのではなくて、そうした霊的な円球バリアーに守られて居る人達が出て来たか、出て来るなのです。一種の【神上がり】です。それは、【そろそろ】人類は神上がりの支度の時期の意味と理解しました。

              ただ、それが後何年間に及ぶのかは未だ言える時期ではないと考えられます。出口王仁三郎聖師の様な特別の大予言者でも出て来られれば別ですが、世の中の流れでそれを見極めるより方法はないのかと思うしだいです。

               

               

               

              この透明の円球のバリアーは霊的なもので、他の肉体がその円球の中に入って来るのを阻止しているのではないのです。どこまでもその個人の肉体を守る為の霊幕です。外から自分を害する霊的な事物をシャットアウトするなのです。

               

              その一つに、【悪い気】は通さないです

               

              人々の目には見えるものではないのですが、霊的な【大気】。ガス的ものが漂いだしているのです。それは必ずしも良い現象とは言えません。それを防ぐ働きです。その「気」によって、悪い方向に行く人達も増えて来ます。犯罪や事故や災難の多発性です。無論、私が霊的に黒龍神からの火炎攻撃を受けた様な事柄にも対処は出来るのでしょう。

               

              世の大立替を宣伝した大本教では、【神が表に現れて、善と悪とに立て別ける。】と宣伝しましたが、神が人々の前にその姿を見せて、一々審問して善と悪とに立て別けるでは、ある意味解せないのです。

              映画の【十戒】の中には、旧約聖書の神を信じる家にはある印を付けた旗を掲げさせ、神を信じていない者達の家々をそのガスが襲い滅ぼす。そんな場面があったように記憶しておりますが、何分にも昔に見た映画なので間違っているかも知れません。

              日本神話の中の武塔神(素戔嗚尊)の【蘇民将来(将来民は蘇る)】では、蘇民将来(将来民は蘇る)の子孫にはお札となっていますが、旧約聖書の話とどこか似通っていることが解ります。

              そうした神社のお札(護符)ではなく、個々の人を災いから守る霊的バリアーです。

               

              今、世の中は異常気象や、通り魔的な事件が多発しています。どこでそうした出来事に巻き込まれるかが解りません。

              それは地球を覆う【気】そのものが既に変わったなのです

               

              その中で、個々の人を守る為に【悪い気】を寄せ付けない。突発する通り魔的な事件からその人の命を守る。その為の霊的バリアーが出だしたとも考えられます。

              永遠のみろく世に渡る人達には大本教が宣伝した【水晶魂】が付与されますが、その透明の円球が水晶魂ではないかと考えられる方もあるでしょう。それは現時点では何とも言えませんが、神霊が宇宙空間を飛ぶ時、丸い円球で飛んではいるのです。決してUFO等には乗って移動しているではありません。私はUFOが人類を助けに来るという説に懐疑的なのは、宇宙人と称される存在は霊人であっても神でないからです。その円球そのものが宇宙空間を飛ぶ乗り物の側面をもっているからです。

               

              人々が二手に分かれて行く霊的な流れ

               

               

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              神国日本の意味は、地球上の人類の魂は同一格ではなくて民族単位で違っている

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                よく、【神国日本】と言われています。しかし、神国日本と言われても意味がよく解りません。本質的に人類は皆平等と考えるのが筋です。その肌が黒くても、白くても、黄色くても、その【胸(六根)】を開けば皆同じです。また、輪廻転生において多くの白人の前世は黒人であった等も報告されています。黒人で生まれたから、白人で生まれたから、黄色で生まれたからと言って人を差別している人は魂的には下劣な魂の持ち主です。なのに、【神国日本】と言う言葉の意味は何かと考え続けていました。

                 

                この神国日本とは、日本に天皇家が存在するからではありません。そうした一環として、天皇の地位に就かれた方の魂は何神かと言うサニワ(審神)も一部で行われて来ました。天皇家に生まれたからと言って、神魂の持ち主とは限らないからです。一部の霊能者は【菊座弁】の存在でその調査をされていました。神霊として出て来た存在もその【菊座弁】で判断するです。肉体を持つ天皇もそれで見るです。

                しかしながら、最近は菊座弁とか蓮座の存在が知られて来たことから、悪神達もそうした菊座とか蓮座を創りだして来るので、神霊のサニワ(審神)には向いていないがあります。但し、その【菊座】とか【蓮座】には意味があるなのです。何故に日本の天皇家は【菊を御紋章】にしたのか?。そこに【菊座】の話があったなのです。

                 

                太平洋戦争において、太陽神天照大御神を皇室の祖先とする日本国が「鬼畜」と称した米英に戦争に負けたのは真実であり。日本の神(天照大御神)が米英の神に負けたとも言われています。

                もし、日本の伊勢神宮の天照大御神が本当に太陽神であるならば、米英の「鬼畜」神などは太陽神の光でのたうち回っていなればならなくなります。だが、そんな神光はどこからも出なかった言えます。

                 

                なのに、どうして【神国日本】などと言うのか?

                 

                私の最初の師匠は稲荷神たる豊受姫のお代でしたが、娘時代に朝鮮に渡っていて、豊受姫から【代、この戦いは日本の負け戦。代、日本に帰るぞ。】と告げられて、慌てて朝鮮から日本に引き揚げて来たと言います。それは豊受姫であっても戦況を変える様な力は無いということです。

                その時、その引き上げる商船に向かって米国の潜水艦が魚雷を撃って来ると、その豊受姫が【代、あちらから魚雷が来る。船の舵を取る。】と告げられると、船は回避運動に入り、その船すれすれに魚雷が通過したと言います。幾つもの魚雷を操舵で船は躱しながら船足が遅い商船でも潜水艦からの攻撃から逃げ切れたと言います。その船の操舵は豊受姫が船の船長に神懸かりしての操舵です。

                こうした【九死に一生を得る】等と呼ばれる様な体験をなされた方達の中には、本当ならばあの時に死んでいた。自分が今生きているのは御先祖霊様とか神様のお陰だと言われる方達があります。

                そうした存在から守られている人達とは、あのままならば死んでいたと呼ばれる場面で助けられたりしています。が、そうした守護力の弱い人達は命を失ったりします。大きな事故の惨事で命運を別けるのは、霊界から守護する力の存在もあるのです。

                 

                太平洋戦争で日本の敗退が色濃くなった時、予備役であった元関東軍参謀副長であった【石原莞爾】氏は大本教の出口王仁三郎聖師に会い、大本教の神の力を貸して欲しいと頼んだところ、出口王仁三郎聖師は【国家権力で大本教をここまで弾圧しておきながら、今頃になって大本の神の力を貸して欲しいはないだろうと依頼を断ったそうなのですが、石原莞爾氏にソビエトが日ソ中立条約を破って参戦して来るので陸軍省に注意するように言いなさいと伝えたことが知られています。

                日ソ中立条約は1946年4月25日まで有効だったのですが、悪魔の化身とも言われていたスターリン(ソビエトで二千数百万人もの国民を虐殺したとされている)が条約などを守ると思っていた日本陸軍の幹部達も甘かったのです。

                その内容を東条英機に疎まれて予備役にされた石原莞爾氏から陸軍省に伝えたとの話は残っていませんが、出口王仁三郎聖師が告げられようにソビエトは中立条約を破って参戦して、日本が降伏した後に北方四島を軍事力で占領してしまったなのです。条約など守らないソビエトがすんなりと四島を返す等と考えている人達も、また甘かったなのです。

                 

                日本人とは、世界は信義を守ると思っている平和主義者

                 

                そこにはある疑問が生じます。どうして日本人は島国で四方を海に守られていることから平和惚けになったとされますが、この平和惚けの気質はどこから来たのかです。

                 

                戦前の大本教は露国の悪神と宣伝しましたが、別に世界は一つの神の元に統一されているではないのです。同じ旧約聖書の神を唯一神と仰ぎながら、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の間では激しい国家戦争がありますが、その旧約聖書の神は全て名目上の唯一神と言えます。

                同じキリスト教国でも国が違えば戦争をし、同じイスラム教国同士でも国が違えば戦争をします。それは民族が違っていることにより、その国を実質的に支配する【国魂神】が違うからです。

                 

                優秀な霊能者や行者は【国魂神】という存在を言います

                 

                国や民族はその国魂神によって本質的には支配されているからです。日本ではその神は本来であれば【国常立尊】と呼ばれる神に当たるのですが、日本では「国常立尊」様はほぼ消された神と言えます。その代わりに伊勢神宮に鎮座される【天照大御神】と呼ばれる御神霊がその役割をされているなのです。その【ウシトラ金神国常立尊】の復活宣言が、大本教から出された妙霊、黒住、金光、天理の先走りの言葉と言えます。

                妙霊、黒住、金光、天理の言葉を見ていますと、それは【流れ】を語っていることが解ります。始めに妙なる霊が出て来た。次にそれらは黒(闇)の世であった。その暗闇の中から金の光が出て、天の理が定まったとなります。そして、大本教が【とどめ】の神となっているなのです。神の力とは、【現世御利益】や【奇跡】を見ているでは解らないのです。

                昨日、貴方は誰々に出会われましたね。何を食べましたね。そうした事柄はいくら当てることが出来ても、未来を予測出来ない神とではまるで違うのです。

                 

                何故に、大本教の出口王仁三郎聖師は、まだ起きてもいない時にあれほどの【予言】を連発して、それらを全てを当てる事が出来たのか?。

                それは、スピリチュアルと称する人達が【未来】は定まっていませんと、バカげた論理を言っている話ではないのです、確かに、世に出ておられる神達にはそうした予言が出来る御神霊はほとんどありません。が、大本教から出た神には未来の予言が出来たなのです。

                それ自体は、大本教の神は世の神々が未来を見通すことが出来ない神達ながら、大本教の神は【未来を見通す】神とあります。私は大本教神諭には【三千年間に渡る】仕組みとありますが、お釈迦様、イエス、マホメット等。正神界も邪神界も含めて、偉大なる神が陰から操られていると気づけたなのです。

                 

                大本教神諭 天の巻 明治26年 不詳

                【この日本は結構な国であるぞよ。元は神の直系の分魂が授けてあるから、外国の霊魂とは一段も二段も上の身魂であるぞよ。言葉もその通りであるぞよ。綱掛たら神は離さぬぞよ。】があります。

                神国日本と言う意味は、日本は【台湾を含めて世界の大陸の雛形】となっていますが、その【雛形】たる大地神であり、そこに住む日本人の魂は「外国の霊魂とは一段も二段も上の身魂であるぞよ。」にあります。

                 

                しかし、そうした内容を語ると、直ぐに【神の選民思想】だと反発される方達があります。

                それに関して、大本教神諭 火の巻 明治36年旧6月4日

                【日本も外国も別に違うた事はない筈じゃ。同じ神の造りたる国であるのに、日本、日本と依怙贔屓を致す、世間知らずの狭い勝手な神じゃと申すものは沢山現れて来るなれど、ソレは天地の先祖の神の広い御心が判らん、悪の守護神の憑(うつ)りて居る外国身魂であるから】とあります。

                 

                スピリチュアルと言えば、神は「愛の権化」であり。何をしても赦されるで【カルマの法則】すら無視します。日本も外国も別に違いなど無いはずだとなります。日本人だから外国人だからと言って別け隔てをする神など、了見が狭い悪神だとなります。

                こうしたスピリチュアルの人達の多くは、西洋の天使名ばかりを連発して日本の神のことなどほとんど語らないなのです。その天使長とか大天使と称する霊の本性を見たのですか?。です。西洋で語る天使長とか大天使と称する霊は魂的には一段も二段も下の存在なのです。

                私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声を聞いていましたが、イエスに関してもマホメットに関してもその魂が霊界でどれほどの格であったかを聞かされています。そうした内容は【識界レベル】を知る霊能者達ならば知っておられます。大本教の出口王仁三郎聖師が、自分はナザレのイエスと同格だと述べられたのも、その【識界レベル】を知っておられたからです。

                 

                世界で民族毎に【言葉】が違っていることに関して、何故なのだろうかといういう疑問を抱く人がまずいません。考えて見れば、人類は同じ神の元であるならば、不思議なはずなのです。

                 

                どうして、世界の民族毎に言葉が違っているのか?

                 

                そこにあるのが「国魂」と呼ばれる神の存在なのです。私の元に一人の霊能者の方からメールが来ました。その内容は、その方が伊勢神宮の内宮に参拝されたところ、伊勢神宮の内宮の神から私(上野公園)宛てに「伝言」を託されたです。私はその方と直接の面識はなかったのですが、メールでのやりとりはあったのです。

                私が実際に伊勢神宮の内宮に参拝して言葉を聞いたではありませんので、その伝言内容は保証されるものではありませんが、その内容は【自分は三千年間に渡って、この日本国の「総氏神」を勤めて来た事実に関してはお忘れないように。上野公園氏に伝えて欲しい。】と頼まれたと云うものでした。 伊勢神宮に鎮座されている御神霊が日本の【総氏神】であられるは間違いはないでしょう。しかし、それをもって【国魂(日本の大地)神】とは言えないのです。

                 

                私は基本的に霊能者はしていません。子供であった時を除いて神霊と会話をするではありません。修業時代は頻繁に【大国主命】様に出会っていましたが、言葉は一言も交わしていません。多くの神々からの私への伝言は、豊受姫のお代であった最初の師匠からなされました。他に出雲大社からは出雲大社教の教会長を通じて、宇佐八幡宮からはその神霊と会話する方からと、霊能者からの連絡なりメールを受け取るです。と言って、そうした霊能者と称する方が言われる内容を全面的に鵜呑みなどもしていません。内容は吟味します。

                私の元には自分が救世主です。みの尾張の女子です。そうした名乗りをして来られた人達は数知れずありました。その根拠はと尋ねると、御神霊からそうだと告げられたからというものばかりです。どこにその【証拠】があるのかです。

                 

                私自身は修業の始め頃に、自分の魂が自宅から霊界の伊勢神宮の内宮に飛び、それから一ヶ月間ほど霊界の伊勢神宮の神官霊達からの修祓などを経て、霊界の内宮から一万霊体に及ぶであろう華麗豪華な大神霊行列を見せられ、その後にある霊的出来事に遭遇し、豊受姫のお代であった最初の師匠から、その霊的体験をなされたのであれば、本当の伊勢神宮の天照大御神様を見ますよと告げられて、女神姿ではなくて男神姿の神霊を見たなのです。

                その神霊の着物の胸当たりには金鶴の刺繍。裾には亀甲紋の金刺繍があったので、【鶴と亀がすべった】で、自分の【後ろの正面の鬼さん】に向かったのです。それは私が子供の頃に旧約聖書の神と称する声から、【私の教えは日本の童謡のカゴメ歌に秘めた。】と聞かされていたからです。

                 

                私自身は自分の出身星を長く探していましたが、スバル(プレアデス星)から出て来ているなのです。一部のスピリチュアルでは、世界の民族は出て来た星により、使う言葉が違っていると言います。民族とは、その国に住む多くの魂は特定の星から来ているとする説です。その星の出身者の魂が多く集まっているのが民族の発祥の考え方です。

                私達日本人が日常的に使用している日本語は神の言葉だともされますが、プレアデス星人の言葉だとする説もあるのです。また、日本人の特性(大和魂)そのものが、和を大切にする気質とするプレアデス星人との説もあるのです。しかしながら、プレアデス星人とかオリオン星人とか言ったところで、現在の地球の科学では実証などは不可能と言えます。

                 

                日本語は神の言葉とは、プレアデス星語?

                 

                霊能力者などは、この地球という星は宇宙の出来損ないの魂が修行する【刑務所】とも言います。また、【魂の流刑地】です。その意味が日本神話にある【根の国・底の国】でもあるのです。だが、大本教の出口王仁三郎聖師がこの世は【天人の苗床】と説かれたように、天人として元の世界(星)に復帰も出来るなのです。

                その為に、天界からお釈迦様とかイエスとか魂の世界でも特に高い存在であった魂が人としてこの世に出て来て、人類や神霊達にすら教えを説くなのです。また、人々に道徳見本を見せる為に、それなりの魂も人の世に降りて来るなのです。 いくらこの地球が魂の刑務所でも、落第生や悪霊ばかりが降りたっているではないのです。自分が出て来た元の世界(星)に戻れなかったことから、【魂の輪廻転生】も生じて来たと言えます。

                 

                大本教からは、多数派を制した悪神達によって地上神界の首座神から退かされていた【ウシトラ金神国常立尊】がみろくの世での主宰神として復帰される予告がなされたのですが、その中で理解が出来ない内容の記述が見られます。

                それは、「ウシトラ金神国常立尊」が創造神であることと、日本の【国祖神】である事の二つの関連性です。それが大本教神諭にあります「日本も外国も別に違うた事はない筈じゃ。同じ神の造りたる国であるのに、日本、日本と依怙贔屓を致す、世間知らずの狭い勝手な神じゃ」にあるのです。

                私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、幾多の霊能者の方の調べによると【国常立尊】様だと指摘されましたが、世界で言うと「旧約聖書の神」であり、日本では「国常立尊」で【日本の国魂(国祖)神】でもあるなのです。

                 

                それを大本教では【国祖神】としました。日本民族を産んだ神です

                 

                この「日本国」は、その国常立尊の【直轄地(大地)】なのです 

                 

                私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は、【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国】と告げられましたが、その教えとは【日本語】の仕組みのことであり、日本人が持つ魂とは大本教神諭にある【元は神の直系の分魂が授けてあるから、外国の霊魂とは一段も二段も上の身魂であるぞよ。言葉もその通りであるぞよ。】になるのです。

                 

                私は大予言者として、数々の予言を的中させて来た大本教の出口王仁三郎聖師を調べていて、神の【大計画書】に気づいたなのです。

                 

                 

                 

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                人の【尻】を行く下座行の【しんがり】の言葉は何故に【殿】なのか?

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                  人がこの世に生まれ出て来るのは【魂の修業】と言うことではあるのですが、それが今日迄の宗教においてもどれだけ理解されていたかとなりますと、お釈迦様が悟られたことは自らが【仏陀】と成る【小乗】の道でした。そこにお釈迦様の死後、自分だけ仏陀と成ればそれでいいのかという【大乗】の教えが起きて来ました。

                  確かに、自分だけ仏陀になれば他の人のことはどうでもいいでは【狭い了見】とは言えます。その大乗の教えにおいて、願えば私達を救ってくれると言う諸仏の存在が説かれて来たと言えます。ただ、それは諸仏にすがるだけの【他力往生】と言えます。

                   

                  為に、【人は何故にこの世に生まれ出て来るのだろう?】。お釈迦様が疑問に思われて修業に入られた経緯すら、どこかに行ったと言えます。

                   

                  そうした【大乗】の教えの起こりで、お釈迦様の本来の「悟り」は埋没したとも言えます。誰も他力で救われるのであれば、何も自力の【苦労】などしたくもないからです。誰かにすがれば救われる。為に、お釈迦様の本当の悟りは消えたと言えます。

                  そのお釈迦様の悟りはお釈迦様の死後【五十六億七千万後】に現れる【弥勒菩薩】が出て来ないと解らないともされていました。その弥勒菩薩を【みろく神】として、世の大立替論と共に打ち出したのが戦前の大本教と言えます。

                   

                  私は今回、大本教が【みろく】神を世の表に出して、大本教神諭に【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を予告してくれたことから、そこに【五十六億七千万】の数字を秘めた【みろく神】の関係のみならず。お釈迦様の悟りが何であったかを知り得ました。

                  それのみならず、大本教が告げた【この世の閻魔大王として現れる】。【節分の炒り豆にも花が咲く】などで、実に不思議な日本語による【言葉の仕組み】を理解することが出来たと言えます。もしも大本教と呼ばれる宗教が世に出ていなければ、【日本語による言葉の仕組み】など、永遠に誰からも理解されることもなかったでしょう。

                   

                  大本教神諭が予告した【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を最初に明らかにしたのは大本教に在籍して反出口王仁三郎聖師派で知られて後に神道天行居の開祖と成られた【友清九吾】師でしたが、最近その「友清九吾」師が書かれた古本を手に入れることが出来ました。

                  それを読むと、友清九吾師は「言霊」を単純に【音霊】として捉えておられたことが解って来ました。確かに【言の葉】とは【音の葉】ではあるのですが、「音霊」として捉えてしまいますと【言葉の仕組み】そのものが解らずに、先行きが出来なかったと解って来ました。【音霊】だと出て来るのは【観世音菩薩】の【世の中の音を観じなさい】程度の解釈で、言葉で組み立てられた仕組みの解読までには行き着かないなのです。

                   

                  音霊では、言葉の変換が理解出来ない

                   

                  西洋由来のスピリチュアルでは「言霊」とか、文字が【金色の光】は放つなどはあまり聞きません。私もアルファベット文字が「金色の光」を放っているのは見たことがありません。だが、【漢字】や【漢数字】は金色の光を放つ。これは、何だとなりました。そこにあったのは【漢字は象形文字】だからと言えます。

                  聖書には神は【言葉】なりとあり、この日本は古来より【言霊の幸はふ国】と言われて来ました。その言葉を告げる文字には【象形文字】と【表音文字】があります。西洋のアルファベット等の文字は表音文字となります。

                  大本教の出口王仁三郎聖師は【漢字】の研究をなされたのですが、大本教の出口なお開祖は「文盲」ということもあり、大本教神諭は「ひらかな」で出されました。そこに、当時の大本教団内において「ひらかな」の開祖派と「漢字」を研究する聖師で激しい闘争があり、出口王仁三郎聖師の漢字研究書は当時の出口なお開祖派の信徒達によって焼かれてしまったがあります。

                   

                  大本教で出された「ひらかな」の【いろは】は【表音文字】なのです。表音文字は象形文字と違って、言葉の【観じ】が出せないのです。そこに出て来るのは【音霊】です。だが、そのイロハ文字も漢字から創られた物で、元と成る漢字を見ていると意味がある程度は解って来るのです。それは「ひらかな」も【象形文字】から創られているからです。

                  これらの象形文字は【絵文字】とは違い、絵文字は絵字太(エジプト)文字等で世界に知られますが、言葉の広がり(変換)がありません。言葉の【感じ】を掴む為の「漢字」とは、また違って来るのです。 

                   

                  その大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】とは、それ自体は【将棋盤】に見立てて言霊を【駒】と理解することで理解は出来るのですが、そんなに単純な論理だけではありませんでした。友清九吾師の単に真ん中が天之御中主で「41」は【ラ】神論だけでは紐解けないなのです。

                  もしも【ラ神(天之御中主)】論だけで紐解けるものであれば、大本教に在籍して反出口王仁三郎聖師派で知られた神道天行居の開祖「友清九吾」師によって既に解説が出来たはずなのです。私は今回手に入った「友清九吾」師の著本で、音霊論では【言葉の仕組み】を解き明かすことは無理だったと解りました。

                   

                  私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が臨んでいて、私に【下座行】を告げて来られました。その下座行の中で【人の尻】を歩け。という教えが幾度もなされました。人の尻を歩く???。まさに疑問符(クエスチョンマーク)のオンパレードです。その人の尻を歩くに関して、旧約聖書の神と称する声は【しんがり】という言葉を幾度も使われたのです。

                  下座行そのものは【天の一八十(イワト)を開けると、上下が入れ替わる【峠】にて、大本教神諭にあります【下の者が上に行き。上の者が下に行く】で【一八十】度転換を指しますので、言葉を見ていると解ることです。だが、その実施時期に関しては解らないなのです。その時期を意味しているのが【しんがり(殿)】と言えます。

                   

                  尻=九の尸(しかばね)。米の尸は【屎】、水の尸は【尿】

                   

                  屎は【米】の死骸。尿は【水】の死骸で、それなりに言葉の意味が解ります。しかし、尻は【九】の死骸です。では、【九が死んでいる?。尻】とは、どういう意味かと深く考えて来ました。また、尸は【形代(かたしろ)】です。それによって【九】を形代とする意味をも考えて来たのです。

                  西洋では【九】には「9」の字が使われます。これではさほど意味が解りません。西洋でも【9】の数字は深い意味を持っていることが知られています。 9×?数=はその数字を足すと必ず9の【基数】に戻ります。例えば、5478×9=49284。その4+9+2+8+4=27。2+7=9。です。そうしたことは数学では既に知られています。【循環】です。だが、数学の論理としては解っていても、そこには【?】の疑問が起きます。何故なのだろう?。そこには【九】の数字が持つ特性が未だ解明されていないのです。

                  私達は【九】の漢字と【丸】の漢字を見た時、漢字学者は【九】と【丸】は漢字の成り立ちが違うことから関連性を考えません。だが、私は【神は言葉なり】でそこに関連性はないかと考えるのです。【九(キュウ)は球(キュウ)】です。すると、九と丸(球)には言葉の関連が出て来ます。

                   

                  私は鍾馗神の御案内で中国で天子とされる【盤古大神(木星神)】に拝謁したことで、大本教霊界物語に【盤古大神は地上一切の幽政の御権利を艮金神国常立尊に御奉還(神界の大政奉還)】とありますが、私は中国語の漢字そのものが盤古大神が創り上げたものではなく、全ては【宇宙創造神の作為】と読んだのです。国常立尊とは【日本の国に常に立つ御言】で日本語の意味ではないかです。 

                  それは私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声が告げた。【この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。】からです。中国と呼ばれる国が神の御国ではなく。日本は神の御国であり、その神の遠大な計画の元にです。

                   

                  私は大本教神諭が予告した【九つ花】の仕組みが【九(九×九)の魔方陣】のことで、また【龍宮の乙姫(音秘め)】とは、その九の魔方陣を展開させる「3×3」の三の魔方陣の意味だと解りました。それらの【数理】は宇宙を作り上げて来た働きであり、それらの数理と「言霊」とが結びついているのが大本教神諭予告【九つ花(九の魔方陣)】と言えます。

                  大本教から出された【七福神の舟遊び】とは、7×7の魔方陣のことであり、これだと「いろは四十八」は出せても「三六九(みろく)」にはなりませんし、五十六億七千万の数字を秘めることも、今の世が【七の世】で、次の世が【八の世】とも出せないのです。

                   

                  私はこの仕組みは何だ!。と愕然としたのです

                   

                  しかしながら、実際に神霊世界に関わりますと、大本教霊界物語に書かれたように、聖書に人類の原罪としてある【蛇霊の囁き】に乗った神霊や人類によって、この地球に関わる環境はもはや【風前の灯(ともしび)】に成ったとしか言えません。

                  明治に出された大本教神諭には、【世に出ておられる神達の心の持ち方が悪かった。】とあります。世には神社に参拝して、その神社に鎮座する御神霊からメッセージを受けられる霊能力者の方達があります。だが、そうしたメッセージを聞いていると、人はどうあらねばならないなどの教訓論などほとんどありません。人の魂を磨かせる方向に、既存のこの世に関わる神霊達は向き合っていなかったと言えます。

                   

                  私の最初の師匠は豊受姫のお代で、霊能者としての当時の実力は日本でもトップクラスと言われていましたが、この世を去る少し前に、私に【自分は信徒の導き方を間違えていました。神様から現世御利益を頂く方向に信徒を導くのではなくて、人は何故にこの世に生まれて来たのかを信徒達に教えて、その魂を磨くようにしなければいけなかった。】と悔いておられました。

                  宗教家とは、その信徒に人の【胸(宗)に宿る存在(魂)】を教えて正しく導くであり、【人は神の子・神の宮】であることを教えるべきだったのです。現世御利益を与えるのが世に出ている神霊の本来の勤めではなかったのです。まして、霊界で自己の【覇権】を争うなどは、正しい神の道とは言えないのです。

                  しかしながら、未だこの世の神霊世界は【力こそ全て】と考えている神霊達が大半だと言えます。

                   

                  まず第一に、この世に出ていた神々の猛反省

                   

                  第二に、人類の悔い改めがないとお先真っ暗

                   

                  遅かれ早かれ、この地球は人類が住む環境としては命運が尽きます。だが、誰がそんな地球に存在する人類の魂を救い出せるかとなった時、巷で自分が【救世主】ですと称している人達では絶対に無理であり、不可能と解ります。

                  私は神霊世界を部分的ですが見聞して、そこに【奇跡】を見て来ました。だが、それらの奇跡は人々を驚かすには充分でも、私達の目には見えない神霊の存在を認識させることは出来ても、地球規模の天変地異を消すなどは不可能に近いなのです。

                  今、お釈迦様がこの世に出て来られようが、イエスが出て来ようが、人の肉体を持った身では地球そのものを救うなど、そんなことは出来ません。小さな奇跡の現出では対処出来ないからです。また、日本の伊勢神宮に鎮座されている御神霊であろうとも、出雲の大国主命様であろうと無理だし不可能と言えます。

                  一部の方達は、国常立尊様が世の立替に当たって【九億九千万】の龍神を従えて現れると説いておられますが、私は現実にそんな力を持った神霊を見たことなどないので何とも言えませんが、その【九億九千万】の意味は「九×九の九の魔方陣」を語っているのかも知れません。

                   

                  私は人の【尻】を歩けと告げられました。その【尸と九】の魔方陣の形代の仕組みは、大本教で出口なお開祖派とされた神道天行居の開祖友清九吾師が世に告げられても、誰もその重大性に気づいていなかったとは言えます。

                  朝鮮に残されていた予言。最後の審判前に人類救済の為に【米】一字の教えが起きる。その教えに従った者達の上には天罰は降りないとありましたが、【米】一字型を世に説いてみても何が【米】教だ!。【糞】の教えか!。それが実態だったと言えます。そうした人達は自分は「偉い者」で、人の尻を歩けなかったと言えます。

                   

                  人の【尻】を歩くことを、【しんがり(殿)】と言う

                   

                  どうして人の尻を歩くことが【殿】に成るのだろうか?

                   

                  始めにして終わりの神は、世の終わりのしんがり(殿)

                   

                  この人の尻を歩くとは、「ストーカー」的な意味ではありません。私達の肉体の「尻」のことは【臀部】とも言います。「臀」は肉体(月)と「殿」です。一般的に「殿」は宮殿や殿堂で【神の鎮座する場所】の意から出た言葉です。そこに、古来より【殿】に【尻】の意味は出ているのです。

                   

                  殿の漢字は【尸と共に殳(人を追い払う兵力)】

                  旧約聖書は創造神を【万軍の主】と称える。何故に万軍の言葉が使われたのか?。軍事力の【殿】を見た時、今と呼ばれる世は創造神の【武力】で終わる。

                   

                  みろく世に至る世の大立替論を宣伝した大本教の出口王仁三郎聖師は、世の大立替の質問に対して、

                  世の大立替とは、牛の糞が天下を取るようなもの

                   

                  すなわち、【糞(屎)】と呼ばれるような社会の底辺に居た人達で、今の世の中を正しく見つめて、どうすればいいのかと思考して来た様な人達がみろくの新しい世では【殿】と呼ばれるような段階に上がるなのです。今の世における不合理不条理を体験した様な人で無いと、新しい未来の世の指導者には向かないからです。大切なことは人の痛みや苦しみが解る人で、自分は【偉い】などと誇る人のことではないのです。

                   

                  神の最終の教えは、【殿(しんがり)の尻】

                   

                  大本教神諭予告【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】は、【尸と化していた九】の意味を紐解かせると共に、弥勒の世にはスピリチュアルで説く今の肉体が何もしなくても次元上昇をするのではなくて、個々の肉体を捨てる【屍】で、高次元霊界用の肉体たる霊(幽)服と魂とで新しい世に渡るなのです。

                  ただ、私は大本教の出口王仁三郎聖師の様な大予言者ではなくて【言葉の仕組み】の解説者なので、言葉の仕組みを解読するとそうなりますよで、別に私の言葉を信じていただく必要はありません。ただ、そうしたことが実際に現れた時にはモウ遅いなのです。せっかくの【譱(善)】の【羊(未来)の道】も、遅(羊の尸)くなってしまうのです。

                   

                  人は、今の肉体のままでは高次元霊界には進めない

                  また、肉体がヨボヨボの老体になって高次元霊界に行っても意味がないのです。既にこの世を去った魂達も、皆が若々しい姿の神達と成るなのです。私も肉体は既に老体で弱っていますが、私の魂の本体たる正守護神は若い【貴公子】姿です。どこにも「老いた」姿などはありません。

                   

                  人はこの世にどれほど長く生きていたいと願っても、肉体には必ず【死】が訪れます。魂のこの世の服である肉体を捨てて、霊幽体と魂となって魂本来の世界へと帰って行きます。その魂を腐らせたり壊して死なせてはいけないのです。

                   

                  人が言う【死(尸)】とは、この世での魂の服を脱ぎ捨てた殻

                   

                   

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                  私への質問から。悔い改めたならば、過去の罪は赦されるのですか?

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                    私はブログ上で【悔い改めることによって、過去の罪は赦される。】という記述をしています。このブログ上では質問を受け付けていませんが、HPからだと質問が出来ますので、そこから質問されて来られる方達があるわけです。

                    但し、私は霊界見聞者であって霊能者とは言いがたい者なので、霊障等から起きる困り事相談には応じてはおりません。そうした霊障解決には霊を見る霊能力が要りますので、有料であっても既存の霊能者の方にお頼みください。

                    私がしていることは【言葉の仕組み】と【霊界】と呼ばれる「死後の世界」の存在を如何に正しく知らせるかであって、霊障に関わる様な人助けはしておりませんと言うよりも、そうした力を保有しておりません。

                     

                    私の元に来るそうした「悔い改めたならば、過去の罪は赦されるのですか?。」という質問には、これまではそうですと答えて来ましたが、理論だってその理由を説明をして来なかったことに気づきました。私の膨大なブログには、その意味がどこかに書いてはあるのですが、理論をまとめた物ではありませんでした。

                    霊的世界で起きることは単純な論理ではなく、複雑に絡み合っていますので、そうしたものを総合した知識を持たないと説明が難しいのです。そうした証拠として、霊能力がある方が神社を訪ねて御神霊と会話をされるなどがありますが、そうした神霊からのメッセージとして霊界に関しての説明がほとんどされていないという不思議に出会うはずなのです。

                    神霊と呼ばれている存在の方が詳しく説明をなされない。一部の宗教開祖の方達がそうした問題に取り組んで来られたで、論理としてまとまった物が見当たらないのが現状と言えます。

                     

                    霊的世界に起きていることは「奇跡」という概念ではなくて、【理論】として見て来ますと、そういうことかと解るのです。だが、スピリチュアルでは「理論」ではなくて、【直感だ!】等と言っていると、そこに何故?。という疑問が発生して来ません。霊界の【真相真理】に何時まで経っても到達出来ないなのです。

                     

                    だが、【悔い改める】と言うことは言葉で言うほど安易ではありません。

                     

                    口先の申し訳ありませんでなく、心の底からでないと【改心】出来ません。

                     

                    私は霊界修業に入って2番目の師匠の元に居た頃、サニワ(審神)の中で蛇霊に言向けをしていました。すると蛇霊化した存在の多くは、【悔い改めるぐらいならば死んでやる。】と返して来ます。蛇霊に【悔い改め】をいくら説いても、その言葉を聞いてくれるのは僅かだということなのです。当時の私は悔い改めるぐらいならば死んでやると言う蛇霊達の言葉がさっぱり解りませんでした。死ぬ道を選ぶより、悔い改めの方が難しいのか?。です。実は死ぬと言うのは簡単であり、悔い改めるは難しいのです。良心が欠如していると【悔い改める】ことそのもが出来ないのです。

                     

                    人は簡単に、【悔い改める】等は出来ない

                     

                    悔い改めは【良心】に目覚めないと難しい

                     

                    私は二人の師匠の元を去った後、東京でテレビの初期時代に活躍された著名な霊能者の元に行き、【霊査】をしていただきました。すると、その著名な霊能者の方は私に言われたのです。

                    俗に仏の声が聞こえる者は千人に一人はあり。神の声が聞こえる者は万人に一人はある。そうした者が修業を積んでも、本物と呼ばれる者はその中の千人か万人に一人だけしか出ないと言われます。

                    それだと一千万人に1人とか百万人に1人しか本物と呼ばれる様な霊能者は居ないことになります。それはかなり厳しい見方ですが、この日本で100本指に入る様な霊能者であれば本物級と言えるのでしょう。

                    私の最初の師匠は豊受姫のお代さんでしたが、その師匠の元に霊が見える。霊の声が聞こえると言う相談者が来ると、その霊能力を封じていました。なまじ霊が見えたり、霊の声が聞こえると本人の為には成らないからです。封じても封じても霊が見える。霊の声が聞こえる方だけに【修業】を勧めたのです。

                    ところが現代スピリチュアルはその真逆で、貴方も霊が見えますよ。霊と会話が出来ますよと、金儲けの為に霊を人に憑けようとしてしまうのです。霊に憑依されると、どれだけ恐ろしいかを知らないと言えます。正神界の高級霊など、人が勝手に憑けられるような存在ではないからです。

                     

                    行者が修業に修行をするのは、自分が高い霊に近づく為なのです

                     

                    では、その段階に入ってない霊能者は何を見ているのかとなります、確かに霊は見える。霊の声は聞こえているのですが、そこに出て来る霊は本物では無い。大きな神名や天使名を名乗るニセ者霊等で、それに騙されているなのです。

                    それは例えば、自分に天照大御神様が降りて来ると言う方を100人集めても、その100人の答えは必ずしも一致して来ません。各自が見ている天照大御神が別々だからです。で、自分に降りて来られるのが本物で、後は蛇霊や狐霊に騙されている者で終わってしまうのです。

                    神社等に参拝して、そこの御神霊からメッセージを賜る霊能者の方達があります。だが、その神社と別の神社で出て来られる御神霊の名乗りは御神名は同じでも、同一の方ではないことは霊能者ならばほとんどが知っていることです。為に、どこどこ神社の誰々と名乗る霊と言う言い方になるのです。

                     

                    私の最初の師匠は豊受姫のお代で豊受姫によれば、その当時の日本の霊能者の中の10本指に入り、稲荷行者としてはトップだと告げられていて、実際に伏見稲荷山で多くの稲荷行者でもある伏見稲荷講社支部長等の諸先生からも、一目置かれておられました。そうした諸先生には、私の最初の師匠は霊能者として抜きん出いる存在と解るわけです。

                    多くの修業を積んだ行者さん達が太鼓判を押していた私の最初の師匠を【黒狐】と言った霊感者レベルの方が居られます。その霊感者の方を見た行者筋は、その方に憑いているのは「八尾の野狐」と言っておられましたが、本人はそれが八尾の野狐とそのグループ達によるものだとは気づかないわけです。こうなると、誰が忠告を与えてもその本人の耳には届き来ません。自分は選ばれた特別の者だの錯覚です。

                    そうした邪神達の囁き段階を突破して来ないと、本物の霊能者とは成らないとされているわけです。為に、修行者の千人に一人とか万人に一人しか本物級は居ないとされているわけです。 

                     

                    霊能者の江原啓之さんは自称スピリチュアル界の大御所だそうですが、その師匠と言うべき【美輪明宏】さんは、多くの霊能者の元を訪れ、霊能者として看板を上げている人の中の20人に1人程度(5%)しか本当の霊能者と言える人は居ないと語っておられますが、霊感者レベルまで下げて来ますと本当の霊能者と言える方は百人に1人程度と言われているわけです。

                    日月神示には【九分九厘】は邪神とありますが、それは霊が見える見えない。霊と会話する会話しないではなく、本当の【正神界】段階に辿り着くまでには山超え谷超えをしなければならないと言うことなのです。

                     

                    宗教の世界では、どの宗教でも原則論として、この世で善行を積めば天国で、悪行を積めば地獄に落ちると説きます。自然な論理です。ところが我が宗教の教えを信じる者は天国で異教徒は地獄に落ちると、自分達の宗教の教義の覇権争いをする為に、宗教が世界の戦争の陰の要因ともなってしまったわけです。ですから、宗教不必要論が起きても致し方ないと言えます。だからと言って、万物の創造神の存在否定は行き過ぎと言わざるおえません。

                    一方、多くのスピリチュアルでは【何をしても神の愛で赦されるのです。】と、暴論に近いことを説かれる方達があります。で、何をしても神の愛で赦されるのであれば、今日迄の宗教で説かれて来た【地獄界】は論理的にも存在しないことになります。だが、今日迄に説かれた宗教の地獄論の中身は正しいかどうかは論議の必要はありますが、地獄界そのものは存在しています。スピリチュアルの教えなどまともに聞いていると、死んでから後の世界が恐ろしいことになるのです。

                     

                    死後の世界にそうした地獄界が存在しているのに、どうして私は【悔い改めたならば赦される】と説けるのかと言いますと、それは大本教の出口王仁三郎聖師が説かれた【人は霊止(ひと)なり】の論にあるのです。この人は霊(ひ)止(と)なりは、聖書を学んでも仏教を学んでも神道を学んでも理解出来ません。そうした宗教書には、人(霊止)の意味がどこにも説かれていないからです。これは【霊学】の分野だからです。また、日本語が持っていると特製です。日本語が【神の言葉】であると理解していないと、単に【ヒト】の言葉遊びではないかとなります。

                    人は死ねばその魂は【霊界】に行くのですが、人の肉体は一つの魂だけでなく、多くの霊の【想念】を受けて行動しています。自分では自分の行動は肉体の意思だと思っているのですが、実は自分の肉体に関わっている霊達の【総合意識】なのです。人の魂とは、その肉体の【霊的中心センター】を担っているのです。その多くの霊達の「想念」を受けて人は行動しているのですが、これは仏典の般若心経における【受想行識】とも言えます。

                     

                    受想行識=多くの霊の想念を受けて、識で行動する

                     

                    多くの霊能者の調べで既に解って来ていることですが、人には守護霊、指導霊、背後霊、憑依霊等の多くの霊が付随しています。少ない方だと六霊ぐらいと言われていますが、時にはゼロと言われた方もあるとは聞きます。通常ゼロはあり得ないのですが、よほど偏屈な性格の人で霊が寄って来ないという方なのかも知れません。大体心根の優しい人には多くの霊が憑いているものなのです。多い方だと数十体ぐらいの霊は付随しているのです。

                    霊能者と呼ばれる方は、その人に付随霊として憑いている霊が多く、数千体霊もあれば優秀な霊能者だと言われています。私の最初の師匠は豊受姫のお代で、竹生島に参拝した時、その師匠を見た神か仏のどちらかの管長さんが、この人には一万五千体の霊が付随していると驚かれたがあります。竹生島などは多くの霊能者が参拝されますが、さすがにそれまで1万5千体もの霊を付随させている霊能者を見たことがなかったなのです。

                     

                    私も霊能者の方に、時には【救世主】様ですかと尋ねられることがあるのですが、その理由を聞くと、私の背後に付随している背後霊団の大きさが霊能者と呼ばれる人に付随している霊団に比べて桁違いに大きいことから、救世主でないとあり得ないと等と言われます。断っておきますが、私は救世主ではありません。神の言葉の仕組みの宣伝マンです。ですから特別の力は授けられていません。

                    だが、私が東京で霊査を受けた著名な霊能者の方からは、逆に貴方にはあまりにも多くの霊が付随している為に【精神統一】が出来ておらず、そうした諸霊の思惑に貴方自身が流されている。霊達に振り回されている。で、早く【正守護神】との統一が必要だと告げられたのです。日本新神道系で説かれる【神人合一】です。あまりにも背後霊の数が多いので、そのセンターとなる「正守護神」の必要性です。

                     

                    日本の新神道系では、ほとんどの人に見られるのは【正守護神】ではなく、【副守護神】の段階とされています。御先祖霊とされる霊も、ほとんどがその「副守護神格」だと言われています。未だ本当の意味の天国界に渡れていない御先祖霊が自分の子孫を守護して、子孫が正しく天国界に進めれば、天国界に導いた御先祖霊もまた天国界に行けるです。

                     

                    よく、弘法大師と【同行二人旅】などが言われていますが、人は【副守護霊と同行二人旅】をしているのです。この「副守護霊」の働きが弱いと、自分の肉体に憑依して来ている背後霊や憑依霊によって、自己の行動に間違いが生じて来るのです。

                    自己の【良心神(この世の閻魔大王)】が目覚めて来ますと、自己の肉体に憑依して「悪しき行動を唆していた邪霊」は、自らが反省しない限り、その肉体から振り落とされて行きます。それまでは肉体の者に懸かって安楽に行けたのに、より地獄にと落とされるとなるのです。

                    この時、それまで自己の悪の元凶であった霊は落ちて、その肉体に残っている貴方自身の魂は元の汚れが無い魂にと向かって行きますので、その魂自身には罪が残らないなのです。

                    それはスピリチュアルで説く、【何をしても神の愛で赦されます。】と説くのとは、まったく次元を異にしているなのです。中身的にも違います。

                     

                    人がある日を境にして、突然に別人の様に変わったなどは、その人の周囲に居た悪しき霊がその人の元を去ったなどがあります。自分に憑依していた悪しき霊が去ったことにより、その人の【意識】そのものが別になるのです。別人に生まれ変わるです。時にその逆パターンもあり、その人に悪しき霊が憑依始めると、その【意識】も悪しき行動を起こして来るなのです。徐々に行動が悪くなったです。朱に交われば赤く染まると言われるのもその為です。

                    ですから、

                     

                    人は【霊(ひ)止(と)】の意味ですよと、大本教から出されたのです。

                     

                    逆に、【何をしても神の愛で赦されます。】等と説いているスピリチュアルの教えに従ってしまいますと、まったく【改心】が出来ずに、落ちて行く先は地獄界にとなってしまうのです。

                    大本教の出口王仁三郎聖師が、地獄を覗けば牧師や僧侶で一杯だ!。と述べられたことは、聖書の基本原則である【自分が播いた種の果実は自分で刈り取る。】を忘れて、イエス一人を主の御子と信ずれば天国に救われる等と誤った教えを続けたことからなのです。仏教で言えば【カルマ(目には目を、歯には歯を)】の存在を教えなかった僧侶達です。偶像に宿った霊達を頼っていれば、その罪が消えると思っていた錯覚です。

                     

                    では、自分がこの世で「悪を犯した時」。自分の悪は邪霊に唆されてしたことであって、自分には罪はありませんは通るかとなると、これは通りません。それは言い訳であって「改心」そのものではないからです。人には元々【良心神】と呼ばれる天帝の分魂が備わっているからです。

                    この世の肉体は、この世で犯した犯罪は「けじめ」として刑務所でその罪分の支払いをします。刑務所に行かないような罪分は、【社会奉仕】などで代償として支払えばいいのです。だが、どちらにしても【改心】が無いと、その魂を更(新)つにすることは出来ないなのです。

                     

                    今の宗教界では【魂】と言う言葉は使われますが、それが【玉型の思惟】であると説いておられる方はほとんどありません。それをスピリットと説いて何の意味が解るのでしょうか?。日本語でないと「魂」意味は解りません。

                    魂は丸い玉なので、そこには【心棒】が存在して来ます。その心棒が腐っていたり捻れていると、もう魂としては破砕されたりするのです。この魂の心棒のことを【杭】と言います。

                     

                    悔い改めるとは、魂の杭(心棒)を改める

                     

                    日本の神智学では、【愛】だけを説いている者は蛇(邪)霊に犯された者ともしますが、私が「愛」ではなくて【良心神】を説いているのは、それが【魂の心棒】のことだからです。今の人の魂は腐ったり捻れたりします。そうした魂の杭(心棒)を取り替えることが出来る神は、大本教から宣伝された【牛虎金神・国常立尊。閻魔(閻羅)大王】の名称で知られる【創造神】だけなのです。その神を【鬼】だと、節分の炒り豆で鬼は外と追いやっていませんか?。と大本教は宣伝したのです。

                    どこにも【創造神】は見当たらない?。確かに、創造神としての現出はありませんが、キリスト教神学でサタンは【冥府の長官】とされた【エンマ(円真)大王】としての現出はあるわけです。

                     

                    悔い改めたら赦すは、創造神の御言(みこと)なのです

                     

                    悔い改めることで、更(新)つ魂となり弥勒の世に進む

                     

                    だが、こうしたことをいくら説いても多くの人は解ろうとはしないなのです。まして【日本語】は神の言葉であり、その日本語の中に神の教えが秘められていたなど、誰も気がつかないことではあったのです。

                     

                    刑務所の刑には【⛩】の型がある

                     

                    こうした【人(霊止・ひと)】の意味が解って来ますと、【改心】すれば赦されると言う意味と霊界のシステムが解って来て、聖書の【自分が播いた悪の種の果実は自分で刈り取る。】や仏教の【カルマ】やスピリチュアルの【正負の原則】が同じ意味合いだと解って来るのです。

                    どこにも【何をしても神の愛で赦されます】などは存在しないのです。

                     

                     

                     

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                    この世の幕引きと新しい世の到来は、社会の流れを見れば解ると言った霊声

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                      私が子供の頃、旧約聖書の神と称する霊声が臨んでいました。その霊声は、私は今の世の幕を引き終わらせる。そして、人類を永遠の嬉し嬉しの世に渡す。と告げられたしだいです。

                      私は幼い頃から誰に教えられたのでもなく、自分は天から密命を帯びてこの世に出された者だという感覚を持っていました。その密命の為に、自分の本当の身分を隠しているです。ただ、私の願いは【肉体の父母は優しくて、その恩は山よりも高く海よりも深い。されど、天に居る自分の父たる神の元に帰りたい。】と泣いていたのです。まるで、かぐや姫の様な心境でした。

                      すると、幼かった私に旧約聖書の神と称する霊声が臨み、【私は人類を救わんが為にそなたをこの世に使わした。この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国であり、そなた一人にはその仕組みを見せる。その仕組みをよく見て、それを人々に告げなさい。それをしないのであれば、そなたは二度とこの神の元に帰って来なくてもよい。この地球という星で永遠に「輪廻転生」をしていなさい。】と告げられたのです。私が「輪廻転生」という言葉を知ったのは、この時です。 

                       

                      子供の頃から神と呼ばれる存在を誰からも教えられずとも認識していたことから、旧約聖書の神と称する霊声が自分に降りたことに何の違和感も持ってはいなかったのですが、【この世の幕を降ろす。】と言う言葉は、さすがに尋常では無いと子供心にも解りました。

                      私は子供心にも驚いて、その旧約聖書の神と称する声に尋ねました。【この世の幕引きとは何時のことですか?。】と、するとその霊声は、【それが何時の頃かとは言えない。】と答えられたのです。

                      私はその言葉を聞いて、【この世の幕引きが何時になるか解らないでは、私も何時病気や事故で死ぬかも知れません。】と聞くと、【今の私に言えることは、そなたは間違いなくその日までは生きて、その様を見る。そして、何故に今の人類は滅びることになったのか?。その原因を知り、新しい世の「歴史」に記さないといけない。二度と、今の世の様な間違いを起こしてはいけないからである。】と告げられたのです。

                      そして、【この世の幕引きが何時になるかは言えないが、この世をよく見ていれば自然とその時期は解る。】と答えられたのです。

                       

                      いくら子供と言えども、そんな途方もない話など信じられるものではありません。しかしながら、子供の頃にそうした体験があったから神霊世界に修業に飛び込めたのも、私にとっては事実なのです。

                      自分は神々が見えると言う霊能力があると言う方から、【貴方は邪神に騙されているのだ!。この世の幕が降りるなど、そんなことは絶対にあり得ない。】と言われることはあります。私には私が子供の頃に告げて来た旧約聖書の神と称する霊声が、正神の存在なのか?。邪神の存在なのか?。そうしたことは私には解りません。ただ、今の私に言えることは、そんな途方もない言葉を信じているのではなくて、【この日本の国には、言葉の仕組みがなされている。】と言う事実にぶつかっただけなのです。それは、大本教神諭にある【三千年の仕組み】の一環とは言えるでしょう。

                       

                      人類が無条件に永遠の嬉し嬉しの世に渡るのであれば、スピリチュアルで盛んに説いている。【何もしなくてもいいのです。この地球が自然に五次元界に上昇するのです。】で、私もこんな「言葉遊び」をしているとバカにされるような【言葉の仕組み】など紐解く必要もなかったと言えます。私も天から密命を帯びて、この世に出る必要もなかったと言えます。

                       

                      社会の流れを見ていると、その時期が解る?

                       

                      西暦【2019年】は、言葉の仕組みからすると西暦1999年の【二線に別れる】手前の意味を持つ年となっているです。

                      この世に隠れていた不祥事などが世の表に出て来る年と言えます。最近、反社会勢力とブスブスの関係にあった芸能界のスキャンダルはその典型と言えるでしょう。昔ならば、芸能人と反社会勢力の結びつき等は当たり前だったからです。誰も問題にすらしなかったです。

                      国民栄誉賞に輝いた大歌手であった美空ひばりさんと、三代目山口組の田岡一雄組長の企業舎弟であった神戸芸能社の関係はよく知られていました。江戸時代の歌舞伎や芝居等の興行を仕切っていたのはヤクザ社会でした。地元のヤクザを通さないと、その地域で興行が出来ない等です。そうした興行の利権を巡ってヤクザ同士やテキ屋の争いも少し前までありました。

                       

                      そうした世の悪が表に浮かび上がって来るだけでなく、最近の異常気象は誰の目にも明らかです。日本のテレビ局では漫才師やお笑いタレントなどの番組ばかりで、世界の出来事のニュースがあまり配信されませんが、気象異常は世界的になって来ています。自分さえ良ければそれで良い式の方は、世界で何が起きていても知ったことではないですが、自分が生かされていると自覚している人達にとっては、今の世界の状態は尋常ではないのです。

                      そうした異常気象は霊学の分野では、人々の【想念】が悪化したことにより、自然界からのしっぺ返しが起きているともします。日本には、【人の生命は地球より重い。】等と馬鹿げたことを言った首相がいましたが、この地球も私達同様の【生命体】であるの理解が完全に欠如していたと言えます。

                      人類は「生命体」であるこの地球を傷つけ汚したことは間違いない事実なのです。

                       

                      地震は【鯰】が起こす諺は、【念】による意味 で

                       

                      人々の悪しき【想念】が、自然界の【災い】を起こす

                       

                      人は、【自分がいと小さき者】と理解していないと、神(上)と呼ばれる存在の理解が進みません。【日本の神社に鎮まっている神霊は、元は人霊であった。】程度の感覚では、万物の創造神を理解出来なくなります。

                      肉体を持って地上世界で人として暮らしている自分など、魂的に比較しても高次元の神達の玉の大きさとは月とすっぽん以上の差があるのです。

                      神社に鎮まる神霊が如何ほどの御神霊かを知るには、一つにその【御魂】の玉の大きさを知るがあります。その神霊の【我れは○○大神なるぞ等】の名乗を信じることではありません。霊媒体質者の方であると、そうした神霊の【氣】の玉を写真に写されるなどがあります。

                      一部には【神はキ(氣)】だとおっしゃる方達があります。そこに言霊の【キ】を持って来られて、大本教で出された【ス】の神ではなくて、【キ】の神だと言われる方達もあります。その氣(キ)で知られるものに【合氣道】があります。ただ、「キ」のカタカナは【幾】から来ていまして、【氣】からではありません。

                       

                      氣は【米の締め(〆)】

                       

                      氣は【宇宙の万物を育成する質料】

                       

                      私達の通常の目では、【氣】を見ることは出来ませんが、【感じる】ことは出来るのです。

                      私達は【ガス】の存在を知りますが、ガスが見えるわけではありません。ただ、臭いは解ります。そうした物は全て【氣】と言えます。氣は私達を生かしている「エネルギー」でもあるので、元氣とか病氣とも言いますが、氣の働きです。そして私達を生かしている【空氣】等です。 言霊の【キ】は、漢字の【幾】から造られています。「幾」は数量とか程度が解らない数多い意味です。すなわち、【幾】も万物を育成している「質料」と言えます。

                       

                      最近、【空氣が変わった】と感じるでしょう

                       

                      それは、霊的には私達の目には見えない。科学では解らない【氣】が漂って来ていると言えます。ただ、そうしたことは「霊媒体質」でないと気づかないがあります。

                       

                      その【氣】によって、悪事が隠せずに世の表に出る

                       

                      その【霊的変革】は私達にとって必ずしも「良い」とは言い切れません。それまで眠っていた物、隠れていた物が世に【あぶり出されて】来るからです。

                      霊的な面だけで言えば、それは全ての人達の周囲に漂って来ていると言えます。ガス的なものだからです。健全な正守護神とか守護霊に守られている方ならばそれらは横を通るだけでしょうが、正しい存在によって守られていないと、それらが自分の周囲を囲むと【悪い氣】に犯されかねないなのです。 それはある意味、善悪を別けて来る働きとも言えます。

                       

                      最近、車の事故が増えて来ました。何かがおかしいと感じる人達も増えて来ています。そうした【悪い氣】によって、自分が「加害者」になるだけでなく、「被害者」にもなりかねないのです。

                       

                      私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声が告げられた。私は人類を永遠の嬉し嬉しの新しい世に渡す。この世の幕引きの時は、社会を見ていれば解る。】と告げられた事柄が、ここのところの社会の様ではないかと私は推察しています。ただ、私は大本教の出口王仁三郎聖師のような予言者ではなくて、大本教神諭予言の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】の言葉の仕組みの解説者にしか過ぎません。ただ、大本教の仕組みとは連動しているだけです。

                       

                      スピリチュアルでは何事も起きずに自然と【みろくの世】に次元上昇と盛んに宣伝されていますが、【夜明け前】の大事の理解が進んでいないと見受けられます。

                       

                       

                       

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